第27 止まれ
久世から。
〈今日、確認したい場所があります〉
メッセージ。
私は返信しなかった。
十分後。
〈榊さんについてです〉
返信した。
〈どこ〉
駅から二つ先。
旧水上用水の取水施設。
現在は閉鎖。
十八時。
会社を出る前、小野寺が「今日は直帰ですか」と聞いた。
私は一瞬迷い、「たぶん」と答えた。
たぶん。 最近、その言葉が増えた。
分からないものを、分からないまま口にする。
以前の私なら面倒で「はい」と言っていたかもしれない。
駅。
久世。
「怒ってます?」
「少し」
「すみません」
「謝るんだ」
「必要なら」
「必要だよ」
「では、すみません」
本当に。
腹が立つ。
電車。
発車しない。
車内放送。
踏切安全確認。
十分。
十五分。
「遅れますね」
久世。
私は窓を見る。
風。
ホームの新聞が舞っている。
二十分後。
運転再開。
一駅。
次。
また停止。
今度は線路内飛来物。
「偶然?」
私は聞く。
久世は答えない。
駅を出る。
徒歩。
旧施設まで十五分。
駅前の商店街を抜ける。 クリーニング店。 閉まった写真館。 小さな学習塾。
夕飯の匂い。
私たちだけが、別の目的で歩いている。 町は何も知らない。
「昔もこの道?」 「ほぼ同じです」 久世が答える。 「河西も?」
「記録上は」
記録上は。 私はその言葉を聞き流さなかった。
地図。
一本道。
なのに。
曲がる場所を一つ間違えた。
「こっちです」
久世。
戻る。
風。
強い。
道路脇の広告旗。
全部。
こちらへ倒れる。
「止めてる?」
私。
「誰が」
「風」
久世の顔。
硬い。
「急ぎましょう」
初めて。
彼女が。
風に逆らう。
旧取水施設。
フェンス。
向こう。
コンクリート建物。
時刻。
19:12。
「あと一分」
私が言う。
久世が鍵を出す。
「何で持ってる」
「借りました」
「誰から」
答えない。
19:13。
風。
突風。
久世の手から鍵が飛ぶ。
道路。
金属音。
同時。
背後。
トラック。
急ブレーキ。
ガシャン。
積荷の金属パイプが崩れる。
一本。
フェンスへ。
私たちの。
数メートル前。
もし。
鍵が飛ばず。
私が一歩前へ出ていたら。
当たっていた。
「風が助けた」
口に出た。
だが、倒れたパイプの向こうで運転手が車から降りてくるのが見えた。
顔が青い。 何度も頭を下げている。 ぶつけられた乗用車の人も外へ出た。
私たちは無事だった。
だからといって、事故そのものが「助け」になるわけではない。
その考えが、少し遅れて来た。
久世は。
パイプを見る。
「そう見えますね」
「違うのか」
「防犯カメラを見ましょう」
なぜ。
そんなことを言う。
翌日。
事故映像を確認した。
近くのガソリンスタンド。
トラック。
19:12:48。
正常。
19:12:53。
道路脇の広告旗が突然大きく揺れる。
運転手。
そちらを見る。
19:12:56。
前方の乗用車への反応が遅れる。
急ブレーキ。
積荷。
崩落。
私は映像を止める。
「風が」
先に吹いた。
風が。
運転手の注意を逸らした。
事故が起きた。
そして。
その風が。
私たちを止めた。
「助けたんじゃない」
私は言う。
久世。
「助かりましたよ」
「でも事故を起こした」
「そうかもしれません」
「人が死んでたかもしれない」
「死んでません」
「結果論だろ」
久世は画面を見る。
「富樫さん」
「何」
「風があなたの味方だと」
私を見る。
「誰が言ったんです?」
私は。
何も答えられなかった。




