第38話 十万円
箱は。
まだあった。
引っ越し荷物。
押入れ。
段ボール。
底。
小さい。
茶色。
紙。
十万円は。
もうない。
使ったのか。
貯金したのか。
本当に。
覚えていない。
箱だけ。
残った。
なぜ。
捨てなかった。
蓋。
裏。
印刷。
小さな記号。
〈M-203〉
私は。
笑った。
「やりすぎだろ」
でも。
203。
意味はない。
型番。
それだけ。
翌日。
紙箱会社の登記。
廃業。
製造記録は残っていない。
元社員。
一人。
連絡がついた。
「M-203?」
電話。
「箱の型番ですね」
「何用です?」
「汎用品です」
普通。
「三崎物産と取引ありました?」
「ありましたよ」
「いつ頃」
「ずっと昔」
「何を」
「紙材と接着剤」
また。
普通。
私は安心する。
「ただ」
元社員。
「M-203は三崎さん向けだったかな」
「専用品?」
「いや。最初の試作品の材料を三崎さんから入れたんです」
「誰が担当」
「昔すぎて」
記録。
古い納品書。
三崎物産。
一九九七年。
担当。
森山孝一。
私は。
電話を切った。
森山。
彼女の父親。
紙箱。
私。
だが。
これだけでは。
何もない。
久世へ見せる。
箱。
「M-203」
「偶然です」
「即答だな」
「型番ですから」
「森山が担当」
「取引先ですから」
「俺がその社長の娘と付き合った」
「それは」
久世。
止まる。
「偶然?」
「たぶん」
「たぶん」
初めて。
彼女が。
たぶん。
と言った。
「いつ付き合ったんです?」
年。
話す。
久世。
黒いファイル。
見る。
「何」
「その年」
「うん」
「森山さんの観測記録が、一度途切れています」
「どれくらい」
「十三か月」
十三。
また。
私は。
一度。
その数字から目を離した。
「俺と関係ある?」
「分かりません」
私は箱を見る。
十万円。
手切れ。
それだけだと思っていた。
でも。
あのとき。
父親は。
私に会わなかった。
金だけ。
翌日。
ポスト。
差出人なし。
誰が。
入れた。
私は。
今まで一度も。
考えたことがなかった。




