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情も金も、天秤には乗らずに決壊する

「お断りだ。ふざけんな」


 この依頼は受けるわけにはいかない。いくら真摯にお願いされても、これだけは冒険者として受けるはずがなかった。誘拐された子供を助ける、なんて冒険者の仕事ではないのだ。各地に点在する騎士団に駆け込むのが当たり前である。


「考える隙もなく、ですか」


 苦笑混じりの笑みが、僅かに歪む。依頼を受諾するとでも思っていたのか、それならば見当違いも良いところだ。思ったより頭は悪いのかもしれない。


「当たり前だろうが。アンタ、頭は大丈夫かよ。冗談じゃない、ふざけてるとしか思えねぇよ」


「うーん、それには同意するかな。ごめんなさい、イルヴィーラさん」


 アリスも申し訳なさそうに目尻を下げ、イルヴィーラに謝罪する。基本的に馬鹿なアリスだが、キルトと共にいる事でこういった依頼には鼻が効く。今まで、どれだけ騙されたか。


「お話だけでも聞いてくれないですか? 貴方達がなぜ断るのかは理解しています」


「納得出来るだけの材料がある、って事か?」


「はい。これで納得出来ないのならば、この話は断っていただいて構いません」


 頭に手を当てて考えてみた。もし納得出来たとして、受諾した依頼はきちんと遂行しなければならない。この点で、キルト達の実力では厳しい。更にキルト達にはゴブリンロードに関しての報告が残されている。あまり時間をかけていられない。


「その前に、一つだけ言っておくぜ」


「何でしょう?」


「俺達は昨日、依頼を終えたばかりだ。当然、組合に報告する義務が発生しているわけだが、あんまり時間をかけられねぇ。アンタの依頼に取り掛かるのは、この報告が終わってからになる」


「……仕方ありません。私にも引けない理由がありますから」


 やはりどこかおかしい。別に訳ありの依頼を受ける事に抵抗があるわけではなく、要はイルヴィーラという人物が信用出来るかどうか。今のままでは不明瞭な部分が多すぎてとても彼女を信じる理由が無さすぎた。


「じゃあ、話だけは聞いてやる。受けるかどうかは俺達が決めるからな」


 とは言っても、イルヴィーラは運が良かった。彼女の目の前にいるのがミコトであったら、問答無用で退出していたはず。まだキルト達は話を聞く態度を取っているだけマシだ。


 真剣な表情で、彼女は話し始めた。


「あの子が拐われたのは二年前でした。既に夫は他界して、彼から引き継いだ地盤が固まりつつある時期。あの子は誘拐されたんです」


「ちょっと待て。話の腰を折って悪いが、本当に二年前なんだな?」


 仮にその頃、騎士団に助けを求めたとして、その子供が戻っていないという事はーー


「望み薄だぜ、姉ちゃん。もうどこかに売り飛ばされてるか、死んでるかのどっちかだ」


 可能性としてはどちらも濃厚である。大方、誘拐したのは人身売買を主とする犯罪組織。彼等に売られた人間の末路は悲惨なものだ。過去に幾つもの組織を潰してきた経験から、そういう人間を見てきた。過去を奪われて、未来を見る権利も無い人間に希望なんてない。生きる屍となって他人に搾取されるだけの人生が待っているだけだ。


「人身売買組織に捕まった奴に救いなんてねぇんだよ」


 それでも必死に救おうとした人物がいた。キルトは彼を間違っていると思うが、滑稽だとは思えない。傷だらけになりながら、救いの無い人間に救いの手を差し伸べようとする彼の行いは立派なものだ。


 だからこそ、救われない人間を知っているキルトは残酷な真実を告げるように、イルヴィーラの目を見る。


「見たんです。あの街で、あの子を見てしまった」


「見間違いだ、残念だけどな」


 諦めさせる意味で、キルトは断じてみせた。けれど、イルヴィーラは清楚な装いを崩し興奮した様子で身を乗り出してきた。


「間違えるはずが無い! 私があの子を間違えるなんて、あり得ません! あの子は今も生きている。私が……母親である私が救わなければならないんです!」


「イルヴィーラさん……」


 悲痛な表情で訴えるイルヴィーラに、アリスを同情を隠せないように唇を噛んでいた。会ったばかりの人間にここまで感情移入をするのは、アリスの長所であり短所でもある。優しすぎる事は、最良とは限らない。


 キルトはアリスの頭に手を乗せて、柔らかい口調で言う。


「アリス、お前はミコトを探してこい。ここから先は俺が聞いておいてやるからよ」


 こうして言えば、アリスは拒否しない。それを分かっていながら言う辺り、卑怯な人間だと自分を恥じてしまう。


「でも……!」


「良いから早く行けよ。これも必要な事なんだぜ」


「……分かった」


 それでもアリスは聞いてくれた。納得していないながらも黙って椅子から立ち上がり部屋から出ていく。


 大丈夫、これが正解なんだと言い聞かせてキルトはイルヴィーラに鋭い視線を向けた。


「アンタのせいでアイツが悲しんだじゃねぇか」


「優しいんですね。母親として言わせていただきますが、甘やかし過ぎるのも良くないですよ」


「余計なお世話だ。それにアイツは俺の子供じゃねぇんだよ」

 

 年齢的にもあり得ない。そんなにも老けて見えるのかと、ジトッとした目で睨んだ。


「いえ、貴方達からは親子のような絆を感じまして」


「まぁ、似たようなもんだ。」


 絆、という言葉に反応してしまうのは仕方がない。それが歪んだものでも、キルトにとって何よりも大事なものなのだから。


「話が逸れた。続けろよ」


 そうですね、と言ってイルヴィーラは話を続ける。


「十日前、グリブスレイドであの子を見たんです」


 グリブスレイド、月のノドと呼ばれる古代遺跡がある都市だ。フィストンプルでも有名な都市で、遺跡を目指す冒険者にとっては聖地のような場所である。最近は治安の悪い場所で知られているが、それでも国で有数の都市と言える。


 キルトが住むメツトリシムという街から八日程、移動した場所にある。キルトといった腕利きの冒険者の足では五日、イルヴィーラならば八日というところだ。勿論、彼女も徒歩でここまで来たわけではないだろうが、目安としては妥当だろう。


「色々と調べましたが、何も分からない。二年前に起きた事件など、騎士団には相談出来ません。だから、有名な冒険者のいるメツトリシムへ足を運びました」


 その冒険者とは勿論、ミコトの事だ。他にもブレンニアといった腕利きが集まるメツトリシムの街は、こういう依頼をするにはうってつけの場所だろう。グリブスレイドにいる冒険者はほとんどが遺跡に入るだけで、便利屋紛いの事はしない。


 一応、筋は通っている。だがキルトはこの依頼を断る方向へ決めていた。あまりにも困難で、信憑性の無い依頼だ。おそらく、組合の仲介者へ依頼をしても流れるだけ。だから個人で依頼しようとしたのだろう。


「……信じていただけなくて結構です。ただ、私が納得出来ればそれで良い。最悪、あの子を見つけなくても。勿論、報酬はかなりの額を用意します」


 あまりにも切実な願いは、キルトの心を揺さぶってくる。それでも冒険者として、断らなければならない。


「報酬っていくらだ?」


 しかし一応、報酬の話だけは聞いても良い。聞くだけ、ただそれだけだと溢れてくる欲望を必死に抑えた。


「フィストンプル金貨で百枚。前金として十枚を用意しております」


 あっさりと理性が崩壊する。心の壁が決壊する音が頭の中に響く。それはキルトがどれだけ頑張っても稼げない金貨の数だ。恐ろしい金の魔力に取り付かれたキルトは、顔を真っ青にして強張った表情を見せる。これだけあれば、しばらく遊んで暮らせる。


「そ、そ、そうか。はは……金貨百枚、ですか」


「これが私の払える限度額でしょう。商人として終わるかもしれませんが、どちらにせよもう良いんです」


 振り切られた欲望は、理性の天秤を容易く破壊する威力を持っていた。


「え、え、え、えぇ、えぇ、本当に、払えるんですかねぇ」


「何なら、証拠もお見せしましょうか」


 するとイルヴィーラは、商人組合の金庫に預けている証明として、一枚の紙を差し出してきた。


「金貨、百二十枚……。あわわわわわ」


 大変な事になった。最後の抵抗として、キルトは聞いてしまった。もう声が上擦って、何が何だか理解出来ない。


「ほ、報酬を払わずに逃げたりは……」


「こちらも前金を持って逃げられるわけにはいきません。私が監視役として同行します。本来なら必要ありませんが、額が額なので他にも信用出来る人間を付けましょう」


 キルトは目の前が真っ暗になった。気付いた時には首を縦に振り、了承の意を示していた。


 ーーその間も、魔力による視力の強化は解かずに、彼女の動作から与えられる情報を探っていた。

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