↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
550/577

第十五部 第二章 第5話

 レイリスが真っ赤になって固まったまま、アリスに抱きしめられている。

 その光景にオルトが口を開けて呆然としていると、背後から軽やかな足音が近づいた。


「……ふふっ」


 現れたのは銀髪のフローラだった。

 彼女は一目その光景を見て、思わず口元を押さえる。


「……あははっ……これは……っ」


 抑えきれずに笑い声が溢れた。

 肩を小刻みに揺らしながら、フローラは目元に浮かんだ涙を拭う。


「フローラ様?」


 オルトが戸惑う中、フローラは笑いを堪えながらレイリスを見る。


「だって……レイリスが、そんな顔をするなんて……。あの子が自分から動かず、真っ赤になって固まるなんて……レティシアかリディアの前以外じゃ絶対にありえないのよ!」


 レイリスは耳まで赤くして声を上げた。


「や、やめてください!」


 それでもなお、アリスの腕の中から逃げ出せずにいた。


《……ぷっ、あはははは! アリス、すごい! あのレイリスが完全に固まってる!》

《……っ、笑ってる場合!?》

《ごめんごめん。でも、これはちょっと面白すぎるよ》


 思念のフローラまで笑い出し、アリスは顔を赤らめながらも抱きしめる腕を緩められなかった。


 フローラが声を立てて笑い、レイリスは耳まで真っ赤にしたまま動かない。


《でも……レイリスがここまで大人しくなるの、やっぱり気になるね》

《気になる?》

《うん。レティシアやリディアに対する反応と似てるなら、アリスから何か感じてるのかも》

《……レティシアの記憶とか?》

《可能性はあると思う。でも、まだ分からないよ》


 アリスは言葉を失い、抱きしめる腕の力をわずかに緩めた。


(……レイリスは、私から何を感じてるんだろう……)


 目の前のレイリスの赤い顔を見ながら、アリスは考える。


 笑いの余韻がまだ残る中、銀髪のフローラが姿勢を正し、声をかけた。


「――待たせたわね。ちょうど戻ってきたところよ。あなたをレティシアに会わせたいと思う」


「……私を?」


 アリスは目を瞬かせ、困惑を隠せずに問い返す。


「どこの誰かも分からない私を……そんな簡単に会わせてしまっていいの?」


 フローラは一拍置き、ふっと笑みをこぼした。


「……確かに、その通りだわ」


 肩をすくめ、軽く続ける。


「普通なら、身元も分からない人間をいきなり“トップ”に会わせるなんて考えられない。でも、ここまでの様子を見る限り、あなたから敵意は感じない。それに――なぜか、あなたなら大丈夫だと思えるの」


 アリスは少しだけ目を伏せる。


《……まただね》

《何が?》

《向こうの私も、アリスに何か感じてる》

《……やっぱり?》

《うん。でも、それが何なのかはまだ分からない》


 アリスは静かに息をついた。


(……レティシアに……会う……)


 フローラに促され、アリスは要塞の石造りの廊下を進んでいった。

 灯火に照らされた通路は、兵士たちが行き交い、戦時の緊張を孕みながらも規律正しく保たれている。

 足音と金属音が重なり、低く抑えられた会話が断続的に耳に届く。


 そのとき――正面の廊下の先から、長い耳を持つ女性が歩いてきた。

 凛とした眼差しと堂々とした足取りに、周囲の兵士たちが自然に道を空けていく。


 まだ少し距離がある。


 その女性――リディア・エルファーレの視線が、アリスへ向いた。


「……レティシア?」


 アリスは驚いて足を止めかける。


 だが、距離が縮まり、互いの顔がはっきりと見えた瞬間、リディアの表情が変わった。


「……違う……?」


 リディアが立ち止まる。


 その瞳が、アリスの顔から髪、立ち姿へと順に動いていく。


「……顔も、髪も違う。なのに……」


 小さな呟きが、すれ違いざまに聞こえた。


 アリスも思わず振り返る。


 リディアはまだこちらを見ていた。


《……今、レティシアって言ったよね》

《うん》

《でも、顔を見たらすぐ違うって気づいた》

《……それでも最初は間違えた》

《背格好とか、立ち方かな。何か似て見えたんだと思う》


 アリスは胸に残る違和感を抱えたまま、フローラの背中を追った。


 重厚な扉が軋みをあげて開かれる。

 フローラに導かれ、アリスは深呼吸をひとつしてから部屋の中へ足を踏み入れた。


 そこは質素ながらも整えられた司令室だった。


 中央には、黒髪を結い上げ、青い瞳を持つ女性が立っている。


「私は――」


 彼女は名乗ろうと一歩前に出る。


 だが、アリスの姿を目にした瞬間、その言葉は途切れた。


「……!」


 青い瞳が大きく見開かれる。


 アリスとレティシアの顔立ちは同じではない。

 髪の色も違う。


 それでも、レティシアはアリスの立ち姿から目を離さなかった。


(……レティシア……!)


 アリスもまた、目の前の女性から視線を外せなかった。


《……固まった》

《フローラ》

《いや、だって……顔は違うのに、すごい見てるよ》

《私にも理由なんて分からないよ!》


 アリスは心の中で返しながらも、目の前のレティシアを見つめ続けた。


 アリスとレティシアが互いを凝視したまま、しばらく沈黙が続く。


 その沈黙を、銀髪のフローラが破った。


「……ふふ。レティシア、そんなに驚かなくてもいいでしょう?」


 柔らかい笑みを浮かべながら二人の間に一歩入り、アリスへと視線を向ける。


「この子は私が連れてきた。今のところ危険な様子はないから、まず話を聞いてあげて」


「……フローラ……」


 レティシアは小さく呟き、深く息を吐いた。


 やがてゆっくりと顔を上げる。


《だいぶ戻ったね》

《何が?》

《レティシアの顔》

《いちいち実況しないでよ……》


 アリスは黙って頭を下げた。


 レティシアが改めてアリスへ向き直る。


「……改めまして。私は、レティシア・ファーレンナイト」


 アリスは背筋を伸ばし、真剣な眼差しで答える。


「……アリス・グレイスラーと申します」


 レティシアは小さく頷き、手で椅子を示した。


「まあ……座ろう」


 二人は向かい合って席に着いた。


 だが、レティシアの視線はアリスから離れない。


 顔立ちは違う。

 髪の色も違う。


 それでも、視線はアリスの立ち方や仕草を確かめるように何度も動いていた。


「あの〜……」


 視線に耐えきれず、アリスが口を開く。


「……っ!」


 レティシアは我に返ったように瞬きをし、顔を伏せて小さく咳払いをした。


「……す、すまない。無礼だった」


 その頬に、ほんのわずかな赤みが差していた。


《あははっ! 照れてる!》

《フローラ!》

《だって珍しいんだもん》

《静かにして!》


 レティシアとアリスは向かい合い、言葉少なに視線を交わした。


 互いに名を名乗ったはずなのに、何を話せばよいのか分からない。

 視線が合っては逸れ、また合う。


《ねえアリス》

《……何?》

《これ、お見合いみたいじゃない?》

《やめてよ!》


 その直後だった。


「……お見合いじゃないんだけど」


 銀髪のフローラが、少し間を置いて本当に口にした。


「――っ!」


 アリスは目を丸くし、思わず机に手をついてしまう。


《あははははっ! ほら! やっぱり私じゃん!》

《何で同じこと言うの!?》

《知らないよ! でも面白い!》


 レティシアも困惑しつつ、わずかに表情を緩めた。


 銀髪のフローラの一言で空気が少し和らいだところで、レティシアは表情を引き締める。


「……さて。笑ってごまかしてばかりもいられないな」


 背筋を正し、アリスを真っ直ぐに見る。


「アリス・グレイスラー。あなたは一体、何者なのだ?」


 アリスは唇を結んだ。


(……やっぱり来た……!)


《まあ、聞くよね》

《どうしよう》

《今分かってることだけ答えればいいよ。無理に説明できないことまで話す必要はないから》


 アリスは視線を落とし、短く息を整えた。


「……正直に言うと、よく分かりません」


 レティシアの青い瞳がわずかに細められる。


「気づいたら、ここにいました。どこをどう通ったのかも、なぜここにいるのかも……説明できません。だから――迷い込んだ、としか言えないのです」


 レティシアはしばらく黙したまま、アリスを見つめた。


《うん。今はそれでいいと思う》

《全部言わなくていい?》

《まだ私たちだって何が起きてるか分かってないからね》


 やがて、レティシアは息を吐き、表情をほんの少し緩めた。


「……そうか。ならば無理に追及はしない。ただし――」


 真剣な光を宿したまま、言葉を続ける。


「これだけは答えてほしい。あなたは……人族の味方か?」


 レティシアの問いに、アリスは一切迷わなかった。


「――はい」


 レティシアの瞳がわずかに見開かれる。


 しばらくアリスを見つめたあと、静かに頷いた。


「……そうか。ならば、それで十分だ」


《おお、即答》

《そこは迷うところじゃないから》

《うん。アリスらしい》


 アリスは視線をレティシアから外さなかった。


 レティシアは机に手を置き、落ち着いた口調で続けた。


「君がどこから来たかは今は問わない。だが、“味方”と断言した以上……私はその言葉を信じる」


 少しの沈黙が訪れる。


 その静けさを切り替えるように、銀髪のフローラが軽く手を叩いた。


「はいはい、真面目な話はここまで。アリスも疲れているでしょうし、まずは休息を取ってもらうのが先よ」


「……フローラ」


 レティシアはわずかに眉をひそめたが、すぐに小さく苦笑した。


「確かに、君の言う通りだな」


「そういうこと」


 フローラはアリスに向き直り、穏やかに微笑む。


「今は無理に答えを出さなくてもいいわ。ここは結界の内側よ。少なくとも、外よりは安全だから休みなさい」


《うん。今は休んだ方がいいと思う》

《フローラまで?》

《だって、昨日からずっと分からないことだらけでしょ》

《……それはそうだけど》

《休める時に休む。基本だよ》


 アリスは深く息をつき、頷いた。


「……ありがとうございます」


 言葉にした瞬間、ほんのわずかに肩の力が抜けた。


 こうして、ひとまずの対話は区切りを迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。