第十五部 第三章 第14話
ベッドの上には、純白のマントを毛布代わりに肩からかけ、同調鞘に収められた《ルミナ=コード》を両腕で抱きしめたレティシアの姿があった。
同調鞘に添えられた指先には、眠っている今も手放したくないと言わんばかりに力が入っている。
その安らかな寝顔との対比が、妙に微笑ましかった。
アリスは思わず目を瞬かせ、その場で動きを止める。
「……」
普段は毅然と振る舞うレティシアが、今はまるで子どものように《ルミナ=コード》を抱いて眠っている。
背後から覗き込んでいた現地のフローラも口元を手で覆い、肩を小さく震わせていた。
やがて、レティシアが小さく寝返りを打つ。
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。
ぼんやりとした碧眼がアリスを捉え、その隣にいる現地のフローラへ動く。
そして、自分の腕の中にある《ルミナ=コード》を見た。
「……っ!」
頬がみるみる赤く染まる。
レティシアは慌てて身体を起こした。
「こ、これは……」
視線を泳がせながら、何か言おうとして口を開く。
けれど、言葉が続かない。
寝乱れた黒髪が頬へかかり、レティシアは慌ててそれを払いのけた。
そのままシーツの端を指先でつまみ、気まずそうに俯く。
アリスはしばらくその姿を見つめたあと、苦笑した。
「……有言実行っていうか、ここまで徹底されると逆に感心するね」
「……」
現地のフローラが堪えきれず、小さく吹き出す。
「……ふふっ……ほんとに……」
レティシアはますます顔を赤くし、肩を小さくすぼめた。
「とりあえず……支度してから来てね」
「……ああ……」
レティシアは観念したように、小さく頷いた。
――しばらくして。
支度を終えたレティシアが別室へ姿を現した。
そこではアリスと現地のフローラ、そして巡回の準備を終えたレイリスが待っていた。
扉が開くと、三人の視線が一斉にレティシアへ向く。
レティシアは小さく肩をすくめ、頬を赤らめたまま視線を逸らした。
「……さっきのことは、見なかったことにしてほしい」
そう言いながら、指先が腰の《ルミナ=コード》へ伸びる。
同調鞘の上を一度だけ撫でると、すぐに手を離した。
現地のフローラは腕を組み、呆れたように息を吐く。
「まったく……」
一方、レイリスは怪訝そうに片眉を上げた。
「……寝ている間まで剣を手放さないとは、徹底しているな」
「レイリスまで言うのか……」
レティシアがさらに肩を落とす。
その反応に、現地のフローラの口元がわずかに緩んだ。
アリスは苦笑しながら前へ出ると、レティシアへ手を差し出した。
「じゃあ、約束でしょ」
「……ああ」
レティシアは腰から《ルミナ=コード》を外す。
一瞬だけ同調鞘へ視線を落としてから、アリスへ差し出した。
「約束通り返すよ」
アリスはその剣を受け取ろうとして――ふと手を止めた。
目の前では、レティシアが名残惜しそうに《ルミナ=コード》を見つめている。
「……」
アリスは小さく息を吐いた。
そして、レティシアの腰にある《フレア=アリア》へ視線を向ける。
「レティシア、《フレア=アリア》、ちょっと借りるね」
「え?」
返事を待つより先に、アリスはレティシアの腰から《フレア=アリア》を抜き取り、自分の腰へ差した。
代わりに、《ルミナ=コード》をレティシアの手へ戻す。
「……え?」
レティシアがもう一度、同じ声を漏らした。
「今日一日だけだからね」
「……アリス?」
「ちゃんと《ルミナ=コード》に“お別れ”してきなよ」
数秒の沈黙のあと、レティシアの顔がぱっと明るくなる。
「……本当に!?」
「うん」
「ありがとう、アリス!」
レティシアは大切そうに《ルミナ=コード》を腰へ戻す。
そして勢いよく両手を広げた。
「おお――!」
「……またやる気でしょ!」
アリスがすぐにその腕を掴む。
レティシアは中途半端に両腕を広げた姿勢で止まった。
「えぇ~? 一言くらい感謝を叫ばせてくれてもいいだろ?」
「昨日もう十分やったでしょ!」
「真心は何度伝えてもいいものだぞ?」
「そういう問題じゃないから!」
現地のフローラがこめかみを押さえ、レイリスは肩を揺らして苦笑する。
「ほら、巡回に行くよ」
「ああ!」
レティシアは嬉しそうに《ルミナ=コード》の同調鞘へ手を添えた。
その横では、アリスの腰に《フレア=アリア》が収まっている。
――そして、その直後。
巡回へ出るため、レティシアが先頭に立って要塞の厚い扉へ手をかけた。
アリス、現地のフローラ、レイリスがその後ろへ続く。
重い扉が、低い軋みを立てながらゆっくりと開いていく。
その瞬間――青白い閃光が弾けた。
「なっ……!」
現地のフローラが反射的に腕で顔を覆う。
レイリスは即座に腰の剣へ手を伸ばした。
「っ……!」
アリスも目を細め、眩い光の向こうを見据える。
光の中心にいたのは、レティシアだった。
「レティシア!」
突然の閃光に、レティシアも驚いたように振り返る。
「アリス――!」
だが、その声が最後まで続くより早く、青白い光が一気に強くなった。
レティシアの輪郭がぼやける。
黒髪も赤い衣服も、腰の《ルミナ=コード》も、光の中へ呑み込まれていく。
「待って!」
アリスが床を蹴った。
伸ばした手がレティシアへ届く、その直前だった。
光が弾ける。
次の瞬間――レティシアの姿は消えていた。
「……え……?」
アリスの手が、何もない空間を掴む。
そして、青白い光も急速に薄れていった。
数秒後には、そこに残っていたのは見慣れた要塞の廊下だけだった。
「……レティシア……?」
返事はない。
アリスは扉の向こうへ飛び込み、周囲を見回した。
石床にも壁にも、先ほどの光を示す痕跡は残っていない。
「そんな……」
アリスは立ち尽くしたまま、拳を強く握る。
「消えた……?」
背後から現地のフローラとレイリスが駆け込んでくる。
「アリス! レティシアは!?」
「……いない」
「そんな……!」
現地のフローラの顔から血の気が引く。
レイリスはすぐに周囲へ視線を走らせ、何かを探るように息を潜めた。
だが、やがて険しい表情のまま首を横へ振る。
「……気配がない」
「気配が……?」
「完全に消えている」
アリスは無言のまま、さっきまでレティシアが立っていた場所を見つめる。
光の痕跡もない。
転移術式らしい魔力の残滓も、そこには見当たらなかった。
「……《ルミナ=コード》も……一緒に……」
その言葉に、現地のフローラがはっと息を呑む。
アリスの腰には、《フレア=アリア》が残っている。
本来ならレティシアが持っているはずだった、新しい魔導剣。
そしてアリスの《ルミナ=コード》は――レティシアとともに消えた。
「……どういうことなの……」
現地のフローラが小さく呟く。
誰も答えられない。
冷たい廊下の中で、三人はただ、レティシアが消えた場所を見つめ続けていた。




