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第17話 向こう側の仕事

会社は忙しくなった。


怪異とは関係ない。


盆前。

取引先の休業、納期、欠品、物流。


私は朝から電話をし、判断し、謝り、指示した。


不思議なほど、全部できた。


午後三時。


北辰商会の納品が止まった。


代替品。


価格差。


在庫。


私は十分で決めた。


以前なら上司へ電話しただろう。


今は。


私が上司だった。


「これで行きましょう」


佐伯が頷く。


「分かりました」


その言葉を聞いた瞬間。


妙な感覚があった。


昔。


私が何百回も言った言葉。


わかりました。


今は。


他人が私へ言う。


夕方。


久世が缶コーヒーを二本持ってきた。


「お疲れさまです」


「総務って暇なの?」


「失礼ですね」


一本受け取る。


会社裏。


灰皿。


二人。


久世は煙草を吸わない。


「河西さんの件、本社で追加資料を見つけました」


封筒。


中。


事故報告の写し。


〈8月11日 02時13分頃〉


私は読む手を止めた。


「午前二時十三分」


「はい」


「河西が消えた時刻?」


「推定です」


根拠。


近隣住民が大きな水音を聞いた。


その時刻。


「海のない場所で?」


「用水路です」


「でも水路は工事中だった」


久世は頷く。


「異常湧水」


私は煙草に火をつける。


「久世さん」


「はい」


「君は、これを何だと思ってる?」


初めて。


直接聞いた。


彼女はしばらく黙った。


「富樫さんは?」


「分からない」


「では、私も分かりません」


「ずるいな」


「総務ですから」


私は笑った。


彼女も。


少しだけ。


「ただ」


久世が言う。


「人は、分からないものに名前をつけると安心します」


「幽霊とか?」


「神とか。怪物とか。呪いとか」


「じゃあ名前をつけない?」


「その方が長く見られます」


その言葉は。


妙に私の中へ入った。


夜。


アパート。


壁の空洞を叩く。


開けない。


煙草。


煙。


私は灰皿へ置いた。


白い煙。


真っすぐ。


途中。


壁へ向かう。


風はない。


煙だけが。


横へ曲がった。


染みのあった場所。


私は立ち上がる。


煙が。


壁へ吸われている。


小さな隙間。


私は顔を近づけた。


奥。


音。


ザー。


波。


久しぶりだった。


声。


聞こえない。


私はドライバーを持った。


壁紙の端。


剥がせる。


その瞬間。


窓から。


強い風。


机の本が落ちた。


灰皿が倒れる。


火のついた煙草が床へ。


「うわっ」


私はそちらへ走る。


火を消す。


数秒。


壁へ戻る。


煙は。


もう吸われていなかった。


波の音も。


消えていた。


私は窓を見る。


外。


木々は静か。


「……何なんだよ」


返事はない。


だが。


壁を開ける気は。


なくなっていた。


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