04
ミルクティーを飲んだりビスケットを摘んだりしながら馬車にのんびり揺られていると、ロキの気配察知に複数の気配が引っ掛かった。
向かいにいるネルも気付いたようで、横に立てかけてあった大剣を手にしている。
「マッドドックの群れっぽいけど、素材とかいる?」
「いや、特に必要な物はないな」
「面倒だから、魔法でサクッとやって良い?」
「構わない」
「馬車は止めますか?」
「大丈夫」
馬車の天井にある扉を開いて身軽に屋根に上がったロキがポーチから取り出した魔導書を広げて小さく呟くと、馬車を囲んでいた気配が一瞬で消えた。打ち漏らしがいないか念のため範囲を広げて気配を探ったが、問題無さそうなので魔導書を持ったまま下へ下りる。
「……本当にDランクか?」
「実力とギルドランクは必ずしもイコールでは無いでしょ?」
「それもそうだな」
そう言いつつもネルは納得がいかないのか、難しい表情を浮かべている。
「誰かに師事してもらっていたのか?」
「師事って程じゃないけど、母親が元Aランク冒険者だったから……その知り合いから色々とね」
「元Aランク……名前を聞いても良いか?」
「ソニア・メル・ラグナー」
「紫焔の貴公子か!」
「紫焔の貴公子って何?」
「知らないのか?星が散ったような紫の瞳と焔の魔剣で敵を倒す事から付けられた二つ名だという話だが。何故貴公子なのかは俺も知らん」
「多分、男より女にモテてたから?」
「そうなのか?」
「うん」
「うん。街まで一緒に行った時にキャーキャー騒いでた女の人達が貴公子様って言ってた覚えがあるし」
「そうか……」
母親のモテっぷりを思い出して遠い目をしているロキの様子に、ネルはそれ以上突っ込むのは止めにしたようだ。
「元パーティメンバーで魔術師と言うと……もしかして、ファーフニール・アイゼンドルクか?」
「そうだけど、知ってるの?」
「知らない人間の方が珍しいと思うぞ。何せ、転送用魔導具の生みの親だからな」
転送用魔導具とはその名の通り荷物や手紙を別の場所に転送する事の出来る魔導具だ。
一度に届けられる荷物の上限が木箱2つ分という制限はあるが、登録されている魔導具がある場所になら、どれ程遠くても魔力次第で荷物の受け渡しが出来る。
それまでは遠くと連絡を取るには伝令魔法か魔鳥に手紙を運ばせるしか無かったが、この魔導具のおかげで緊急案件の伝達速度や救援物資の到着時間が劇的に改善された。
「とても気難しい御仁で、弟子は一切取らないと聞いたが」
「聞いたら普通に教えてくれたけど」
「まぁ、噂と言うのは当てにならないものだしな」
そんな事を話しながら、時々探知に引っ掛かる魔物を力をあわせて倒して進むと、出発してから4時間程馬車を走らせた所で、本日の野営地に着いたようだ。
馬車から降りたロキは灯の魔導具を馬車に引っ掛け、結界針を馬車と横のスペースを囲うように設置し、御者の男性に頼まれて馬の前に置かれた桶に魔法で水をだす。
ネルは大剣を持って森へ入って行ったので、食事の為に獲物でも狩って来るつもりなのかもしれない。ロキも焚き火用の枝を拾って来るついでに何か狩れたらラッキーぐらいの軽い気持ちで弓と短剣を装備して森へ入った。
20分程うろうろしている間に何度か魔物に遭遇したがどれも食用には向かない種だったので、ロキは諦めて狩りは切り上げる事にした。幸い魔法鞄には大量の料理を詰め込んであるので、現地で調達出来なくても然程問題は無い。
野営地に戻って拾った枝に火をつけていると、ネルも手ぶらで戻って来た。
「おかえり」
「残念ながら、収穫ゼロだ」
「俺も無理そうだから諦めたよ」
ロキは焚き火の前に広げた敷き布の空いているスペースを叩いて呼ぶ。
座ったところで入れたてのコーヒーの入ったカップを渡すと礼を言って受け取った。
ほっと一息吐いているうちに御者の男性も作業を終わらせて焚き火の前に合流する。
ロキは腰に付けているポーチから、ふわふわのパンにカレースパイスで味付けしたキャベツとフランクフルトを挟んで上から甘めのケチャップと粒マスタードをかけたホットドックとフライドポテト、ベーコンときのこのクリームスープを取り出した。2つ付けている魔法鞄の内1つは時間停止機能付きの特別製なので出来立てのままだ。
ネルの持っている背負い袋型の魔法鞄もダンジョン産なのか時間停止機能の付いた物のようで、取り出した串焼きや鍋に入ったシチューからは湯気が出ている。
ネルの隣に座った御者の男性が背負袋から堅焼きパンとチーズ、干し肉を取り出すのを見て、ネルはシチューを、ロキはフライドポテトの入った皿を渡した。