第41話 紙
紙一枚だ。
私は。
そう言った。
だから。
調べる。
久世が。
紙を持ち帰ろうとした。
私は断った。
「会社のものだ」
「でも」
「会社の印がある」
「紛失したら?」
「コピーを取る」
以前なら。
渡していたかもしれない。
分からないものを。
分かりそうな人へ。
そのまま。
翌日。
本社。
田所。
「また古文書?」
「古文書かどうかも分からない」
紙。
黄ばんでいる。
日付。
〈一九八九年八月十一日〉
名前。
〈富樫十兵衛〉
その下。
〈この者には、ここですることがある〉
田所は。
三回読んだ。
「お前、一九八九年は?」
「学生」
「三崎物産は?」
「知らない」
「この紙は?」
「昨日まで知らなかった」
田所。
少し。
黙る。
「嫌だな」
「言うな」
紙を扱う会社に。
見てもらった。
鑑定。
ではない。
取引先の。
紙材担当。
ルーペ。
厚み。
繊維。
光。
「古い紙ですね」
「どれくらい」
「三十年以上前でも不自然ではありません」
断定ではない。
それでいい。
インク。
社印。
「これも古いものに見えます」
「この文字も?」
担当者。
首を振る。
「そこまでは分かりません」
「紙と同じ時期に書かれたかは?」
「専門機関なら、もう少し調べられる可能性はあります」
「紙は?」
「検査によっては傷みます」
私は。
やめた。
紙を守りたい。
わけではない。
証拠を。
減らしたくなかった。
本社資料庫。
三崎物産。
旧社印。
照合。
形は合う。
欠け。
輪郭。
朱肉のにじみ。
似ている。
ただし。
印影が残っていれば。
後から写すこともできる。
古い紙を使うことも。
できる。
田所。
「結局」
「うん」
「本物とも、偽物とも言えない」
「うん」
「じゃあ、どうする」
「保留」
「保留?」
「分からないから」
田所が。
笑う。
「お前、変わったな」
「最近よく言われる」
帰り。
久世へ。
結果を見せる。
「分からなかった」
「そうですか」
「嬉しそうだな」
「少し」
「なぜ」
「前なら、答えを急いだでしょう」
「今も欲しい」
「でも、決めない」
紙を見る。
〈ここですることがある〉
魅力的な言葉だ。
人生に。
意味がある。
自分には。
役目がある。
お前は。
選ばれている。
そう読もうと思えば。
読める。
気持ちがいい。
だから。
危ない。
紙は。
何も説明していない。
誰が書いたか。
いつ書いたか。
なぜ私の名前なのか。
全部。
分からない。
「五番目のくせに」
私が言う。
久世。
「まだ気にしてるんですか」
「少し」
「一番目から四番目は」
久世。
資料を閉じる。
「ここにいません」
私は。
彼女を見る。
「慰め?」
「事実です」
「五番目だぞ」
「はい」
「最後だ」
「はい」
久世は。
少し笑った。
「残ったんでしょう」
その言葉だけは。
紙より。
少し。
信用できた。




