第31話 翌朝
翌朝。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
六時十二分。
天井。
白い。
壁。
何もない。
私はしばらく布団の上で、昨日のことを思い出していた。
水槽。
河西。
森山。
久世。
榊。
風。
そして。
「......わかった」
自分で言った。
意味は。
まだ分からない。
起きる。
顔を洗う。
コンビニで買ったパン。
麦茶。
煙草は吸わなかった。
*
会社。
八時十二分。
佐伯がもういた。
「おはようございます、課長」
「おはよう」
「昨日、戻らなかったですね」
「ごめん」
「何かあったんです?」
「少し」
「大丈夫ですか」
私は考えた。
「大丈夫」
以前なら。
「わかりました」
で済ませていたような気がした。
九時。
北辰商会。
納期変更。
佐伯が聞く。
「課長、これどうします?」
資料。
通常なら本社確認。
私は読む。
在庫。
配送。
利益。
「一日遅らせよう」
「先方、怒りますよ」
「代わりに次便を午前指定。こっちから説明する」
「いいんですか」
「俺はその方がいいと思う」
佐伯が。
少し。
私を見る。
「了解です」
十時。
小野寺。
「課長、山城工業の単価なんですけど」
「上げる」
「五%?」
「三%。その代わり年間契約」
「本社は?」
「あとで報告する」
「課長」
「何」
「最近、言わなくなりましたね」
「何を」
「わかりました」
私は手を止めた。
小野寺はファックス用紙を揃えながら言う。
「前は何でも『わかりました』だったじゃないですか」
「そう?」
「そうですよ」
佐伯。
向こうから。
「言ってましたね」
山根さん。
「言ってた言ってた」
何だ。
みんな知っていたのか。
「じゃあ今は?」
小野寺。
少し考える。
「嫌な課長になりました」
「おい」
笑い。
私も笑った。
普通の。
会社。
昼。
弁当。
午後。
棚卸し。
十八時。
仕事が終わる。
怪異は。
何も起きなかった。
会社を出る。
夕方の熱。
アスファルト。
スーパー。
自転車。
蝉。
私は少し安心した。
昨日。
あんなことがあったのに。
世界は。
何も変わっていない。
変わったのは。
私だけかもしれない。
*
アパート。
二〇三号室。
鍵。
開ける。
風。
窓は閉まっている。
何もない。
私は机へ座る。
煙草を一本出した。
火をつける前に。
やめた。
代わりに。
紙へ書いた。
〈河西〉
〈森山〉
〈富樫〉
三人。
その下。
〈なぜ、ここへ来た?〉
私は。
初めて。
自分の赴任そのものを。
疑った。




