第十五部 第三章 第18話
「ああ」
レティシアは迷うことなく頷いた。
「君が以前話していた、学院のダンジョンの第四層だった。星空が広がる、あの奇妙な空間だ。そこに、レティアを含めて五人いた。皆、見慣れない装束を身につけていたが……君が以前話していた学院の探索装備とよく似ていた」
アリスは数秒、言葉を失った。
「レティシア。前に話したよね?」
「ああ」
「私がその場にはいなかったけど、レティアたちがダンジョンの第四層で、“レティシア”って名乗る人に会ったって」
レティシアの口元がわずかに緩む。
「覚えている。だから向こうで“第四層”と聞いた時、私も驚いた」
「じゃあ……」
アリスは目の前のレティシアを見つめた。
「みんながあの時会った“レティシア”って……本当に、あなただったの?」
「その可能性は、かなり高いだろうな」
断定はしなかった。
だが、レティシア自身も偶然で片づけるつもりはなさそうだった。
「それに証拠なら……」
アリスは何かを思い出したように顔を上げる。
「あるよ」
「証拠?」
「ザックが映像を残してる」
アリスは傍らに置いていた《インベントリア=ゼロ》を開いた。
収納された品の中から記録端末を取り出し、慣れた手つきで起動する。
「前にみんなが戻ってきた時、調査記録としてコピーをもらったの。たしか……これ」
指先に魔力を流すと、端末の上へ映像が展開された。
映し出されたのは、無数の星々が広がる第四層の空間。
その中にはレティアたちと向き合う、一人の女性の姿がある。
深紅の軍装。
純白のマント。
そして腰には《ルミナ=コード》。
「……」
アリスは映像と、目の前のレティシアを交互に見る。
「……同じだ」
レイリスも身を乗り出した。
「これは……」
フローラは目を細め、映像を注意深く見つめている。
「軍装も、《ルミナ=コード》も同じね」
当のレティシアはというと、映像を覗き込んだ瞬間、目を輝かせた。
「おお~……!」
「そこ!?」
「いや、これはすごいぞ、アリス! 確かに私だ!」
レティシアは映像へ顔を近づける。
「そうだ、この星空だ! ずいぶん綺麗に残っているな。これは……“4K”か?」
「……よん、けい?」
レイリスが眉を寄せた。
アリスとフローラが同時にレティシアを見る。
数秒の沈黙のあと、フローラが小さく吹き出した。
「……ふふっ、4Kって……」
「なぜ笑う?」
「いや、まさかここでその言葉を聞くとは思わなくて」
フローラはまだ笑みを残したまま映像を見る。
「映像の規格の名前ですよ。画面を構成する点の数が多くて、かなり細かく映せる規格だったんです」
「なるほど」
レイリスが真剣な顔で頷く。
「つまり、映像が綺麗だという意味ですか?」
「大体そんな感じね」
「では、これは4Kではないのか?」
レティシアが首を傾げる。
「これは魔導式の記録映像だから、そもそも同じ規格じゃないよ」
アリスが苦笑する。
「ふむ……ならば、“魔導結晶式高精細映像”というところか?」
「なんで急にそんな堅い名前になるの!」
「違うのか?」
「間違ってはいないけど!」
アリスが吹き出し、フローラも肩を震わせる。
レイリスだけが話についていけず、三人を順番に見た。
「……何がおかしいのでしょうか」
「そこは気にしなくていいよ」
「気になります」
レイリスが真顔で返し、今度はアリスまで笑ってしまった。
少しだけ空気が和らぐ。
だが、レティシアは改めて映像へ視線を戻すと、その表情を変えた。
「……待て」
「どうしたの?」
「この映像は、ザックという青年が残したと言ったな?」
「うん」
「君が以前話していた、あの場にいた青年の一人か」
「そうだよ。メガネをかけてた男の子。調査記録として残してた映像のコピーを、あとでもらったの」
レティシアは小さく頷く。
「そして君自身は、その時、この場所にはいなかった」
「うん」
アリスは映像へ視線を落とした。
「私はちょうど、あの第四層にあった光の門から、別の場所へ移動してたの。だから、みんなとレティシアが会った時には第四層にいなかった」
「……なるほど」
レティシアが腕を組む。
「それなら、以前君から聞いた話とも一致する」
そこでレティシアの視線が、映像に記録された自分へ戻った。
しばらく無言で見つめたあと、眉をわずかに寄せる。
「……だが、妙だな」
「何が?」
「私にとっては、あそこへ行ったのはほんのつい先ほどだ」
レティシアはアリスを見る。
「だが君にとって、この映像は以前から存在していたんだろう?」
「……うん」
「君が私に第四層の話をした時点で、すでにこの出来事は起きたあとだった」
「……そうなるね」
アリスもそこで改めて映像を見る。
今、目の前にいるレティシアがつい先ほど体験した出来事。
それがアリスにとっては、すでに以前から存在していた記録になっている。
「……時間が合ってない」
アリスの呟きに、フローラがゆっくりと頷く。
「そうね」
フローラは顎へ手を添え、少し考え込む。
「少なくとも、単純に同じ時間の流れの中を移動しただけ……とは考えにくいわ。今回の現象で、異なる時点同士が繋がった可能性もある」
「異なる時点……?」
レイリスが聞き返す。
「例えば、レティシアにとっての“今”と、アリスにとってすでに“過去”になっている時点が、一時的に繋がった……とかね」
「そんなことが可能なのか?」
「分からないわ」
フローラは素直に首を横へ振った。
「今の情報だけじゃ証明できない。でも、目の前の映像とレティシアの証言が一致している以上、時間の流れ方に何らかのズレがあった可能性は考えた方がいいでしょうね」
レティシアも小さく頷いた。
「私も同意見だ。少なくとも、私が体験した順番と、アリスが知っている出来事の順番は一致していない」
レイリスは腕を組んだまま、難しい顔をする。
「……つまり」
しばらく考え込んだあと、アリスを見る。
「アリス様は……私たちとは違う時代の人、ということなのでしょうか?」
「――っ!」
アリスの肩がわずかに跳ねた。
フローラがレイリスを見る。
レティシアも一瞬だけアリスへ視線を向けた。
「……今は、そこまで決めつけない方がいいわ」
フローラが静かに答える。
「“違う時代”という考え方が正しい可能性はある。でも、今回の現象が時間移動なのか、異界との接続なのか、それとも別の何かなのか……まだ分からないもの」
「……そうですね」
レティシアも頷く。
「証拠が足りないうちから言葉だけを決めても、余計にややこしくなる」
「……なるほど」
レイリスは完全に納得した様子ではなかったが、それ以上は追及しなかった。
アリスは小さく息を吐く。
映像の中では、星空を背負ったレティシアがレティアたちと向き合ったまま静止している。
第四層で出会った謎の人物。
ずっと正体の分からなかった“レティシア”。
その人物が、今は自分の目の前に立っている。
「……なんか、すごいね」
「うん?」
「前にみんなから聞いた時は、本当に誰だったんだろうって思ってたのに」
アリスは小さく笑った。
「まさか、こうやって答えが分かるとは思わなかった」
「私もだ」
レティシアも映像を見ながら笑う。
「まさか自分が、以前君から聞いた“謎のレティシア”になるとは思わなかったぞ」
「本当にね」
アリスはそこで端末を閉じた。
星空の映像が消え、部屋には再びランタンの淡い光だけが残る。
まだ分からないことは多い。
レティシアがなぜ第四層へ飛ばされたのかも、なぜアリスにとって過去となった時点へ繋がったのかも分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
レティシアは戻ってきた。
アリスは改めて目の前の彼女を見る。
「……とりあえず」
少しだけ笑って、言葉を続ける。
「おかえりなさい、レティシア」
レティシアは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、柔らかく笑う。
「……ただいま、アリス」




