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何かの鐘が鳴り響く予感、二秒前

 何かが聞こえたような気がしたのだが、考えている隙に青年の言葉が飛んできた。


「悪い事を悪いって言って何がいけないんだよ。普通に考えて、そこの女の人が全面的に悪いだろ。あんたら言ってる事滅茶苦茶じゃん」


 やはり、異世界の住人だ。ここと異世界では価値観が違う。理不尽も、悪徳も、能力が伴っていれば許される事がある。ミコトの暴力はどんな理不尽も通してしまう力があった。


 きっと、平和な世界で生きてきたのだろう。無知ではなく、認識の違い。平和な世界からこんな世界に来てしまった哀れな勇者だ。


 本物の暴力を知らないから言える言葉に、キルトは頭を抱えそうになった。なぜ、巫女はこんな勇者を召喚してしまったのか。これでは、十二年前から何も変わっていない。


 十二年前、つまり二代前の勇者が異世界から召喚された時。まだ幼かった少年は、世界の為に戦った。その結果、悲劇に心が耐えきれなくなって、誰にも別れを告げずに去っていった。


 現実を認識していない阿呆を召喚しても何も解決しない。どれだけ強い力を持っていても扱う技量が足りないし、どれだけ周りを救おうとしても強靭な精神力が無ければ壊れてしまう。それを、二代前の光の勇者で学んだはずだ。


「だから、テメェは守らねぇんだな。光の勇者か何か知らねぇが、どれだけ強くてもその精神が脆弱じゃあ、すぐに死ぬぜ。ここは元の世界と違うんだよ、ガキ」


「そんなの分かってる。ここが日本みたいに平和な世界じゃない。けどな、俺は強い。我が儘を通せるくらいにはな。だからこれは俺の我が儘だよ。違ってしまえば、正せば良い。俺がこの世界に合わせる理由はどこにも無いはずだ」


「クソガキが、意気がって舌巻いてんじゃねぇぞ。そりゃ、売ってんのか? 俺達によぉ、喧嘩を」


 まるで何も理解していない子供の戯れ言だ。何を夢見て、空想してきたかはキルトには分からないが、青年は何か勘違いをしているようだった。


 自分が物語の主人公にでもなったつもりでいるのだろう。自信満々でそんな馬鹿みたいな事を言ってのけた青年は、鋭い目でミコトを睨んでいた。


「キルト、コイツぶん殴って良いよなァ」


 ミコトも理解したのだろう。目の前の青年は未成熟な精神の持ち主で、間違っていない事を信じて正しい事を信奉する阿呆という事に。だから、斬るではなく殴ると言った。これから先、ミコトが青年に剣を抜く事はない。


「好きにしろ」


 疾風が、駆け抜けた。


 一瞬で懐に入り、青年の顔を殴り飛ばしたミコトは冷めた瞳で青年を見下ろす。


「マジで弱いな、お前。本当に光の勇者かよ」


「うるせぇ。いきなり殴りかかってきやがって。不意打ちで調子に乗んな」


 最大限の手加減をした一撃は、意識を刈り取る程の威力だったはずだが、青年は耐えてみせた。おそらく衝撃の瞬間、ギリギリで反応したのだろう。強化魔法も使っていない身で、ミコトの速度に対応した。もっとも、ミコトの方は未だに面白くなさそうだ。


 ゴブリンロードとの戦いで負った傷は既に塞ぎかけている。思わず化け物だと言いそうになるが、そんなことは以前から分かっていた事なので黙っておく。


 チラリと、巫女の方に目をやると無表情を保ったまま事の成り行きを見守っていた。助けるつもりも、介入する気さえ起きていないようだ。


 次にアリスへ。こちらに手を伸ばそうとして、何やら躊躇している。泣きそうに目を潤ませて、悔しげに形の良い唇を一文字に結んでいた。噛み締めるように、空気を浸透させるように息を吸い込んだ。耐えて、キルトを見守る為に。


「クソッタレが」


 ーー泣かせやがって。


 自分を殴りたくなる衝動に駆られる。自分のエゴが原因でアリスに悲しい思いさせてしまった。目の前にもう一人のキルトがいればボコボコに殴っているだろう。


 だけど、そのエゴに従いキルトは一片も間違った行為だとは思っていなかった。アリスに関わる全てに正しくあろうとする理念に反する事はない。


 怒りと共に、キルトは青年を拒絶し否定する事で光の勇者である青年自身に、勇者としての自分を否定してほしかった。哀れな勇者に少しでも救いがあるとすれば、それしかない。


 青年を守る為に、キルトは否定する。きっと、五年前に居なくなったあの人ならばそうするだろう。憎しみの対象であっても、間違いながら守ろうとして、失敗しても救おうとする。


 実際には間違った方法かもしれない。それでも自らに課した理念を盲信しなければ、キルトはキルトで無くなってしまう。レイデンムーンの姓も、意味が無くなり彼を否定する事になる。


 それだけを信じて、自分が信じる正義を行っていく。


「おい、ミコト」


「何だよ」


 ここでは、この場面ではミコトのような圧倒的で理不尽な暴力は必要ではない。意思をねじ曲げるのではなく、理解させるのだ。


「引っ込んでろ」


「テメェまで何言ってんだァ? ぶった斬られてェのか」


「馬鹿は黙ってろ、そう言ったんだ。お前は大人しく酒でも飲んで休んでろ」


 下手ではなく高圧的に、それでも敵意は出さずミコトに言った。彼女を退かせるには、この状況への興味を失わせれば良い。事実、勇者に対して興味を無くしたミコトは去ろうとしていた。


「……どいつもこいつも、糞以下の奴等だ」


 案の定、狙い通りにミコトは矛を収めてくれた。


「悪いな」


 ここからは、青年が静止の声もミコトには届かないはずだ。


「待てよ! 一言、謝ってからーー」


「ストップだ、クソガキ」


 キルトの言葉の意味が通じたのか、青年は険しい表情で顔を向けてくる。


「何なんだよ、あんたには関係無いだろ」


「お前がそう思ってんなら、完全な勘違いだぜ。良いか、お前は勇者なんだろ? 自分の世界の常識を持ち込んで、他人に押し付けるのは間違ってんだよ」


「でも、あんた達がいきなり斬りかかって来なければ、こんな事にはならなかった」


 間違っていない。青年はどうしようもなく正しい事を言っている。


「理不尽は認めねぇかよ」


「認められない。俺は理不尽が大嫌いだ。……日本で暮らしてたクズな俺とは違うんだよ」


「自分が正しい、自分の意見を何がなんでも通す。それも一つの理不尽なのにか?」


「違う。確かに、俺は俺の常識を押し付けようとしてる。我が儘なんだ。正しいと思う事を行うのは、そんなに悪い事か? あんたは間違ってるよ」


 記憶が棘となってキルトを傷付ける。もう正常とも言えない心を奮い立たせて、キルトは言葉を繋げる。


「お前が正しいと思ってる事が間違っていてもか。今回の件だけじゃない、お前が行う全てが正しいとでも思ってんのか? そりゃ、傲慢だろ。見下してるとしてか思えねぇ」


「傲慢で結構。それで誰かを守れるなら、それが正しい事だから。俺は俺の道理に従って行動するんだ」


「まるで子供だな。我が儘を言って、それが通るだけの甘い世界なんかあり得ねぇ」


「だから俺は勇者としての力を持ってるんだ。理不尽じゃない、道理に従って行うだけの力が今の俺にはある。罪もない人が傷つけられる理不尽を否定する」


 それが、光の勇者なのではないか。青年は、真っ直ぐな瞳でそう答えた。


「……それでも、守りきれないものもあるんだよ」


「守るさ。全部、この手で守ってやる。甘いかもしれない。けど、俺は異世界から召喚された勇者だ。その為に、この世界に召喚されたんだろ」


 運命を受け入れる事は、間違いではない。その中で何を行うかが重要だとキルトは思っている。


 過去に想いを馳せながら、記憶の海で凍えそうな心に鞭を入れた。


「この世界を知らない、無知な子供が調子に乗ってるだけだ」



 


 

 注意書。


 言ってる事も行っている事もが滅茶苦茶である事は理解していますが、物語の進行上仕方がないのでこのまま投稿しました。


 

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