第55話 会社名
東央事務用品株式会社。
あった。
古い。
配送台帳。
一九八九年。
一行だけ。
取引先コード。
なし。
電話番号。
なし。
担当者。
空欄。
住所。
私は。
二度。
読む。
三崎市。
港町。
番地。
三崎物産。
今の。
会社の住所。
「ここ?」
小野寺。
「ですよね」
「昔、別会社が入ってた?」
佐伯。
「聞いたことないです」
本社。
固定資産記録。
土地。
建物。
三崎物産。
少なくとも。
その年より前から。
同じ。
「間借り?」
田所。
電話。
「昔ならあり得る」
「登記は?」
「見つからない」
「屋号?」
「それもあり得る」
合理的。
逃げ道。
いくつも。
ある。
だから。
会社名がないこと自体は。
怪異ではない。
私は。
そう思う。
台帳。
同じ行。
備考。
小さい字。
〈再送〉
その下。
〈潮見観測所〉
「どこ」
榊。
地図。
すぐ。
「海です」
久世。
「旧施設?」
「閉鎖済み」
私は。
二人を見る。
「知ってた?」
久世。
「施設は」
榊。
「会社名は知りません」
「東央事務用品から観測所へ、何を再送した」
品名。
〈事務用品〉
数量。
〈一箱〉
普通。
ペン。
紙。
ファイル。
何でも。
入る。
私は。
透明な袋から。
ボールペンを出す。
〈東央事務用品株式会社〉
文字。
指で。
なぞる。
消えない。
「これが、その箱に入ってたとは限らない」
久世。
「はい」
「この会社が本当にあったとも限らない」
「はい」
「でも住所はここ」
「はい」
「再送先は海」
榊。
「行きますか」
私は。
時計。
見る。
十五時四十分。
「今日は行かない」
二人。
同時に。
見る。
「何」
「課長らしい」
久世。
「明日、仕事ですか」
「今日も仕事だ」
私は。
台帳を閉じる。
翌朝。
有給。
もう一日。
海。
車。
窓。
夏。
青。
まぶしい。
久世。
運転。
榊。
助手席。
私は。
後ろ。
「また後ろ」
「指定席です」
「嫌い」
潮見観測所。
海沿い。
崖。
錆びた階段。
立入禁止。
榊。
許可書。
「本当に何者なんだよ」
「手続きする人間です」
地下。
コンクリート。
海の音。
壁から。
直接。
響く。
二〇三号室。
思い出す。
「同じ音」
久世。
「海ですから」
「そうだな」
廊下。
奥。
鉄の扉。
古い札。
〈導水路点検口〉
榊。
「この先は、図面にありません」
「開ける?」
久世。
私を見る。
私は。
ボールペンを。
胸ポケットの上から。
触る。
「今日は」
二人。
待つ。
「ここまで」
榊。
少し。
笑う。
「会社員ですね」
「そうだよ」
帰ろうとして。
私は。
扉の脇を見る。
埃。
古い。
壁。
何もない。
ただ。
床に。
青い線。
一本。
短い。
ボールペンで。
引いたような。
線。
私は。
触らなかった。




