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星は重ならない(二)

 ミコトと別れたアリスは、家のベッドに横たわっていた。背中を締め付けるような堅い感触はもう慣れたもので、寝苦しさに嘆く事もない。風に揺れる窓の音も、体を動かす度に響く木が軋むような雑音も、子守唄代わりだ。


 あまり広くない部屋は片付けられており、少しでも空間に余裕を持たそうという努力が見える。これでもアリスが試行錯誤をして、片付けないキルトの為に部屋を綺麗にしていた。


 薄暗い室内、窓から見えるのは沈みかけた太陽と霞んで見える月であった。いつもなら集中出来る夜間に魔力操作の練習をするのだが、今日だけは止めている。予想以上に疲れている自分の体を休ませていた。


 おそらく、身体的な疲労ではなく精神からくる疲れだ。未だに開かない扉を眺めながら、キルトを想う。こうして一人になる事が少ないアリスは一抹の不安と寂しさを感じていた。


 妻を捨て、子を捨てた父親と誰よりも愛情を注いでくれた母親。頑張って、努力して、母は自分の命をかけてまでアリスを守ってくれた。そんな母を捨てた父親を憎んだ時もあったが、今は違う。


 望んで子を捨てる親などいない。そう言ったキルトの表情は、今でも覚えていた。何かを押し殺し、沸き上がる激情を抑え込むように歪んだ表情。言った事を後悔し、だけど無理矢理にでも肯定しようとしていた。その瞳には鈍い光が宿っていて、薄い闇が湛えていた。


 憎しみは浄化されたものの、アリスの中には未だ憤怒の感情が生きていた。それでも、愛していたとしても、子を捨てた事実に代わりはなく、母を死に追いやった一因でもあるのだ。


 父親ならば、家族を守るべきではないのか。救われない状況でも、母は笑っていた。いつか、愛する家族が一緒に暮らせる事を望んで。辛いはずだったのに、絶望ではなく希望を抱えて逝ってしまった。


 いつも夢の中で視る父は優しく微笑み、アリスの小さな手を握り締めている。キルトに初めて会って、アリスは自分が父親の愛を求めているのだと知った。ありもしない幻想を抱いて、望みをキルトに押し付けている。アリスの罵声と怨嗟を受け止めてくれたキルトは間違いなく、望みを叶えてくれた。


 その時から、アリスの中ではキルト以外を望む事が無くなってしまった。愛する彼さえいれば、彼を愛している自分がいれば、彼から愛してくれる自分がいれば、何もいらない。本当の意味でそれを掴むためには、遥か先をいく彼の隣に立たなくてはならず、彼の為に強くなる。


 多分、キルトが今回の依頼を引き受けた理由には報酬の他にもあった。母が死に、父もいないアリスを思って引き受けた。下らない同情心を悟ったキルトは、あの時アリスへの気遣いを見せた。


 イルヴィーナを見ていると、母を失った頃の自分を見ているようだ。求めても戻らない、救われない命を想い無我夢中で世界を呪っていた頃の自分に。だからこそ、救われてほしいと願う。彼女にはきっと、キルトのような光が無かったのだ。


 今更ながら、自分は無責任な人間だと自嘲するように笑みを浮かべる。これではキルトに追い付けない。全て抱えて、背負って他人を助けるキルトとは正反対だった。比べてしまう自分のなんと醜いことか。辛い事も苦しい事もキルトに押し付けて逃げ続けるアリスの心は矛盾と共に息づいている。


 心臓が鼓動を打つように、心に根付く醜悪な依存がアリスを生かしていた。許されない事だと自覚していても、その背に重荷を乗せてしまう。強くあろうとする一方で、キルトに背負わせてしまう自分に酔いしれるアリスは、間違いなく最低の人間と思っていた。 愛されている、絶対に見捨てないという事を証明する為に、アリスは壊れた笑みを浮かべながらキルトを抱き続ける。


 ふと、窓の外へ目を向けた。空には昼夜問わず視認出来る星達が、地上を見下ろしていた。常にそこにある星の一つが、赤い光を帯びている事に気付きアリスは首を傾げる。


 不変のはずの星が、本来ではあり得ない変化を見せていた。


▼▼▼


 全神経が、危険を訴えている。


 キルトは、否応なしに『向こう側』の魔力を視認させられた。神々しささえ感じる赤い魔力が具現化され、意味を持っている。見上げる程に大きな体躯からは想像出来ない繊細な魔力操作に、戦慄が隠せない。


「思ったよりも弱々しい。儂の思い違いであったか?」

 

 絶対的な上位者だと認めざるを得ない存在感には覚えがある。無機質な体を構成するのは、古代文明の遺物。人気の無い路地にいるにはあまりにも不釣り合いなソレは、人間の部分が色濃く残っている顔をキルトに向けている。


「いや、違う。だとすれば、お主は何者なのだ?」


 唐突な出会いが、キルトの思考を奪う。何故、このような存在がいるのか。


 ーークソッタレ。


 人類の敵対者であり、ドラゴンと共に世界に君臨する上位者。勇者と対となり、遥か昔から存在するソレは、紛れもなく魔王であった。


 キルトだからこそ気付けた。何も知らない者ならば、単に強い人間だと勘違いを起こす。想像も出来ない程、彼らは強大だとキルトは知っている。そして、彼らが滅多に動かない事も。


「答えない、か。しかしその表情は儂が何者であるか、理解しているようだな」


 ファメルソウドの元から離れたキルトは、明日の準備の為に街を駆け回っていた。既に日は暮れ、街には人工の明かりが灯されている。古代の遺物を利用したランプは、少ない燃料で輝きを放ち街中を照らしていた。


 尾行に気付いて、人のいない路地に入ってみればこの状況だ。運が悪いのか、それとも必然なのかもキルトには分からない。それでも恐慌をきたさないのは、何度も見たことのある気配だったからである。


 全てが終わり、始まってしまった五年前に嫌でも見てきた。魔王とは、光の勇者と並ぶ程にキルトの心を揺さぶる存在でもある。


「儂の名は様々あるが、ここはネムサールと名乗っておこう。お主の名はなんと言うのだ?」


 少なくとも敵意はないと判断したキルトは、震えてしまう声をどうにか発した。


「キルト・レイデンムーン……」


「レイデンムーン? それは……」


 魔王は思案するように顎に手を当て、しばらくすると何かを納得したのか凄みのある笑みを浮かべた。白濁とした瞳がキルトを捉え、『向こう側』の魔力を迸らせる。


「なるほど、だから儂の感知に引っ掛かったのか。この街に集まっている理由も合点がいった。お主は、五年前の事にどこまで関与した?」


「五年前……」


 経験した二つ目の分岐点。救ってくれた彼を失い、アリスと出会ったのが五年前だ。おそらく、魔王は全てを分かった上で質問している。キルトが何者なのかも。


「回答によっては、儂はお主を殺さねばならない」


 一瞬、機械の豪腕に潰される自分を想像した。殺気が無いのは、その行為が魔王にとって造作もない事だからだ。どれだけ頑張ったとしても、今のキルトでは太刀打ち出来ない。


 ーー仕方がねぇ。恐れてる余裕もない。


 『向こう側』から魔力を奪い取る。拒絶と嫌悪が邪な意思を伝えるのを無視して、キルトは魔法を発動させた。全身を強化し、身を裂くような不快感をどうにか耐え、構える。


「うむ、『軌跡の残骸』であるか」


 青の魔力が、煙のように体を覆う。『軌跡の残骸』は

自動的に次の行動を決定させた。それは、逃走。どう足掻いても敵わないという結論に至った。


 地面を蹴り、後退する。ネムサールを視界に納めていなければならない、背を向ければその一瞬だけで殺されてしまうだろう。


 しかし、その思惑を魔王は破壊した。


「逃げるな。儂は、『軌跡の残骸』を使えるお主とは戦わん」


 金属音を鳴らし、全力で逃げたはずのキルトを捕らえる。体を組み換え、巨大化させた手でキルトの胴体を鷲掴みにした。


 敵意を示さないネムサールに、キルトは機械の接合部を狙い蹴りを放った。ほんの少しだけ弛んだ手から体を回転させながら抜け出す。


「ーー未だ、弱々しいな」


 それでも、『軌跡の残骸』で遅くなった世界をもってしても反応出来ない速度で、再びキルトは捕らえられた。


「ぐっ……」


「しかし、少し驚いた。まさか、機械相手に戦った事があるとはな。相変わらずその魔法は恐ろしいな」


「テメェ……」


「安心しろ。お主を傷付ける理由はもう無い。そして、探る必要もな。『軌跡の残骸』を使えるという事は、儂の邪魔をせんという事だ」


 絶対的な存在に、命を握られるのがこんなにも不快だったとは、キルトは少し過去を思い出していた。こうして弱い自分だから、きっと何も守れなかった。


「クソッタレが」


「いきり立つな。お主にはその魔法を更に強くしてもらわなくてはならないのだ。ここで傷付けるわけにはいかない。対話をしようではないか」


 赤く光る星が、キルトを嘲笑うかのように点滅を繰り返した。

 

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