第12話 久世志乃
久世志乃は、想像していたより若かった。
三十代半ばくらい。
紺色のパンツスーツ。白いブラウス。肩につかない黒髪。化粧は薄い。
本社の人間らしく、社員証を首から下げている。
「久世です。昨日は突然すみませんでした」
「富樫です。遠いところどうも」
握手はしなかった。
彼女は小さく頭を下げた。
それだけだった。
小野寺が会議室へ案内する。
「お茶でいいですか」
「お構いなく」
「うちは構うんですよ」
小野寺が言うと、久世は少し笑った。
その笑い方が、妙に自然だった。
私は警戒していた。
理由はない。
紙が落ちた。
ただそれだけだ。
久世は仕事が早かった。
古い備品台帳、社員名簿、防災訓練資料を机へ並べ、年代ごとに付箋を貼る。
「203番の机は廃棄しなくて大丈夫です」
最初にそう言った。
「え?」
「本社側の誤登録でした。廃棄対象は202番です」
「そんな間違いある?」
「ありますよ。本社も普通の会社ですから」
普通。
彼女は河西正臣の資料を見ても驚かなかった。
「この方を調べているんですか」
私は一瞬迷った。
「机の前の使用者です」
「それだけ?」
目が合う。
問い詰める感じではない。
「今のところは」
「分かりました」
それ以上聞かなかった。
昼前、久世は古い住所録の〈字水上203〉に指を置いた。
「この地名、今はありませんね」
「小野寺さんも知らなかった」
「合併前の小字でしょう。法務局の古い地図か、町史を見れば分かります」
「詳しいですね」
「総務ですから」
理由になっているようで、なっていない。
昼は近くの蕎麦屋へ行った。
久世は天ざる。
私は冷やしたぬき。
仕事の話しかしなかった。
帰り道。
彼女が聞いた。
「富樫さん、煙草吸うんですね」
「最近また」
「昔は?」
「十年前にやめました」
「どうしてまた?」
「さあ」
私は笑った。
久世も笑った。
「そういうこと、ありますよね」
会社へ戻る直前。
風が吹いた。
道路脇の乾いた砂が少し舞った。
久世が足を止めた。
ほんの一瞬。
私は先へ二歩歩いてから振り返った。
「どうしました?」
「いえ」
久世は空を見た。
「風、強くなりましたね」
木の葉は。
ほとんど動いていなかった。
午後。
彼女は古い社員名簿のコピーを私へ渡した。
河西正臣の緊急連絡先。
妻。
河西美津子。
住所は現在の市内。
「会いに行くんですか」
「まだ分からない」
「行くなら、一人で行かない方がいいですよ」
「なぜ?」
久世は資料を揃えた。
「二十二年前の死者について、突然会社の人が訪ねてくるんです。相手からすれば気味が悪いでしょう」
もっともだった。
「私が同行しましょうか」
私は彼女を見る。
「総務の仕事?」
「古い社員資料の確認ですから」
彼女は笑った。
頼れる人だと思った。
その瞬間。
机の上の社員名簿が一枚だけめくれた。
窓は閉まっていた。
私はエアコンを見た。
久世は。
紙を見なかった。




