第十五部 第三章 第12話
それから一週間ほど。
要塞内の空気は落ち着きを取り戻し、修復の音と人の営みがゆっくりと日常へ戻りつつあった。
レティシアは一時的に《ルミナ=コード》を携えて過ごしていた。
まるで懐かしい旧友と再会したかのように、その手に収まる剣との距離は自然で、動作の一つ一つに迷いがなかった。
歩く、構える、振るう。
どの所作も無駄がなく、周囲から見てもその姿は一枚の絵のように整っていた。
その光景を見守る兵たちの視線には、畏敬と安堵が静かに混ざり合っている。
しかし――ついに新しい剣が完成する。
未来側のフローラがまとめた設計をもとに、要塞の工房で鍛えられたその剣は、《ルミナ=コード》を模した簡易型。
外見は似せてあるものの、内包する構造はあくまでこの時代の技術で組み上げられた実用品だった。
同調者以外を拒絶する機能は持たず、ただ堅牢で扱いやすい、戦場において即戦力となる武器。
無駄を削ぎ落とし、安定性と再現性を最優先に設計された、現実的な完成形だった。
「これで、ひとまずは安心ね」
現地のフローラが誇らしげに差し出すと、レティシアはその手を伸ばしかけ、ふと動きを止めた。
「……その前に」
レティシアは腰から《ルミナ=コード》を外し、アリスへ差し出した。
「約束通り返すよ」
「うん。ありがとう」
アリスが《ルミナ=コード》を受け取り、自分の腰へ戻す。
それを確認してから、レティシアは改めて新しい剣を受け取った。
新たな剣の重みを確かめるように、指先がわずかに動く。
――その瞬間、未来側のフローラの声が柔らかく響いた。
《……解析完了。強度は精霊鋼合金の中でも上位、術式回路は安定性重視。出力効率は旧式の魔導剣を上回ってる》
《もちろん、《ルミナ=コード》にはまだまだ遠く及ばない。でも、この時代の技術水準で見てもかなり上位。前線に出るなら、十分すぎるほど》
淡々とした分析のあと、未来側のフローラはふと、ぽつりと呟く。
《……でも、この魔導剣、私……作った記憶がないんだよね》
アリスは目を瞬かせ、小さく声に出して返す。
「私も……持った記憶がないんだよね。たしかに剣が折れて、代わりの剣を携えてはいたけど……あれはあくまで指揮官として、采配の象徴みたいなもので」
《そうそう。実戦では――》
「うん、これ以後は……《エーテルソード》の二刀流だったと思うんだよね、たしか」
二人の記憶が一致した瞬間、アリスは無意識に小さく息を吐いた。
胸の奥で、過去と現在が静かに接続される感覚が広がる。
「……でも、それなら――」
彼女は静かに剣を見つめ、言葉を結ぶ。
「きっとこれは、“今だからこそ必要な剣”なんだろうね」
その思いに応えるかのように、新しい剣の刃が淡く光を反射し、室内に静かな輝きを散らした。
鋭さではなく、安定した強さを示すような、穏やかな光だった。
レティシアはその光をしばらく見つめ――やがて、柔らかく笑みを浮かべた。
「……じゃあ、この子も“今の時代の仲間”ってことだな」
その言葉に、アリスは頷き、未来側のフローラの声もまた思念の奥で満足げに響いた。
そして次の瞬間、レティシアはぱんっと手を打ち合わせ、目を輝かせる。
「よし、名前をつけなきゃ!」
「……え?」
アリスが目を瞬かせ、現地のフローラも思わず苦笑する。
「だって仲間なんだろ? なら名前が必要だ!」
レティシアは完全に張り切っており、すでに考え込むように顎に指を当てていた。
その姿はどこか無邪気で、戦場での威厳とは別の顔を見せている。
「……また始まったわね」
現地のフローラが肩をすくめる。
呆れながらも、どこか楽しんでいる様子だった。
アリスは呆れたようにため息をつきつつも、心のどこかでくすぐったい温かさを感じていた。
こうして笑い合える時間そのものが、かけがえのないものだと理解している。
レティシアは胸を張って宣言する。
「じゃあまずは――“紅蓮の断罪剣”!」
「ながっ!」
アリスが即座に突っ込み、現地のフローラは額に手を当ててため息をつく。
「じゃあ、“必殺! 一刀両断ちゃん”!」
「ちゃん付け!?」
今度はアリスが呆れ声をあげ、現地のフローラも「それは武器の名前じゃなくてゆるキャラね」と冷静に刺す。
レティシアはむっとして、さらに勢いよく続ける。
「じゃあ、“大勝利・真剣レボリューション”!」
現地のフローラがじと目で睨み、アリスは耐えきれず吹き出した。
笑いが抑えきれず、肩が小さく震える。
「ふふっ……もう、レティシアのネーミングセンスは相変わらずだね」
レティシアは両手を腰に当て、むきになって言い返す。
「ちょっと! 私だって真剣に考えてるんだから!」
そのやり取りに、場の空気は再び笑いに包まれていった。
アリスはくすくす笑いながらも、その必死さに頬を緩める。
「……わかったよ。じゃあ、私も一緒に考えるから」
「えっ……ほんと?」
レティシアの目がぱっと輝き、犬のように身を乗り出す。
「うん。一人で暴走させると危ないからね」
アリスが冗談めかして言うと、現地のフローラが吹き出しそうになりながらも冷静に頷いた。
「正しい判断ね。アリスがブレーキ役にならないと、剣の名前がとんでもないことになるもの」
「むぅ~……二人して失礼ね!」
レティシアは頬をふくらませるが、その表情もどこか嬉しそうだった。
こうして三人は、新しい剣の名をめぐって、またにぎやかな話し合いを始めるのだった。
すると急に、レティシアは手をぽんと打ち鳴らした。
「……そうだ! どうせなら《ルミナ=コード》と“対”になるような名前がいい!」
「対になる……?」
アリスが小首をかしげると、レティシアは得意げに胸を張る。
「そうだ! 並んだときに映えるように、響きで揃えたり、意味を重ねたりするんだ。たとえば――」
「たとえば?」
現地のフローラが半分呆れたように促す。
「“クリムゾン=コード”とか、“フレア=コード”とか! ほら、赤いし、炎っぽいし!」
「……うーん、悪くはないけど……」
アリスは言葉を濁し、現地のフローラはこめかみに指を当てて溜め息をつく。
「また安直な方向に走ってるわね……」
レティシアはめげずに次々と案を出す。
「じゃあ“ルージュ=オーダー”! もしくは“ヴァーミリオン=レコード”!」
「レコード!? もう剣じゃなくて音楽みたいになってる!」
アリスの鋭いツッコミに、周囲はまた笑いに包まれていった。
ひとしきり笑ったあと、アリスは少し表情を和らげて言った。
「……せっかくだから、意味のある名前にしようよ」
「意味のある……?」
レティシアが首をかしげる。
「うん。《ルミナ=コード》は“光の調べ”って意味を込めてる。だから、この剣もただ響きがいいだけじゃなくて、想いや願いが込められた名前のほうがいいと思うんだ」
現地のフローラも腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「確かに。武器の名は、戦場で呼ぶたびに意志を宿すもの。軽々しくつけるより、願いを込めるべきね」
レティシアは真剣な顔になり、剣を見つめる。
その瞳には先ほどまでの軽さはなく、深く考える色が宿っていた。
「……なるほど。じゃあ、この子に込める想い、か……」
しばし考え込んだのち、レティシアは顔を上げた。
「なら、この剣には“今の時代を切り拓く”意味を持たせたい」
アリスが目を見開く。
「……今の時代を?」
「ああ。過去を懐かしむだけじゃなくて、今を生きる仲間として、この時代の未来を切り開いていく。その象徴になる名前を――」
アリスも現地のフローラも、静かにその想いを受け止めるように頷いた。
現地のフローラは腕を組み、少し考えるように視線を剣へ向ける。
「だったら……《ルミナ=コード》に並ぶ、もうひとつの“調べ”を考えるべきね。光に呼応する別の旋律……そうすれば、二つでひとつの響きになる」
レティシアの碧眼がきらりと輝き、アリスも思わず頷いた。
「……うん、それ、いいかもしれない」
「じゃあ……光に対するなら……炎か、紅かしら?」
レティシアは剣を見つめながら、ゆっくりと口にする。
「炎の調べ……紅の旋律……そういう方向性ね」
現地のフローラが言葉を重ねる。
アリスは少し微笑んで、肩越しに二人を見やった。
「うん。確かにレティシアには“炎”や“紅”って似合う気がする」
レティシアは頬を赤らめながらも、嬉しそうに胸を張った。
「じゃあ決まりだ! あとは、その響きをどう刻むか……」
アリスは少し考えるように視線を落とし、やがて顔を上げる。
「……《ルミナ》が“光”なら、炎は《フレア》がいいんじゃない?」
「《フレア》……」
レティシアがゆっくりと口に転がす。
炎が弾ける音のように、力強さと華やかさを持った響きだった。
現地のフローラも小さく頷く。
「悪くないわね。光と炎……対になる概念として自然だし、並べたときの調和も美しい」
「《フレア》……いいな! すごく気に入った!」
レティシアは目を輝かせてアリスを見つめ、子どものように嬉しそうに笑った。
アリスはその反応に少し照れながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。
すると現地のフローラが、ふっと指を顎に添えて考えるように言った。
「じゃあ“コード”に並べるなら、《フレア=アリア》とか、《フレア=カデンツァ》かしら」
「アリア……歌、か」
アリスが呟くと、現地のフローラは頷く。
「そう。旋律や楽章を表す言葉を添えれば、《ルミナ=コード》と自然に響き合う。光の調べと、炎の歌――そう考えると、とても綺麗でしょ?」
レティシアは剣を胸に抱きながら、満足げに笑った。
「……いいな! 《フレア=アリア》……呼んだだけで力が湧いてきそうだ!」
アリスも思わず笑みを浮かべる。
その響きが自然と胸に落ちる感覚があった。
「うん。確かに、レティシアに似合ってると思う」
新たに生まれた剣は、その名を得て、ようやく“仲間”としての存在を確かなものにしたのだった。
その瞬間、レティシアはぱっと立ち上がり、剣を高々と掲げる。
「今日から我が友――《フレア=アリア》!!」
声高らかな宣言に、周囲が一斉にぎょっとして振り返る。
「ちょ、ちょっと! ここで叫ばなくても!」
アリスが慌てて止めに入るが、レティシアは得意げに胸を張っている。
現地のフローラは額に手を当て、呆れつつも笑みを浮かべた。
「……ほんと、あなたって舞台の主役気質よね」
「ふふん、褒め言葉として受け取っておく!」
レティシアの堂々たる姿に、場は再び笑いに包まれた。
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