第九話 森山さんの席
土曜日。
初めてまともに休む気がした。
洗濯物を持って、向かいのコインランドリー白鳥へ行った。機械の低い音、洗剤の匂い、乾燥機の熱。新聞を読んでいた老人が、私の胸ポケットの会社名入りボールペンを見た。
「三崎の人?」
「三崎物産ですか。はい」
老人は森山孝一を知っていた。
「普通だよ。真面目で、無口で、よく歩いてた」
会社からスーパー。スーパーからアパート。
私と同じだった。
「アパートも、あそこですか。二〇三号室?」
老人は一瞬だけ目を細めた。
「知らん」
答えが早かった。
昼、フレッシュマートみなみで小野寺と会った。翌日が歓迎会だと知らされる。
日曜日、駅前の古い居酒屋〈魚菜亭まつ〉。
社員十五人ほどが集まった。
酒が回り、山根さんが言った。
「森山さんも独身だったわね」
佐伯がすぐに「山根さん」と止めた。
「昔の人なんだから、いいじゃない」
森山は歓迎会でもほとんど喋らず、山根さん曰く「壁みたいだった」。
「いつ頃から喋るようになったんです?」
「急に変わったのよ。夏だったと思う」
「何かあったんですか」
「知らない。ただ、席替えしてからだった気がする」
山根さんは箸で私を指した。
「今、課長が座ってる席」
翌朝。
私は自分の机の一番下の引き出しを奥まで引いた。
小さな金属プレートが落ちていた。
古く黒ずんでいる。
数字。
203。
奇妙なことは何も起きなかった。
ただ、その日から私は自分の席を少しだけ気にするようになった。




