幸豊かな国の食――新潟、土地の記憶
【第4話】結び:消えゆく郷の顔と、土地の記憶を味わう夜
山、海、そして平野。これまで巡ってきた新潟の豊かさは、単に「自然の恵み」という言葉だけで片付けられるものではない。それぞれの土地に生きる人間が、自然への畏怖を抱きながら泥にまみれ、職人としての執念を貫き、プライドを持って守り抜いてきた「郷の記憶」そのものなのである。
しかし、現代の社会を見渡してみると、その最も大切な「郷の顔」が、あまりにも簡単に、そして急速に消し去られている事実に気づかされる。
象徴的なのが、市町村合併という行政の都合によって行われた線引きだ。
第3話で語った魚沼がその最たる例である。平成の大合併を経て、十日町の広大な信濃川沿いの平地までが一括りに「魚沼産」の大看板を背負わされるようになった。塩沢から湯沢にかけての山あい、国道17号を上った左手の傾斜地——三国山脈の一番水と天然の水はけが奇跡を起こすあの斜面と、川沿いの平地とが、同じ五文字の記号に括られてしまう。どちらが劣るという話ではない。だが、斜面ごとの水の冷たさ、土壌の粘り、昼夜の寒暖差——その「個別の真実」が、巨大なブランドという一色に塗り潰されて融けていく。
同じことが第2話の海の現場でも起きている。村上の塩引鮭も、柏崎の岩ガキも、職人が命懸けで守る管理の凄みは、産地名という記号の陰では見えなくなる。行政や流通の都合で巨大化された「ブランド」は、その中に息づいていたはずの個別の執念を、すべて均して消してしまうのだ。
世間は、名前を食べている。それを責める気はない。土地に足を運ばなければ、記号に頼るのは無理もないことだ。ただ、この新潟の泥を、荒波を、峻険な山を五感で知ってしまった者には、その先にある「土地の記憶」と「季節の境界線」が、どうしても忘れられないのである。
57歳で山を引退するまで、命懸けで分けてもらった山菜のあの心地よい苦味。
水揚げから厨房にいたるまで、一歩も引かない執念の温度管理で届けられた岩ガキの、震えるほどの生の旨味。
そして、国道17号を上った左手の山あいで、三国山脈の一番水と傾斜地がもたらす奇跡が生んだ、他をすべて脇役にする本物の米。
これらはすべて、海、山、大河、そして平野を擁した「幸豊かな国・新潟」が、奇跡的なバランスで織りなすひとつの壮大な循環の物語である。
今宵も、完璧に管理された岩ガキと、名残りの山菜の天ぷらを前に、山手の奇跡の米を炊き上げる。パカッと蓋を開けた瞬間のまばゆいツヤを眺めながら、冷えた地酒を静かに盃に注ぐ。消えゆく郷の顔に想いを馳せ、目の前にある本物の贅沢を静かに噛み締める夜が、誰かの記憶にも残ってくれれば——それで十分だと思っている。
あとがきにかえて
全四話、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
本文でもシカやクマ、マムシの恐怖に触れましたが、山の本当の恐ろしさはそれだけではありません。一番恐ろしいのは、やはり「山道に迷う」ということです。
地形を熟知しているはずのベテランの村内の方でさえ、山の中で何度も道を見失い、恐怖のなかを歩き回った末、やっとの思いで這い出たら、まったく別の山向こうの町だった……ということが本当に起こる世界なのです。一度方向を見失えば、そこはもう人間の五感が通用しない緑の迷宮。みだりに山へ分け入ることは、そのまま「命取り」に繋がります。それは、牙を剥く海もまた同じことです。
私は足腰の衰えを自覚した57歳の頃、きっぱりと山を引退しました。自然の恵みをいただくということは、その厳しさに引き際を知る、ということでもあります。
現代の私たちは「ブランド」という便利な名前ばかりを食べてしまいがちですが、その背景にある土地の歴史や、自然への畏怖という「記憶」ごと、食を味わっていただけたら幸いです。
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