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第十一部 第一章 第3話

 講堂の一角。


 その場に漂っていたざわめきが、ふと薄れる。

 椅子の脚が擦れる音も、編成を急ぐ声も、ほんの一瞬だけ遠のいたように感じられた。

 誰かが静かに歩み寄ってくる気配。

 それに気づいた学院生たちが、無意識のうちに息をひそめ、視線を向ける。


 壁際で輪を作るアリスたち五人へと、ひとりの少女が近づいていく。

 背筋を伸ばし、歩幅は一定。

 だが指先はわずかに強く握られている。

 緊張と好奇の混じった空気が、その後ろ姿を押し出すように広がっていた。


 アリスたち五人が壁際で静かに言葉を交わしているその前へ、少女は足を止める。

 柔らかな足音に気づいた瞬間、ミレーネが先に振り返った。


「……リゼット?」


 その声には、わずかな驚きと同時に、どこか納得の響きが混じっていた。


 リゼットは仲間の輪の前に立ち、全員の視線を真正面から受け止める。

 深呼吸ひとつし、はっきりと告げた。


「私を……この班に入れて。必要だと、思うのなら。索敵と魔力感知、罠の周期解析、深層魔力流の読み取り――全部、全力でやる。演習のときみたいに、遅れない」


 言葉は端的で、飾り気はない。

 けれど、その響きは胸に刺さるほど真っ直ぐだった。


 アリスたち五人は自然と息を呑む。

 ラースは腕を組んだまま眉をひそめ、真剣に値踏みする。

 ザックは眼鏡の奥で冷静に気配を測る。

 ミレーネは目を細め、声の奥に宿る覚悟を読み取る。


 そしてアリスとレティアは、ほんの一瞬だけ視線を交わす。

 言葉はない。

 だが互いの瞳に浮かぶ答えは同じだった。


 アリスは、ふっと微笑む。


「――もちろん。来てくれて嬉しいわ、リゼット。あなたの目は信頼してる。あの森で、私たちを助けてくれたのは間違いなくあなたよ。深層に行くなら、あなたの感知は必要」


 レティアも頷く。


「ええ。感情じゃなく、状況を読む力。それは前線では何より重要よ。あなたが加わるなら、私たちの選択肢は確実に増える」


 リゼットはほんのわずか、表情を緩める。


「こちらこそ、ありがとう。……正直、断られたらどうしようって思ってた」


 そして小さく息を吐き、ぽつりと漏らした。


「……すごく緊張した。あんな大勢の前で歩いていくの、心臓が飛び出そうだった」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間。


「ははっ!」


 ラースが大きく吹き出す。


「おいおい、あの顔で緊張してたのかよ。全然そうは見えなかったぞ。むしろ覚悟決まりきった戦士の顔してたぞ」


 ミレーネも口元に手を当ててくすくすと笑う。


「ええ、本当に。わたし、完全に覚悟を決めた人の目だと思ったもの」


 ザックでさえ眼鏡を押し上げながら小さく肩を震わせる。


「……意外だな。心拍数は平常に見えた」

「もう、茶化さないでよ」


 リゼットは頬を赤らめながら苦笑し、肩をすくめる。

 だがその声音はどこか柔らかく、冗談めいた響きさえ含んでいた。


 レティアはそっと微笑み、リゼットの肩に手を添える。


「でも、その一歩を踏み出せたことが大事よ。恐怖があっても前に出る。それが勇気だもの。ありがとう」


 リゼットは照れくさそうに視線を逸らしつつも、小さく笑った。

 その笑顔が、張りつめていた空気をふっと和らげる。

 六人の輪に、温かな空気が広がっていく。


 ラースが腕を組んでうなずく。


「これで六人、か。編成規定ギリギリだけど……悪くねぇな。前線突破力もあるし、後方支援も固い。罠読みもいる。深層でも戦える」


 ミレーネが記録紙に軽くメモを取りながら整理する。


「前衛と中衛にラースとアリス。支援と術式制御に私とザック。後衛の広域防御にレティア。そして索敵・感知のリゼット。役割の重複は少ない。魔力消耗の分散も可能」


 言葉にされるたび、六人の顔に自然と安堵と決意の色が浮かぶ。


「この顔ぶれなら、どんな任務が来ても対応できる。……間違いなく、信頼できる班だわ」


 レティアが静かに微笑む。

 アリスは胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 ただ強いだけではない。

 互いを信じ、補い合える仲間が揃ったという確信。


 その確信が、彼女の心に確かな力を灯していた。


 こうして――。

 《アリス・グレイスラー班》、六人による特別班が正式に固まった。


 その様子を、少し離れた場所からそっと見つめていたのは、イリーナとヴィクトールだった。

 魔導灯の白光が六人の輪を柔らかく縁取り、その中心に立つアリスの金髪が淡く輝いている。

 笑い声が小さく弾け、緊張がほどけた空気がそこだけ温かく揺らいでいた。

 その光景を見つめながら、イリーナは小さく息を吐く。


「……やっぱり、リゼットだったね。あの歩き方を見た瞬間、分かった。あれはもう覚悟を決めた人の背中だった。悔しいけど、あの目は今の私より一歩先に行ってた」


 寂しさを滲ませながらも、その声音にはどこか晴れやかな納得があった。


「でも、あの子が行くって決めたなら、私たちが止める理由はないし。あの班には、今はあの子が必要なんだと思う」


 ヴィクトールが静かに頷く。

 腕を組みながらも、その視線はまっすぐ前を向いている。


「それに、イリーナ。君がここに残るなら――僕もそれに合わせるよ。深層に行く班だけが戦いじゃない。別班だって危険はある。むしろ支援と防御を固める役目は重要だ」


 イリーナは小さく笑う。


「うん。一緒に行動してくれると助かる。支援と防御、私じゃ一人で全部はできないし。魔力の維持も、前線の負担も、一人で抱えたら崩れる」

「それはお互いさま。君の支援があってこそ、僕は前に出られる。盾と補助は分業だ。二人で一つだと思えばいい」


 二人は軽く頷き合う。

 だがそれ以上の信頼がそこにあった。


 視線を上げると、講堂のあちこちではまだ小さな輪が幾つも生まれている。

 緊張と期待が入り混じった声が重なり合い、石壁に反響している。

 その喧噪が、逆に二人の覚悟を押し固めていく。


 イリーナは、ふと森での戦闘を思い出す。

 罠が連鎖発動したあの瞬間。

 地面から突き出した石杭。

 魔力爆発の衝撃で吹き飛ばされかけた身体。

 防壁を張る指先が震え、それでも歯を食いしばって維持した。

 その後ろでヴィクトールが盾を構え、衝撃を受け止めていた。

 腕が軋み、膝が沈み、それでも倒れなかった。


 あれが自分たちの戦い方だ。

 派手ではない。

 だが確実に生存率を引き上げる戦い方。


「じゃあ、私たちは……別班を組む人を探そうか。前衛が足りないところもあるし、術式特化の子もまだ決まってないはず」


 イリーナは背筋を伸ばす。

 先ほどまでの寂しさは、すでに決意へと変わっていた。


「だな。……きっと、ここにもまだ“動いてない誰か”がいる。迷ってるだけで、踏み出せない奴が。そういう奴に声をかけるのも、役目だ」


 ヴィクトールが静かに笑う。


「君は昔から、そうやって人を拾う」

「拾うって言わないでよ」


 軽く肩をぶつけ合い、二人は歩き出す。

 床石を踏む足音が、確かなリズムを刻む。


 六人の輪とは別の方向へ。

 自分たちの戦場を探すために。


 決意を宿したその背中は、これからの戦いに向けて、自分たち自身の選択を切り開こうとしていた。


 講堂前方――壇上の脇に設けられた特設受付台には、学院の教官と演習担当官が待機していた。

 煌めく魔導灯に照らされた木製の台の上には、光を帯びた魔導板が静かに浮かんでいる。

 その縁には複雑な術式紋様が淡く走り、魔力の脈動が一定のリズムで明滅していた。

 登録を済ませるたび、記録は王立学院本部へと瞬時に転送される。

 その転写は魔力波として空間を走り、微細な光の粒子が宙に溶けて消えていく仕組みだった。


 学院生たちは次々と名前を呼ばれ、緊張と誇りを胸に列を進めている。

 班を組み終えた者たちは代表者を前へ送り出し、仲間たちは背後で固唾をのんで見守る。

 その光景は、まるで小さな叙任式のような厳粛さを帯びていた。


 その列の中に、アリス・グレイスラーの姿があった。

 鮮やかな金髪が魔導灯の光を受けて淡く揺れる。

 制服の紺色の裾が一歩ごとに整然と翻る。

 背筋を伸ばして進むその姿は、まだ学院生であるにもかかわらず、どこか指揮官のような風格を漂わせていた。


 背後に残った班員たちは、一歩下がってその姿を見守る。

 自然と全員の視線がアリスの背に吸い寄せられていた。


 班長として、自分の班を登録する。

 それは単なる形式ではない。

 これから始まる二十日間、仲間たちの命を預かるという責任の証明だった。


 アリスは迷いなく受付台へ進み出る。


「……決まったか」


 ギルベルト教官が目を細め、重みを含んだ声で問いかける。


 短い言葉。

 だがその一声で場の空気が一段と張り詰める。

 アリスは背筋をさらに正し、真っ直ぐに視線を受け止める。


「はい。班員六名、構成は前衛二名、支援二名、防御一名、索敵一名。役割分担は明確です。深層想定演習にも対応可能と判断しました」


 落ち着いた声音。

 緊張はあるが揺らぎはない。


 教官の一人が魔導板を操作する。

 術式枠が開き、淡い光の記入欄が浮かび上がる。


「班名簿の提出と班長者の署名を。名前の順で構いません。誤記は即時修正不可。慎重に」

「承知しました」


 アリスは記入用の魔導ペンを受け取る。

 細い銀のペン先が微かな魔力を帯び、触れれば光が滲む構造だ。


 深呼吸ひとつ。

 そして迷いなく筆を走らせる。


 《班長:アリス・グレイスラー》

 《班員:レティア・エクスバルド》

 《    ラース・エルヴァン》

 《    ミレーネ・フォルトナー》

 《    ザック・ミルドレイ》

 《    リゼット・フローレンス》


 名を刻むたび、文字は淡い蒼光を放ち、術式に吸い込まれていく。

 背後で仲間たちが小さく息をのむ。

 自分の名前が正式な任務記録として刻まれる重みを実感していた。


 最後に、アリスは署名を力強く記す。


 ペン先を離した瞬間、名簿全体が淡く輝く。

 光の波紋が広がり、術式枠を走り抜ける。

 転送完了を示す光柱が一瞬だけ立ち上り、天井近くで霧散した。


 場にいた誰もがわずかに息をのむ。


 背後で見守っていた五人は自然と視線を交わす。

 レティアは柔らかな安堵の笑みを浮かべる。

 ラースは誇らしげに腕を組み、口元を上げる。

 ミレーネは胸に手を当て、静かに微笑む。

 ザックは眼鏡を押し上げながら無言で頷く。

 リゼットはわずかに頬を染め、緊張が解けたように小さな笑みを見せた。


 ギルベルト教官は魔導板の名簿をじっと見つめる。

 ひとつひとつの名前を吟味するかのように視線を走らせる。


 やがて顔を上げる。


「……六名、揃ったか。前線突破力、術式支援、防御、索敵。偏りはない。よく練られた布陣だな」


 声音は厳しいが、その奥には確かな期待が込められていた。


「だが忘れるな。登録が済んだからといって、それで終わりではない。名簿は紙だ。証明するのはお前たち自身だ。この二十日間で、その名の重みを示せ」

「はい。必ず、全員で帰還します」


 アリスは静かに応じる。

 背後で五人も一斉に頷く。

 視線が揃い、意思がひとつになる。


「確認しました。《グレイスラー班》、六名構成にて登録完了。初期転移予定地は第四転移陣――ダンジョン第一層、東側探索拠点」


 担当教官の声が講堂に響く。


 ラースが低く拳を握る。


「よし。準備運動は終わりだな」


 ミレーネは小さく吐息を漏らす。


「いよいよ、ね」


 ザックは淡々と眼鏡を直す。


「転移陣の安定時間は約三分。無駄話は控えた方がいい」


 リゼットは口元を緩める。


「……覚悟はできてる」


 アリスはペンを台に戻し、深く息をつく。

 責任は重いが隣には仲間がいる。


 横を見ると、レティアがわずかに目を細める。

 言葉はないが視線が告げる、任せて、と。


 アリスも無言で応える、大丈夫、と。


 そして静かに振り返り、仲間たちのもとへ歩み戻る。

 その背を迎えるように五人が自然と歩み寄る。

 六人がひとつの輪を形づくる。


 こうして、《グレイスラー班》は正式に学院に刻まれ、新たな冒険の第一歩を踏み出した。

【お知らせ】

短編『勇者を看取った元魔王、現代日本で平穏に暮らしたい』 https://ncode.syosetu.com/n5231mh/ を投稿しました。


長編ばかり書いている作者が初めて挑戦した短編作品です。

普段の調子で書いていたら10話以上になりそうだったので、必死に削りました(笑)。


『白銀の継承者 - Gate of Sealed Eternity -』とはまた違った雰囲気の作品になっていますので、よろしければ息抜きにでも読んでいただければ幸いです。

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