第十五部 第一章 第4話
翌日。
午前の陽光が演習施設の中庭を柔らかく照らしていた。
昨夜遅くに到着した追加派遣の技術班と結界部隊は、すでに施設内で機材確認や配置準備を始めている。
昨日までより明らかに増えた人員を窓辺から見つめ、アリスは自然と背筋を伸ばした。
王国魔術技術局の技術者たち。
王国直轄の結界術特別部隊。
さらに学院記録補佐班まで加わり、施設内の雰囲気は昨日とは大きく変わっていた。
(……いよいよ、本格的な調査が動き出す)
これまでとは違う規模を目の当たりにし、アリスは改めて自分がその一員となったことを実感する。
そして午前十時。
管理棟ホール奥の会議専用室では、追加派遣組を含む調査隊員たちがすでに席へ着いていた。
遮音結界が展開され、厚い扉が閉じると、外の喧噪がほとんど聞こえなくなる。
壁面には第十二層中枢の環状浮遊台地と、その中心に存在する《封印門》の構造図が投影されていた。
全員が着席したことを確認し、セシリア准尉が立ち上がる。
「時間です。それでは、第十二層《封印門》調査に関する全体会合を開始します」
室内の視線が一斉に正面へ集まった。
「本会合の目的は三点です。
一、派遣メンバーを含めた任務分担の最終確認。
二、《封印門》に関する現時点での解析結果の共有。
三、今後の調査手順と監視体制の確立」
セシリアは手元の端末を操作し、追加派遣組の一覧を表示する。
「まず、昨夜到着した追加派遣メンバーから、担当を含めて簡単に自己紹介をお願いします」
最初に立ち上がったのは、王国魔術技術局のカリス主任だった。
「封印構造の理論検証と記録統括を担当する。……各位には厳密な数値報告をお願いしたい」
続いて、結界術特別部隊を率いるヴァルク准将が立つ。
「門周辺の結界維持と防衛は我々が担う。干渉の兆候があれば即時に遮断措置を取る」
その後も、追加派遣された技術者や結界術士たちが順番に立ち上がっていく。
「空間干渉課のロミルです。空間転位や重力歪曲の解析を担当します。……口うるさいことを言うかもしれませんが、理屈が通らなければ動けない性分でして」
ロミル・セントレイが眼鏡を押し上げると、室内の数人から小さな笑いが漏れた。
「展開術式課、ユリスです。補助結界の維持と干渉調整を担当します。安心してください、現場での支えになるのが私の仕事ですから」
ユリス・ヘイヴが明るく続く。
「……魔力解析課、ミオラ・サンベル。記録と数値化を担当します。……えっと、直接戦闘は苦手ですが、観測精度なら負けません」
ミオラは少し緊張した様子で資料を抱え直した。
「応用術式工房、ティノ。装置と制御の調整を任された。余計な世話は焼かんが、壊れたら直すし、動かす準備は俺に任せろ」
ティノ・クラーフは腕を組んだまま短く告げる。
続いて、結界術特別部隊の隊員たちが名乗った。
「第一陣展開班、サリナ・ミルヴァです。結界布陣の初動を担当いたします。記録通りの手順を徹底し、必ず安定した基盤を築きます」
「干渉対処班、グレン。異常が出れば俺が潰す。以上だ」
「監視封鎖班、リオノです。門の反応と外部環境の記録・監視を担います。些細な揺らぎも見逃さないつもりです」
「応急展開班のミーナ! 急な結界の穴埋めとか、現場での応急対応は任せて。多少の無茶も対応するよ!」
「記録班のジュドです。結界の運用記録と履歴を管理します。解析の際には参考になるよう、丁寧に残していきます」
「境界強化班、フェルド。結界を厚くするのが役目だ。必要以上に口を開くつもりはない」
最後に、学院や技術局との連携を担当する二人が立ち上がる。
「記録管理室のメリナ・カロットです。整理と共有の調整を行います。……現場の皆さんの作業が滞らないよう支えます」
「技術局記録処理課、ヴェルニ・アレシュ。気楽に“ヴェル”とでも呼んでください。記録処理と照合作業を担当しますんで」
一通りの紹介が終わると、セシリアが頷いた。
「ありがとうございます。既存調査隊側の所属と担当については、各席の端末に共有しています。改めて全員分を読み上げることは省略しますが、連携に必要な情報は随時確認してください」
壁面の表示が切り替わり、既存調査隊側の名簿と担当が並ぶ。
セシリアを指揮官として、前衛護衛、術式解析、波動記録、感知補佐、装備部隊、技術解析班まで、それぞれの担当が一覧で示されていた。
追加派遣組の何人かが、表示された一覧へ視線を走らせる。
その中で、アリスの名が表示された箇所で何人かの視線が止まった。
――アリス・グレイスラー。
王立魔導学院・探索者育成部五年。
本調査隊正式隊員。
戦闘・現場支援。
セシリアがアリスへ視線を向ける。
「アリスさんについては、今回から正式合流したばかりですので、ご本人からお願いします」
アリスは席を立った。
「アリス・グレイスラー。王立魔導学院・探索者育成部五年。本調査隊の正式隊員です。……剣も魔術も扱えますので、必要な局面では前線も支援も担います」
短く頭を下げ、席へ戻る。
セシリアは続いてクラリスへ視線を向けた。
「クラリスさんからも、技術・解析側としてお願いします」
クラリスも席を立つ。
「クラリス・ノーザレイン。ミラージュ王国魔導技術開発局第二研究室、現在は学院臨時講師。解析と補佐を主としますが、現場に立つ以上は仲間として全力を尽くすつもりです」
クラリスが着席すると、セシリアは再び前へ出た。
「では、役割確認も終わりましたので、第二項へ移ります。《封印門》に関する現時点での解析結果を共有します」
セシリアが投影用の術式端末へ触れる。
壁面の映像が切り替わり、“群青の空域”と呼ばれる異空間が映し出された。
浮遊する環状の台地、その周囲に連なる浮島群、そして断続的に重力が歪む不安定な空間が広がっている。
中央には直径八十メートルを超える円形基壇が鎮座していた。
その外周には高さ二十メートル級の石柱群が環状に並び、基壇の中心を取り囲んでいる。
「ここが――第十二層の中枢です」
セシリアの言葉とともに、映像が基壇中央へ近づいていく。
階段状に沈み込んだ窪み。
そして、その最奥に《封印門》が姿を現した。
白灰色の石材を漆黒の縁取りが囲み、表面には白銀の装飾文様が幾重にも走っている。
封印結界は層を成し、一定の間隔で淡い光を明滅させていた。
「門そのものには五層構造の封印術式が確認されています。外部反応遮断、空間転位干渉、構造固定、侵入拒絶、そして魔力漏洩抑制。すべてが古代術式によるもので、現代技術では完全な複製は不可能です」
セシリアの報告を受け、クラリスが補足する。
「精霊術式と古代魔導式の複合体。現行の結界理論では説明できない構成です。……はい。アリスさんの見解を借りるなら、これは“中の存在を閉じ込める”と同時に、“外へ送り出す”構造を兼ねている可能性が高いのです」
一拍置き、クラリスは映像へ視線を向ける。
「――ですが、私の見解は少し異なります。術式の向きや層の組み方から見て、これは“内部に入るための門”と解釈する方が自然です。外に放つよりも、むしろ“選ばれた者が中に踏み入るため”の仕組みを意図的に備えているように思われます」
「つまり――閉じ込めると同時に、中へと導くための構造か」
ヴァルク准将の低い声が会議室に響いた。
クラリスは頷く。
「はい。ただし、内部に何が存在するのか、現段階では推測の域を出ません。ですが、封印の層が“入口”としても機能している可能性は、見過ごせません」
会議室が静まり返る。
壁面に映し出された《封印門》は、ただの記録映像にすぎない。
それでもアリスには、あの場所で実際に感じた異様な気配が鮮明によみがえっていた。
閉じ込めるための封印。
外へ送り出す可能性。
そして、中へ踏み入るための入口。
アリスは《封印門》の映像から目を離さなかった。




