第72話 照合
翌日。
ノート。
会社へ。
持って行かない。
昼。
喫茶店。
久世。
榊。
三人。
「筆跡、三つ以上」
榊。
「河西さん?」
久世。
古い資料。
河西の手帳。
並べる。
太い字。
似ている。
特に。
〈意味〉
の癖。
でも。
一致。
とまでは。
言えない。
私は。
「似てるだけ」
久世。
「はい」
次。
細い字。
森山の古い申請書。
比べる。
こちらも。
似る。
でも。
同じ。
とは。
言えない。
榊。
「結局、分からない」
「いい」
久世。
三つ目。
丸い字。
〈私は帰りました〉
この筆跡だけ。
文章が。
違う。
怪異。
ほとんど。
ない。
〈夫が魚を焦がした〉
〈娘が熱を出した〉
〈三崎の夏は暑い〉
〈今日は会社へ行かなかった〉
〈冷蔵庫が壊れた〉
私。
「日記」
榊。
「なぜ、このノートに」
久世。
「これが残したかったことかもしれません」
「普通の生活?」
「可能性です」
ページ。
続く。
〈私はもう見ない〉
〈見ないことを選んだ〉
〈それでも、見たものが消えるわけではない〉
〈だから書いておく〉
最後。
名前。
ない。
日付。
一九九二年。
私は。
コーヒー。
飲む。
「探せる?」
久世。
「たぶん」
榊。
「探すんですか」
私は。
ノート。
見ていない。
持ってきていない。
でも。
文章。
思い出す。
〈私は帰りました〉
「名前だけ」
「それ以上は?」
「今は、しない」
久世。
少し。
驚く。
「珍しいですね」
「何が」
「調べない」
「やめるって書いた人を」
私は。
カップ。
置く。
「こっちから、また引っ張るのは違う気がする」
榊。
少し。
笑う。
久世。
長く。
私を見る。
「富樫さん」
「何」
「そういうところ」
「何」
「面倒です」
「知ってる」
外。
歩道。
後ろから。
足音。
速い。
かなり。
速い。
追ってくるように。
近づく。
男。
走っていない。
猛烈に。
歩いている。
私たちを。
追い越す。
そのまま。
遠ざかる。
私は。
見送る。
榊。
「知り合い?」
「知らない」
久世。
「では」
「急いでるだけだろ」
それだけ。
三人。
また。
歩く。




