第十五部 第一章 第7話
再び連絡橋を渡る一行の足取りは、慎重だった。
浮島と浮島を繋ぐ橋は、半透明の魔力が編み込まれたような不安定な構造をしている。
足を置くたびに淡い波紋が広がり、わずかに遅れて足裏へ揺れが返ってきた。
下方には、果ての見えない群青の闇が広がっている。
「結界、安定しています。……ですが、周囲の魔力に変化があります」
サリナ・ミルヴァが展開陣を確認しながら告げる。
アリスも歩みを進めながら、意識を前方へ集中させた。
先ほどまでとは違う感覚が、遠くから規則的に伝わってくる。
――微かな脈動。
「……聞こえるか?」
レイラが低く問いかけた。
「はい。……魔力の波動が、規則的に脈打っているように感じます」
クラリスが眼鏡の奥で目を細める。
音とは違う。
それでも、大地の奥で何かが鼓動しているような感覚が一定の間隔で伝わってきていた。
「封印門……かもしれんな」
ヴァルク准将が前方を見る。
「距離はまだあります。ですが、この時点ですでに反応が強くなっています」
レイナ・アスフォードが端末へ視線を落とした。
「門の直近では、さらに強い干渉を受ける可能性があります」
「魔獣の出現にも、門が関係している可能性はありますね」
セリオが続ける。
「ただし、現時点では断定できません。まずは門周辺の反応を直接確認する必要があります」
アリスは歩みを止めず、わずかに目を細めた。
脈動の奥に、どこか覚えのあるような感覚が混じっている。
だが、それが何なのかまでは掴めない。
(……やっぱり、この感覚……)
胸の奥に残る違和感を抱えたまま、一行は先へ進んだ。
浮島を越えるたび、空気は少しずつ重くなっていく。
やがて前方に、巨大な環状台地が姿を現した。
その周囲には、二十メートルを超える石柱群が規則正しく立ち並んでいる。
「……近い」
アリスが足を止めた。
空間を満たす脈動が、先ほどよりもはっきりと身体へ伝わってくる。
「これ……鼓動じゃない。空間そのものが、鳴ってる……」
石柱には白銀の文様が刻まれ、一定の間隔で淡い光を明滅させていた。
「……視線を向けられているような感じがするな」
レイラが周囲へ目を走らせる。
「観測、あるいは認証に関わる構造かもしれません」
クラリスが石柱を見上げる。
「魔力値が上昇しています。ここから先は、門の影響がさらに強くなっていると見た方がいいでしょう」
レイナの端末が短い警告音を鳴らした。
「……それでも、今のところ直接的な攻撃反応はありませんね」
クラリスが答える。
「起動条件を待っている可能性もあります。不用意な接触は避けましょう」
「同感だ」
ヴァルク准将が頷く。
「……行きましょう」
セシリアが周囲を確認する。
「全員、警戒を最大に。隊列を崩さないでください」
各班が装備と端末を確認し、一行は石柱群の間へ入っていった。
その先で視界が大きく開ける。
階段状に沈み込んだ広大な基壇。
そして、その最奥に《封印門》が立っていた。
「……っ」
誰かが息を呑む。
白灰色の石造アーチを漆黒の縁取りが囲み、その表面を白銀の文様が幾重にも走っている。
門を覆う封印結界は静かに明滅し、先ほどから感じていた脈動と同じ周期で光を揺らしていた。
「……あれが、《封印門》……」
ミオラ・サンベルが小さく呟く。
「近づいただけでも、かなりの魔力圧を感じる」
フロリア・カンタール軍曹が双剣の柄へ手を掛けた。
「これほど複雑な封印構造は……見たことがありません」
クラリスが門を見上げる。
「確認できます。結界は五層。それぞれ位相をずらしながら、互いに干渉して安定しています」
レイナが端末を操作しながら続ける。
「現代の術式では、同じ構造をそのまま再現するのは難しいでしょう」
「……これが、人の手で作られたものなのか」
ヴァルク准将が低く呟いた。
アリスは基壇の縁から《封印門》を見つめる。
白銀の光がゆっくりと明滅するたび、身体の奥で何かが呼応するような感覚があった。
「……やっぱり、ただの封印じゃない」
周囲の視線がアリスへ向く。
「感じるの。中に閉じ込めるだけじゃなくて、外へ向かう流れもある。……それに、逆に中へ導くような流れも」
クラリスが門へ視線を戻した。
「会議で考えていた構造と、現地で感じるものは大きく外れていないようですね」
「ただし、まだ仮説です」
セシリアがきっぱりと告げる。
「ここで結論を出す必要はありません。現地調査を進めながら、段階的に確認します」
視線を全員へ巡らせる。
「それまでは、誰も門へ直接触れないでください」
「了解」
各員が頷いた。
「……ここを調査拠点とします。各班、昨日の手順通り配置へ」
セシリアの指示と同時に、隊員たちが動き始める。
兵装部隊は基壇から距離を取り、外縁部へ防衛陣形を展開した。
ナディアが《G-M19》の防御系統を起動し、ミリエルとフロリアが周囲へ警戒を向ける。
術式解析班は基壇周辺へ記録結晶を配置していく。
クラリスが魔力干渉の変化を確認し、レイナとセリオが文様と波形を記録する。
ミオラも端末へ観測値を入力していった。
「反応は安定しています。ですが、表層位相が一定の周期で揺れています」
クラリスが記録を確認する。
「門の脈動と一致している?」
「かなり近いですね。もう少し記録を取ります」
記録補助を担当するメリナとヴェルニも、各班から送られてくる情報を整理していく。
「データ量が想定より多いですね。後方にも順次送ります」
メリナが端末を操作する。
一方、結界術特別部隊も外周へ配置についた。
サリナが展開陣を確認し、ジュドが座標情報を記録する。
フェルドとグレンは外縁の警戒へ回り、ヴァルク准将が全体の配置を確認していた。
「外部干渉なし。結界、安定しています」
サリナが報告する。
その中央で、アリスは《封印門》から距離を取ったまま腰を下ろした。
門の明滅を見つめながら、わずかな変化も見逃さないよう意識を集中させる。
クラリスが隣へ腰を下ろした。
「……ここからが本番よ。気を抜かないで」
「ええ。わかってる」
こうして第十二層の調査拠点が整えられた。
記録と監視が始まり、しばらくの間、《封印門》は一定の脈動を繰り返していた。
各班も観測を続け、目立った異常は確認されない。
だが、その均衡は突然崩れた。
「っ……位相波形に乱れ!」
ミオラの声が響く。
端末に表示されていた波形が大きく跳ね上がった。
「門の外縁、魔力脈動が急激に増幅しています!」
レイナが解析画面を切り替える。
「こちらからは何もしていないはず……」
クラリスが《封印門》へ顔を向けた。
石柱群に刻まれた白銀の文様が震えていた。
門の明滅も先ほどまでより速くなり、基壇全体へ脈動が広がっていく。
「全員、警戒を強化!」
セシリアの号令と同時に、兵装部隊が防衛態勢へ移行する。
結界部隊も展開陣を強化し、解析班は一斉に端末へ向かった。
「……感じる?」
クラリスが隣のアリスへ問いかける。
アリスは《封印門》を見つめたまま、小さく頷いた。
「ええ……門の内側から……何かが動いてる」
会話が途切れる。
次の瞬間、記録端末の波形がさらに大きく跳ね上がった。
会議で想定していた異常が、目の前で現実になろうとしていた。




