第22話 普通の会社
翌日から三日間。
久世は来なかった。
榊にも会わなかった。
怪異もなかった。
代わりに。
会社が壊れかけた。
怪異がなくても、会社というものは十分に人を追い詰めるらしい。
もちろん比喩だ。
東亜機工向けの部品が四十個足りない。
北辰商会からは納期を二日前倒ししてほしい。
倉庫では石井が腰を痛めた。
アルバイトの山根さんは孫が熱を出して休み。
小野寺はファックスの紙詰まりと格闘していた。
「課長!」
「今度は何」
「ファックス死にました」
「叩いた?」
「昭和じゃないんだから」
「うちは昭和だろ」
佐伯が笑った。
私はメーカーへ電話した。
代替機は翌日。
「じゃあ今日はメールで」
「取引先が」
「電話して、メールでいいか聞く」
「全部ですか」
「全部」
小野寺が私を見る。
「課長、変わりましたね」
また。
「そう?」
「前だったら本社に確認してません?」
「本社に聞いてもファックス直らないから」
「それはそう」
昼。
社員全員へ指示を出した。
取引先ごとに担当を分ける。
電話。
メール。
必要ならコンビニFAX。
十八時。
全部の注文処理が終わった。
机の上には、赤ペンの入った注文書と、飲みかけの缶コーヒーが残った。
誰かの腹が鳴った。
小野寺が「聞かなかったことにしてください」と言い、また笑いが起きた。
私はその光景を眺めた。
数日前まで、この会社の人間の顔と名前を覚えることさえ面倒だった。
今は、佐伯が電話で困っている声も、小野寺が紙詰まりを起こしたときの舌打ちも、石井が腰をかばって歩く癖も分かる。
怪異を調べているうちに。
私は、怪異ではないものまで見るようになっていた。
それが良い変化なのかは、まだ分からない。
佐伯が椅子へ沈んだ。
「何とかなりましたね」
「なったな」
「課長向いてますよ」
「やめてくれ」
本気で言った。
笑いが起きた。
私は少し。
嬉しかった。
怪異とは関係なく。
*
翌日。
久世が来た。
「お久しぶりです」
「三日だろ」
「寂しかったですか」
「全然」
「そうですか」
小野寺がお茶を置く。
「久世さん、最近よく来ますね」
「迷惑ですか」
「いえ」
小野寺は笑った。
ただ。
会議室を出るとき。
一度だけ振り返った。
久世を見る。
午後。
久世は廃棄書類を整理した。
小野寺と二人。
私は仕事をしながら会話を聞いていた。
「久世さんって本社何年ですか?」
「十一年です」
「長いですね」
「小野寺さんは?」
「ここ八年です」
「じゃあ先輩ですね」
「会社違うじゃないですか」
笑い。
普通。
あまりにも普通だった。
夕方。
小野寺が私の机へ来た。
「課長」
「はい」
声が小さい。
「久世さんって」
「うん」
「前に会ったことある気がするんですよね」
私は顔を上げる。
「どこで?」
「分からないんです」
「本社じゃない?」
「私、本社行ったこと二回しかないです」
「取引先とか」
「かなあ」
久世が会議室から出てきた。
小野寺はすぐ離れた。
「何です?」
久世が聞く。
「仕事」
私は答えた。
久世は。
それ以上聞かなかった。
夜。
アパートへ戻る途中、スーパーで焼きそばを買った。
値引きは二十パーセント。 三十になるまで待とうかと思ったが、やめた。
部屋へ戻る。 壁は白い。 時計は普通に進む。 麦茶を飲む。
テレビでは地方の花火大会を紹介していた。
何も起こらない夜は、以前なら退屈だった。 今は少しだけ、ありがたい。
私は思った。
小野寺の勘。
それだけなら。
何でもない。
人間は。
似た顔を。
どこかで見た気になる。
それだけだ。




