鐘の音を聴けない者達の踊り場
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「ねぇ、アンタは俺が何なのか知ってるんだろ? 何で俺を拾ったんだよ」
まだ幼かったキルトは、自分を否定して生きてきた。だから自分は存在出来た。そんな呪われた存在なのに、救おうとする彼に疑問を投げ掛けた。
「んー、生意気なクソガキだろ。俺は大人だから、泣き虫なお前を救わなきゃな」
「答えになってないよ。……呪われた子、なんだ。本来なら、俺が生きてちゃいけないのに」
「止めろ止めろ。暗いんだよ、お前は。深く物事を考えるのは大人になってからだ。それまでは鼻水でも垂らして、子供らしく好きな事をしてれば良い」
彼は、本当に良く笑う。その裏に隠された悲しみも、傷も見せないよう、救われなかった者達への鎮魂のように、明るく笑う。こんなにも強いのに、彼は自分を犠牲にしてまで人々を守らなければならない。
これは嫉妬なのだろうか。醜い部分を晒され、眩い光に焼かれそうになる心が、悲鳴混じりに訴えかけてきた。お前は救われない、救われる事は許されない。
狂気の歌声が記憶に響く中、自らを苛む痛みを和らげるかのように頭に手が乗せられる。
「正直、俺はお前に重ねてたんだよ。俺にも子供がいてな、お前よりもずっと小さくて可愛らしいけど、今は会えない。寂しさを紛らわせる為かもな。卑怯な奴だろ? 他人の為とか言っても、結局は自己満足なんだよ」
「違うよ! アンタは、アンタだけはそんな事言うなよ! その、あれだ……感謝くらいはしてるんだからさ」
間違い続けてきた彼も、キルトに関してだけは間違った事をしていない。それだけは自信を持って言えた。たとえ、彼の想いも感情もキルトに向いていなかったとしても、認めてしまう。
彼は誰よりも偉大な行いをしてくれた。守れなくても、救われていなくても、彼がキルトに与えてくれたモノはかけがえのないモノだ。だから、今度はキルトから彼へ与えたいと思っている。
罪から逃れる為、多くの者を救おうと、キルトは強くなる事を望んだ。それは、彼の在り方に少しだけ似ていたからなのかもしれない。赤と銀しかなかったあの地獄から手を差し伸べてくれた彼に憧れ、嫉妬して、憎しみと怒りを抱きながらも、どこか信愛の念を向けている。そんな彼に報いる為、死んでいった者達よりも多くの者を救う。
感謝の言葉だけでは足りない。彼を癒やす為に、どんな方法を使ってでも強くなる。
「感謝、か。くそぉ、可愛い奴めっ!」
「うわっ、止めてくれよ。小さい子供じゃないんだからさ」
荒々しく頭が撫でられ、キルトは反抗の意味で鋭い視線を向けた。
「俺にとっちゃ、まだ小さなガキだけどな。可愛い、普通のクソガキだ」
「……時々、アンタの子供が羨ましくなる」
きっと、誰よりも綺麗な心を持っているんだろう。自分のように醜い化け物など飼っておらず、彼と同じ光を持っている。
「そうだろそうだろ、アリスって名前でな。将来は物凄い美人になるぜ。それは間違いない」
「ウゼェし気持ち悪い」
「ハハハ、そう拗ねるなよ」
「拗ねてないし」
「お前も、俺にとっては子供みたいなもんだ」
その言葉に、込み上げてくる感情を必死に堪えた。怨嗟の声を子守唄に、闇の中が揺り籠だったキルトが彼と接する事でどれだけ癒されてきたか。
多分、意識もしていない。正直な気持ちを伝えただけであろう彼は、感情を抑えるキルトに怪訝な表情を作った。
「どうした? 泣きそうになってるぞ?」
「うるさい! 誰が泣くか!」
「うおっ、何だよ危ねぇな」
苛立ち混じりに、力ない拳を彼に当てた。甘んじて受け止めてくる彼は、きっと見抜いている。
だから、彼と同じようにキルトも笑った。その笑顔が歪んでいても、笑い続ける。
ーー最後の時が訪れるまで、未来に目を背けながら。
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結局、勇者と巫女がなぜここに来たのか分からずじまいだった。後悔に頭を抱えながら、キルトは地面にうずくまっている。
「言わんこっちゃない。だから会いたくなかったんだよ、クソッタレ」
あんな醜態を晒して、大手を振って歩ける程キルトは図太くない。今は、誰とも目を合わせたくない。
「キルト……」
何やら深刻そうな声をアリスが出しているが、今のキルトには聞こえていなかった。本物の恥とは、こういう事を言うのかと望まぬ初体験に体を震わせる。
「キルト……!」
「何だよ! こっちは今、大いに反省してるとこなんだよ!」
下に向けていた顔を上げ、アリスを見た。
「何してんだ、お前」
潤んだ目で睨んでいるアリスは、口を尖らせ不満を訴えてくる。同時に、何故か手にはパンを持っておりキルトに差し出していた。どこに隠していたんだ、という疑問はあるが素直に受け取っておく。
「食べて、元気出して」
良く見れば混乱したように目が泳いでおり、完全に錯乱状態だと分かる。アリス自身も何をしているのか、その意図が分かっていないようだ。
「何でパンなんだよ……」
正直な気持ちを言えば、きちんとした朝食が食べたい。金ならあるのだから、宿に帰り朝食を食べる事は出来る。勇者と出会ってしまったからには、出発は遅くても良いと考えていた。
ともあれ、こんなアリスを放っておくことは出来ないので、絶対に元気出ないと思いつつもパンを口にした。パサパサとした感触と、数日置いたようなパンは尋常ではなく堅かった。
「アリスこれ、食用ちゃう! 皿や!」
裕福な者の中には、パンを皿にしてその上に食品を乗せて食べる猛者もいるらしい。キルトなんかは一度もしたことがない贅沢な行いだが、まさかここで皿のパンが差し出されるとは予想も出来なかった。
「あはは、変な喋り方」
ようやくアリスに笑顔が戻り、キルトも胸を撫で下ろす。無理やりにでもこのパンを食べようと思えば、魔法を使わなければいけなかった。恐ろしい事だが、そんな無茶もしなくては良さそうだった。
「ったく、歯が折れるかと思ったじゃねぇか」
「ごめんなさい。昨日、商人の人に貰ってたんだよ」
「そうかいそうかい。じゃあその野郎をブッ飛ばしに行かなきゃな」
元気は出ていないが、アリスの心遣いに笑みを浮かべながら宿に戻っていく。道中、村人達はキルトに好奇の視線を浴びせていた。勇者と口論した阿呆、そんな印象を持っている事が分かった。
一方で、勇者が来ても仕事の手を休めない村人達に多少なりとも畏敬の念を抱く。光の勇者の特性を考えれば、キルトやミコトといった例外を除いて、一目見ようと群がっていてもおかしくはない。
おそらく今、勇者達は村長の家にでも行っているのだろう。さすがに発つ時は盛大な見送りがあるはずだ。騒がしくない村を見ると、まだ勇者は村の中にいる。
ミコトが何かしらの問題を抱えて来ないか、それだけが心配であったが、平和な村の中だ。よっぽど運が悪くない限り、面倒な事には出くわさない。
一抹の不安を抱えながら宿に到着したキルトは真っ先に食堂へ向かう。
「おっ、兄ちゃん達、お帰り。朝は食ってくかい?」
「食べてくぜ」
既に金は支払ってあるので、食わなきゃ損とばかりに席についた。テーブルの上には、麦を牛乳や野菜と一緒に煮込んだ料理が置いてあった。宿に出る料理として一般的なものだ。
「そういえば、一緒に来た姉ちゃんはどうしたんだい?」
宿の主人が気さくに話しかけてくる。商人や旅人と接する内に、自然とそんな雰囲気が身に付いたのだろう。特に思うこともなく、キルトは答えた。
「どこかに消えちまった。まあ、出発する頃には戻ってくるだろ」
そう言うと、主人は困ったように頭を掻いて苦笑を漏らす。
「あの姉ちゃんに会いたいって人がいるんだがなぁ。そりゃ困った」
「あぁ? ミコトに会いたい?」
という事は、ミコトが有名な冒険者だと知っている人物だ。可能性としては商人が最も高いだろう。ミコトとのパイプを持っていれば、それなりに便利と考える者はたくさんいる。
「この村と取引してる商人で、何だか頼みがあるらしい」
キルトの嗅覚が、金の匂いを嗅ぎ付けた。
「多分、ミコトが冒険者だって知ってんだろうな。けど、俺も有能な冒険者だ。話なら、この俺が聞いてやる」
「んー、まぁ良いか。それ食べたら、話を聞いてやってくれ」
それから主人は件の商人がいる部屋を教え、奥に引っ込んでいった。
「ねぇ、キルト。帰らなくて良いの? 報告しなくちゃ」
いち早くゴブリンロードの事を報告するのが正解の行動だ。しかし、金欠のキルト達は少しでも稼がなければならない。ミコトのように、潤沢な金を余らせている冒険者に仕事を明け渡すなど、キルトには出来なかった。
「大丈夫だって。日数調整と組合への言い訳は考えてる。あんまりにも面倒な依頼じゃなかったら断るからよ」
「うん。稼がなきゃ食ってけないしね」
「そうだ。ミコトには言うんじゃねぇぞ」
これから、たっぷりと嫌がらせをしてやる相手に言う必要はない。一応、分かってはいるだろうがアリスに口止めをしておく。
気が急いて、料理を味わう間もなく口に掻き込み、勢い良く立ち上がった。
「それじゃあ、話を聞きにいきますか!」
鐘は既に鳴っております。
次回は閑話、鐘を鳴らす星達。その次には鐘の音を聴ける者達の種火。




