第75話 客人
月曜日。
十時。
小野寺。
「課長」
「はい」
「お客さんです」
「誰」
「分かりません」
「アポ」
「ないです」
「名刺」
「くれません」
「帰して」
「課長の名前、知ってます」
私は。
顔を上げる。
会議室。
男。
五十代に見える。
灰色のスーツ。
暑いのに。
汗。
ない。
髪。
短い。
顔。
普通。
覚えにくい。
「富樫十兵衛さん」
「はい」
「お会いしたかった」
「どちら様」
男。
少し。
考える。
「客です」
「会社の?」
「あなたの」
嫌な答え。
「名前」
「必要ですか」
以前。
誰かから。
聞いた言い方。
でも。
同じ人物。
ではない。
「普通は必要です」
男。
笑う。
「普通なら」
小野寺。
お茶。
置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
普通に。
頭を下げる。
「島の火事」
私の手。
止まる。
「大変でしたね」
「どこで聞いた」
「いろいろ」
「何を知ってる」
「榊真理さんの手帳」
背中。
冷たい。
「久世志乃さんも」
男。
お茶。
一口。
「そろそろ、決めるでしょう」
「何を」
「彼女のことです」
「誰なんだ」
男。
窓を見る。
外。
木。
風。
揺れる。
「あなた方は、存在するものには名前が必要だと思っている」
「必要だよ」
「なぜ」
「呼びにくい」
男。
笑う。
「良い答えです」
会議室。
普通。
何も。
起きない。
それが。
嫌。
「怖いですか」
聞かれる。
「怖いですよ」
即答。
男。
初めて。
目。
少し。
変わる。
「逃げない?」
「今のところ」
「なぜ」
「逃げる理由が、まだない」
「私が危険かもしれない」
「そうですね」
「なら」
「危険だから逃げるかは別です」
男。
黙る。
私。
背中。
汗。
怖い。
本当に。
怖い。
この人。
何も。
していない。
でも。
身体が。
逃げろ。
と言う。
「島から」
男。
「何を持ち帰りました」
「ノート」
「それだけ?」
「榊は妹のもの」
「主任は?」
知っている。
「知らない」
「そうですか」
男。
立つ。
「なるほど」
「何が」
「まだ、続けるのですね」
「あなた方?」
答えない。
ドア。
開く。
廊下。
久世。
来た。
男を見る。
止まる。
顔。
白い。
私は。
初めて。
久世が。
怯えるところを。
見た。




