第4声目『1年間、よろしくお願いします!』
教壇の前に立った右京先生は、眠たそうに欠伸を噛み殺すと、片手に持っていた出席簿を教卓の上へ放り置いた。
今日が高校生活最初のホームルームだというのに、黒髪には相変わらず寝癖が残り、ネクタイも少し緩んでいる。つい先ほどまで入学式に出席していた教師とは思えないほど、いつも通りの気怠い姿だった。
「右京徹。今日からお前ら1年1組の担任。担当は魔法理論と魔法実技。あと、放送部の顧問もやってる」
そこで一度言葉を切ると、右京先生は眠そうな目で教室をぐるりと見渡した。
「基本、分かんねえことがあったら聞け。分かる範囲なら答える。分かんなかったら他の先生に聞け」
「先生がそれ言っちゃうの!?」
どこかから飛んできたツッコミに、教室内から小さな笑い声が上がる。
「俺にだって分かんねえことくらいある。教師を万能生物だと思うな」
「少なくとも、もう少しやる気は見せてくださいよー!」
「入学初日だぞ? 最初から飛ばしたら一年もたねえだろ」
悪びれもせずそう答える右京先生に、今度は教室中から笑い声が上がった。
すずも思わず小さく笑う。
「まあ、高校生活なんて長いようで短い。勉強する奴はしろ。遊ぶ奴は遊べ。戦技に出たい奴は勝手に強くなれ。ただし――」
右京先生の眠たそうな瞳が、ほんの一瞬だけ教室の生徒たちを真っ直ぐに捉えた。
「無茶して壊れるのだけはやめろ。以上」
一瞬だけ静かになった教室へ、右京先生はすぐにいつもの気怠い表情を戻した。
「……ってことで、俺の自己紹介終わり」
「短っ!」
再び笑いが起こる。
「じゃ、次はお前らな。プリントも行き渡ったところで、定番の自己紹介でもやるか。ただ出席番号順にやってもつまんねえだろ? ってことで、これな」
右京先生が着崩したジャケットのポケットからだるそうに取り出したのは、小さな手作りのクジ箱だった。
クラス中から「えーっ!」「先生、そういうのだけは準備いいんだから」と笑い交じりの声が上がる。面倒くさがり屋のくせに、こういうちょっとした遊び心を忘れないのが、この担任の憎めないところだ。
「俺が引いた出席番号の奴は、名前、得意な魔法、それと使う武器の名前を一言ずつな」
右京先生が気怠げに箱から引き抜いたクジを掲げた。
指名された男子生徒が少し照れくさそうに立ち上がる。中等部からそのまま上がってきたクラスメイトたちは、お互いに知った顔ということもあって、手短に名前と魔法を告げてテンポよくクジ引きの自己紹介が進んでいった。
そんな中、右京先生が次に引き当てた番号で、ひときわ大きな声で立ち上がったのは大山だった。
「お、俺か! 大山陸です! 得意なのは土魔法で、使う武器は闘拳の『地崩』! 高等部でもガンガン暴れるんでよろしく!」
大山がニカッと白い歯を見せて笑うと、次にクジを引かれた隣の列の元気な女子生徒が勢いよく手を挙げた。
「はーい、次ウチね! 火魔法が得意な火野茜! 相棒の武器は木剣の『ブレイズ・バスター』だよ! みんなよろしくねー!」
二人の明るい挨拶に、教室内がドッと楽しげな空気に包まれる。
右京先生が「次ー」とまたクジを引く。教室の空気がピリッと張り詰めたのは、窓際の席に座る美しい少女の番号が呼ばれた瞬間だった。
「……エレナ・フォン・ローゼンベルクです。氷魔法を扱います。武器はレイピアで、名は『氷華』。一応、ご挨拶まで」
(エレナ・フォン・ローゼンベルク……!)
抜けるような白い肌に、輝く金髪。他校の中等部から転校してきたという西洋美人のエレナは、冷たいツンとした瞳で教室を見渡し、特に戦う力を持たないすずの姿を視界に入れた瞬間、あからさまにつまらなそうな表情を浮かべてすぐに席に座ってしまった。
その冷徹な空気を受け、次にクジを呼ばれて少しおどおどとしながら立ち上がったのは、おとなしそうな和風美人の少女だった。
「あの……白雪小春です。私は、武器は持っていません。回復魔法と、家に代々伝わる式神の『白夜』を召喚して戦います。……よろしくお願いします」
小春がペコリと深く頭を下げて座ると、次に当たったのは、すずと同じくらい小柄な生徒だった。
女子と見間違えるほど整った可愛い顔立ちをしており、その口から飛び出したのは、まだ声変わりをしていない可愛くて高い声。そして、天使のような眩しい笑顔だった。
「風魔法を使う、御子柴ハル(みこしば・はる)。使うのは暗器で、武器の名前は『サウザンド・エッジ』」
ハルは小首を傾げ、ニコニコと無邪気に微笑みながら言葉を続ける。
「先に言っとくけど、僕の背が低いからって舐めた口利いたら、容赦なくバラバラに刻んじゃうからね。よろしくね!」
満面の笑みで恐ろしい毒を吐いて座ると、周囲のクラスメイトたちには「お、おう……」と別の意味で背筋が凍るような、圧倒された空気が流れた。
そんな尖った個性にすずが胸を躍らせていると、しばらくして、右京先生が引いたクジで、自分の番がやってくる。
「天音すずです。感情が高ぶると周囲に花びらが現れる完全な非戦闘魔法、『心象花』を持っています。皆さんみたいな武器はありません。……でも、皆さんが全力で向き合うその戦いを見るのが、本当に大好きです。1年間、よろしくお願いします!」
すずが丁寧にお辞儀をして席に座ると、ちょうどホームルームの終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
すずが丁寧にお辞儀をして席に座ったあとも、残った生徒たちの自己紹介が続き――やがてホームルーム終了のチャイムが鳴り響いた。
右京先生が手作りのクジ箱を小脇に抱え、教頭先生への言い訳を考えるようにため息をつきながら教室を出ていく。担任が去った途端、教室内は一気に賑やかなざわめきに包まれた。
「終わったー! お腹空いた! ねえみんな、これから大食堂に行かない?」
真っ先に声をあげたのは火野茜だった。彼女はすずの席までトコトコとやってくると、人懐っこい笑みを浮かべた。
「すずちゃんって言うんだよね! さっきの放送、ウチ聴いてたよ。なんかすごく綺麗な声で、入学式って感じがしてワクワクしちゃった! 一緒にお昼食べに行こうよ!」
「えっ、あ、はい! 喜んで!」
すずが目を輝かせて頷くと、茜はそのまま後ろの席のハルや、小春、大山にも声をかけ始める。
「御子柴くんも白雪さんも、大山くんも行こうよ! せっかくだし同じクラスのメンバーでさ!」
「うん、行く行く! ご飯大好き!」
ハルは花が咲いたような笑顔で、女の子と聞き紛うような高い声で嬉しそうに席を立つ。
「あ、私、皆さんとお話ししてみたいです……」
小春もおずおずと控えめに微笑んだ。
「お! いいねー! 高校生になって最初の飯だし、みんなで行こうぜ!」
大山が嬉しそうに拳を合わせる中、すずは窓際に一人で座ったまま、カバンを片付けているエレナに気づいた。
彼女は誰とも目を合わせようとせず、壁を作っている。すずは思わず、その綺麗な横顔に向かって声をかけた。
「あの、ローゼンベルクさんも、もしよかったら一緒に……」
「……結構よ」
エレナは冷たい氷のような瞳で、すずを真っ直ぐに見据えた。
「私はあなたたちと馴れ合いに来たわけじゃないの。特に、戦う力すら持たない『無能』な人間と、同じテーブルを囲むつもりはありませんわ」
フン、と鼻を鳴らし、エレナは美しい金髪をなびかせて一人で教室を出ていってしまった。
「な、なにあいつ……! すずちゃんがせっかく誘ってあげたのに!」
茜が怒って頬を膨らませるが、すずはショックを受けるよりも先に、エレナのあの毅然とした、妥協の一切ない佇まいに、どこかゾクッとするような「強者の気配」を感じていた。
「大丈夫です、火野さん。……ローゼンベルクさん、すごく真剣な目をされていました。きっと、誰よりも戦うことに命を懸けている方なんですね」
「ええっ? すずちゃん、怒るところだよそこは!?」
茜が呆れたように声を上げる中、ハルがエレナの去った廊下を見つめながら、鈴の鳴るような高音でクスッと無邪気に笑った。
「あはは、高飛車な女だね。僕が風のスピードで一瞬でミンチにしてあげる。」
「御子柴くん、その可愛いお顔と笑顔で、言うことがグロテスクすぎます……っ」
小春が本気で身を縮める様子を見て、大山が「まぁまぁ、飯食えばみんな仲良くなるって! ほら、行こうぜ!」と大きな手でみんなの背中を押した。
賑やかで、少し凸凹な、だけど最高に個性的なクラスメイトたち。
すずはみんなと一緒に廊下を歩きながら、手元に配られた年間スケジュールのプリントをもう一度見つめる。
この中に、5月に始まる『新緑杯』の舞台で、自分だけの物語を紡ぐ「主人公」たちがいる。
まだ出会ったばかりの彼らの人生が、これからどんな光を散らして交錯していくのか、すずの胸の奥は、これまでにないほど熱く高鳴り始めていた。




