↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/83

第24話 ない一日

河西正臣の手帳。


2004年8月11日。


そのページだけない。


私は河西美津子へもう一度連絡した。


「ページですか」


「破った記憶は?」


「ありません」


「ご主人は?」


「手帳を破る人じゃありませんでした」


「なぜ?」


「予定を消すときも、二本線で消す人でしたから」


細かい。


だが。


こういう細かさが。


人間だ。


久世と市役所へ行った。


市役所の資料室は、妙に冷房が効いていた。 外は三十五度近い。

中では古い紙の匂いがする。


受付の女性が台帳を運んでくる。 分厚い。 重い。

人間が忘れたことを、紙だけが覚えている。


私は最近、そのことを少し信用しすぎている気がした。 紙だってなくなる。

書いた人間だって間違える。

そして、なくなった紙に意味があると決めるのも人間だ。


水上用水の工事記録。


8月11日。


異常湧水。


作業中止。


現場責任者。


空欄。


作業員名簿。


8月10日。


六名。


8月12日。


六名。


8月11日。


一枚。


ない。


「偶然?」


私が言う。


久世。


「古い記録ですから」


「便利な言葉だな」


「事実です」


次。


消防。


出動記録。


なし。


警察。


個人情報で詳細不可。


新聞。


地方紙。


8月12日朝刊。


〈会社員、用水路で行方不明〉


河西正臣。


四十二歳。


靴と所持品が発見。


捜索。


記事は小さい。


二日後。


〈捜索打ち切り〉


「遺体なし」


「奥様の話どおりですね」


私はマイクロフィルムを戻す。


隣。


8月11日の地域欄。


祭り。


交通事故。


市議会。


天気。


最高気温34.8度。


降水量0。


資料室を出る前に、私は8月10日と12日の紙面も見直した。 祭りの広告。

スーパーの特売。 高校野球。 迷子の犬。


河西が消える前の日も、消えた次の日も、町は普通に続いている。


一人の人間が世界からいなくなっても。 世界の大半には、何も起きない。


何でもない一日。


なのに。


水が出た。


河西が消えた。


名簿がない。


手帳のページがない。


「久世さん」


「はい」


「ないものばっかりだな」


彼女は少し考えた。


「ないことが、記録なのかもしれません」


私は見る。


「どういう意味」


「誰かが消したなら」


「消した跡が残る」


「はい」


午後。


三崎物産の古い廃棄台帳。


2004年。


〈8月16日 事故関連書類一式 本社移管〉


廃棄ではない。


本社。


「地下資料庫」


私は言った。


久世は黙った。


森山の社員証。


先月。


02:13。


本社地下資料庫。


「行ける?」


「申請すれば」


「いつ」


「明日でも」


私は頷いた。


「久世さん」 「はい」 「明日、何も出なかったら?」 「帰ります」

「それだけ?」 「それだけです」


その答えが意外だった。 彼女なら、何かを見つけるまで掘ると思っていた。


「ないものを、あることにはできませんから」


久世はそう言った。


私はその言葉を覚えておこうと思った。 今のところは。


久世が書類を閉じる。


そのとき。


風。


窓は開いていない。


廃棄台帳のページが。


一枚だけ戻った。


8月16日。


その前。


8月12日。


〈私物返却〉


河西正臣。


返却者。


〈森山孝一〉


私は指で文字を追う。


「森山は」


河西が消えた翌日。


河西の私物を。


妻へ返している。


なら。


手帳も。


森山が触っていた可能性がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。