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第十五部 第三章 第11話

 翌日。

 要塞では朝から修復作業が続き、崩れた外壁や損傷した設備の周囲を兵士たちが慌ただしく行き交っていた。

 昨日の戦闘でレティシアの《ヴァルキリーVer4》もわずかに損傷し、軍服にも裂け目や擦れた跡が残っていた。


 そのため、新しい軍服が急ぎ用意された。

 着替えを終えたレティシアは、アリスに見せるように部屋の中央へ一歩進み出る。


 彼女が身に纏っているのは、深紅を基調とした軍装だった。

 胸元には金糸で縁取られた直線的な意匠が入り、肩には鋼鉄を思わせる小型のプレートが取り付けられている。


 腰には濃茶のベルトが締められ、そこから赤い布地がローブのように垂れていた。

 両腕には深い色合いの革手袋が嵌められ、その背からは純白のマントが流れ落ちている。


 黄金の髪、深紅の軍装、そして白いマント。

 戦場へ立てば、それだけで兵士たちの視線を集めそうな姿だった。


 アリスはしばらく何も言えず、レティシアを見つめていた。


「……きれい……」


 思わず漏れた声に、レティシアが少しだけ首を傾げる。


「ふふ……どうだ。似合っているか?」

「……もちろん。完璧だよ。まるで――」


 アリスは改めて頭から足元まで見て、言葉を探す。


「……戦場に降り立つ女王みたい」

「女王?」


 レティシアは一瞬きょとんとしたあと、肩をすくめた。


「それは大げさだ。私は剣を取る一人の戦士だよ」

「でも、本当にそう見えるんだけどなぁ……」


 アリスが少し不満そうに呟く。

 レティシアは苦笑しながら、自分の服装を改めて見下ろした。


 そのとき、腰へ伸びかけた手が途中で止まる。


「……そういえば、剣は昨日の戦いで折れてしまったんだったな」


 レティシアは何もない腰元を見て、小さく息を吐いた。


「また新しいものを作らないといけないか」


《じゃあ、次はどんな剣がいい?》


 昨夜からレティシアにも聞こえるようになったフローラの声が響いた。

 アリスの隣には、淡い光で形作られた半透明の姿も浮かんでいる。


《形とか重さとか、希望が分かれば考えられるよ》

「そうだな……」


 レティシアは少し考えたあと、ふとアリスの腰へ目を向けた。


「アリス。その剣を見せてもらってもいいか?」

「え? あ、うん。いいよ」


 アリスは腰から《ルミナ=コード》を外し、同調鞘ごと差し出した。

 レティシアはそれを受け取り、柄へ手を掛ける。


 そして――ゆっくりと鞘から引き抜いた。


「……っ!」


 青白い刀身が室内へ現れた瞬間、アリスの表情が固まった。


(しまった……!)


 《ルミナ=コード》はアリスとの同調を前提としている。

 本来なら、適合しない者が扱おうとすれば魔力構造が乱れ、少なくともこれほど素直に刀身を維持することはない。


 だが、レティシアの手にある《ルミナ=コード》は何の反発も見せなかった。

 青白い光を静かに宿したまま、細身の形状を保っている。


「……不思議だな」


 レティシアが刃を軽く持ち上げる。


「初めて持ったはずなのに、妙に手に馴染む」


《……やっぱり変だね》


 フローラも珍しく真面目な声を出した。


《普通なら、こんなに素直に受け入れないはずなんだけど》

「だよね……」


 アリスも《ルミナ=コード》を見つめる。


「私も、こんな反応するとは思ってなかった」


 レティシアは刃を何度か眺めたあと、ゆっくりと鞘へ戻した。


「君の《ヴァルキリーVer3》のときと、似た話なのか?」

「……可能性はあると思う」


《二人は魔力波形がかなり近いし、魂の色も似てるって話だったよね》


 フローラは少し考え込む。


《でも、それだけで《ルミナ=コード》までレティシアを受け入れる理由になるのかは分からない》

「やっぱり、そうだよね」

《うん。何か関係はありそうだけど、ここで決めつけるのは無理かな》


 アリスは小さく頷いた。

 レティシアも《ルミナ=コード》を見下ろしたまま、しばらく黙っている。


「……また一つ、分からないことが増えたな」

「最近、そればっかりな気がする……」

《アリスの場合は今さらじゃない?》

「フローラ!」


 アリスが即座に抗議すると、フローラは楽しそうに笑った。


 レティシアは改めて《ルミナ=コード》をアリスへ返した。


「新しい剣を作るなら、こういう細身のものがいいな」

「これくらい?」

「ああ。振り抜きの速さを重視したい」


 レティシアは片手で剣を振る仕草をしてから、今度は両手を添える。


「片手でも扱えて、必要なら両手でもしっかり力を乗せられるものがいい」


《なるほど》


 フローラは腕を組み、レティシアの動きを眺める。


《だったら、かなり方向性は絞れそう》

「本当か?」

《うん。《ルミナ=コード》そのものは使えないけど、形とか魔力の流し方は参考になると思う》

「それなら――」

《アリス、その剣でもう少し反応見せてもらっていい?》

「反応?」

《レティシアが持ったときに安定したでしょ。普通の状態だとどうなるのか、比べたい》

「ああ……それなら」


 アリスは《ルミナ=コード》を見下ろす。


「ちょうどいいかも。レティシアにも、この剣が普通じゃないって分かってもらえるし」

「普通ではないのは、もう十分分かっているつもりだが」

「たぶん、まだ足りないよ」


 アリスは苦笑すると、《ルミナ=コード》を鞘から抜いた。


 青白い刀身が静かに現れる。


「この剣は、私の魔力と同調して形を保ってるの」

「同調……」

「うん。だから私が持ってる間は、この形で安定してる」


 アリスはそう説明すると、近くにあった机の上へ《ルミナ=コード》をそっと置いた。


 そして数歩、後ろへ下がる。


「見てて」


 アリスとの距離が開いた直後だった。


 刀身が大きく揺らいだ。


「……え?」


 レティシアが目を見開く。


 細身だった刃が見る間に膨れ上がり、青白い魔力が輪郭を押し広げていく。

 あっという間に巨大な包丁のような形へ変貌し、その重みで机が大きく軋んだ。


 バキッ!


 次の瞬間、机の中央が耐えきれずに潰れた。


「……っ!」

《うわ……》


 木片が床へ散らばり、その中央に巨大化した《ルミナ=コード》が横たわる。


「こうなるんだ」


 アリスは何度も見た光景のように、少し困った顔で巨大な刃を指さした。


「私から離れると制御が外れて、形が安定しなくなる」

「これは……随分と極端だな」

《暴れん坊どころじゃないね》

「だから簡単に人へ渡せないんだよ」


 アリスは壊れた机へ歩み寄り、《ルミナ=コード》の柄を握った。


 その瞬間、膨れ上がっていた刀身が一気に収縮する。

 青白い光が整い、元の細身の剣へ戻った。


「ほら」

「……なるほど」


 レティシアが感心したように頷く。


《じゃあ、もう一回レティシアが持ったらどうなる?》

「え?」


 アリスとレティシアが同時にフローラを見る。


《だって、さっきは普通に安定してたでしょ》

「……確かに」


 アリスは少し迷った。


 さきほど実際にレティシアは問題なく抜いている。

 危険な反応もなかった。


「レティシア、もう一回持ってみる?」

「ああ」

「ただ、変だと思ったらすぐ離してね」

「分かった」


 アリスは慎重に《ルミナ=コード》を差し出した。


 レティシアが柄を握る。


 青白い刀身が一度だけ小さく揺れた。


「……!」


 だが、それ以上は何も起こらない。


 巨大化することも、魔力が暴れることもなかった。

 レティシアの手の中で、《ルミナ=コード》は再び細身の姿を保っている。


《……やっぱり安定してる》

「本当に……」


 アリスは驚いたまま刀身を見つめた。


 レティシアは軽く構えてみる。

 刃から漏れる青白い光も乱れない。


「私が持っていても問題はなさそうだな」

「うん……」

《でも理由は分からない》

「それは言わなくても分かってるよ……」

《大事なところだから》


 フローラが真顔で返す。


 アリスは少し考えてから、レティシアへ近づいた。


「じゃあ……同調鞘もつけてみて」

「これか?」

「うん。そのまま腰につけて、少し歩いてみて」


 レティシアは言われた通り《ルミナ=コード》を鞘へ収め、そのまま腰へ取り付けた。

 部屋の中を数歩歩いてみるが、鞘の内部から異常な魔力反応は起こらない。


《安定してるね》

「……本当に?」


 アリスはますます不思議そうに首を傾げる。


「私じゃないのに……」


 レティシアも腰の剣へ目を落とした。


「ますます妙だな」

《《ヴァルキリーVer3》もそうだったけど、やっぱり二人の間には何かあるんだと思う》

「何か、ね……」


 アリスは小さく呟いた。


 答えはまだ分からない。

 それでも、《ルミナ=コード》がレティシアを拒絶しなかったという事実だけは、目の前に残っていた。


 しばらくして、レティシアは名残惜しそうに《ルミナ=コード》を外した。


「……返す」

「そんな顔しなくても……」

「いや、これは君の剣だからな」


 レティシアはそう言いながらも、何度か剣へ視線を向けている。


《分かりやすいなぁ》

「何がだ?」

《欲しいんでしょ》

「……」


 レティシアが黙った。


「欲しいんだ……」

「違う!」

「今の間は絶対欲しかったよね!?」

「参考になるとは思っただけだ!」

《それを欲しいって言うんじゃない?》

「フローラまで!」


 レティシアが頬を赤くして抗議する。

 アリスはその様子を見ながら、思わず笑った。


「でも、新しい剣ができるまで時間かかるんでしょ?」

《設計なら私がまとめられるよ。実際に作るのは要塞の工房に頼むとして、ちゃんとしたものなら一週間くらいは欲しいかな》

「一週間……」


 レティシアの顔が固まった。


「その間、剣なし?」

《そうなるね》

「……戦士失格じゃないか」

「そこまで!?」


 アリスは呆れたように笑う。


「別の予備剣とかないの?」

「使えるものはあるが……」

「あるんだ」

「使い慣れたものとは違う」

《贅沢》

「武器は大事だ!」


 レティシアが即座に反論する。


 アリスは少し考えたあと、自分の腰に戻した《ルミナ=コード》へ手を置いた。


「……じゃあ」

「ん?」

「ちゃんと返してくれるなら、新しい剣ができるまで使う?」


 一瞬、レティシアの動きが止まった。


「……いいのか?」

「さっき試した限りだと、レティシアが持ってる間は安定してるみたいだし」

《何かあったらすぐアリスに返す。それを条件にすればいいんじゃない?》

「うん。それなら」


 アリスは《ルミナ=コード》を外し、レティシアへ差し出した。


「貸すだけだからね。それと、私が必要になったときはすぐ返してね」

「ああ、もちろんだ」

「本当に?」

「約束する」


 レティシアは差し出された《ルミナ=コード》へ手を伸ばす。


「持つ!」

「返す前提だからね!?」

「分かっている!」


 レティシアは勢いよく何度も頷く。


「そんなに首振ったら――」


 ――グキッ。


「あいたた……!」


 レティシアが首を押さえた。


 アリスは数秒固まったあと、耐えきれずに吹き出した。


「ふふっ……だから言ったのに」

《何やってるの》

「ち、違う! 少し勢いがついただけだ!」

「もう……無理しすぎ」


 アリスが笑うと、レティシアも恥ずかしそうに頬を赤くした。


《でもさ》


 フローラが二人を見ながら、ふと思い出したように声を上げる。


《レティシアなら、別に剣なくても戦えるんじゃない?》

「何を言ってるんだ」

《だって、リディアから聞いたよ》


 レティシアの表情が止まった。


「……何を?」

《《ケルヴァン》の城門》

「……」


 レティシアが視線を逸らす。


 アリスがそれを見逃さなかった。


「何かしたの?」

「何もしていない」

《したよ》

「フローラ!」

《術式が何層も重なってて、位相まで変えながら攻撃を弾く城門だったんだよね》

「へぇ……」

《普通なら攻城兵器を持ってくるくらい頑丈なやつ》

「それをどうしたの?」


 アリスが興味津々で尋ねる。


 フローラが楽しそうに笑った。


《レティシア、拳でぶち抜いたって》

「……え?」

《正拳突き一発》

「ちょっと待て!」


 レティシアが慌てて割って入る。


《防御術式ごと内部から崩して、そのまま城門も粉砕》

「レティシア……」

「違う! いや、違わないが、ちゃんと術式を見切ってだな!」

《うんうん》

「聞いてないだろ!」

《でも拳で壊したのは本当でしょ》

「結果だけ言うな!」


 アリスは口元を押さえた。


「ふふっ……やっぱりやってるんだ……」

「アリスまで笑うな!」

「だって……攻城兵器が必要な門を素手で……」

「私はそこまでゴリラじゃない!」

《いや、したでしょ》


 即答だった。


「したけど!」

「認めた!」

「そういう意味じゃない!」


 アリスはとうとう我慢できず、声を上げて笑った。


「ふふっ……でも、レティシアなら本当にやりそう」

「ちょっと! アリスまで!?」

《ほら、アリスもそう思ってる》

「二人とも覚えてろ!」


 レティシアが頬を赤くして抗議する。

 その腰では、借り受けた《ルミナ=コード》が何事もなかったように静かに収まっていた。


 壊れた机の残骸を前にしながら、アリスとフローラの笑い声が部屋へ響く。

 レティシアも最後には諦めたように肩を落とし、やがて小さく笑い出した。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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今後ともよろしくお願いいたします!

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