第十五部 第三章 第8話
「……ふざけるなッ!」
敵将の怒声が響き、巨躯の魔族が大剣を引きずるように前へ出た。
黒い甲冑の隙間からは、周囲の精鋭たちを上回る濃い魔力が溢れている。
「レティシア・ファーレンナイト……!」
敵将が大剣の切っ先をアリスへ向けた。
「貴様が何者であろうと、この場で討つ!」
《アリス、来るよ。あいつ、さっきの精鋭よりずっと強い》
「望むところ!」
アリスは光の翼を広げ、敵将が踏み込むのと同時に地面を蹴った。
ガァァンッ!
《ルミナ=コード》と大剣が正面からぶつかり、激しい衝撃波が周囲へ広がる。
近くにいた兵たちが足を止めるほどの衝突の中で、二人は互いの武器を押し合った。
「ぬぅぅ……!」
「くっ……!」
白銀化した状態でも敵将の大剣は予想以上に重く、簡単には押し返せない。
敵将がさらに腕へ力を込めると、アリスは刃を滑らせるように受け流して横へ抜けた。
「ハァッ!」
すぐに脇腹へ斬撃を放つ。
だが敵将は大剣を戻し、寸前で《ルミナ=コード》を受け止めた。
ギィンッ!
「……やるな!」
敵将が大剣を横薙ぎに振るい、アリスは背部ユニットを噴かして上空へ逃れる。
巨大な刃が足元を通過し、その軌道上にあった地面を大きく抉った。
「今度はこっち!」
アリスはそのまま上空から急降下し、《ルミナ=コード》を振り下ろす。
敵将の大剣と再び激突し、弾かれた反動を利用して着地すると、そのまま次の踏み込みへ繋げた。
ガァンッ!
敵将も一歩も退かずに大剣を振り上げる。
白銀と漆黒の軌跡が何度も交差し、激しい衝突音が戦場へ響き続けた。
「――これで決める!」
アリスは一度距離を取り、《ルミナ=コード》を構え直した。
白銀の魔力が剣へ集まり、刃の外側へ純粋な魔力が形を作っていく。
「《エーテルソード》!」
《ルミナ=コード》を核として巨大な魔力刃が形成される。
それを見た敵将も大剣を構え、正面からアリスを迎え撃つ姿勢を取った。
「来い!」
両者が同時に踏み込み、白銀の刃と漆黒の大剣が真正面から激突した。
ガァァァンッ!!
爆ぜた衝撃が地面を走り、周囲へ細かな亀裂を広げていく。
アリスの足が僅かに沈み、押し込まれる力に腕が震えた。
「……っ!」
正面からでは押し切れない。
「その程度かァッ!」
敵将がさらに大剣を押し込み、アリスは背部ユニットを噴かして横へ逃れた。
直後に振り下ろされた大剣が地面へ突き刺さり、砕けた岩片が周囲へ飛び散る。
《アリス、正面から力比べしないで!》
「分かってる!」
敵将はすぐに大剣を引き抜き、そのままアリスを追って横薙ぎの一撃を放った。
「っ!」
アリスは《ルミナ=コード》で受け止めたが、衝撃を殺しきれない。
身体が大きく吹き飛ばされ、地面を滑りながら白銀の装甲が激しく軋んだ。
「ぐっ……!」
それでもアリスはすぐに身体を起こし、再び敵将へ向き直った。
「力だけでは我には勝てん」
ゆっくり近づいてくる敵将を見ながら、アリスは一度深く息を吐く。
(……力だけで押せないなら)
正面から受け続ける必要はない。
アリスは敵将の足運びと、大剣を振った後に生じる重心の移動へ意識を集中させた。
「……そこ!」
敵将が次の一撃へ踏み込んだ瞬間、アリスも一気に加速する。
大剣が振り下ろされる直前にその軌道から外れ、敵将の側面へ回り込んだ。
「何っ!?」
アリスは《ルミナ=コード》を振り抜くが、敵将もすぐに大剣を戻して受け止めた。
ガンッ!
それでもアリスは止まらず、二撃、三撃と連続して斬撃を重ねていく。
ギィンッ! ガァンッ!
間断なく続く斬撃に、敵将の腕が少しずつ遅れ始めた。
「ほう……!」
アリスはその僅かな遅れを逃さず、《エーテルソード》へさらに魔力を集中させる。
敵将が大剣を構え直すより早く、魔力障壁の薄くなった一点へ斬撃を叩き込んだ。
「ぐっ!?」
白銀の刃が障壁を破り、黒い甲冑に深い傷を刻む。
敵将が数歩後退した瞬間、アリスは左手を掲げた。
二十四の《フレイム・ボール》が、一斉に周囲へ展開される。
「これで……終わりッ!」
アリスが手を振り下ろすと、二十四の火球が異なる軌道から敵将へ殺到した。
ドドドドドォォンッ!
連続した爆発が敵将を包み、炎と土煙が大きく立ち上がる。
黒い甲冑の破片が爆炎の中から飛び散り、敵将の叫びが響いた。
「ぐああああッ!」
だが、煙の奥から低い声が返ってくる。
「……終わらん……!」
「っ!」
敵将は甲冑を大きく砕かれ、片膝をつきながらもまだ大剣を握っていた。
《まだ立つの!?》
敵将が身体を起こそうとした瞬間、アリスは《ルミナ=コード》を握り直した。
「……これで、本当に終わり」
一気に間合いを詰める。
敵将が大剣を持ち上げるより早く、アリスの刃が胸元へ届いた。
「ハァッ!」
《エーテルソード》の刃が黒い甲冑を貫き、敵将の身体から力が抜けていく。
大剣が地面へ落ち、それに続いて巨体もゆっくりと前へ崩れ落ちた。
ドサッ……。
アリスは《ルミナ=コード》を構えたまま、しばらく動かなかった。
敵将が起き上がらないことを確認してから、ようやく大きく息を吐く。
「……終わった……」
《うん。倒したよ、アリス》
指揮官を失った魔国軍の動きが、目に見えて乱れ始めた。
「将軍が……!」
「退け!」
「後退しろ!」
前方の兵が次々と後退し、それまで要塞へ向かっていた軍勢が向きを変えて森の方角へ撤退を始める。
その様子を見た要塞側から、次々と歓声が上がった。
「退いていくぞ!」
「守った……!」
「要塞は守られた!」
アリスは空中へ浮かび、撤退していく敵軍を見つめた。
《アリス……やったね》
「……うん」
荒い息を吐きながら、《ルミナ=コード》を下ろす。
「でも……まだ戦争が終わったわけじゃない」
《そうだね》
アリスが小さく息を吐いた、その時だった。
谷の方角から、幾つもの光が要塞へ向かって近づいてくる。
「……あれ……」
戻ってきたのは、谷で戦っていた第一陣と第二陣だった。
その先頭では、一際強い青白い光が空を駆けている。
《レティシアたちだ》
アリスの身体が僅かに強張った。
《ヴァルキリーVer4》を纏ったレティシアが、要塞近くの戦場へ降り立つ。
その少し後ろには、イリアやエリシアたちの姿もあった。
「――これは……」
レティシアが周囲を見渡す。
撤退していく魔国軍、倒れた敵将、そしてその中央に立つ白銀の少女が視界へ入った。
「……アリス……?」
レティシアの瞳が大きく見開かれる。
イリアたちも次々と足を止め、白銀の姿となったアリスを見つめた。
「え……?」
「この光……」
「レティシア様と……」
言葉が途中で止まった。
《ヴァルキリーVer3》を纏い、白銀化したアリス。
その少し離れた場所には、《ヴァルキリーVer4》を纏ったレティシア。
二人の白銀の光が、同じ戦場に並んでいた。
沈黙の中、アリスとレティシアの視線が重なった。
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