いざ帰ろう。月が見下ろす街へと心の汗を流しながら指を指す
ひとまず、約束通りに本拠地のメツトリシムへ帰る事になったキルトは、ミコトとアリスを探す為に村の中を歩いていた。勇者と出会った場所からゆっくりと歩いて五分、目的の二人は見つかった。
いつもと変わらずに隙の無い身のこなしで歩くミコト。彼女の後を気まずい表情で追うアリスはキルトに気付くと目を逸らし、だらだらと冷や汗を流した。
それだけで全てを察したキルトは泣きたくなる。十中八九、アリスはミコトに話してしまった。こんな面倒な依頼を受けたと知れば、ミコトは確実に興味を持つだろう。そうなれば、依頼は彼女に流れる可能性がありそれだけは絶対に阻止しなければならない。
「よ、ようミコト。どこに行ってたんだよ」
「ムカつく音を斬ってた。そんな事より、面白そうな事になってんじゃねェか」
アリスからの情報であるならば、重要な事は知らないはず。ある程度の推測は出来るだろうが、肝心な事は知らないと結論付ける。大丈夫、と自分を鼓舞して自分の手札がミコトよりも遥かに多く有効なものであると、頭の中で確認した。
「アタシにも噛ませろよ」
勘違いをしていた。彼女は望めば大抵の事は叶ってしまう。圧倒的すぎる暴力と権力によって、キルトなんて簡単に潰されるだろう。世の中、何か間違っていると嘆いてみるが、それで状況が改善されれば幾らでも悩んでいる。結局、ミコトに対抗できる手段なんて無いのだ。
「しかしよぉ、お前がそんな事言うなんて珍しいじゃねェか」
「あァ? アタシは付き合ってやるって言ってんだよ。それに対する答えはハイ、だけだ」
どうやら彼女は苛立っているようだ。何があったのかは知らないが、余計な刺激はしない方が良い。ここは大人しく首肯し、次にアリスをジロリと睨んだ。
吹けない口笛で誤魔化そうとする彼女はきちんと反省しているはずだ。だから叱ることはせず、鬱憤を張らすように緩く頭をはたいた。
「うぅ……。ごめんなさい、キルト」
これが思いの外、ダメージを与えたようだ。叱るよりもこちらの方が有効なのか、と頭の中へ刷り込んでいく。
「まぁ、やっちまった事は仕方ねぇ。次はねェぞ」
言い訳もしない潔さが美徳だとは思わないが、素直さに免じてこれ以上の追及はしないでおいた。次はない、という厳しい言葉もアリスを思っての事。学習能力の高いアリスは、同じ過ちを犯さないはずだ。
「これから一度、メツトリシムに帰ってから報告。その後はグリブスレイドに行く事にしてるからな」
「グリブスレイド……? あァ、あそこか」
「着いてくるなら勝手にしろよ。かなり離れるかもしれねぇからな」
「…………」
キルトの言葉に反応せず、黙々と何かを考えるミコトを放っておき宿へ急ぐ。決まった以上、早く行動して損はない。ここからメツトリシムの街まで数時間なのは冒険者であるキルト達だからだ。イルヴィーラがいれば到着は少し遅れるだろう。
メツトリシムを出発するのは明日になる。組合から報酬を受け取るのも、グリブスレイドから帰ってからになるが、別に良い。もう大金が入ることは確約されているのだから。
これをミコトに伝える理由はないが、伝えない理由もない。胡散臭い依頼を、慎重なキルトが受けたのだ。彼女ならば多額の報酬が入ると予測しているはず。もし訊かれれば答えよう、という考えをしていた。
五分後、宿の前に立つイルヴィーラとどこかに預けていたのだろう、荷物を乗せた馬車があった。
「待たせたな」
「いえ。……そちらの方は?」
ミコトに気付いたイルヴィーラは、首を傾げて美しい笑みを浮かべた。ここ最近、荒んでいたキルトを安らげるような笑みだ。
「最初、アンタが探してたミコトだよ。まぁ、色々とあったが結局は同行する事になった」
「初めまして。私は商人をしておりますイルヴィーラ・フォーファルスです」
「ーー気に入らねェな」
自己紹介をするイルヴィーラに、ミコトは不機嫌な表情で何かを呟いたがここにいる者には聞き取れなかった。こんなにも煮え切らない態度を取るミコトも珍しいと、キルトは少しだけ感動を覚える。
相変わらず、刃のように鋭い目と攻撃的な瞳、高慢な笑みを浮かべながらミコトは名を名乗った。
「ミコトだ。この馬鹿が依頼を受けたみてェだが、報酬はいくらなんだァ?」
「……言ってもよろしいのでしょうか?」
ミコトに訊ねられたイルヴィーラは、戸惑った雰囲気でキルトを見る。仕事の報酬額が大きい、仲介者を通さない個人の依頼だということで情報は慎重に扱わなくてはならない。彼女の反応も当然だ。とりあえず、了承の意味で頷いておく。
釈然としない様子でイルヴィーラは報酬額を言うと、流石のミコトを目を剥いた。と、同時に射殺すような視線をキルトに送る。
「大丈夫だって。心配すんなよ。きちんと俺の目で視たからな」
魔力を扱える者、それも上級者は相手の仕草や動作である程度の感情を読み取れる。キルトはそれを行い、イルヴィーラがこちらを騙すつもりはないと判断した。
「心配なんかしてねェよ。テメェは馬鹿で間抜けで雑魚だが、他の奴よりほんのちょっとは信頼出来る。別に、テメェを疑ってるわけじゃねェ」
ミコトは基本的に相手を信頼しない。圧倒的な能力を持つ彼女は他人を信頼する必要がないからだ。この場合、彼女が言った信頼という言葉の中には大きな意味が含まれる。つまり、キルトという人物を認めていた。
少し、ほんの少しだけ心が洗われていく。過去に共にいた彼も、力という面ではキルトを認めていなかった。この世界で本当の意味で言われた、信頼の言葉。きっと彼女は率直な気持ちを伝えただけだが、キルトは胸からせり上がってくるモノを留めるのに必死になる。
顔を紅潮させ恥ずかしげに、だけど誇らしげにキルトは笑った。
「当たり前だろうが。どんどん信頼しやがれ」
「調子に乗んなよ、能なしがァ」
ーーその様子を、アリスは光の失った瞳で見ていた。
だが、キルトは気付かないまま話を進めていく。ここで時間を浪費するくらいなら、道中で話していた方が暇潰しにもなるだろう。
なぜか、イルヴィーラは目を見開いてアリスを見ていた。同じように視線を下げると、そこにはいつもと変わらないアリスがいる。どこまでも澄んだ青の瞳で見上げる彼女に異常はない。
「どうしたの?」
「あぁ、いや、何でもねぇ」
癖になりつつある、頭を撫でる行為をしてから再びイルヴィーラに向き直る。
「そんじゃ、そろそろ行こうぜ」
この村からメツトリシムまでの道は整備されており、盗賊や魔物は出てこない。大きな街の近くという事もあって、道中には人通りもある。それなのに何とも豪華な人間に護衛されている、とチラリとミコトを見て苦笑した。
村の出口まで歩き、キルトは何かの気配に振り返った。魔力で視界を鮮明にして、気配の正体を探る。
ーーアイツ……。
そこには白銀の少女が物陰に隠れるように立っていた。名残惜しい、無表情の中に含ませた感情から、今にも走って来そうな雰囲気を感じ取ったキルトは冷たい瞳で少女を睨んだ。
身を震わせ、少女は諦めたように村の中へ消えていく。これで最後だとは、もう思わない。
だけど、二度と会わない事を願いながらキルトも背を向ける。
ーー少女からか、自らの罪からか、今のキルトに答えは出ない。
投げられた賽に見ないフリをして、キルトは勇者と巫女から離れていった。




