第十五部 第一章 第5話
クラリスは小さく息を整え、会議室を見渡した。
「……とはいえ、この辺りは現地調査によって明らかになる部分が大きいと思っております。机上での推測をこれ以上重ねても、確証には至りません。したがって――この先は現地で確認すべきかと」
明確に区切るような言葉に、セシリア准尉はすぐに頷いた。
手元の端末を操作すると、壁面の映像が第十二層全体の構造図へ切り替わる。
「承知しました。それでは、今回の調査について改めて確認します」
投影されたのは、環状に連なる浮島群と、その周囲に広がる不安定な空間だった。
ところどころで重力の揺らぎを示す表示が明滅し、複数の危険区域が強調されている。
「まず、問題点は三つ。
一つ――浮遊環境そのものの不安定さ。重力の乱れによって、浮島間の移動には常に転落の危険が伴います。
二つ――魔獣の存在。第十二層では移動能力の高い個体も確認されており、複数体が同時に接近する可能性も考慮しなければなりません。
三つ――魔力干渉環境。層全体を流れる波動が術式展開を乱し、特に広域術式や持続結界の維持に影響を与えることが確認されています」
セシリアは一拍置き、出席者たちを見渡した。
「以上の三点が、門周辺へ到達するまでの主な障害です。対処としては、魔導兵装部隊による前衛維持、解析班の逐次支援、そして各班ごとの連携行動を基本とします」
ナディア・フェルグリッド中尉が立ち上がった。
「兵装部隊は三名で展開します。私が広域防衛と術式遮断を担当し、ミリエルとフロリアが迎撃と前衛維持を担う。……ただし、環境干渉が強い以上、長時間の展開は避けたい。後衛班との連携が必須です」
続いて、ヴァルク・デュナール准将が口を開く。
「結界部隊は門周辺の安定維持を最優先とする。ただし、環境そのものが結界へ干渉する以上、我々の支援も絶対ではない。異常を確認した場合は即時報告し、判断を遅らせるな」
低い声が会議室に響き、数名が静かに頷いた。
セシリアは再び端末へ触れる。
空中に浮島群を模した立体投影が現れ、その中央に《封印門》を示す紋章が表示された。
「――では、いくつかの想定状況を確認します。各班、対応をお願いします」
投影の中に複数の黒い影が現れる。
魔獣を模した影が、浮島の外側から接近してきた。
「第一想定――門周辺へ到達する直前、複数の魔獣が接近した場合」
ナディアが即座に答える。
「兵装部隊が前へ出ます。私が防衛線を維持し、ミリエルが迎撃支援、フロリアが接近した個体を排除する。後衛は射線を確保しつつ、結界の維持を支援してください」
マーロ中尉が端末へ視線を落とした。
「解析班は周辺波形を監視し、妨害が確認された場合は結界部隊へ情報を共有します。術式への干渉が強まった場合は、解除よりも安定維持を優先します」
ヴァルク准将も頷く。
「結界特別部隊は外縁を固める。長期戦には持ち込むな。進路を塞ぐ個体を優先して排除し、調査班を前へ進ませろ」
セシリアは次の想定へ切り替えた。
投影された浮島の一つが大きく傾き、隣接する足場との間隔が広がっていく。
「第二想定――重力の乱れによって足場が不安定化し、通常の移動経路が使用できなくなった場合」
アリスが立ち上がる。
「私も結界で足場の補強を試みます。ただ、状況によっては無理に進まず、結界部隊の仮足場を使った方が安全だと思います」
クラリスが続けた。
「私は後方から周囲の魔力変動を確認します。アリスさんが結界を使う場合も、干渉が強くなった時点ですぐに伝えます」
サリナ・ミルヴァも口を開く。
「結界部隊では一時的な仮足場を展開できます。ただし恒久的なものではありません。移動経路を確保した後は、速やかに通過してください」
「了解しました」
セシリアが頷き、最後の想定へ切り替える。
今度は《封印門》が淡く脈動し、その周囲へ波紋のような光が広がっていった。
「第三想定――《封印門》から干渉波動が発生し、周囲の術式が不安定化した場合」
クラリスが映像を見つめる。
「術式データの変化を私が確認します。干渉が始まった場合は、解析よりも遮断と退避を優先してください。現時点では、完全に防げる保証はありません」
ロミル・セントレイが手を挙げた。
「空間干渉側でも波動の偏りを追います。安定している領域が残っていれば、退避経路の判断材料にはできるでしょう」
ヴァルク准将が続ける。
「戦闘要員も無理に波動域へ入るな。結界が維持できないと判断した時点で下がれ。調査より人命を優先する」
セシリアは全員の反応を確認し、端末へ指を滑らせた。
壁面の表示が切り替わり、《封印門》の基壇周辺に刻まれた複雑な文様が拡大される。
幾重にも交差する円陣の一部には、周囲とは異なる波形が記録されていた。
「……続いて、《門》そのものに関わる危険についてです」
クラリスが表示された文様へ視線を向ける。
「現地調査では、基壇周辺に石碑状の構造物が複数確認されています。解析の結果、その一部が周囲の術式へ干渉する機能を持つ可能性が出ています」
「妨害装置、ということですか?」
メリナ・カロットが尋ねる。
「その可能性があります」
クラリスは頷いた。
「符号の並びを見る限り、結界や術式の位相へ干渉する構造です。実際にどの程度作用するのかは現地で確認する必要がありますが、起動した場合はこちらの術式が不安定になることを想定しておくべきでしょう」
「つまり、結界が使えなくなる可能性もあると?」
「完全に失われるかどうかまでは分かりません。ただ、正常な維持が難しくなる可能性はあります」
セシリアが言葉を引き継ぐ。
「だからこそ、異常反応が確認された場合は無理に調査を続行しません。後退経路を確保し、防衛陣形へ移行することを最優先とします」
ロミルが腕を組みながら投影を見る。
「門へ近づく者を拒むための仕組みだとすれば、まだ別の反応が残っている可能性もありますね」
「ええ。そこも含めて、現地で確認します」
セシリアが次の映像を表示する。
そこに映し出されたのは、第十二層で確認されている大型魔獣を基に作成された想定映像だった。
通常個体よりも高い魔力密度を持ち、周囲の空間へ干渉する可能性を考慮したものとして表示されている。
「もう一つ、門周辺で高耐性の魔獣が出現した場合を想定します。第十二層では周囲の空間と同調する個体が確認されているため、通常の魔獣よりも術式への耐性が高い可能性があります」
ミオラ・サンベルが記録板へ視線を落とした。
「……結界への干渉まで重なった場合、かなり厳しいですね」
「だからこそ、単独での撃破は想定しません」
ナディア中尉が答える。
「兵装部隊が前線を維持し、結界部隊が防御を支える。その間に解析班が弱点や干渉の変化を探す。無理に倒す必要がなければ、退避経路を確保して離脱する」
ヴァルク准将も頷く。
「恐れる必要はない。だが、侮るな。戦えるからといって戦う必要はない」
セシリアは投影された想定映像を見ながら続ける。
「調査中に術式干渉と魔獣の出現が同時に発生した場合、調査班は後退してください。兵装部隊と結界部隊が前衛を維持し、解析班は干渉源と退避経路の確認を優先します」
「……解析班は後方から状況を見ながら、突破口を探すということですね」
マーロが確認する。
「ええ。ただし、突破できないと判断した場合は撤退します。この調査の目的は《封印門》を無理に開くことではありません」
セシリアの言葉に、会議室が静まり返った。
「現時点で必要なのは、構造を確認し、安全に調査できる範囲を広げることです。誰かの命と引き換えに答えを得るつもりはありません」
ヴァルク准将が腕を組んだまま頷く。
「それでいい。撤退も作戦の一つだ」
セシリアは最後に全員を見渡し、投影を閉じた。
《封印門》と浮島群の映像が消え、会議室には魔導灯の光だけが残る。
「――以上が、現時点での解析結果と想定される対処指針です」
少し間を置き、セシリアは問いかけた。
「……何か質問は?」
出席者たちはそれぞれ手元の資料を確認したが、すぐに声を上げる者はいなかった。
これまで提示された内容を、それぞれが自分の役割へ当てはめて確認しているようだった。
やがてセシリアが再び口を開く。
「では、明日正午に施設内の転移装置前へ集合してください。そこから第十二層へ移動します」
室内の空気がわずかに引き締まる。
「この調査は危険を伴います。各班は自分の役割を徹底し、独断での行動は避けてください。異常が発生した場合は即時共有し、必要であれば迷わず撤退します」
各員が静かに頷いた。
軍人も技術官も、学院に所属する者もいる。
立場は違っていても、明日から同じ第十二層へ向かうことだけは変わらない。
「会議は以上です。――解散」
その宣言とともに、全体会合は終了した。




