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第23話 森山は来た

森山を見た。


小野寺はそう言った。


今朝。


会社の前。


だが佐伯は来ていないと言った。


私はその話を、ずっと脇へ置いていた。


久世には言わず。


小野寺へ聞いた。


「森山さん見た日のこと、覚えてる?」


「急ですね」


「覚えてる?」


「まあ」


時間。


七時五十分頃。


場所。


会社正面。


服。


白いシャツ。


黒いズボン。


「顔は?」


「見ましたよ」


「間違いない?」


小野寺は少し考えた。


「たぶん」


「たぶん?」


「森山さんだと思ったから」


いい答えだった。


人は顔を見て名前を決めるのか。


名前を思って顔を見るのか。


防犯カメラ。


会社には正面玄関と倉庫に二台。


映像を開くまでに、私は少し時間を置いた。 見たいのか。 見たくないのか。

自分でも分からなかった。


小野寺は隣の椅子に座り、佐伯は腕を組んで立った。 三人で同じ画面を見る。

それだけで、妙に安心した。


怪異は一人で見ると怪異になる。

三人で見れば、少なくとも「映像」にはなる。


そう思いたかった。


保存期間三十日。


残っていた。


7:48。


一人。


男。


白いシャツ。


黒いズボン。


画面の端。


顔は。


逆光。


見えない。


玄関へ近づく。


入らない。


7:49。


画面外。


「これです」


小野寺。


「森山さん?」


「そうだと思います」


佐伯を呼ぶ。


「違います」


即答。


「何で」


「森山さん、こんな歩き方しません」


顔ではない。


歩き方。


「じゃあ誰」


「知りません」


私は映像を繰り返す。


男。


右足。


少し引きずる。


どこかで。


見た。


「榊」


口に出た。


「誰です?」


小野寺。


「いや」


私は映像を止めた。


「歩き方だけで分かるもの?」 小野寺が聞いた。 佐伯は少し考えた。


「毎日見てた人なら。森山さん、昔、野球で左膝やってるんです。疲れると少し庇う。でも、こんな引きずり方じゃない」


私は画面を見る。 人間を見分けるのは顔だけではない。 歩き方。

時計をつける手。 声。 言葉の間。


記録に残りにくいものほど、人を人にしている。


拡大。


胸。


何か。


カード。


社員証のようなもの。


翌日。


本社の入退館記録を田所に頼んだ。


森山孝一。


退職者。


社員証は無効。


当然。


ただ。


田所から折り返し。


「変なんだよ」


「何が」


「森山さんの古いカード番号、先月使われてる」


「どこで」


「本社地下資料庫」


日時。


午前二時十三分。


私は笑った。


「本社って夜中入れる?」


「警備通さないと無理」


「警備記録は?」


「ない」


「カードだけ?」


「そう」


田所が言った。


「富樫、お前何調べてる?」


「備品」


「嘘つけ」


私は答えなかった。


*


久世へ聞いた。


「本社地下資料庫って知ってる?」


「知ってます」


「森山のカードが使われた」


久世の顔は変わらない。


「いつ?」


日時を言う。


「そうですか」


「驚かない?」


「カード番号だけなら、データの誤りかもしれません」


「午前二時十三分でも?」


一秒。


間。


「それでもです」


「調べられる?」


「はい」


「お願い」


「わかりました」


私は。


その言葉に。


なぜか引っかかった。


わかりました。


久世は普通に言っただけだ。


誰でも使う。


その日の夕方。


私は一度、会社の正面へ出た。 7時48分に男が立っていた場所。

昼過ぎのアスファルトには何も残っていない。


試しに同じ位置から玄関を見た。 ガラスに空が映る。

中の人間の顔は見えにくい。


男は会社へ入りたかったのではないのかもしれない。

誰かに見られるために立っていた。 そんな考えが浮かんだ。


証拠はない。 私は手帳に書かなかった。


小野寺が防犯映像をもう一度見ていた。


「どうした?」


「この人」


「森山?」


「違います」


「何で」


小野寺は画面を指した。


男の左手。


「森山さん、時計、右につけてました」


映像の男は。


左。


「じゃあ誰」


小野寺は首を振った。


私は。


榊の左手を。


思い出そうとした。


思い出せなかった。

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