善良な『暴く者』と、順調に悪徳を重ねる魔人
冒険者組合の支部に来たアリス達は、一直線に受付をしているカウンターへ急いだ。古びた木製の外観からは想像出来ない、古代の金属を用いた内装はかなりの金額が使われている。それでもシミの見える絨毯や、宙に舞う煙のような埃が確認出来る。錆一つない赤みがかった黄土色の金属で作られたテーブルとイスには複数の冒険者がたむろしていた。
「帰ってきたんだね。君達にしては遅かったけど、何かあったのかい?」
二人の姿を確認した冒険者の一人、ブレンニアが声をかけてくる。曇りのない笑顔をする彼は、やはり分かりやすい魅力の溢れる人物だった。
「なんだァ? テメェ、教会の依頼はどうしたんだよ」
それでもミコトには通じない。魔性と言うべきブレンニアの魅了を無視できる数少ない人物だ。敵意剥き出しの口調で詰め寄ってくるミコトに、ブレンニアは苦笑を漏らした。
「続行中さ。今は動く必要もないからね。こうして皆と話してたんだ」
他の冒険者を見てみると、ミコトの登場で緊張しているのか大量の汗を流している。話しかけるなとばかりにその場から散っていき、ブレンニアは事情を察して困ったように頭をかいた。
アリスから見たブレンニアは、合理性の塊のような男だ。だから凄腕冒険者と言われ、人望も集めている。人と付き合う時にも合理的に、効率的に物事を進める。相手の心理を理解し、本当に必要な事しかしない。
冒険者として正しい姿なのだろう。彼もまた強い人間だ。それでいて、その合理的な判断が下すのは善良なモノだから更に人から好かれてしまう。
昔、キルトがブレンニアを完璧に近いと言っていた。どういう意図で言ったのか、すぐに分かった。隙がなく、常に清廉でありながら合理性を重んじる彼は完璧に近い冒険者だ。キルトも思っている疑問だが、どうしてブレンニアは冒険者なんて職業をしているのだろう。そう思わずにはいられない。
しかし、アリスの求める強さがそこには無い事を知っている。何事も平等に、俯瞰的には見られない。執着するモノが無ければ、きっとアリスは強くなれないのだ。それがキルトだと、自信を持って言える。
「それより、何かあったのかい? あんな依頼、ミコトならすぐ終わらせていたはずだろ」
おそらく、他の冒険者と話していた内容もそれだったのだろう。数人の冒険者がこちらに耳を傾けていた。
「色々あってなァ。忙しい身なんだよ。テメェみたいなゴミクズ野郎と話してる暇なんてない」
「では邪魔をしては悪いね」
ミコトが事実を濁したのは、ブレンニアもしたことだから。訊ねられて素直に返すのは冒険者としてあまり誉められた行為ではない。ブレンニアもその辺を分かっているから、あっさりと引いた。
「おい、早く報告して帰るぞーーアリス」
一瞬、ミコトからくる違和感に思考が停止してしまう。その後、正体に気付いたアリスは身を震わせる程の歓喜に笑みを溢す。
名前を、初めて呼んでくれた。知る限り、ミコトが名前で呼ぶのはかキルトくらいしかいない。どういう基準で呼んでいるのかは分かりようもないが、だとしても少しだけキルトに近付けたような気がして、嬉しかった。
「うんっ。じゃあねブレンニアさん!」
「ああ、アリスちゃん。ーー気を付けて」
爽やかな笑顔を返すブレンニアに手を振って、報告に向かう。カウンターに居座る数人の職員の中の一人にミコトが声をかけた。
「ゴブリン討伐の報告」
テーブルに肘を乗せ、何とも横柄な口調で言う。それに不快な表情を見せずに職員の男は対応する。
「一応、確認ですが、ミコトさんが受けた依頼についてですよね?」
「当たり前だろうが。こっちは暇じゃねェんだよ、早く終わらせろ」
「分かりました。では、予定通り調査の職員を現地に派遣します。その前に詳しいお話を伺ってもよろしいでしょうか」
アリスは身を固くする。ゴブリンロードの事を話せば、数日は拘束されるはずだ。メツトリシムに来る道中、キルトが最も心配していた事だが、結局は良い解決法は思い浮かばず力押しで乗り切る方向で話し合いは終わってしまった。
「ゴブリンの集落をブッ潰した。殺した数は知らねェ。多分、絶滅。はい終わり」
簡潔すぎる報告に、男は初めて表情を崩した。詳細をばっさり抜き取った報告が認められるはずはない。
しかし、それはキルトやブレンニアといった普通の冒険者の場合に限られる。ミコトは組合にとっても特別な存在なのだ。
「えっと、それでは報告になりませんよ。しかも多分って……」
「オイオイ、このアタシを信用しないってのかァ? そこの雑魚共じゃねェ、ミコト様だぜ」
あくまでも横暴に、不遜に、凶悪に、威圧するように口元を歪ませた。猛獣のような瞳で睨まれた職員は可哀想なくらいに怯えている。
ーーごめんなさい、ホントにごめんなさい。
申し訳なさを伴って心の中で謝罪する。もう目一杯に、滅茶苦茶なミコトを対応する男に同情もした。やっている事は完全にたちの悪いチンピラである。
「なァ、テメェはアタシに喧嘩を売ってんのかよ。誰に向かって言ってるのか、分かってますかァ?」
その様が異常なくらい似合っていた。キルトには無い恐ろしさがある、主に武力的に。
「いえいえいえいえいえ、滅相もございません。ただ、わたくしにも立場というものがありまして、報告漏れをすれば職を失う危険がっ。……う、うぅぅぅぅ」
しまいには泣き出してしまった。
「支部長を呼べよ! 話にならねェぜ! お前、今すぐ呼んでこい!」
「ひいっ……!」
関係の無い、ただただ縮こまっていただけの職員にも、牙を伸ばす。もう心は折れているはずなのに、更に追い詰めようというのか。正直な気持ちを言えば、ゴブリンロードよりも鬼らしい人間に見えてきた。
バンバンとテーブルを叩く音と、男の泣き声、ミコトも罵声が鳴り響く建物の中に、一筋の光明が差した。
「支部長なら外出中だよ。落ち着きな、ミコト」
「ブ、ブレンニアさぁん」
どうしようとオロオロとしていたアリスが、良い時機で現れてくれたブレンニアが救世主のように感じる。否、実際に救世主だ。ただ、男の職員は神を見るような目でブレンニアを拝むように見ていた。
「なんだよ、ゴミクズ。アタシに意見があんのかァ!?」
「冒険者には報告の義務はあるけど……、ここは折れた方が良さそうです」
落とし所としては無条件降伏しかない。そう判断したのであろうブレンニアが男の職員に優しげな視線を向ける。ブレンニアの役割は調停だ。そして証人でもあった。
「報告は改めて、先に調査をした方が良いですよ。でないと、支部が潰されかねない」
「は、はいぃぃ」
無条件降伏にしても、場の熱を落とさなければならない。その為、ブレンニアが証人となりこの場を収める。彼だから出来た役割に、素直に感心してしまった。
そして、本当に力押しを成立させてしまったミコトにも呆れに近い視線を突き刺した。
「なんだよ、クソガキ。文句でもあんのか」
「いや、無いよ」
おそらく、ブレンニアがいる事を想定した動きであろうが、あまりにも横暴過ぎる。真似をしてはいけない、やろうとも思わない。
こうして、アリスとミコトは脅迫という報告のような事を終えた。




