話の腰を折る、ある回送
ーーメツトリシムに向かう道中、別に危険も問題も無かったがこんな会話があった。
「そういえば、どんな子なの?」
アリスは馬に乗るイルヴィーラを見上げながら、疑問を口にする。これはキルトも気になるところで、僅かでも情報があれば依頼の成功率に関わってくる事から、聞き耳を立てた。
「そうですね。容姿は私に良く似てる、と言われてました。性格は父親譲りで、好奇心の塊とでも言うべきでしょうか、とにかく元気な子でしたよ」
その口調に違和感を覚えながらも、話を促すようにキルトもイルヴィーラに顔を向ける。視界の端に映るミコトも、キルトと同じような感想を抱いたのだろう、大人しく話を聞いていた。
「私といた時は髪は長かったのですが、グリブスレイドで見たあの子は肩くらいまでしかありませんでした」
「他には何か変わっていた点はあるか? いや、俺達が見てすぐに分かる目印とかは?」
何よりも詳しい容姿が分からなければ探しようもない。本当にメチャクチャな依頼だが、大金の為には仕方がないと割り切る。
キルトの問いに、思案している様子のイルヴィーラは頬に手を当てながら話し始めた。
「目印は、特にありません。アリスさんと似たような背格好で、年も同じくらい。瞳の色は明るい緑で、髪はアリスさんのような見た目です。後ろ姿だけを見れば、かなり似ていると思いますよ」
確かに、話を聞く限りでは目立つ容姿ではないと隣のアリスを見る。少女と言う者もいれば少年と勘違いするような見た目だが、整っていないわけではない。母親のような美貌は受け継がなかったが、十分に可愛らしいと呼べる。
後ろ姿だけでも似ていると知ったからには、アリスにはあまり期待出来ないだろう。言葉でしか情報が入ってこない彼女には、イメージが困難だ。誰も、自分の後ろ姿など正確には想像出来ない。
それでも、キルトはアリスを連れていく。彼女が望んだ事だから、精一杯それに応えなくてはならなかった。正しい事だと信じながらも、奥底で蠢く感情に目を瞑る。それを自覚しながら、キルトはアリスに強くなってもらいたかった。
「ま、有益な情報だ。取りこぼしの無いように、知ってる事はどんどん話してくれよ」
「私でお役に立てるならば、どんな話もします」
とりあえず、質問すべきなのはイルヴィーラが見た子供。どんな場所で、どんな状況で、何か一つでも正確な情報になれば大きな収穫だ。
「アンタが子供を見た状況を出来るだけ正確に、分かりやすく伝えろ。どんな些細な事でも見落とさない為に、無駄と思うことまで話してくれ」
「はい。まず、私は大市が開いていたグリブスレイドで商売をする為に行きました」
「何を取り扱ってたんだ?」
「古代遺物の注文が入っていたのでその取引と、後は建物を借りて毛皮や薬、香辛料といった大口の取引をしていました」
ならば、イルヴィーラが行った時期は大きな市場の開く賑やかな時。領主に建物を借りたのだから、もちろん都市の中を散策する暇など無かった。活動範囲は市場周辺だと考えると、拐われた子供がいる場所にしては不自然だ。
しかも、イルヴィーラは大口の取引を扱っていたのである程度の期間はグリブスレイドに滞在していた。その中で一度だけしか目撃しなかったのは、目的の子供が大市か目当てでグリブスレイドに居ない、という事になる。いくらなんでも視界に入って見逃すとは考えにくい。
「滞在日数は?」
「一ヶ月くらい、でしょう。あの子を見てから三日は、色んな人を雇い、探しました」
「何人、どんな奴等を雇った? できれば報酬額も言ってくれ」
ここで気になる点が一つ。一ヶ月の滞在、その中で捜索期間が三日というのは短すぎる。キルトは雇われた側に問題があったのだろうと予想しながら質問した。
「仲介人に情報屋を紹介してもらい、後はお任せしました。動いていた人数までは正確に把握していません。成功報酬に金貨五十枚を提示したので、かなりの規模で動いていたはずです」
ここでも、おかしな点が出てきた。情報屋というのは信用と実績が無ければ務まらない。なぜ、三日で依頼を放棄する事になったのだ。金貨五十枚は間違いなく大金で、必要な経費を差し引いても十分に稼げる。
「それで、三日が経過した時に情報屋が言ってきました。報酬はいらない、全力を尽くしたが見つけられなかった、と」
予想通り、情報屋は何かを掴んだから三日という期間で終わらせた。見つけられなかったのではなく、見つけたのだ。報告する義務を放棄したのは、よっぽどの理由があるのだろう。そして、わざとイルヴィーラにその事を告げている。本当に無理ならば、もう少し時を置いて言ってくるはず。
おそらく、情報屋は報告出来ない理由がある、という事実を伝えたかったのだ。そして、どれだけ有能な情報屋かは知らないが、たった三日で見つけてはならない何かを見つけられた、というのだから正攻法で調査をすれば行き当たる簡単な調査だった。
いくらでも中身を推測するのは可能だが、それでも推測の域を出ない内は無闇に結論を出すのは駄目だろう。
「で、ミコトの話を聞いてここまで来たって事か」
「ええ。近くの森にゴブリンがいるというので、様子を見ていました」
「賢明だな。そのおかげで無駄な労力を使わずに俺達を見つけられたんだから」
肩をすくめて、ミコトへ視線をやる。やはり彼女も気付いていた。イルヴィーラの話から漂う違和感と疑念に。一応、メツトリシムの街でも少し動いておいた方が良い。その辺はミコトよりもキルトが適任だ。
「詳しい話はまた落ち着いてからだ。まずは、街に帰らないと落ち着かねぇ」
何かを忘れているような気がしてならない。胸にある異物に気持ち悪さを感じている今、正確な思考は出来ないだろう。眉間にシワを寄せながら、消化不良な何かを思案する。
「何を幸薄そうな顔してるの?」
ふざけた口調で明るい声を出すアリスに、キルトは目を剥いて反論した。
「元からこんな顔だ! 表情って言えよ! その言い方は悪意しか感じねぇんだよ!」
人相が悪いのは自覚している。それでも幸が薄いとはあまりにも失礼な感想だった。
「だって、キルトが怖い顔してるからさ」
「だ、か、ら、人相が悪いのは元からだって言ってんだろ!」
彼女は時おり無自覚にキルトの心を抉ってくる。それでムキになって泣きそうになるキルトも大人げない。赤が強く、ツヤの無い焦げた茶色の瞳にはうっすらと水分が運ばれている。
「いや、それは言うまでも無い事だよ。私が言ってるのは、難しい表情してるなぁ、って事」
日常を日常として認識出来ている。それはこんなやり取りに慣れてきたからだ。きっとアリスの心配は、心の奥底に留まり汚泥を取り払ってくれる。
この絆を決して拒絶させない、手放さない。何があっても、誰が何を言おうとアリスとキルトの間には確かな絆が存在するのだから。
何があっても、絆をーー




