お願いです、どうかオレに気付かないでください
「あァん? そりゃ、市場で会っただろ」
全く身に覚えがない。過去に会っていれば、キルトがこんな美女を記憶していないはずがなかった。もちろん、彼女がこんな事を言うのだから根拠はあるのだろう。
キルトの言葉に、リャムセアラは首を横に振った。
「いえ、それよりもっと前。姿は全く違う人物ですが、貴方の魔力は視た事があります」
「魔力? アンタ、何言ってんだ?」
リャムセアラが言った魔力を視る、という漠然とした発言に疑問が浮かぶ。確かに、魔力は個人によって違いがあると言われている。真実はどうであれ、キルトも魔力には違いが生じると思っていた。この違いを判別する魔法はあるが、あくまで魔法というものは使おうとしなければ発動しない。
つまり、今の時点でリャムセアラは魔法を使ったという事になる。だからこそ、キルトは疑問に思ったのだ。本来、魔力で個人を特定するなんてしない。顔よりも魔力で他人を認識する人間などいないのだ。
しかし、リャムセアラは姿が全く違うと言った。それは視覚から与えられるその人物の身体的な特徴よりも、魔力を用いて他人を判別している。これが不思議に思わない程、キルトは馬鹿ではない。
「私には魔力が感じられます。視る、と言った方が正しい。特殊な癖と思ってもらって結構です」
「冗談に付き合ってられる程、俺は暇じゃねぇんだけど」
それでも問答無用で立ち去らないのは、リャムセアラの口から昔という単語が出たからだった。出来れば知られたくない過去を持つキルトは、探りを入れている。正直、心身ともに疲れ果てているキルトの思考は鈍い。
「本当だよ、キルト。彼女は教会のーーああ、いや、特殊な力を持っているんだ」
「下らねぇ。お前まで何を言ってんだよ」
真実だと訴えるブレンニアに、頭がおかしくなったのかと視線を送る。目を強化しないのは、そんな気力が無いからであった。
「貴方の魔力。黒と、相反した白が混じりあった血のようです。こんな特徴的な魔力、他にはいません」
その言葉に、目を見開いた。何を表しているのか、キルトだけは分かる。黒と白の混ざりあった血は、遠回しな言い方だが概ね合っている。過去を覗かれている不快感が、キルトに敵意を持たせた。
「なるほどなるほど、そうかそうか。テメェ、どこで会ったって?」
「それは、言ってよろしいのですか?」
闇を湛えた瞳で、怒気を纏わせるキルトを睨むリャムセアラは、何もかも分かってしまったという顔をしていた。キルトが何者なのか、口に出して良いのかと。そしてそれは気遣いではなく、単純な質問。
「命がいらねぇってんなら言えよ。言い終わる前に、その首をブチ折ってやるから」
これは、ただの脅しではない。魔力を視るリャムセアラに確認させる意味で、強化を施す。頭痛と吐き気を表に出さず、本気である事をアピールした。魔力で人物を判別するのなら、物事の基準になっていてもおかしくはない。ならば、彼女はキルトの言葉が真実であると勘違いするはずだ。
「いえ、貴方と敵対するつもりはありません。ただ確認しただけです」
「何を確認しようってんだ? 俺を怒らせてまで、何を確認したいんだよ、テメェ」
話の主旨が分かっていないブレンニアは、困惑しながらも静かに見守っている。合理的な彼らしい、正しい判断だ。ここで口を出せばキルトが激昂してしまうのを理解している。第三者として介入する機会はここではない。
「私の勘違いであるかどうかと、推測が正しいか。判断材料になれば良いと思っていました」
「勘違いだよ、勘違い。テメェが何を推測して、何を知ってるかなんて関係無い。勘違い、これで終わらせれば収められるだろ?」
「ええ、そうですね。勘違い、という事にしましょう。姿形があまりにもかけ離れているので」
言葉の裏を見れば、リャムセアラが納得していない事が分かる。これは中身を失った空虚な儀式でしかない。理解しているからこそ、事実を認めてしまえば真実ではない事でさえ真実になってしまう。お互いの利害が一致し、落とし所を探っていた。
キルトは怒りを見せて、ある程度の推測する材料は与えてやった。対してリャムセアラは過去を仄めかし、それが推測の域を出ていない事を示した。ある意味では情報交換になる。
「それにしても、案外暇なんだなーーセフィル教の使徒ってのは」
「キルト! それ以上は駄目だよ」
仕返しのつもりで放った一言は、思ったより効果的だったらしく、ブレンニアは焦った表情でキルトを止めた。これはブレンニアとリャムセアラにとってあまり知られたくない事なのだろう。確証を得たキルトはニヤリと口元を歪ませた。
あんなにも失言を繰り返して気付かない者はいない。それはキルトだから予想出来たことで、どういう過程でそこに行き着いたか、ブレンニアには分からないだろう。
過去、キルトと似たナニかに会った事がある。そして、魔力を視る発言、ブレンニアの言い淀みと、リャムセアラが推測出来るだけの情報を集めたのではなく、持っているという事実、勘違いで終わらせた潔さから考えると、十中八九リャムセアラはセフィル教の関係者。不用意な発言をした事と、ブレンニアと行動を共にしている事から地位は高い。ここで、特殊な能力に思考を向けると、使徒である可能性が高いだろう。
更に、リャムセアラはその事実をキルトに伝えた。こうまで情報を与えてくるのは、そうとしか考えられなかった。
使徒とは、『栄光の園』を信奉するセフィル教で勇者を選定し召喚する巫女とは違い、それらをサポートする事に徹した者だ。直接的には関わらず、影で勇者や巫女を手助けする。リャムセアラの担当は、光の勇者だろう。
黒髪の青年、ハルトが脳裏に浮かぶ。
「ブレンニア、お前……」
「お願いだ、それ以上は喋らないでくれ。君が何を知っていても、口に出さないのが正解だよ」
焦燥に汗を垂らすブレンニアに、嘲笑を向けた。
「それがお前の判断かよ。合理的、じゃあねぇよな」
「君を信用しているからこそさ。この件は、あまり表には出さないでほしい」
「借り一つ。それで手を打つぜ」
「すまない。頼む」
何となくスッキリした面持ちをするキルトの心情を言ってしまえば「ざまぁみろ」だ。そのままリャムセアラを睨み、獰猛に笑う。
「もう行くぜ。じゃあな、ブレンニア、姉ちゃん」
「また会うかもしれません。その時はリャムセアラとお呼びください」
その名が偽物であるのを分かっていて、キルトは頷いた。人工の光に照らされたリャムセアラは美しく笑い、頭を下げる。続いて、ブレンニアも別れの言葉を告げた。
ーー行くとするか。
キルトは去っていく二人を振り返り見る事もなく、夜の街に消えていった。星の一つは未だ赤く変色し、毒々しい色彩で地上を見下ろしている。
何かもが自覚し、動き始めた。その脈動に耳を傾けながら、キルトの中には不変の決意が更に強固になっていた。




