第5声目 『私、もっと大きな声で実況できるようにしなきゃと思って……!』
「うわぁ……! すごい人です……!」
ホームルームが終わり、火野茜に腕を引かれるようにしてやってきた大食堂。その入り口に立った瞬間、天音すずは圧倒されて思わず声を上げた。
桜ヶ丘魔法学校は、中学から高校までの6学年が共に暮らす全寮制のマンモス校だ。全校生徒は約千四百四十名。
式典を終えた生徒たちが一斉に押し寄せる昼時の大食堂は、上級生や教職員、さらには運動部系の賑やかな声が入り乱れ、まるで活気あふれる市場のような熱気に包まれていた。
「さすがマンモス校やなぁ! 中等部の時よりさらに人が増えた気がするわ。すずちゃん、はぐれんようにウチの制服の裾でも掴んどきや!」
茜が長いポニーテールを揺らしながら振り返り、快活に笑う。
「あはは、すずちゃんは本当にちっちゃいからね。気をつけないと波に飲まれちゃうよ?」
そう言って鈴の鳴るような高い声でクスクスと笑ったのは、御子柴ハルだ。女の子と見紛うほどの愛らしい笑顔を浮かべているが、すずと同じくらい小柄なはずの彼は、人混みの隙間を風のように滑らかにすり抜けていく。
「おらおら、そこどいたどいた! 新入生様のお通りだぜ!」
後ろから頼もしい大声が響いた。がっしりとした体格の大山陸が、文字通り人混みを割りながら進んでいく。その後ろを、おとなしそうな和風美人の白雪小春が、おろおろと頭を下げながら付いてきていた。
「あの……皆さん、すみません……! 通ります、通して下さい……っ」
「白雪さんも大山くんの後ろにぴったり隠れて! よし、まずはあそこの発券機で食券を買いましょう!」
すずは走りやすい愛用のスニーカーを床に響かせ、みんなを誘導するように自動発券機へと向かった。
魔法学校とはいえ、こういう生活の根幹部分は至って普通だ。並んだ発券機の液晶画面には、おなじみのメニューがずらりと並んでいる。
お金を入れてボタンを押し、発券された食券を持って調理カウンターの列に並ぶ。トレイを受け取り、自分で席まで運ぶセルフサービス方式。この「普通の学校らしい泥臭さ」が、すずはたまらなく好きだった。
「よっしゃあ! 俺は『メガ盛り唐揚げ丼』一択!」
大山がガサゴソと食券を掴んで厨房のオバちゃんに手渡す。
「ウチはこれや! 『旨辛マグマ地獄ラーメン』!やっぱりお昼はガツンと燃えるもん食べたいやん?」
茜が注文したラーメンからは、すでに赤黒い凶悪な湯気が立ち上っている。ハルは「僕は『特製ベリーパンケーキ』と『イチゴミルク』。
甘いものは脳の回転を速くするからね」と、これまた可愛いメニューをトレイに乗せた。小春はおずおずと「私は……きつねうどんで」と、上品な出汁の香りがする器を両手で大切に抱えている。
「おーい、こっちだ! 特等席が空いてるぞ!」
すでにお盆を持った大山が、持ち前のフットワークの軽さで窓際の6人掛けのテーブル席を確保していた。
みんなでトレイを並べ、椅子に腰を下ろす。カチャカチャとお箸やスプーンを準備しながら、大山が「そういや、天音さんは何にしたんだ?」と首を傾げた。
すずの目の前には、お盆こそあるものの、食堂の器は乗っていない。代わりに置かれていたのは、包みに包まれた小さな二段式のお弁当箱だった。
「あれ? すずちゃんはお弁当? もしかして手作りなん!?」
茜が目を丸くして身を乗り出す。すずは少し気恥ずかしそうに頬を掻きながら、包みを丁寧にほどいた。
「はい! 今朝、早起きして作りました。私、せめてたくさん栄養を摂って、実況で大きな声を出せるようにしなきゃと思って……!」
蓋を開けると、そこにはぎっしりと詰まった白米と、タコさんウインナー、玉子焼き、ほうれん草の胡麻和え、そして小さなハンバーグがきれいに並んでいた。
「わあ……すごく美味しそう。天音さん、お料理上手なんですね」
小春が感心したように目を輝かせる。
「いや、でも本当に、実況にかける気合いがハンパねえな!」
大山が唐揚げを豪快に頬張りながら笑う。
「だって、私の声が届かないと、戦っている選手たちの努力が観客に伝わらなくなっちゃいますから。早生まれで体も小さいですし、体力だけでもつけておかないと、長い試合になると、実況の途中で息が切れちゃうんです……あ、でも、今日の朝の放送のあとは、ちょっとお腹が空いちゃいましたけど」
えへへ、とすずがはにかむと、ピンク色の超ロングヘアの隙間から、嬉しさと少しの恥ずかしさを隠しきれない小さな桜の花びらが、ハラハラと二、三枚だけ机の上にこぼれ落ちた。感情が高ぶると現れる彼女の非戦闘魔法《心象花》だ。
「……めっちゃ可愛いやん、すずちゃん」
茜が辛いラーメンをすする手を止め、しみじみと呟く。
ハルもパンケーキをナイフで綺麗に切り分けながら、「ほんと。すずちゃんの実況、僕も中等部の頃に見たことあるけど、本当に熱いよね。僕が試合に出る時は、格好よく実況してね?」と、天使のような笑顔でウインクをしてみせた。
「もちろんです! 御子柴選手の風魔法、楽しみにしています。あ、そういえば茜さんは関西のほうの出身なんですか? 皆さんはどこ出身なのか、もしよかったら教えてください!」
すずがメモ帳を取り出そうとすると、大山が「飯食う時はノートはしまえって!」と苦笑しながら口を開いた。
「俺はすぐそこの下町出身だよ。実家が農家でさ、土魔法の家系なんだ。昔から畑を耕したり岩を運んだりしてたら自然にこの身体になった。固有武器の闘拳《地崩》も、親父とのスパーリングの中で顕現したんだぜ」
「へぇ! だからそんなにガタイがいいんだね。ウチはな、遠くの関西から、この全寮制の桜ヶ丘に憧れて遥々やってきたんよ!」
茜が嬉しそうに胸を張る。
「実家は火魔法の道場やっててな、趣味はとにかく身体を動かすこと! 相棒の木剣で、高等部でも一番熱い戦いしたるねん!」
「熱いのはいいけど、僕を巻き込まないでね」
ハルがイチゴミルクをストローで吸いながら、ニコニコと微笑む。
「僕はね……ちょっと特殊な家系で、小さい頃から風魔法で『狙った物を正確に切り刻む』練習ばっかりさせられてたんだ。だから趣味は、可愛いカフェ巡りと……ナイフのお手入れ。暗器の《サウザンド・エッジ》を研いでる時が一番落ち着くかな」
「ヒッ……!」
ハルの物騒な趣味と笑顔の落差に、小春が本気で身を縮めてうどんのツユを跳ね上げそうになった。大山は「ハハハ! お前、最高にキレてんな!」と大爆笑している。
「白雪さんは、どうなんですか?」
すずが優しく声をかけると、小春はお箸を揃えて、恥ずかしそうにぽつぽつと語り始めた。
「私は……由緒ある式神使いの家系で。ずっと山奥のお屋敷から出たことがなくて、同世代の子と喋る機会も全然なかったんです。だから、この学校に入って、みんなとお友達になって、こうして普通にお昼ご飯を食べるのが……ずっと夢だったんです」
そう言って、小春は和風美人な顔立ちをほんのり桜色に染めて微笑んだ。
「小春さん……!」
すずの胸がぎゅっと熱くなる。これだ。この学校に集まる生徒たちには、誰にだってここへ来るまでの物語がある。由緒ある家系の重圧を背負いながらも、「友達を作りたい」と一歩を踏み出した小春。彼女の紡ぐ物語を、いつかあのきらびやかな競技場で、全力の声で実況したい――すずの瞳に、純粋な熱が灯っていく。
「よーし! それじゃあ全員の初飯を記念して、これからの学校生活も頑張ろうぜ! 今日は授業もないし、午後は各自、寮の荷解きとか自由時間だよな」
大山がメガ盛り丼を綺麗に平らげて大きく息を吐く。
「そうやね。ウチ、荷物多すぎて部屋がダンボールまみれやから、気合い入れて片付けんとなぁ。あ、すずちゃんは午後から何するん?」
茜に尋ねられ、すずは少しだけ声を潜めて笑った。
「私は、さっそく放送部室に籠もって、皆さんの『取材ノート』の整理をしようと思います! 明日からの授業に備えて、やりたいことがたくさんあるんです」
すずは自分のことのように誇らしげに語る。
ふと、すずの視線が、食堂の遠くの窓際へと向いた。
そこには、誰とも言葉を交わさず、一人で黙々と食事を済ませて立ち上がる、美しい金髪の少女の姿があった。エレナ・フォン・ローゼンベルク。
ホームルームで、すずを「無能」と切り捨てた冷徹な氷の美少女だ。
(ローゼンベルクさん……)
言われた言葉にショックを受けている暇はなかった。すずの胸を占めていたのは、やはり純粋な「取材欲」とワクワク感だ。
あんなに隙のない綺麗な姿勢で、誰よりも真剣な目をしているエレナが、一体どんな魔法を使い、どんな風にレイピア《氷華》を召喚して戦うのか。知りたくてたまらない。
「よし! 午後からの自由時間、私も全力で準備して、みんなの最強のノートを作らなきゃ!」
すずはお弁当箱を素早く片付けると、走りやすいように愛用しているスニーカーの紐を、ギュッと力強く結び直した。
戦えない少女の、声の戦場への準備は、もう始まっている。




