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第十五部 第一章 第9話

 白銀と漆黒が交錯する《封印門》は、先ほどまでと変わらぬ青白い光を明滅させていた。

 基壇を囲む石柱群にも白銀の文様が残り、一定の間隔で淡い光が走っている。

 異常発生から時間が経っても、新たな変化は確認されていなかった。


 兵装部隊は防衛態勢を維持し、結界部隊も外周の展開陣から離れない。

 解析班の端末には複数の波形が流れ続け、先ほど欠落した観測記録との照合が進められていた。

 誰も《封印門》へ近づかず、一定の距離を保ったまま監視を続けている。


「現在の魔力波形は安定しています」


 レイナ・アスフォードが端末を確認する。


「侵入拒絶層についても、先ほど確認した反応の偏りは残っています。ただ、それ以上の変化はありません」

「結界側も同じです」


 サリナ・ミルヴァが展開陣へ視線を落とした。


「外部干渉は通常範囲まで戻っています。こちらの結界にも異常はありません」


 セシリアは《封印門》を見たまま、小さく頷いた。


「……しばらく観測を続けましたが、門側から新しい動きはない、ということですね」

「はい」


 クラリスが答える。


「こちらから何も行わなければ、現在の状態を維持する可能性が高そうです。ただ、このまま観測だけを続けても、新しい情報が得られるかは分かりません」


 セシリアはすぐには答えなかった。

 前方では、《封印門》の内側に残る青白い光がゆっくりと揺れている。

 先ほど一時的に生まれた奥行きは消え、今は再び薄い光の層が門の内部を覆っていた。


 アリスも門から視線を離さず、その明滅を見つめていた。


《……アリス》


 意識の奥へ、フローラの声が届く。


《フローラ?》

《うん。さっきから見てたんだけど……やっぱり、あの門の波動、どこか懐かしい感じがする》

《懐かしい?》

《でも、何だったかまでは分からないの》


 フローラの声には珍しく迷いがあった。


《ただね、誰が近づいても同じように動く門じゃない気がする。……うまく言えないけど、相手を見てるみたいな感じ》


 アリスはわずかに眉を寄せる。


《相手を……》

《うん。でも、まだ決めつけないでね》


 少し間を置いて、フローラが続けた。


《それと、アリスはまだ触らない方がいいと思う》

《私が?》

《理由までは分からない。でも……今は、その方がいい気がするの》


 アリスは《封印門》を見つめたまま、小さく息を吐いた。


《……分かった》


 思念が途切れる。

 その直後、クラリスが端末を持ち上げた。


「セシリア准尉。次の段階について提案があります」

「聞きます」

「直接接触ではなく、まず門の直前まで探査術式を近づけてみたいと思います。侵入拒絶層が、どの距離から反応するのか確認できます」


 セシリアは少し考えたあと、ヴァルク准将へ視線を向ける。


「結界側は?」

「問題ない。こちらで即時遮断できる状態を維持する」

「分かりました。門そのものには触れないことを条件に実施してください」

「了解しました」


 クラリスが術式端末を操作する。

 淡い光を帯びた探査術式が基壇を進み、《封印門》へゆっくりと近づいていく。

 五メートル、三メートル、一メートルと距離を縮めても、門の明滅に変化はない。


「変化なし」


 レイナが波形を追う。


「侵入拒絶層にも変化はありません」

「さらに近づけます」


 探査術式が光の層の直前で止まる。

 それでも《封印門》は動かなかった。


「……反応なし」


 クラリスが小さく呟く。


「術式そのものを近づけるだけでは反応しない?」

「その可能性があります」


 クラリスは探査術式を引き戻した。


「少なくとも、単純な接近だけで侵入拒絶層が作動するわけではなさそうです」


 セシリアが腕を組む。


「となると、接触時の挙動を確認しない限り、ここから先は進めない可能性がありますね」

「そうですね。ただし、危険はあります」


 クラリスは即答した。


「先ほどの活性化を考えれば、直接接触には相応の防御が必要です」

「なら、私が行こう」


 ヴァルク准将が一歩前へ出た。


「准将?」

「結界部隊の指揮を預かる身だ。防御術式を維持したまま接触できるのは、私が適任だろう」


 セシリアはすぐには許可しなかった。


「先ほど私は、門への直接接触を禁止しました」

「承知している」

「それでも?」

「観測だけでは得られる情報に限界があることも確認できた。危険が増した時点で即座に離れる」


 セシリアはクラリスへ目を向けた。


「接触試験を行う場合、最低限必要な条件は?」

「結界部隊による外周防御を維持。接触は一名のみ。異常波形が発生した時点で即時離脱」


 クラリスが続ける。


「それから、門へ魔力を流し込まないこと。触れるだけにしてください」

「分かりました」


 セシリアはヴァルク准将へ向き直った。


「条件付きで許可します。異常を感じたら、こちらの指示を待たず離れてください」

「心得た」

「全員、配置を維持。結界部隊は防御を強化してください」


 各班が一斉に動く。

 ナディアたち兵装部隊が前線を固め、ミリエルとフロリアも武器を構えた。

 結界側ではサリナたちが展開陣を確認し、解析班はすべての端末を《封印門》へ向ける。


 ヴァルク准将が一人、基壇の中央へ進んだ。


 一歩。

 さらに一歩。


 《封印門》は反応しない。


「距離、二メートル」


 レイナが告げる。


「波形、変化なし」


 ヴァルクはそのまま門の前まで進み、青白く揺れる光の層を見つめた。


「……行くぞ」


 右手をゆっくりと伸ばす。

 指先が光の層へ触れた。


 次の瞬間――白銀の閃光が弾けた。


「ッ――!」


 強い衝撃波がヴァルクの身体を押し返す。

 巨体が数メートル後方へ弾かれ、鎧の靴底が基壇を擦りながら止まった。


「准将!」


 サリナが駆け寄る。


「問題ない!」


 ヴァルクはすぐに片膝をつき、片手を上げて制した。


「負傷は?」

「ない。衝撃で押し戻されただけだ」


 《封印門》へ視線が集まる。

 だが、門は追撃してこない。

 青白い光もすでに元の明滅へ戻っていた。


「波形を確認!」


 セシリアの指示に、解析班が一斉に端末へ向かう。


「侵入拒絶層が瞬間的に増幅しています!」


 レイナが記録を追う。


「ヴァルク准将が離れた直後に正常値へ戻りました」

「ほかの層は?」

「大きな変化はありません」


 クラリスが別の記録を確認する。


「……門全体が攻撃したわけではなさそうですね」

「どういうことだ?」


 ヴァルクが立ち上がる。


「侵入拒絶層だけが強く反応しています。触れた相手を傷つけるというより、内部へ入れないために押し返したように見えます」

「つまり……拒絶された、か」

「現時点では、その見方が一番近いと思います」


 マーロ中尉も記録を確認する。


「接触者側の魔力と、拒絶層の反応を照合してみましょう。相手によって挙動が変わる可能性もあります」

「まだ一例だけです」


 クラリスがすぐに付け加えた。


「ヴァルク准将が拒絶されたことは確認できました。ただ、それが誰に対しても同じなのか、特定の条件によるものなのかは分かりません」

「追加の直接接触は?」


 セシリアが尋ねる。


「今すぐ行うべきではありません」


 クラリスは首を横に振った。


「まず今回の反応を解析した方がいいでしょう」

「分かりました」


 セシリアは全員を見渡した。


「直接接触試験は一度で終了します。解析班は今の記録を優先。結界部隊は門の反応が完全に安定していることを確認してください」

「了解」


 各班が再び持ち場へ戻っていく。

 アリスだけは、その場から動かなかった。


 《封印門》は何事もなかったかのように青白い光を明滅させている。

 先ほどヴァルクを弾き飛ばしたとは思えないほど、穏やかな光だった。


《……アリス》

《うん》

《今の反応……やっぱり、ただ攻撃したわけじゃないと思う》

《私もそう見えた》

《でも、それ以上はまだ分からない》

《……分かってる》


 アリスは門を見つめる。


 その瞬間。

 青白い光が、ほんの一度だけ大きく揺れた。


「……?」


 アリスが目を細める。

 だが次の瞬間には、元の明滅へ戻っていた。


 誰かを拒むように。

 あるいは――何かを待っているように。


「……つまり」


 低く落ち着いた声を発したのは、マーロ・ディルヴィン中尉だった。

 彼は資料端末に残されたヴァルク准将の接触記録を確認し、《封印門》を見据えている。

 やがて、その視線がゆっくりとアリスへ向かった。


「この門に応じるのは……アリスさん。あなたなのかもしれません」


 マーロの声に、周囲の視線がアリスへ集まった。

 青白い光に照らされたアリスは、《封印門》とマーロを交互に見る。


《……あ、やっぱりそう思う? 私もマーロくんと同じ意見!》


 唐突に、アリスの意識へ軽やかな声が割り込んできた。


《フローラ……! なにを言って――》

《いやいや、こういう時こそ私の出番でしょ? “アリスが何かの条件に関わってる説”、けっこうありそうだと思うんだよね~》

《……そんな軽々しく言わないで》

《だってさぁ、ヴァルクさんが弾かれたあと、アリスが見てた時に門の光が揺れたでしょ? ちょっとくらい気になるじゃん》

《……それだけで決められないけど》

《うそうそ。そこまで決めつけてないよ。でもね、みんなの顔、今すっごくカチコチで怖いんだよ? だから少しは笑わせなきゃって思っただけ》


 アリスはわずかに眉をひそめながら、小さく息を吐いた。

 場の誰も、その密やかな思念のやり取りには気づいていない。


「根拠は薄いが……可能性はあると思う」


 マーロの言葉に、クラリスが眼鏡を押し上げる。


「先ほどヴァルク准将が接触した直後、門の光が一度だけ変化しています。ただ、それがアリスと関係しているかはまだ分かりません」

「だからこそ、まず接触せずに確認したい」


 マーロが端末を開き直した。


「アリスさんが近づいた時に反応が変わるか。それなら確認できる」

「それならできます」


 クラリスも頷いた。


「アリス……門には触れず、少し手前まで近づいてみて」

「分かった」


 セシリア准尉が全員を見渡す。


「先ほどの直接接触試験は一度で終了しています。今回は非接触での確認だけにします」

「はい」


 結界部隊が展開を維持し、兵装班も配置を崩さない。

 解析班の端末が一斉に《封印門》へ向けられた。


 アリスはゆっくりと前へ歩き始める。


「三メートル。変化ありません」


 レイナが端末を確認する。


 アリスがさらに一歩進んだ。


「二メートル――」


 青白い光がわずかに揺れた。


「反応しました!」


 アリスが足を止める。

 白銀と漆黒の紋様が淡く明滅し、先ほどとは異なる波形が端末へ刻まれていく。


「侵入拒絶層は?」

「増幅していません」


 レイナが答える。


「ヴァルク准将の時とは違います」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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