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『舞台裏のシステムを視る —— 表現と社会の往還』   作者: あっちゅ寝太郎


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第1話 火炎式土器を推理 推測する。

【前書き】

ご訪問ありがとうございます。

本作は、歴史と日常を独自の視点で結ぶ、全六話の短期連載コラムです。

私たちの手元にある当たり前の「ご飯茶碗」と、五千年前の「火炎式土器」。

その間にある途方もない距離を、世界史の鏡と科学のデータを用いて、のんびりと測ってまいります。

どうぞ、お茶でも飲みながらお気軽にお付き合いください。


第1話『火炎式土器とご飯茶碗』


## 第1話:おこげという動かぬ証拠と、形という動かぬ矛盾


 土器の話をしよう。


 といっても、教科書に載っているような「縄文時代の人々は土器を作って煮炊きをしていました」という、あの退屈な一行の話ではない。その一行の中に、五千年越しの矛盾が丸ごと埋まっているという話だ。


 事の発端は、一枚の写真だった。


 新潟県十日町市の笹山遺跡から出土した、国宝指定の火炎式土器。縄文時代中期、今からおよそ五千年前に作られたその器は、写真で見るだけでも息が詰まるような迫力がある。胴体から炎のようにうねり立ち上がる四本の突起。渦を巻き、絡み合い、天に向かって叫ぶような造形。高さは五十センチ近い。


 私はその写真をしばらく眺めながら、ごく当たり前のことを考えた。


 ――これで、飯を炊いたというのか。


---


**「動かぬ証拠」の重さ**


 考古学者たちの答えは、明快だ。「はい、炊きました」。


 根拠は科学的分析による「付着物」である。火炎式土器の内側には、炭化した食品の焦げ付き、いわゆる「おこげ」が残っている。外側にはスス。さらに最新の脂肪酸分析によって、鮭やイノシシの脂が土器の壁面に染み込んでいることが確認されている。


 考古学において「何に使われたか」を決定する最大の証拠は、見た目ではなく付着物だ。どれほど奇妙な形をしていようと、内側に鮭のスープを煮た跡があれば、それは鍋である。学者がそう言わざるを得ないのには、学問としての誠実さがある。証拠があることしか公式には言えない、という防衛ラインだ。


 十日町市博物館の公式見解も慎重な言い回しをしている。「祭りなどの儀礼に使用したという明確な証拠はまだない。しかし、煮炊きに使われたことは確実」。


 なるほど。では私も、その「確実」な証拠を素直に受け取ろう。


 ――受け取った上で、もう一度あの写真を見る。


---


**「動かぬ矛盾」の重さ**


 火炎式土器は、野焼きで作られている。


 縄文時代にはまだ窯がない。地面に薪を積み、オープンな炎で焼く原始的な製法だ。焼成温度はおよそ六百度から八百度。現代の陶磁器が千二百度以上で焼かれるのと比べると、焼き締まりが著しく甘い。硬度は、現代の植木鉢よりも劣るというデータがある。


 そして形の問題がある。


 火炎式土器は、下半分がキュッと細く絞られ、上半分に向かって朝顔のように大きく広がっている。そこに、四本の巨大なトサカ状突起が乗っている。重心は極端に高い。平らな床に置くだけで不安定にグラつき、少し突けば転倒する。


 さらに致命的なのが、突起の接合構造だ。あの立体的な装飾は、本体を作った後から粘土を貼り付けて成形している。野焼きの低温では接合面が完全に焼き締まらないため、熱膨張と収縮を繰り返す煮炊きの工程で、突起の根元からパキリと割れていく。実験考古学の試みでは、当時の製法を忠実に再現した火炎式土器を実際に火にかけると、数回の使用でいずれかの突起に損傷が生じることが確認されている。


 出土する火炎式土器の多くは、バラバラに壊れた状態で見つかる。


 学者はこれを「日常の鍋」と呼ぶ。私の台所にある土鍋は、三年使ってもびくともしない。


 ここで私は立ち止まる。


 おこげは「使った証拠」だ。しかし脆さは「日常使いの否定」だ。この二つは、どちらも本物の事実である。


---


**「日常か祭祀か」という問いの罠**


 戦後の日本考古学は、長い間「マルクス主義考古学」の影響下にあった。


 乱暴に要約すれば、「人間の歴史は生産活動と実利によって説明されるべきだ」という思想だ。祭りや信仰といった精神世界の話は「科学的に証明できない」として後回しにされ、「おこげがある=生活のための日常の鍋」という実用論が幅を利かせ続けた。


 テレビの歴史番組が竪穴住居の土間で火炎式土器を囲んで縄文鍋を再現してみせるのも、その文脈の延長にある。「こんな派手な芸術品で本当に料理を作っていた」というギャップが視聴率を稼ぎ、観光PRにも都合がよかった。科学的な事実おこげと、メディアの演出欲が一致した結果だ。


 しかしその図式には、そもそも問いの立て方の誤りがある。


 「日常の鍋か、祭祀の道具か」という二択は、現代人の感覚で作られた枠組みだ。日常と非日常が截然と分かれている私たちの生活を、五千年前に投影しているに過ぎない。


 縄文人の「常識」は、もしかしたら私たちとまったく違う場所にあったのかもしれない。おこげがあることと、祭りの器であることは、矛盾しないのかもしれない。


---


**矛盾を抱えたまま、先へ**


 私はこのコラムを通じて、火炎式土器を「日常の鍋だった」とも「祭祀の道具だった」とも断定するつもりはない。


 それよりも、この矛盾を丸ごと抱えたまま、世界史という大きな鏡の前に立ててみたい。


 五千年前、地球上では同時並行で複数の古代文明が立ち上がっていた。メソポタミア、エジプト、中国、インダス。それぞれの文明が、土器をどのように使い、どのように捨てたか。その中に縄文の火炎式土器を置いてみると、何かが見えてくるはずだ。


 我が家のご飯茶碗と、火炎式土器の間にある五千年。その距離を測る旅を、始めよう。


---


> 結びの一句

>

>  おこげあり 割れても問わぬ 縄文の鍋


---


*【第2話予告】 文字を持った文明が土器を捨てた日――メソポタミア篇*



【後書き】

本話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

当たり前の日常を一歩踏み外したところにある、五千年前の景色。

ほんの少しでも、その夜の炎の熱や、文字なき民の息遣いを感じていただけたなら幸いです。

それでは、また次のお話でお会いしましょう。

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