第十五部 第一章 第3話
午後一時。
王立魔導学院・実地演習施設の管理棟ホール奥。
会議専用の遮音結界が張られた部屋で、第一次調査隊による中間報告会が始まろうとしていた。
厚い扉が閉ざされると、廊下から聞こえていた足音や機材搬入の音が遠ざかる。
室内には淡い魔導灯が均等に光を落とし、中央には楕円形の会議卓が据えられていた。
各席には資料閲覧用の小型魔導端末と記録結晶が用意され、すでに待機状態の光を灯している。
壁面には半透明の魔導スクリーンが展開され、ダンジョン全体の簡略図が浮かび上がっていた。
階層ごとの調査状況が色分けされ、未調査、進行中、解析中といった情報が一目で確認できる。
すでに主要メンバーたちは着席し、報告開始を待っていた。
正面席には調査隊指揮官セシリア・グレオール准尉。
端正な軍服に身を包み、背筋を伸ばしたまま手元の端末を操作している。
その右手側には、装備部隊を代表するナディア・フェルグリッド中尉が座っていた。
前には戦術用の分厚い報告資料が開かれ、ページの端には細かな付箋がいくつも挟まれている。
左手側には、術式解析室所属のマーロ・ディルヴィン中尉。
眼鏡越しに記録結晶を覗き込みながら、指先で解析式を確認していた。
その近くには、レイナ・アスフォード技師の姿もある。
机上には複数の記録端末が並び、第一次調査で収集された術式データが表示されていた。
アリスはクラリスと共に室内へ入った。
扉を開いた瞬間、いくつかの視線がこちらへ向けられる。
敵意はない。
新たに正式合流した隊員を確認する、静かな視線だった。
アリスは軽く会釈すると、用意された席へ歩み寄って腰を下ろした。
クラリスも隣へ座り、資料端末を起動する。
机の上で淡く光る画面を見ながら、アリスは一度だけ息を整えた。
「時間です。それでは、第一次調査隊による中間報告会を開始します」
セシリア准尉が立ち上がり、澄んだ声で告げる。
室内の視線が一斉に正面へ集まった。
「本日の目的は三点です。
一、これまでの調査経過の共有。
二、未記録区域および封印構造に関する調査結果の整理。
三、明日午前十時の全体会合へ提示する、今後の調査展開案と戦力再配置案の確認」
セシリアは淡々と告げながら、手元の術式操作端末に指を滑らせる。
壁面に映し出されていたダンジョン全体図が切り替わり、第一層と第三層の構造図が拡大された。
そこには学院の公式記録には存在しない地図外構造と、封印構造を示す印が表示されている。
「今回の報告には、アリスさんが参加した初期調査の結果と、その後、アリスさんが演習で離れていた期間中に先行班が進めた追加調査の結果が含まれています」
セシリアの視線がアリスへ向けられる。
「アリスさんはすでに本調査隊へ正式合流しています。今後の調査では、戦闘および分析の両面で協力をお願いします」
アリスは静かに頷いた。
「了解です」
短く返すと、隣に座るクラリスが小さく頷いた。
「では、本題に入ります。まずは第三層・地下遺構構造群についてです」
壁面の映像が切り替わり、第三層の構造図が大きく表示される。
その奥には、既存の地図には存在しない人工的な円形広間の記録映像が映し出された。
苔むした柱。
規則性を持って配置された六体の石像。
そして広間の床面に刻まれた、淡く光を帯びる幾何学文様。
セシリアは映像を示しながら続ける。
「通路の先には、直径四十メートルを超える円形広間が存在していました。内部には複数種族を模した六体の石像が確認されています。人間、エルフ、獣人、精霊族と推定されるものを含んでいます」
映像が切り替わり、一体の女性像が拡大される。
「そのうち、この女性像だけは武器を持たず、祈るような姿勢を取っていました」
セシリアの視線がアリスへ向く。
「初期調査の際、アリスさんが即座に『リディア・エルファーレ』と指摘した個体です。その場では確証を得られませんでしたが、その後の追加解析で文様と王国記録の照合が進み、識別の信憑性は高まっています」
数名の出席者が改めて映像へ目を向ける。
「床面には転位座標を固定する術式、壁面には古代精霊術式由来と推定される記号痕跡が確認されています。現代術式理論では完全解読に至っておらず、封印、転移、記録処理が複合している可能性があります」
続いて映し出されたのは、石像台座の一部が開き、黒き魔獣が出現した際の記録だった。
猛り狂う影のような魔獣へ、武装部隊が即座に対応する。
映像が進み、制圧された魔獣が崩壊すると、その残滓が床面の文様へ吸収されていった。
「調査行為を契機として、守護型と推定される魔獣が出現しました。撃破後、その残滓が床面の文様へ吸収され、北端の壁面が開扉しています」
映像が開いた通路へ切り替わる。
「その先で碑文と術式残滓を確認し、終端で発見されたのが、この構造です」
白灰色の石材に重厚な文様が刻まれた、半円状の門が映し出された。
会議室が静まり返る。
「現時点では、この第三層地下遺構が第十二層で確認されている封印門と何らかの形で連動している可能性を考えています」
セシリアは画面を見ながら続ける。
「ただし、これを第十二層へ至る直接的な経路と断定できるだけの情報はありません。前段階の構造なのか、同一の結界網へ属する別系統なのかについても、引き続き解析が必要です」
その静寂を破ったのは、マーロ・ディルヴィン中尉だった。
「……第三層の文様は、第十二層で確認された封印門と一部の構文法則が一致しています。ただし応答波形には差異がある。こちらは“起動前”、あるいは“別系統”の可能性が高い」
クラリスが続ける。
「構造は安定しすぎています。魔力の流れは“循環”というより“備蓄”に近い。必要な時に“何かを起動するための蓄積”に見えます」
ナディア中尉が投影図を見つめたまま口を開いた。
「つまり、例の門と同様に“触れてはならない系統”と判断していいのかしら?」
「現時点では、はい」
セシリアが即答する。
「少なくとも、開放を前提として安全に設計された構造とは考えない方がいいでしょう。守護型魔獣の出現を見ても、調査行為そのものが危険要素となり得ます」
アリスは姿勢を正し、口を開いた。
「戦闘対応については、魔導兵装の運用で十分に対処可能と判断されたのですか?」
ナディアは迷いなく頷いた。
「ええ。現場ではミリエル准士官とフロリア軍曹が連携して制圧しました。術式耐性が高く、接触腐食の危険性もあるため、以後は拡張型兵装による初動対応を推奨します」
アリスは短く頷き、端末へ記録を残した。
続いてレイナが手元の端末を操作し、別の波形データをスクリーンへ表示する。
「追加調査では、第三層の門そのものに大きな変化は確認されていません。ただ、第十二層側の反応と時間的に近い変動が記録されています」
アリスが画面を見る。
「同じタイミングで?」
「完全な同期ではありません。ただ、無関係と切り捨てるには近すぎます」
レイナは表示された二つの波形を並べた。
「第一層の石門についても微弱な反応が継続しています。三地点すべてが直接接続されているとは言えませんが、同じ術式体系に属している可能性は以前より高くなっています」
マーロも小さく頷いた。
「構文法則だけを見るなら、その見方が最も自然です」
セシリアは全体を見渡した。
「以上を踏まえ、明日の全体会合へ提示する暫定案を確認します」
壁面の映像が切り替わり、今後の調査予定案が表示された。
日程ごとの進入階層、調査班の配置、兵装展開案が並んでいる。
アリスは映像を見つめながら、軽く身を乗り出した。
「具体的な行動指針として――今夜到着予定の追加派遣メンバーと明日から連携し、まずは第十二層の調査を優先するのはどうでしょうか。第三層との関連性を改めて検証したうえで、優先順位を決める。……その流れが最も現実的だと思います」
会議室内の数名が頷く。
クラリスも言葉を添えた。
「第十二層は出力が高く、不安定性を孕んでいます。解析を先行させることで、他層への理解が深まる可能性があります」
マーロも続ける。
「干渉解析の適性も第十二層のほうが高い。先に深度を測るのは妥当です」
セシリアは数秒だけ考え、頷いた。
「では、第十二層の調査を優先する案を、明日の全体会合へ提示する暫定方針とします」
視線を出席者へ巡らせる。
「今夜到着予定の追加派遣メンバーにも情報を共有し、明日午前十時の全体会合で人員配置と調査手順を最終調整します」
反対の声は上がらなかった。
壁面には、第一層、第三層、そして第十二層の構造図が並んで表示されている。
アリスはその三つを順に見つめた。
まだ、何が繋がっているのかはわからない。
だが、これまで別々に見えていたものが、少しずつ一つの系統として輪郭を持ち始めている。
明日の全体会合を経て、第十二層の調査は次の段階へ進む。
そのための方針案が、この日の中間報告会で初めて形になった。




