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ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
8/51

008「崩壊した町で 8」

 天月を保護してから15日目。この日、早朝に起きた一行は手早く朝食と身支度を整える終わると、引き籠っていたホムセンを後にした。

 仁成は最初の脱出ルート会議の後も、天月と何度も話し合いを重ねた。結局、最初の会議で第一候補に挙がった渡河ルートを進むことになった。

 一行はホムセンを出てから、まず少し南に進んで県道を目指した。

 狭い道を通り抜けるよりも、ある程度広く視界も確保できる二車線の道を進むことになっている。これは仁成と天月、二人の意見は一致している。

 違う点は、仁成は場合によっては住宅街の瓦礫を越えることも厭わないが、天月は出来る限り道に沿って進むことを前提にしている点だった。

 例えば、仁成は庭を通れば近道になるなら選ぶが、天月は少し遠回りでも既存の道を進むことを選ぶくらいの違いだ。

 この少しの違いが度々意見の食い違いに繋がる事はあったが、基本は仁成が天月の意見を採用する形で話を進めることが多かった。

 そうして練られた脱出ルートの必要合計時間は約51時間前後。2日を少し超える程度に収まっている。ちなみに、仁成考案ルートは約44時間で関所に到着する。

 もちろん、渡河ルートが何かしらの理由で断念せざる負えない場合は、西ルートに切り替える。そのためのルートも話し合って決めていた。


 仁成が土手を降りた地点よりも2㎞ほど南側に到着した二人は、明らかに流れる水の量と速さが増している河川を見下ろしていた。

「無理だな…。只野君。2週間前はどうだった?」

「いいや。川幅はあったけど、底が見えてたよ。上流で雨でも降ったのかな?」

「…もう一つ、魔物の仕業の可能性もある」

「どんな魔物?」

「ビーバーだ」

「あのダムを造る?」

「そうだ。運が悪い事に、災害発生時に移動動物園が来ていたんだ。その動物園にいた動物は軒並み魔物化した。その中に数匹のビーバーもいたらしい。灰炎と東の山にいるワニガメの雷亀(らいき)もその動物園から脱走した個体だ」

「もしかして動物園の運営酷かったの?」

「あぁ、よく分かったな」

「前に灰炎が人を憎んでるって言ってたでしょ?」

「そういえば話したな。かなり酷い環境で飼育されていたそうだ。園長と飼育員の責任者は真っ先に殺されたらしい。ワニガメも人を発見すると容赦なく襲いかかってくるからな」

「亀なんだよね?」

「そうだ。だが、硬いんだ。灰炎よりな。それに奴は名前の通り雷を操る。それがまた厄介でな。近づき過ぎればあっという間に感電死だ。ただ動きは亀らしく遅い。山の谷間に誘い出し、そこに閉じ込めている」

「ん?なら安全じゃないの?何かあったの?」

「奴はその強い顎で硬い岩石や木を削り取ってな。軍が止めようとしたが脱出された。それ以来、この河川を越えた先の地域を転々としている」

「出くわしたら最悪な訳か。ビーバーちゃん一家は河に移住した訳か」

「あぁ、そうだ。昨年、掃討作戦をしたと言ったのを覚えているか?」

「覚えてるよ。そのおかげで河川の東側は比較的魔物が少ないんでしょ?」

「その時、ビーバーも全滅させたはずだ。もし、これがビーバーの仕業なら生き残りがいたんだろう。…さすがにこの急流の中を渡るのは危険だ。切り替えよう」

「だね。このまま南に「ばうっ」」

 二人が第二候補の西ルートに切り替え歩き出そうとした瞬間、月夜は短く吠えた。

 すぐに仁成は琥珀の、天月は千影のカートを分離し、月夜が警戒する方角に銃口を向けた。

「ちっ。只野君。あれを見たことは?」

「無い。けど、なんかやばそう」

 二人が予定していた進行ルートの先に、()()がいた。

 その何かは土手沿いに広がる住宅地の中を、当てもなく彷徨うようにゆっくりと移動していた。

「すぐに土手から降りるよ」

 仁成たちはすぐにカートを繋げ直すと、先頭を天月が歩き、月夜を最後尾にした何時もの隊列で、土手から降り始めた。

 

「只野君、地図を」

 土手から降りた一行は、すぐ近くの小さな空き地に入り、小休止も兼ねた脱出路の見直しに入る。

 普段通りに休憩を始めた仁成たちと違い、天月は当初の計画が全て水の泡になったことに、焦りを見せ始めていた。

「天月さん。少し落ち着きなよ。はい、水」

「…君は良く落ち着いていられるな」

「まぁ、これでも2か月以上ここにいるからね。それより、さっきのあれ何?動物が変異したにしては異様だったけど。まるで合成獣(キメラ)みたいだった」

「あれは突然変異個体と呼ばれている。何を切欠にするかは判明していない。変異の仕方は様々だが、その多くが原型を留めない。さっき目撃した個体はその中でも異色の変異の仕方をする」

「異色?どんな感じで」

「他の魔獣を取り込んで変異を続ける。君が言った通り合成獣型だ。だから姿形も取り込んだ魔獣の様々な要素が複合している。が、対処も分かっている。ただ近づかないだけでいい」

「近づかないだけ?それだけなの?」

「あぁ、それだけだ。只野君、痩せにくい人が無制限に食事を取り続けたらどうなると思う?」

「超肥満になって動けなくなるね」

「その通りだ。あれも似たようなものなんだ。摂取を続けると身体が無限に膨張する。さらに自身を認識できなくなる様だ。元の個体にもよるがほとんどが半月以内に自重を支えられず、やがて心筋梗塞で自然死するか、他の魔獣に捕食される」

「捕食した魔獣は変異しないのかな?」

「しない。その理由も解明されていない。そもそも突然変異はかなり稀なんだ。だから目撃例も少なければ、検体の確保も難しい」

「倒せないの?」

「私達が持っている武器はスペックが低いんだ。君も気付いていると思うが、魔獣は体格が強さの指標の一つにもなっている。あの合成獣は灰炎とまではいかないが、それに近いと思った方が良い」

「まじかぁ。んで、この銃は骨董品?」

「半世紀前の骨董品だ。さて、これからどうするか…」

 仁成はようやく落ち着きを見せた天月に、地図を取り出して見せる。

「今此処。南に行くなら土手か、こっちの住宅街を抜ける必要があるけど、合成獣が居るから進めない。ねぇ、天月さん」

「なんだ?」

「今ならホムセンに一旦戻れるよ?」

「・・・すまない」

 ホムセンにいた時から天月には少し焦りがあった。そして、その焦りは日に日に増していることに仁成は気付いていた。

「なら街の中心部。猪の縄張り付近を通ることになるけど、警察署辺りまで進めれば北に抜けれる。出来るだけ西に寄って行けば、灰炎の縄張りに入らずに済むと思うけど、どうかな?」

「・・・これ以上、中心部には近づけない」

「あまり時間がない?無理をしてでも、ここを離れないといけない理由があるの?」

「・・・ある。普通の人間は、あの暗い靄に近づけないし、対策無しにこの場に留まるのも危険なんだ。すまない。君に心配させたくないと黙っていた」

 天月の塞いだ表情から、彼女にはあまり時間が残されていないことが分かった仁成は、月夜に顔を向けた。

「そっか。…月夜、行ける?駄目なら諦めて、ホムセンか近場で身を潜めて、水量が落ちるまで待つけど?」

「何をする気だ?」

 天月を無視して、仁成は月夜を見詰める。そして月夜は何時もと変わらない眼で仁成を見詰め返した。もし、反対なら呆れたように無視するが、この時の月夜は違った。そして、ゆっくりと身体を起こすと、何も言わずに歩き始める。

「ならこっちも行こうか」

「何処に向かうつもりだ?」

「何処って、残ってるのは北しかないでしょ?」

「だが、灰炎が…まさか、戦うつもりか?」

「いや、戦わないよ?ひとまず準備しなきゃいけないから、まずは移動しようか。月夜、無理ならすぐに帰って来るか、俺達のことなんて考えずに逃げろよ。琥珀と千影も逃がすから、こいつらに届くように吠えろ。開始の合図はショットガン三連射な。一射しか聞こえなかったら中止ね。んじゃ、よろしく」

「ぐるる」

 困惑している天月の手を取って、仁成は移動を始めた。しかし、月夜だけは何故か元来た道を引き返し始める。

「おい。月夜は何処へ」

「ん?さっきの突然変異の所だよ」

「えっ?」


合成獣(あれ)を灰炎にぶつけるんだよ」


 初めて見る仁成の笑みに天月はようやく気付いた。自分が仁成をただの子供だとまだ思っていた事に。彼の持つ狂気に―――。



 仁成はまず、土手沿いに北上し以前通って来た道まで出ると、カートを近くの家屋に隠して土手に上がった。

 そこで天月と一緒に、単眼境で見渡せる範囲の耕作地帯の偵察を始める。琥珀と千影は二人を挟むように少し離れた位置で、周囲の警戒に当たっていた。

「本当にやる気か?」

「月夜の方はたぶん大丈夫だよ。あいつは賢いから、無理なら既にこっちに返って来てるはずだし。それより問題はこっちだよ」

「それでどうするつもりだ?」

「まずは灰炎を見つけなきゃ意味ないから、一緒に探してよ」

 以前目撃してから既に二週間以上経っている。最悪、灰炎が何処かに移動していることも想定して動かなければいけないが、仁成はまだこの北エリアにいると予想していた。

 仁成はこの二か月で警察署の屋上偵察を雨の日も欠かさず行っている。そこから導き出した一つの推察がある。

 縄張り持ちの魔獣は、基本的に自分の縄張りから長期間離れない。

 たまに縄張りを広げることはあっても、棲み処とする場所は変えずに必ず帰るのを、仁成は何度も単眼境越しに目撃していた。

 魔獣の中には、縄張りを持たずに群れで移動を繰り返す魔獣もいるが、灰炎はおそらく縄張り持ちであると考えられる。それもこの耕作地帯一帯を縄張りにする大地主。

 その根拠は、仁成が警察署にいた二ヵ月の間に一度も見たことが無いからである。この北の耕作地帯と警察署はちょっとした山林で隔たれてはいるが、直線距離にすればたかが徒歩数時間の距離しか離れていない。もし、灰炎が縄張りを持たない魔獣なら、一度くらい市街地に姿を現してもよさそうな所だが、あの日以外一度も仁成は見たことが無かった。

 つまり、奴がここに執着する何かがある。そう結論付けた。

「それだけの理由で?」

「そうだけど?」

 何か?文句あるとでも言いたげに、そっけない返事だけを返す仁成に呆れつつ、天月も灰炎の姿を探す手は止めない。

 天月は耕作地帯と山林の境界付近。その裾野に密集する様に広がる民家を中心に探していた。そして。

「いた。北の民家。赤い瓦屋根が三軒並んでいる辺り。近くの倉庫の中だ」

 天月が告げた場所に単眼境を向けた仁成は、少し探すのを手間取りつつも、あの日見た熊を自分の眼でも確かめた。

「良い暮らししてますねぇ」

 元は車庫か農機具置き場、またはその両方だろうか。屋根の高いその倉庫の周辺にはトラクターなどが転がり、シャッターは高温で溶かされたような丸い穴が開いている。

 中は周辺から集めたであろう草木や布団などが敷き詰められ、その真ん中に灰色の体毛をした巨大な熊が身体を丸めていた。

「スズメバチは負けちゃったようだね。確かに熊の方が強いとは聞いたけど、確か三割くらいは蜂が撃退するとか聞いたことがあるんだけどなぁ」

 さらに周囲を観察すると、数体の魔獣の残骸が積み重なり放置されている。

「あぁ、あれがあるからここら辺を縄張りにしてるのかな?」

 さらに周囲を観察すると、民家の奥や周辺の田畑に果樹と思われる木々が植えられている。

「あれとは?」

「民家の奥とか手前に果樹が植えられてるでしょ?」

「なるほどな。確かツキノワグマは雑食だが、木の実主体だと聞いた事があるな」

「少し違うよ。季節によって主食が変わるんだよ。春は植物。夏は昆虫。秋は果実だったかな」

「詳しいな」

「動物番組の知識だけどね。それじゃ、作戦会議と行こうか」

 仁成は琥珀と千影に合図を送ると、カートを隠している民家の庭に戻るとノートと地図を広げた。

「それで?作戦はあるのか?」

「一応ね。まずは―――」

 仁成が考えた作戦は三段階に分けられていた。

 第一段階。熊を土手まで誘き出す。熊が挑発に乗ったら、月夜に作戦開始の合図を送る。

 第二段階。仁成たちは土手上を、熊にわざと姿を晒しながら南下。南からは月夜が突然変異を連れて北上。

 第三段階。熊と突然変異をぶつける。二体が戦っている間に、仁成たちはそそくさと住宅街を抜けて、カートを回収して全力で耕作地帯を通過する。

「とまぁ、こんな感じかな?作戦名は『熊と合成獣を躍らせよう』に決定」

 細かい事など考えず、単純な作戦に天月は頭を抱えた。だが、同時に彼女に時間が無い事も確かだった。出来る限り、一日でも早くこの町からの脱出。それが彼女にとって最優先事項。

 天月は仁成の作戦に乗ることにした。

「分かった。だが、その前にカートの置き場を変更しよう。そうだな…ここに隠す。それと装備は最小限にして身軽な状態にしておけ。どうせ、灰炎と合成獣相手に今の装備だけでは掠り傷さえ無理だ」

 天月が指し示した場所は、ここから少し北に進んだ場所にある廃工場。熊の進路によっては、今の隠し場所を通過してくる可能性を考慮した場所だった。

「了解。それじゃ、行こうか」

 仁成は即座に頷くと、カートを民家から引っ張り出して琥珀と千影に取り付ける。


 そして『熊と合成獣を躍らせよう』作戦が開始された。



「目標確認。撃つぞ」

「何時でもやっちゃって」

 土手上。灰炎との間に遮る物が無い地点。

 その場で片膝をつき、スコープサイトを取り付けたアサルトライフルを構えた天月は、リミッターが解除された魔導銃に魔力を込め始める。

 徐々に銃の周囲に青い蛍の光りの様な粒子が可視化され、ライフルに収束していく。

 その隣では、魔力の粒子を見た馬鹿一名が、子供のような反応で彼女の集中を邪魔していた。

「おい。邪魔だ。お前から撃ってやろうか?」

「・・・すんませ~ん」

 冷たいその一言に、仁成はへこへこしながら数歩離れ、単眼境で灰炎を見始めた。

「こわっ」

「・・・やはり先に撃つか?」

 そんなやり取りをしている間に魔力の収束が終わり、天月は己の全身に魔力を巡らせる。

 スコープサイト越しに見える灰炎を見据え、伸ばしていた人差し指をトリガーに軽くかけ、ゆっくりと引き絞る。あと一ミリでも動かせば弾が発射される位置で指を止めると、ゆっくりと息を吐き切り止めた。

 次の瞬間、ライフルの銃口から一発の弾丸が発射された。

 弾丸の風を切る甲高い音が遅れて届いたのとほぼ同時、スコープ越しに見える灰炎の尻に吸い込まれる様に弾丸は命中した。

「命中。起きるぞ」

「こちらも確認」

 天月は姿勢を崩さず、第二射に向けて魔力を込め始める。その隣では仁成がショットガンを片手に構えたまま、単眼境は顔から外さずに灰炎の様子を窺う。


 のっそりと動き始めた灰炎は、ケツを軽く振りながら少しだけ外を窺う様に顔だけを動かしていた。

 その様子は銃弾が当たったとは思えないほど、平気そうだった。

「第二射、撃つぞ」

 天月の声から一拍置いて、再び風を切りながら飛び出した銃弾が灰炎の横顔に命流する。しかし…。

「かってぇ~」

「散々言っているだろう。奴は硬いと。これだけ離れていれば余計だ。眼に命中するくらいじゃないと意味が無い。第三射に入るぞ」

 天月が第三射のために準備に入る。その姿を見て、仁成は改めて魔導銃の性能と天月本人の技量に驚かされていた。

 少なくとも仁成が立っている土手から灰炎まで、数㎞は離れている。警察署から拝借した高精度の単眼境だから見えているが、肉眼では何かあるなくらいにしか見えないほど遠いその距離を、魔導銃とは言えアサルトライフルの弾丸が届いた事実と、それを命中させる天月の技量。仁成では決してできない芸当だった。

「でも、それ以上にやばいのはあの熊だなぁ」

 第三射も灰炎の顔に命中する。しかし、当の獲物は全く意に介さず巣穴からゆっくりと外に出て来ていた。

 巣穴から出た灰炎は、まるで伸びでもするかのように二本足で立ち上がり、周囲をきょろきょろと見回している。

「あれ、0距離ショットガンでも無理じゃね?」

「今更そんな事を言っても遅いぞ。気付かれた。来るぞ」

 天月の焦りの籠る声に、仁成は距離も分かる単眼境で灰炎が勢いよく走り始めたのを確認した。

「はえぇ~。すげぇ速度で走ってるぅ~」

「馬鹿ッ!さっさと合図を送れ。私達もすぐに行くぞ」

 そう言いながら仁成を置いては走り始めた天月を見つつ、仁成は適当に斜め上に向けてショットガンのトリガーを三回引いた。

「行くぞ!琥珀、千影!…あれっ?」

 二頭に声を掛け、いざ走り出そうとした仁成だったが、既に天月のケツを追いかけている二頭の姿を見て、少し不貞腐れるのだった。



 一方、仁成たちから離れ単独で待機していた月夜は、慎重に身を隠しながら合成獣に近づいていた。

 匂いで気付かれないように、風下からゆっくりと住宅や瓦礫の陰を利用し、他の魔獣にも気付かれない様に、慎重に、慎重に近づく。

 それなりに永くこの地で生きている月夜でも、合成獣は一度も見たことが無い。だが、明らかに元の原型を留めていない変異個体には出会ったことがある。その時の個体は精々琥珀たちくらいの雑魚だった。だが、月夜が瓦礫の隙間から様子を窺っている個体は、月夜より格上の個体が突然変異した姿であることは間違いなかった。

 既に今の段階でも、灰炎と良い勝負をしそうなほど成長を遂げている。このまま魔獣を取り込み続ければ、一時的にではあるが確実にあの熊をも凌駕する個体に成長することは確かだった。

 もしそうなれば、月夜は仁成が言ったように二人を見捨て、子供達を連れて対岸に避難するつもりでいる。

 しかし、その前に仁成の思い付きに付き合うのも悪くないと思い、彼女は遊び感覚で最も危険な囮役を引き受けたのである。

 一つ懸念があるとすれば、仁成が何処まであの熊を相手に出来るかだった。


 天月()の方は熊と合成獣が戦っている間に逃げる事しか考えていない。

 だが、仁成は違う。合成獣に熊を倒させ、捕食あるいは同士討ちさせるつもりでいた。

 一番良い展開は、合成獣が熊を殺し、それを取り込んだ合成獣がこの一帯の魔物を間引くことだろう。次点で同士討ち。

 その事に天月が気付いているかどうか…、おそらく気付いていない。

 それが果たして上手く行くかどうか…。月夜はただ、事の成り行きを見守ることにした。


 人間なら聞き逃すほど小さい音が三発。月夜の耳に届く。

 その瞬間、月夜は隠れていた瓦礫から飛び出し、合成獣の目の前に躍り出た。

 合成獣は丁度掛かって来た魔獣の群れを返り討ちにし、狩ったばかりの獲物を捕食している最中だった。

 だが、より魔力を内包した獲物が姿を見せたことで、合成獣の身体中にある全ての眼が目の前に現れた犬に向けられた。

 それは月夜の命がけの追いかけっこ(遊び)が始まった合図だった。



 仁成たちが土手上を南下し始めると、灰炎はさらに一段ギアを上げてちょっかいをかけて来た愚か者(人間)を追い始めた。

 道など関係ないと、例え建物が有ろうがお構いなしに、その全身に炎を纏い一直線に突き進む。

 灰炎が通った跡に無事な建物は一つもなく、木造の建物は灰に変り、鉄骨は溶けながら折れ千切れ、コンクリートは粉々に砕かれ風に舞う。

 まさに災害。その言葉がぴったりな光景が、仁成たちの背後には広がっていた。

「うひょ~。すげぇ~」

 それを度々振り返りながら見ていた仁成は、まるで映画の中に入ったかのような感覚に感動さえしていた。

「振り返る暇があるなら走れ!はぁ、はぁ、はぁ」

 その愚行を天月は叱責するが、今の彼女に仁成が見せる余裕はほとんど残っていない。まだ500mも走っていないと言うのに息は切れ、顔は青褪めていた。

 数㎞先の標的を狙った長距離射撃を行うため、彼女は自身が持つ魔力のほとんどを注ぎ込んでいた。しかもそれを三発も撃ち込んだことで、彼女の魔力はほぼすっからかんの状態になっていた。

 僅かに残った魔力を体内に巡らせ、身体を強化して必死に後ろから迫る災害から逃げていた。

「琥珀、千影。どっちか天月さんを乗せろ。一人くらいなら大丈夫だろ」

「わうわう」「ばうばう」

 天月の必死な横顔を見た仁成は、笑いそうになるのを堪えながら琥珀と千影に指示を出した。

「君は。うわっ」

 何か言い掛けた天月だが、身体がいきなり地面から浮きあがり、一瞬で琥珀の背に乗せられる。その横では、千影の背に乗った仁成が二頭に合図を出す。

「全力で逃げるぞ!」

「わうわう」「ばうばう」

「まてっ、いっ」

「舌嚙むよって。もう嚙んでるよこの人」

 必死に琥珀にしがみ付く天月の顔は、かき氷を一気に食べた時の様な渋いものになっていた。

 緊張感の無い一幕が繰り広げられている中でも、背後から迫る破壊音は止まることは無い。

 徐々に大きくなる音から、既に熊が当初離れていた距離の半分くらいまで縮めている事を告げている。


「まじで速いな。もうちょい距離を稼ぎたかったけど、これは無理かな?」

 何気なく呟かれた仁成の一言に、天月の顔は困惑に変わる。

「(何を言ってるんだ?灰炎を誘導して、月夜が連れて来る合成獣と()り合わせるんじゃなかったのか?)」

 そんな天月の考えを読み取ったのか、仁成は軽くおどけた顔を見せながら肩を竦ませる。

 まだ少し早かった。仁成の考えではあと数百mは稼いでから、次の指示を出すつもりだった。が、予想以上に速い熊のおかげでそれも難しい。

 完全に追いつかれる前に、仁成は琥珀と千影に次の指示を出した。

「ちょっと早いが、お前らは巻き込まれる前に住宅街に逃げろよ。間違っても戻って来るな。月夜ならまだしも、お前らじゃ死ぬだけだからな。熊が俺に向かってるのを確認してから北に抜けろ。前通った道覚えてるな。そこを通って、耕作地帯を真っ直ぐ西に抜けろ。そんで天月の姉ちゃんと適当な場所で待ってろ。もし月夜だけが戻ってきたら、母ちゃんの指示に従え。行けっ」

「わうわう」「ばうばう」

 仁成が千影から飛び降りたのを合図に、天月を乗せた琥珀と千影は土手から駆け下り始める。

「おい、まて!只野おおおおお!」

 天月の声を残し、琥珀たちは住宅地の中に姿を消して行く。

 それを見送りながら、仁成は走る速度を緩める。

 そして、遠くからこちらに近づいて来る月夜らしき影と、その後ろから迫る合成獣の姿を確認した。

「まだまだ距離が有るなぁ。まぁ仕方ない。行き過ぎると、あの野郎が琥珀たちの方に行きそうだ」

 自分の背後から迫る音が、琥珀たちの方に向かっていないことを確認するために振り返る。見えなくっなった琥珀たちよりも、いまだに土手上にいる仁成に向けて突進してくる灰炎を確認した仁成は、襷掛けしていたショットガンを手に持ち直し、此方に向かってくる月夜に向かって走り出した。

 あとは二体の大型魔獣をぶつけるだけ。だが、それが難しい。

 もし、灰炎が仁成に追いつくのが早ければ、合成獣に気付き対応するだろう。合成獣も同様だ。

 出来る限り、ぎりぎりまで灰炎は仁成が引きつけ、月夜が誘導する合成獣が灰炎に対して先制攻撃が出来るようにする。でなければ、地力で勝る灰炎があっという間に合成獣を殺してしまう。

 それでは仁成と月夜が逃げ出す時間がない。重要なのは二体をぶつけるタイミング。それを見極め、仁成と月夜は徐々に互いに向かって走っていた。


「さぁ、おっぱじめるか。作戦第二段階の始まりだ」


 ショットガンを挑発がてら一発空に向けて撃つと、既に1㎞を切る距離まで迫る災害を前に、仁成は不敵な笑みを向けた。

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