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第九部 第三章 第11話

 護衛騎士のレナ・ヴァルシュ少尉とセラ・グラウネス軍曹も、バロール・ビースト亜種が出現した直後にはすでに魔導兵装を装着していた。

 緊急展開された黒鉄色の装甲が夜霧の中で鈍く光り、各部の発光ラインが青白く脈打っている。

 周囲では調査用の観測結晶が散乱し、記録端末の警告音が断続的に鳴り響いていた。


 彼女たちは調査隊随行の魔術師団員と連携しながら、クラリスたち調査隊の研究要員や救護班の非戦闘員を守るため、防御任務に専念していた。

 特別装甲魔導車両と、医療特化型の魔導車両――いずれも重厚な防壁と魔力障壁を多層的に備えた重要拠点。

 淡い光膜が幾重にも重なり、車体を包み込んでいる。

 もしこれらが突破されれば、戦線そのものが崩壊しかねない。


「防御結界、再展開! 前列、私に合わせて! 角度五度上げるわ、衝撃波が来る!」


 レナが鋭く声を上げ、盾型兵装を正面に構える。

 展開された多重障壁が前方に立ちはだかり、迫る衝撃波を受け止めた。

 半透明の光壁が震え、空気が波打つ。


「後衛に回り込む個体、私が抑える! レナ、正面は任せたわ!」


 セラが咆哮するように叫び、双刃ユニットを振り抜く。

 機動力に特化したその兵装は軽やかな加速を可能にし、瞬時に敵の進路を遮断した。

 地面を蹴るたびに小石が跳ね、ブースターの噴射が霧を吹き飛ばす。


 刹那、鋼の刃が火花を散らし、魔獣の突進を弾き返す。

 衝撃が腕を通じて骨まで響く。


「……重いわね。でも、止まらせる!」


 背後では、クラリスが記録端末を抱えながらも、非戦闘員の誘導に声を張り上げていた。


「落ち着いてください! 医療車両へ、順番に移動を! 転倒しないで、必ず列を保って!」


 白衣の裾を翻しながら、彼女は的確に指示を飛ばす。

 震える研究員の肩を押し、救護班へと引き渡していく。


 魔術師団の調査メンバーも次々に支援術式を展開し、周囲の防御を強化していく。

 光の符文が地面に刻まれ、結界陣が幾重にも重なった。


 爆音と咆哮が交錯する混乱の只中、レナとセラは互いの隙を補い合いながら、後方防衛の盾として確実に役目を果たしていた。


 彼女たちの前に立ちはだかっていたのは、バロール・ビースト亜種の一体。

 すでに何度か激突を繰り返しているのか、外殻装甲の端々には焼け焦げた痕跡が走り、割れ目からは赤黒い蒸気が漏れている。

 踏み荒らされた地面は土砂ごと抉られ、あちこちが黒く炭化して煙を上げていた。


「来るわよ、構えて! 衝撃は正面から受ける、私が止める!」


 レナ・ヴァルシュ少尉が鋭く叫び、前衛としてその進路を遮る。

 重装型の魔導兵装《ヴェルク・アームⅢ》が展開され、左腕に備え付けられた大型シールドユニットが淡い光を帯びて前方に展開。


 次の瞬間、突進してきたビーストの巨体がその盾に激突した。

 轟音と衝撃が走り、レナの両脚が地面をめり込ませる。

 砂塵が舞い上がり、衝撃波が車両の外装を震わせた。


「ぐっ……でも、まだっ! この程度で崩れる盾じゃない!」


 圧力を受け止めつつ、反動を利用して右肘部から射出されたショートランスを突き出す。

 鋭い刃先が敵の腹部装甲に突き刺さり、火花と体液が飛び散った。


「今のうちに、こっちの注意引く! こっち見なさいよ、でかブツ!」


 セラ・グラウネス軍曹が機敏に動き、側面へと回り込む。

 背部ユニットから展開された双砲口が高圧の魔力を収束し、次の瞬間、青白いビームが断続的に連射された。


 敵の頭部と肩部に光が降り注ぎ、爆ぜるような炸裂音が立て続けに響く。

 ビーストの注意が分散し、レナの正面突破がより効果的になる。


 そこへ、後方の調査班が援護に入った。


「マーロ中尉、左脚狙います! 凍結で止める!」


「いい位置だ。氷矢、展開――《アイシクル・アロー》!」


 虚空に浮かび上がる円環陣から、鋭く尖った氷矢が十数本、一斉に射出される。

 矢の群れが正確に敵の左脚を穿ち、装甲に白い霜が広がった。

 動きが鈍った隙を逃さず、エルネア・カース中尉が詠唱を叩きつける。


「拘束、入れるわ! 今のうちに固定する――《ストーン・バインド》!」


 地面に刻まれた符文陣が光を放ち、大地から立ち上がるように石の鎖が次々と伸び上がる。

 鎖はうねるようにビーストの両脚を絡め取り、巨体を地面に縫い付ける。


 激しい抵抗で鎖は次々と軋むが、確かに一瞬の隙を生み出していた。


「今、完全に止まってる! フィレル少尉、補助術式お願いします!」


「了解、術式連結――始動! セラ軍曹、出力上げられます!」


 即座に応じたフィレル・ロス少尉が、敵の死角へと滑り込み、術式補助陣を展開する。

 彼女の掌から幾重もの光の紋が広がり、セラの兵装と共鳴して淡い青光が奔った。


「じゃあ一発、派手にいくわよ……展開、《ブレイク・ブラスト》! 全力よ!」


 セラ・グラウネス軍曹が叫び、左腕のブレイサー型触媒が火を噴く。

 展開された術式陣から圧縮された爆裂魔力が放たれ、衝撃波を伴った光弾が直進――次の瞬間、バロール・ビーストの胸部で炸裂した。


「グオオオオオッ……!」


 巨体が仰け反り、装甲板が音を立てて弾け飛ぶ。

 火花と爆炎が弾け、黒い血が飛び散った。


「……今しかない! 叩き込む!」


 レナ・ヴァルシュ少尉が叫ぶ。

 彼女は全身の駆動ユニットを解放し、脚部スラスターの推力で前進。

 揺らいだ巨体の懐へ肉迫すると、右肘部から展開したショートランスに魔力を集中させ――渾身の突きを叩き込んだ。


「はぁぁッ!」


 鋭い一撃が胸郭を貫通し、背中側へ突き抜ける。

 刃先から白い蒸気が噴き上がり、内部魔力が暴発する。


 バロール・ビーストが痙攣したのも束の間、膝を折り、轟音と共に崩れ落ちた。


 立ち昇る黒煙と土埃。

 護衛騎士と魔術師団の連携により、ついに一体の亜種が沈黙したのだ。


 わずか数秒――。

 だが、その瞬間の連携と判断は研ぎ澄まされ、戦場全体に流れる空気を一気に味方優位へと傾けていた。


 ――直後、周囲に警戒を向けながら、セラが素早く通信を入れる。

 双刃ユニットをわずかに下げ、背部センサーを最大出力へ切り替える。

 装甲の隙間から走る青白い光が、霧の粒子を照らし出した。


『敵反応、消失を確認。全周囲、再スキャン中。熱源、魔力残渣、振動波形すべて走査する』


 耳奥を震わせる機械的なノイズ音と共に、彼女の背部センサーが強く発光する。

 青白い魔術光が霧を貫き、戦場全域を一掃するかのように走った。

 焦げた匂いと血煙の中、光の帯がゆっくりと円を描く。


『負傷者の確認を急ぎます。ヴァルシュ少尉、車両内の避難者に異常は? 転倒、衝撃波による内傷も含めて確認を』


「今、確認する! ドア周辺に立つな、衝撃で外装が歪んでる!」


 レナは即座に踵を返し、装甲靴の重い響きを刻みながら魔導車両へ駆け寄る。

 車体にはバロール・ビーストとの衝突で飛び散った血や焦げ跡がこびりつき、硝子の一部には蜘蛛の巣状のひびが走っていた。

 だが重厚な結界層はなお青白く揺らぎ、内部を守り続けている。


 レナはドアを素早く開き、中に視線を投げかけた。


「クラリスさん、無事ですか? 揺れは大きかったはずです。負傷者は――呼吸状態、意識レベル、確認します!」


 緊張の一瞬。

 しかし、視界に入ったクラリスは、乱れた髪を耳にかけ、冷静に眼鏡を押し上げながらこちらを見返し、静かに頷いた。


「ええ、皆無事です。揺れは強烈でしたが、医療班が即座に固定してくれました。外傷、内出血ともに確認済み。重篤者はいません」


 その後ろでは、研究員たちが肩を寄せ合いながらも、安堵の息をついている。

 医療班の兵士が迅速に脈拍と瞳孔反応を確認し、小さく手を挙げて合図を送った。


「……よかった。本当に、よかった」


 レナは胸奥に溜め込んでいた緊張を吐き出すように短く息を吐く。

 装甲越しに伝わる鼓動が、ようやく落ち着きを取り戻す。


『こちらは制圧完了。車両内部、異常なし。引き続き周囲の警戒にあたる。セラ、右前方の反応も確認頼む。揺らぎが一瞬出た』


『了解。魔力波形、再照合する。次に来たら、今度こそまとめて吹き飛ばしてあげましょう。……冗談よ、半分は』


 セラの軽口混じりの声が、張り詰めた空気にわずかな余裕をもたらす。

 それでも視線は鋭く、指先はいつでも引き金を引ける位置にある。


 戦場を覆う霧はまだ濃く、緊張の膜は張り詰めたままだった。

 焦げた大地からは白煙が立ち上り、ところどころに黒い体液が光を失って固まりつつある。


 だが――少なくともこの局面は制した。

 護衛隊と調査班、それぞれの役割を果たし、互いの存在が守られたことを確かめ合う。

 その事実が、わずかながらも心を支えていた。


 すぐさま、魔導車両の外に出たレナとセラが、仮設拠点の状況を確認に向かった。

 装甲靴が瓦礫を踏みしめ、鈍い音を立てる。


 目に飛び込んできたのは、荒れ果てた惨状だった。


 折りたたみ式の観測装置は基盤ごと歪み、金属片が地面に散乱している。

 周辺に設置していた魔力測定機や波動観測台は無残に半壊、あるいは粉砕され、内部の水晶核が露出して鈍く光を失っていた。

 割れた結晶の破片が月光を反射し、かすかな煌めきを放つ。


 焼け焦げたテント施設の布地は炭のように裂け、まだ熱を帯びた骨組みから煙が細く上がっている。

 風にあおられたシートがばさりと音を立て、がらんどうになった空間をむなしく飾っていた。


「……ひどいわね。ここまで徹底的にやられるとは……まるで、最初から壊すことだけが目的だったみたい」


 クラリスが崩れかけた機材群を見渡し、低く呟く。

 その瞳には悔しさと、それでも折れぬ理性が宿っていた。


「せっかくここまで設営したのに……一瞬だったな……」


「これじゃ撤収どころか、回収も無理かもしれない。基盤ごと歪んでる……」


 魔術師団の調査隊メンバーたちは肩を落とし、砕けた装置を前に立ち尽くす。

 積み重ねてきた時間と労力が、瓦礫と化している。


 絶望の色が濃く漂い始める。


 だがすぐに、クラリスは首を横に振り、仲間たちを安心させるように穏やかに言葉を続けた。


「でも、観測データは全て転送とバックアップを済ませてあります。暗号化して三系統へ送信済み。今回の調査に関しては、必要な情報はすでに保全済み。だから、大丈夫」


 その声音は静かだが、確信に満ちていた。


「……それなら良かった。せめて成果だけは無事だったか」


「ほんと……クラリスさんがいなかったらと思うとゾッとするわ。あの判断、数秒遅れてたら全部消えてた」


 壊滅的な被害を受けた拠点――しかし、調査の本質的な成果は失われなかった。

 その事実が、疲弊した隊員たちの心をわずかに支え、再び前を向かせる力となった。 

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