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第十五部 第二章 第14話

 次の瞬間――レティシアの全身が白銀の光に包まれた。

 その発光は一瞬の閃光ではなく、脈打つように内側から溢れ出す魔力の奔流だった。


 黒髪が輝きを帯び、一本一本が光を反射するのではなく、自ら発光しているかのように白銀に染まり揺らめく。

 蒼銀の光が瞳の奥で灯り、周囲を満たす魔力が一気に濃さを増した。


 剣を握る腕がわずかに動いただけで、周囲の空気が震える。

 振り上げる前の段階で、すでに強い圧がアリスの肌へ押し寄せていた。


「……これが……」


 アリスの喉から、無意識に声が漏れる。

 自分の白銀の力にも通じる、よく似た感覚。


 だが目の前で解放されたそれは、想像していた以上に濃く、重く、圧倒的だった。


 レティシアがゆっくりと剣を構える。

 その動作は静かであるはずなのに、足元の砂がわずかに沈み、周囲へ魔力の波が広がった。


「見せてやる、アリス」


 低く、しかし確かな響き。

 その声音には誇示ではなく、アリスがどこまで応えてくるのかを楽しみにしているような色があった。


「これが……私の本気だ」


 レティシアが踏み込む。

 その瞬間、アリスの視界から姿が消えた。


 次に見えたのは、すでに振り下ろされた刃だった。

 空間を切り裂くような一閃へ、アリスは反射的に《ルミナ=コード》を合わせる。


 ズガァンッ――!


 衝突と同時に爆音が響き、衝撃波が円状に広がった。

 砂が吹き飛び、見守っていた兵士たちの衣服が大きく揺れる。


「――っ!」


 受け止めた瞬間、アリスの腕から全身へ桁違いの衝撃が走った。

 剣を合わせているだけで、身体ごと押し潰されそうな重圧が襲いかかる。


「す、すごい……これが、レティシアの本気……!」


 防ぎ切れず、たまらず一歩、二歩と後退する。

 足裏から伝わる衝撃で砂が弾け、アリスの身体が大きく押し戻された。


 その様子を見て、レティシアは楽しそうに声を上げた。


「さぁ、アリス! 君も見せてみろ!」

「――仕方ないですねっ!」


 アリスの身体を白銀の光が包み込む。

 内側から湧き上がった魔力が脈動し、一気に全身へ巡っていった。


 金色の髪が輝きを帯び、一本一本が白銀に染まり揺らめく。

 青色の瞳が蒼銀へ変化し、その奥に揺るがぬ決意の光が宿った。


 瞬間、周囲の兵士たちが思わず苦悶の声を漏らす。


「うっ……!」

「魔力が……強すぎる……!」


 二人の白銀の力がぶつかり合い、周囲の空気が大きく震えた。

 砂塵が巻き上がり、訓練場の地面には細かな亀裂が走っていく。


 強い魔力の余波に押され、周囲にいた兵士たちが思わず距離を取った。

 耳の奥に響くような低い振動が、訓練場全体へ広がっていく。


「――はぁぁぁっ!」


 アリスは一気に踏み込み、光を帯びた《ルミナ=コード》を振り抜いた。

 踏み込んだ瞬間、地面から砂が爆ぜ、衝撃が波紋のように広がる。


 轟音とともに放たれた斬撃が、真っ直ぐレティシアへ叩き込まれた。


 レティシアが正面から受け止める。

 だが、その刹那――アリスの剣がわずかに押し込んだ。


「ぐっ……!」


 押し込まれたレティシアの足元が崩れ、砂煙が巻き上がる。

 踏み締めていた身体が僅かに沈み込み、その光景にアリス自身が目を見開いた。


(私が……押してる!?)


 驚きながらも、アリスはさらに力を込めて剣を振るう。

 身体の奥から湧き上がる白銀の力が、《ルミナ=コード》へと流れ込んでいった。


 光と光がぶつかり合い、訓練場は戦場さながらの有様へ変わっていく。

 衝撃波が何度も弾け、砂塵が渦を巻き、二人の姿が一瞬ごとにその中へ霞んだ。


「――もっとだ、アリス!」


 レティシアの笑みが深まり、白銀の光がさらに膨れ上がる。

 押し返されたはずの剣が再び迫り、アリスは正面から受け止めた。


「くっ……!」


 剣越しに伝わる力に、アリスの両腕が震える。

 先ほど押し返したにもかかわらず、レティシアの力はまだ上がっていた。


(すごい……まだ上がる……!)


 観衆も、もはや二人の近くには立っていられなかった。

 魔力の余波に耐えながら、膝を曲げ、腕で顔を庇いながら二人の姿を追っている。


「やめなさい!――このままでは訓練場が持たない!」


 鋭い声を上げたのは、セリオナ・エクスバルドだった。

 その直後、リディアが前へと踏み出す。


「……結界を張る! 私に続け!」


 ナンバーズが一斉に詠唱を開始し、複数の結界が幾重にも重なって二人を囲い込む。

 光が層となって広がり、外へ漏れようとする衝撃を押し留めていった。


「アリス、レティシア! これ以上は危険だ!」


 リディアの声が響き渡る。

 だがその声すら、白銀同士の激突音にかき消されそうになっていた。


 それでもなお、二人の剣は火花を散らし続ける。

 一撃ごとに結界が揺れ、光の表面へ波紋が幾重にも走った。


《アリス! 本当にここまでやる気!? もう引かないと、周りが持たないよ!》


 思念のフローラの必死の声が、アリスの胸に突き刺さる。


「――アリス!」


 リディアの声も重なった。

 結界の光越しに見える景色が揺れ、二人を包む魔力だけが強く輝いている。


 アリスは全身を駆け巡る力に呑まれそうになりながら、必死に呼吸を整えた。

 高まり続ける魔力を、自分の意思で押さえ込もうと意識を集中させる。


(……だめだ、これ以上は……!)


 ぎゅっと歯を噛みしめ、両手に込めていた力を意識的に緩める。

 《ルミナ=コード》へ流れ込んでいた魔力を少しずつ落とし、白銀の力を抑え込んでいった。


「はぁっ……!」


 白銀の光が徐々に収まり、やがて《ルミナ=コード》の輝きも静かになった。

 剣を通して伝わっていた圧がふっと消え、張り詰めていた空気が一気に緩む。


 剣先を下げた瞬間、全身から力が抜けた。

 膝が笑い、足元の感覚が急に曖昧になる。


「……はぁ、はぁ……っ」


 息を荒げながら、アリスは崩れ落ちるようにその場へ膝をつく。

 肩が大きく上下し、肺が焼けるように熱かった。


 カラン……と甲冑の金具が音を立てた。

 少し離れた場所では、レティシアの膝も砂の上へ落ちている。


 同時に、全身を覆っていた白銀の輝きがゆっくりと解けていった。


「――っ、レティシア!」


 アリスが思わず声を上げる。

 胸の奥に走った焦りのまま、倒れかけたその姿へ視線を向けた。


 白銀の輝きがふっと消え去り、訓練場を照らしていた強い光が静かに薄れていく。

 空間を満たしていた重圧も消え、ようやく周囲へ普段の空気が戻り始めた。


 崩れ落ちたレティシア。

 だが、その顔に浮かんでいたのは苦悶ではなく――満ち足りた笑みだった。


「……はぁ……はぁ……アリス……」


 荒い呼吸の中、それでもレティシアははっきりとアリスの名を呼んだ。

 その声には疲労とともに、隠しきれない喜びが滲んでいる。


「こんなにも……私と打ち合える者が……いたなんて……」

「あぁ……うれしい……」


 その瞳はわずかに涙で揺れていた。

 それでも、レティシアの笑みは消えない。


 アリスは胸を打たれ、思わずその手を取った。

 触れた手のひらには、まだ戦いの余韻を残す熱が宿っている。


「……レティシア……」


 観衆の誰もが、しばらく声を出せなかった。

 膝をついたまま、ただ二人の姿を見つめている者もいる。


 圧倒的な激突の直後に浮かんだレティシアの笑みへ、いくつもの視線が集まっていた。


《アリス……本当に“喜んでる”ね。こんな顔、みんなも珍しいんじゃないかな》


 思念のフローラの囁きに、アリスは小さく頷く。

 そして、そのままレティシアの手を強く握り返した。


 アリスは息を整えながら、レティシアの肩へ手を回す。


「立てる?」

「……あぁ」


 力を貸し、ゆっくりと立ち上がらせる。

 腕にかかる重みと、触れた身体に残る熱が、つい先ほどまでの激突を思い出させた。


 まだ互いの膝は僅かに震えていた。

 それでもレティシアの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいる。


 その瞬間――観衆から遅れてどよめきが広がった。

 張り詰めていたものが解けたように、いくつもの声が一斉に飛び交う。


「互角に渡り合った……!」

「いや、途中はアリス殿が押し返していたぞ……!」


 信じられないものを目撃したという興奮と、驚きが入り混じっていた。


 イリア・フェンリスは拳を強く握り、興奮を隠さず叫ぶ。


「すげぇ……二人とも、桁外れだ!」


 その声には、先ほどまでの緊張を吹き飛ばすほどの高揚があった。


 マリナ・ヴァルステラは治癒術を構えながら、驚いたようにレティシアを見つめている。


「……レティシア様が、あんなに楽しそうに笑ってるなんて」


 その言葉に、近くにいた兵士たちも思わずレティシアへ視線を向けた。

 本人はそんな周囲を気にする様子もなく、まだアリスを見て笑っている。


 セリオナ・エクスバルドは展開していた結界を解きながら、深く息を吐いた。


「……この魔力……押さえ込むだけで精一杯だったわよ」


 結界の残滓が空気へ溶けていき、わずかに震える指先をゆっくりと下ろす。


 エリシア・グランフォードは剣に添えていた手を離し、感嘆の吐息を漏らした。


「二人の剣筋……あまりに綺麗だった……」


 カティア・ルヴェールも砂埃の向こうに立つ二人を見つめたまま、静かに息を吐く。


「……あれだけの戦い、忘れられそうにないね」


 その様子を確かめるように、リディアが二人のもとへ駆け寄った。


「レティシア! アリス!」


 焦りの残る表情で二人を見比べ、怪我がないことを確認すると、ようやく小さく息を吐く。


「……まったく、どちらも無茶をする」


 アリスは思わず苦笑した。

 隣ではレティシアも、どこか悪びれない笑みを浮かべている。


 周囲から向けられる視線は、模擬戦が始まる前とは明らかに変わっていた。

 驚きや戸惑いだけではなく、アリスを見る目に新しい色が混ざっている。


《アリス……これで、周りの見る目もかなり変わっただろうね》


 思念のフローラがしみじみと囁き、アリスは周囲を見回した。

 何人もの兵士と視線が合い、慌てて目を逸らされる。


 レティシアとアリスを見比べたリディアは、軽く息を吐き、二人へ手を差し伸べた。


「……もう十分だ。二人とも、座って休め」

「無理をすれば、今度こそ本当に怪我をするぞ」


 促され、アリスはまだ震える膝を庇いながらレティシアを支え、共に砂の上へ腰を下ろした。

 地面へ身体を預けた途端、張り詰めていた力が一気に抜けていく。


 すぐに兵士たちが駆け寄り、水を差し出し、濡れた布や清潔なタオルを用意した。

 慌ただしい足音が行き交い、激しい模擬戦の余韻が少しずつ日常へ戻っていく。


「お疲れさまです……どうぞ」

「今の戦い……本当にすごかったです……」


 差し出された水で喉を潤し、アリスはタオルで額の汗を拭った。

 張り詰めていた全身の力が解け、身体の奥から疲労が押し寄せてくる。


 隣のレティシアも同じように水を受け取り、ゆっくりと口をつけた。

 その横顔には、まだ晴れやかで満たされた笑みが残っている。


 観衆のざわめきは、なかなか収まらなかった。

 誰もが先ほどの戦いを振り返りながら、何度もアリスとレティシアへ視線を向けている。


《……アリス。少なくとも、もうただの客人を見る目じゃないね》


 思念のフローラの囁きに、アリスはもう一度周囲を見回した。

 そして少しだけ困ったように、それでも嬉しそうに微笑んだ。

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