↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/80

第26話 派遣した人

久世を疑うのはやめた。


翌朝までは。


本社から三崎物産へ戻る前。


田所がコーヒーを奢ってくれた。


「お前、久世と何やってんの」


「資料整理」


「地方まで?」


「古い社員資料」


「へえ」


「何」


「いや」


田所が紙コップを飲む。


「総務も暇だなと思って」


田所は笑ったが、私は笑えなかった。 久世が三崎へ来た最初の日を思い出す。

会議室。 廃棄書類。 あまりに自然に仕事へ入ってきた。


私は彼女の派遣を疑わなかった。 正式な顔をしていたからだ。 承認。 所属。

社員証。

人間は「正しい形」をしているものを、思った以上に簡単に受け入れる。


私は笑った。


「派遣したのお前じゃないの?」


「俺?」


「久世は田所から聞いたって最初に言ってた」


田所の手が止まる。


「何を?」


「古い備品整理」


「知らないよ」


私は笑えなくなった。


「久世志乃を三崎へ送ったの誰?」


「総務の業務依頼なら記録あるだろ」


調べてもらった。


ある。


〈三崎物産 旧備品・社員資料整理支援〉


担当。


久世志乃。


承認。


総務企画グループ長。


電子印。


正式。


「ほら」


田所。


普通。


だが。


申請者。


空欄。


「空欄でも通る?」


「普通は通らない」


承認ログ。


申請時刻。


午前二時十三分。


私は何も言わなかった。


「システムエラーじゃない?」


田所が言う。


そうかもしれない。


ロビーの端に移動した。

昼休みを終えた社員がエレベーターへ吸い込まれていく。

受付では来客証が返却され、警備員が頭を下げている。


全部、手続きで動いている。 誰かが申請し。 誰かが承認し。

誰かが実行する。


その最初の「誰か」だけがいない。


私は久世へ電話した。


「誰に言われて来た?」


沈黙。


「富樫さん?」


「三崎物産。最初」


「業務指示です」


「誰の」


「システムです」


「申請者がいない」


「そうですね」


知っていた。


「田所から聞いたって言ったよな」


「田所さん経由で話があると表示されていました」


「田所は知らない」


「そうですか」


「君、確認しなかった?」


「しませんでした」


「何で」


「正式な承認があったから」


嘘ではない。


「203を知ってた?」


「はい」


「河西を」


「はい」


「森山を」


「はい」


私は立ち止まった。


本社ロビー。


人が行き交う。


「最初から?」


「はい」


「なぜ言わなかった」


久世の声。


静か。


「聞かれなかったからです」


腹が立った。


「ふざけるな」


「ふざけていません」


「俺を何だと思ってる」


沈黙。


少し長い。


「富樫十兵衛さんです」


「そういう話じゃない」


「分かっています」


また。


分かる。


「榊を知ってるな」


初めて。


電話の向こうが。


完全に止まった。


「会ったんですね」


「知り合いだって」


「そうです」


「何者」


「本人に聞いてください」


「君は何者だ」


「久世志乃です」


「それは調べた」


「なら、それが答えです」


電話を切った。


私は本社のガラス扉に映る自分を見る。


怒っている。


こんな顔。


昔は。


しただろうか。


外へ出る。


腹が立っているのに、どこへ向ければいいか分からなかった。

久世は嘘をついていない。 田所も知らない。

承認したグループ長も、画面上では正しい処理をしただけだ。


誰も悪くない形をして。 結果だけが、ここにある。


それは怪異より会社らしい、と一瞬思った。 笑えなかった。


風。


強い。


ネクタイが揺れる。


一枚の紙が。


足元へ飛んできた。


本社のコピー用紙。


白紙。


私は拾う。


裏。


鉛筆。


薄い。


〈聞かれなかったから〉


私は周囲を見る。


誰も。


こちらを見ていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。