呪われた子よ、ボケるにはもう遅すぎる
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特に何も問題はなくキルト達はメツトリシムに到着した。街としては繁栄の域に達しており、しかし中途半端な発展を繰り返してきたメツトリシムの外には見回りの衛兵が歩いている。外敵から守る壁等が存在しない理由は、やはり戦闘能力の高い冒険者の存在が大きい。
イルヴィーラのような商人には簡単な荷物検査はあるが、それも問題なく中に入れた。
「ここに来るのは久しぶりですね。以前は中継地点として立ち寄ったりもしていたんですが、最近ではめっきり来なくなりました」
この辺ので活動する商人にとってはこのメツトリシムという街は馴染みの場所だろう。イルヴィーラがあまり寄らなくなったのは、おそらく活動の拠点を他に移したからだろう。一定の場所を行き来する商人にしては珍しいが、無い事はない。
衛兵に荷を預け、馬も預かり所にいるイルヴィーラは身軽であった。彼女は目を細めて賑わいのある市場を見渡す。
「良い街です。こんなにも活気に溢れ、治安も目立って悪くない。金の流通地点にはもってこいですね」
「一応、ここにも胡散臭い連中はいるけどな。まぁ冒険者がいる場所に平和は無いんだよ」
「それでも、必要な事です。そういうのも、金の流れを潤滑にする要素の一つですから」
こうして戻ってきたキルトは、何だか久しぶりな気がしてきた。具体的には一ヶ月ぶりくらいの感覚だ。
「俺達はここで別れるけど、アンタはどうする?」
そう尋ねると、イルヴィーラは疲れたような笑みを見せる。
「出発いつですか?」
おそらく早い方が良いだろうと、キルトも考える。明日、運が悪ければ二日後になるが、何の問題もない。
「明日、だろうな。宿は確保しておけよ、家には泊めねぇからな。また連絡はする」
「はい。では、休ませてもらいます。少しだけ、疲れました」
ずっと気を張っていたのだろう。もし彼女の話を全て信じるなら、その心中には凄まじい負荷がかかっているはずだ。グリブスレイドでは失敗し、それでも諦めずにここまで来た。その執念は親として間違っていない。正しい感情だった。
弱々しい足取りでキルト達から離れていくイルヴィーラを複雑な心境で見送り、アリスとミコトに目を向ける。ここからは忙しくなるはずだ。
「俺はファル爺の所へ行ってくる。アリスは報告に行ってこい」
「あれ、キルトが報告しなくて良いの?」
「アリスよぉ、他に用があるのに揃って行く事ねぇだろ。それに、報告に関してはお前とミコトが行けば済む話だからな」
それから、伺うようにミコトの瞳を見詰める。
「良いよな、ミコト」
「別に何だって良いだろ。アタシは構わねェよ、テメェなんざいらん」
了承の意を示し、陽気に笑うミコトを確認したキルトは冷静に横へ目を落とした。そこには、冷や汗を流すアリスの姿があり眉を寄せる。
「どうしたんだよ」
「え? いやぁ、何でもない何でもない。えへへ、大丈夫大丈夫」
そこで初めて、アリスが何を思っているのかを知る。ミコトに畏怖のような感情を抱いているのだ。あの戦闘を見た後ならば仕方の無い事である。ミコトを上目使いでチラチラと見ながら、頬をひきつらせるアリスの頭に手を置いた。
昔、ミコトの実力を知った時には同じような感想を抱いた。キルトの場合、彼女を上回る力の持ち主がずっと傍にいたので、まだ立ち直るのは早かったと思う。一生、追い付けない領域にいる人物とは怪物に見えてしまうものだ。
「本当に大丈夫だよな?」
強く、清廉な青の瞳を返された。他人を怪物と思っても、それを受け入れる器がアリスにはある。優しくて、清らかな心の持ち主なのだ。
「平気だよっ。報告くらい、ひとりでできるもん」
「よし、良く言ったぜ。それじゃあ、報告が終わったら先に帰っとけ」
これから色々とする事があるので、キルトが帰宅するのは夜になってしまう。明日も朝早くから準備を進めなくてはならないが、アリスには休息も必要だ。
「キルト、遅くなるの?」
「まぁ、ちょっと遅くなる。飯食って寝てろよ、明日は早いぜ」
「うん、分かった」
体調を万全にしておくのも冒険者として大事な事だ、そう言い聞かせているアリスには自分の疲れが分かっている。報告もミコトに押し付けて帰ってしまえば良いのだ。キルトならそうするが、優しいアリスは無理だろう。なら、キルトが帰ってくるまで待っている必要など無い。
それから、ミコトと明日の予定について打ち合わせをしてから二人と別れた。
キルトは街の外れへ向かって歩きながら、今回の依頼について改めて考えてみる。明らかな裏がある依頼、大抵の問題はミコトが解決してくれるだろうが、保険は持っておいて損はない。
これからキルトが会うのは、ファメルソウドという名の老人だ。彼はこの街、メツトリシムの裏に生きる人物で主に情報と保障を扱う仕事をしている。冒険者は危険な仕事が多いので、死んだ場合や何か問題があった場合に保険をかけておく。
ゴブリン討伐の依頼に向かう前、キルトはアリスに老人と会わせて保障についての手続きを行ってもらった。少なくない金額は要求されるものの、商売としては良心的である。更に、情報屋の側面も持つファメルソウドは、メツトリシムだけでなく周辺の都市にまで名が知れていた。
そして、キルトの過去について少しだけながらも知っている人物でもあった。メツトリシムに来て、色々と助けてもらった代わりに過去の一部をファメルソウドに話したのだ。
忌々しい過去の残骸に、憧憬と共に憎しみを覚える。許されない、呪われた人間のキルトを救ってくれた彼と暮らした日々は宝物だ。だけど、自らを蝕む罪悪感と怨言が頭の中に響いてくる。かつて奪ってしまった命、恨みの念がキルトを苛んでいった。
ーークソッタレが。
腐った果実のように脆い心を奮い起たせても、諦めきれずに醜く足掻いたとしても、目を逸らし逃げ出しても、罪はキルトの心を壊していく。それが自分自身で行われている事に、無意識に気付きながらも間違った思考で見ないふりをするのだ。
不意に、十年前に出会った少女を思い出す。空っぽな自分を傷付けて、自分には何も無いと泣きわめいた少女。五年前から見ていないが、彼女は元気だろうか。初めてキルトが他人に手を差しのべ、救えた。自分が無価値ではないと教えてくれた彼女の前から、キルトは逃げ出した。最低の行為をしてしまった。
やはり、間違う事でしか生きられないのか。認めてしまえばきっと楽になるだろう。しかし、それはアリスを見捨てる事だ。アリスに関する全てに正しくあろうと決めた意思を折るわけにはいかない。
アリスがいないと何も出来ないクズだな、と自嘲気味に笑った。彼女を失えば、何もかもを拒絶して生きる事も出来ない。それこそ、アリスとの絆さえも否定して世界を呪い続ける。
ーー呪われた子にはお似合いだけどよ。
だが、諦めるにはまだ早い。その手に何も無くとも、アリスとの絆が残っている。『軌跡の残骸』が、楽になる事を拒んだ。受け入れて、まだ頑張ってみろと。
ーーあァ、頑張ってやるよォ。
これまでも、これからも、この呪われた身で頑張ってみせる。




