表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
7/51

007「崩壊した町で 7」

 天月を保護して十日目。台車が完成した。

 仁成が用意した台車は三台。一番大きい台車は仁成自身が引き、それよりも一回り小さい二台の台車は琥珀と千影が引く。

 仁成の台車は使っていたキャリーカートを、店内にあった大型品に交換したもの。そのため腰と連結させるギミックもほぼ同じ。違いがあるとすれば、店内にある資材で以前よりも強度のある部品で仕上げ、補助輪も一輪から二輪に増やしてより安定性を増したこと。

 琥珀と千影が引く台車は、キャリーカートのワゴンタイプを改造したもの。

 当初は既製品をそのまま使おうかと思っていたが、天月が回復するまで此処に滞在することになったので、試しに改良することにした。

 改良を考えたのもソーラ式ポータブル発電機が使える目途が立ったからである。持ち運ぶかはまだ決めていないが、天月が仁成の代わりに射撃を担当してくれるなら持ち出すことも視野に入れているが、そこは天月と相談しようと決めている。


 天月がホムセンに来る前日の昼間。仁成は試しにソーラパネルを外に出して、発電機のバッテリーが充電されるか試していた。

 そのために資材エリアにあった従業員用の通用口から店外に出て、ほど近い所にパネルを設置した。店内には付属の延長コードを駆使して通し、発電機本体とつなげて半日ほど放置した。その結果、発電機のバッテリーが充電されていることを確認した。

 こうして仁成はついに、文明を手に入れた。

 電源を確保した仁成は翌日。つまり天月を保護した翌日の朝から、各電動工具の説明書と店内にあったDIY雑誌を見ながら、一日ほど工具の練習に費やした。

 そして三日目の夕方。工具を駆使して台車の改良部品の自作をしていると、琥珀と千影が服を咥え引きずり始めたので、すぐに北側入口に戻った。

 仁成が戻ると、ベッドで寝かせていた天月女史が虚ろな眼で目覚めていた。

 人命救助とはいえ、女性の裸を見てしまったことに若干の後ろめたさを持っていた仁成は、出来る限り平静を装いながら話しかけ、謝罪から入った。が、彼女からは「気にするな」と言われ、ちょっと拍子抜けしまったのは内緒だ。

 後日、彼女との話しを重ねていくうちに、軍では性別関わらず異性相手に身体検査をする事はよくあり、局部以外なら見られることもあると聞き、彼女のドライな反応にも納得した。

 それからは食事時とおむつや包帯の交換時以外は、月夜に天月の護衛と監視を頼み、仁成は資材エリアと部品エリアを行き来する生活が続いた。


 完成した台車は、店内にあった小型キャリーワゴンの側面や底の素材を科学合成素材の布から合板に変更し強度を高め、ペット製品エリアにあったハーネスを参考に、仁成が琥珀と千影の体格に合わせて自作したハーネスを連結させたもの。イメージとしては犬ソリに似ている。

 キャリー本体の持ち手は、仁成が持つ場合を想定して残してあるが、これも伸縮できる様に改造済み。

 一番時間が掛かったのは、ワゴンとハーネスを繋げるための部品製作。ワンタッチでワゴンが切り離せるようにするギミックも作らねばならず、試作品を何個も作っては試すを繰り返した。

 そうして出来上がった試作8号をベースに、さらに軽量化などの改良を施した完成品を天月に御披露目した。

 彼女からは「器用だな」とお褒めの言葉を頂いた。

 完成披露から物資の仕分けに移行した仁成は、先に天月を連れて彼女の下着などの物資を集めることにした。


「それにしても、何でここ無事なんだろう?警察署も魔獣は入って来ないんだよなぁ」

 店内を案内していた仁成はふと気になっていた疑問を呟いた。

「魔獣は本能的に忌避する音波の様なものがある。それを発する装置もあるが、空調設備などが偶然それに近いものを発することがある」

「そんなものあったんだ」

「ある。ただ高価な割に強い個体に効果は薄い。此処にその装置があったか、それとも偶然かは分からないけど、その忌避するものがあったんだろう。そういった場所には、世代が変わっても近づかない事が多いんだ。ただ、月夜達が特に問題無くは入れているということは、他の魔物が入れない訳じゃないはずだ」

「ふ~ん、ということは既に装置は稼働してないわけか」

「おそらくここに装置はない。もしあったとしても稼働はしていないだろう。稼働から数年間は単独で動くはずだが、存在を忘れられているか、避難を優先して稼働をし忘れることがよくあるそうだ」

 そんなものがあるとは知らなかった仁成は、その装置が何処にあるのか気になる所ではあったが、大人しく天月の物資集めに付き合った。とは言っても、殆ど仁成が適当に集めた物資の中に必要な物は揃っていたため、彼女が選んだ物は下着と破れた戦闘服の代わりに厚手のツナギ、そして物資を入れるリュックを最後に選び、入口に戻ることになった。


 物資選びを終えた仁成と天月は、仁成が持っていた古い地図を広げて脱出ルートの相談を始めた。

「ここから安全圏まで出るには、どのルートも数日かかる」

「そんなに?」

「通常なら一日もあれば辿り着ける場所もある。だけど、魔獣を避けつつとなるとどうしても時間は掛かる。特にここは強い個体が多いんだ」

 天月の話では、河川を越えた先も魔獣が闊歩しており、そこにも灰炎に並ぶ個体や、厄介な魔獣が群れを形成していて危険とのことだった。

「その危険な魔獣と戦う選択は?」

「それは無い。灰炎と同格の魔獣か、少し劣るがそれでも今の装備でどうにかなる魔獣じゃない。月夜達もいるとはいえ、戦いは基本避ける方が良い。私達の目的はここから離れる事であって、魔物を狩る事ではないからな」

 その後、天月が地図を見ながら提示した脱出ルートは二つ。

 一つ目は今いるホムセンから東の河川まで一度向かう。そこから河川沿いを南下して浅瀬を渡河。その後、対岸の土手沿いを南下し続け、安全圏に入るルート。天月の中では、問題が無ければこのルートを行くことを決めている。

 ただ、対岸にも危険な魔物はいることは先程天月が話した通り。その事を仁成が指摘すると、天月は「それらの縄張りから離れた場所で渡河する」と告げた。それならいいかと、仁成もこのルートを行くことを承諾した。

 二つ目は町の中心を迂回する様に、町の南から迂回して西進し続けて安全圏に入るルート。

 比較的危険な魔獣の出没が確認されていないルートであり、平坦な道を行くならこのルート一択と言ったところくらいしか違いはない。だが、その分日数は渡河ルートよりかかる。

「河川沿いにそのまま南下しないの?かなり南に行けば橋があるけど」

 仁成は地図上にある橋を指し示しながら、疑問を投げかけた。橋があるならわざわざ川の中を通る必要はない。だが、何故か天月はそれより手前で渡河を提案していた。

「あぁ、話し忘れていた。この地図に載っている橋は全て使えないと思ってくれ。魔獣が橋や幹線道路を利用しない様に、避難完了後にその多くが破壊されている。河川沿いの道を北上しても、南下してもどちらも途中で行き止まりだ。残っている橋はその行き止まりの先にしかない」

「そうだったのか。そういえば河川に出た時、破壊されてる橋を見掛けたけど、魔獣の仕業かなって勝手に思ってたよ」

「確か北の耕作地帯から南下してきたと言っていたな。なら、君が見た橋はこれだろう」

「たぶんそれ」

「これは避難が完了後に最初に落された橋だろう。あとこの橋も避難完了後すぐに落とされた可能性は高い。話を戻そう。対岸の河川沿いをこの地点まで南下する。この辺りは半年前に魔物の掃討作戦が一度行われ、他に比べれば比較的魔獣も少なく安全だ。そこから一度東に向かい、この道を南下する」

「随分南下するんだね。それにしても安全圏はかなり遠いの?」

「この町は、市をまるごと封鎖されている数少ないエリアなんだ。この地図の市の境界線も、今は安全を考慮して大きく変わってる」

「そっか。何処にでも魔物はいるのかな?」

「いると言えばいる。動物と魔物の境界線は所詮、私達が基準を作って付けたものだからな。もう一つのルートだが、北から迂回する方が近いんだが…ここは灰炎の縄張りだ。だから、南側から迂回する」

「この前も言ってたね。俺はそれを知らずに歩いて来た訳だけど」

「そうだな。相当運が良かった。このルートは対岸ルートよりも一日ほど余分にかかると思ってくれ」

「西ルートの経路は?」

「こちらも一度河川まで出る。そこから南下して、この山に沿って山間の耕作地帯を西に抜ける。そこからすこしだけ北上してこの広い道に出る。ここを西に進み、町を完全に通り過ぎて北上。地図のこの地点にある軍が警備する関所に辿り着ける。北側ルートの場合は君が通って来たこの道を西に真っ直ぐ抜けるだけですむ」

「…なら北を行こうか」

「話しを聞いていたか?」

「う~ん。あのね、俺此処に二ヵ月近くいたんだよね」

「それは聞いたから知っている」

「それである程度分かったことは、魔獣も序列が存在する。その序列で言えばたぶん熊はかなりティアが高い。強い個体が支配する縄張りに雑魚は近寄らない。それに魔物と言っても、野生化してるから必要以上の狩りもしない。実際、北の耕作地帯は市街地に比べれば、一定の秩序があったよ。熊を回避して進めるなら、北ルートはかなり安全だと思うけど」

「なるほど。君はあの灰炎をそういう風に見るのか…だが却下だ」

「理由は…まぁ、言われなくても分かるよ。灰炎がそれだけやばい奴ってことでしょ?」

「そうだ。戦車の弾を正面から受けて立っている様な個体だ。今の装備でどうにかできるような魔獣ではない」

「・・・まじ?」

「私も映像でしか見たことが無いが、事実だ。奴は何度かこの町から離れようとしたことがあるが、その度に軍が全力で阻止しているし、その度に被害も出ている」

「討伐できてないのは何で?単に強いから?」

「そうだ。単純で分かりやすいだろ。奴はこの区画の魔獣の中で最も長く生き残っている一体だ。その分賢い。過去には何度か討伐一歩手前まで追い込んだことはあるらしいが、必ず逃走の手段なり道を残しているんだ」

「厄介なんだね」

「それに奴の名にもなっている炎を操るもう力が何より厄介なんだ。最近の調査で、奴は燃やす対象も選択できるほど、魔力の扱いにも熟達していることが分かっている」

「うへぇ。それってさ、油みたいな可燃性物質を撒いても延焼させることも出来るし、させない事も出来るってことでしょ?あと、水の中でも炎を操れるってことじゃない?」

「水の中でもか…、その考えはなかったな。戻ったら上官に報告しておこう。確かにその可能性は十分に有り得るかもしれない」

「それで、どっちにいくの?」

「私の考えでは渡河ルートだな。河川のおかげか、魔物の分布数は町よりも少ない。それに距離的に此処から一番近い」

「ならそっちで。出発は天月さんの体調が戻り次第だね」

「すまないね」

「気にしなくて良いよ。こっちとしては知らないことだらけだからね。さっき言ってた峠道に行ってたら、死んでたかもしれないし」

「本当に何も分からないんだな」

「だから言ってるじゃん。並行世界から来たって。完全に信じてとまでは言わないけど、まじでこっちの世界のことなんて一ミリも知らないんだよ。帰れるなら帰りたいけど、その方法も分からないし、正直今は半分諦めてるよ」

「…無神経だった。すまない」

「ん~ならさ、一つ聞きたいことが実はあるんだ」

「話せる事なら教えよう」

 

「もしかして、俺って魔物化してる?」


 仁成の質問は、天月の意表を突く問いだった。余りにも確信を突いたその質問に、天月は表情を隠しきれなかった。

 そして、それを見逃さなかった仁成は苦笑いを浮かべるだけだった。

(なるほど、なるほど。つまり俺って、魔法使いの素質があるか、魔物になった訳ね…)

「…何故、そう思う」

「う~ん、天月さんと話してくうちに何となく。魔導銃だったよねこれ?魔法士って人達が使うと威力が増すんでしょ?」

「あぁ、そうだ。正確には魔力を一定数値以上持っている者なら魔導銃として扱える」

「んで、ある程度成長した魔獣相手に、魔導銃以外で戦うとなると機関銃を一点集中で浴びせるか、対物ライフルくらいしか効果が無いんでしょ?」

「そうだ、な」

「俺、アサルトライフルでもショットガンでも、魔獣倒してるんだよね。ショットガンに至っては、琥珀と千影を捕食しようとした4~5mくらいの蜥蜴の頭カチ割ってるし」

「…そうか(推定五等級の魔獣をこの骨董品で倒しているのか…)」

「そうなんだよ。つまり魔導銃を扱ってたことになるよね?。それってさ、俺が魔力を先天的に持ってるか、それとも後天的に魔力を手に入れたことになる訳じゃん。もし後天的に手に入れたなら、考えられる可能性の中に魔物化もあるよね?」

「…まだ、そうと決まった訳ではない。それに人の場合は魔人化と呼ばれているんだ」

「魔人化。なんか格好良いね」

「もし生きて出れたら、君の身体を調べてもらおう。それと、もし魔人化していたとしても殺されることは無いから安心しなさい。逆に歓待されるよ。魔人は、特別な存在なんだ」

「…分かった。天月さんを信じるよ」

 それからは少し気まずい雰囲気の中、渡河ルートが使えなかった場合に備えて、西ルートについても地図を見ながら詳細な打ち合わせが続くのだった。



 天月彩音は自分の犯した失態を悔やんでいた。

 一番の失敗は彼女が仁成を子供と思い込んでいた事だった。魔法という言葉に、小さな子供と同じ様にはしゃいでいた。その姿に、並行世界の日本の教育水準を侮っていたことは間違いない。

 仁成が一人で二か月もの間、危険な魔獣に囲まれた場所で生き抜いてきたことを、もう少し真面目に評価していればこんな失態は犯さなかっただろう。

 もしくは彼女にとって、この世界にとっては子供でも知っている常識だから、つい口が滑ってしまったのかもしれない。

 彼が並行世界の、しかも魔法が概念としてしか存在しない世界から来たことを考慮していれば、仁成は可能性としては考えても、気付かなかっただろう。

「はぁ。私の馬鹿」

「ぐるぅ」

「慰めてくれるのか?だが、それは仁成にしてやれ。内心は不安で一杯のはずだ」

 月夜は一人で悩み、仁成のことを全く理解せず、勝手に勘違いしている天月に呆れていた。

 月夜も一月ばかりの付き合いでしかないが、仁成が見たままの好青年とは一切思っていない。天月が懸念とは逆に、落ち込んでもいなければ、絶望してもいないことに気付いていた。魔人という言葉を聞いた瞬間。あの()()は笑った。ほんの一瞬だが、それを月夜は見逃していなかった。

 仁成はそれなりに強かだ。そうでなくては魔獣が闊歩する中で、生き抜けるはずがない。月夜達の動向を許したのも、メリットとデメリットを天秤にかけた結果でしかない。

 だから仁成は、月夜達に全幅の信頼は置いていない。敵対した場合、躊躇なく引き金を引く。だからこそ、月夜は仁成について行くことにした。

 そして今頃、奥では天月の良心をどう利用してやろうかと考えながら、静かにはしゃいでいるに違い無い事も解っていた。

「17歳とは言え、魔獣などいない世界から来た子供に…。私は、はぁ」

 今も自責の念に囚われている天月を横目に、月夜はもう勝手にしろと言わんばかりに、仁成が用意したふかふかの布団の上に寝そべるのだった。


 その頃仁成は月夜が予想した通り、店内の奥で琥珀と千影と共に小躍りを始めていた。

「聞いたか?俺、魔人かもしれないらしいぜ」

「がうがう」「わうわう」

「がははははは。天月の姉ちゃんは何か勘違いしてるが、そのままにしておこう。後々、味方になって貰わねぇといけないからな。お前らも俺を可哀そうに見るなり、慰める様に寄り添うんだぞ」

「がうがう」「わうわう」

 仁成の言葉に、琥珀と千影は楽しそうに返事を返す。二頭が分かっているか仁成はあまり気にしていない。天月が二頭の態度で仁成の考えを見抜けるとは思っていないからだ。

 もし琥珀と千影が楽しそうにしていても、仁成がそれを少し憂いの籠る眼で相手をすればいいだけで、演じる役が少し変わるだけの話でしかない。

「それにしても、あの姉ちゃん少し脇が甘過ぎねぇか?機密事項なら適当に黙秘するなり、断ればいいのにな。命の恩人だからか?それとも元々抜けてるのか?まぁ、いいや。それより、カートを引く練習始めるぞ」

「がうがう」「わうわう」

 仁成は改造カートを二頭のハーネスに付けると、ワゴンの中に重りを適当に入れる。自分も同じ様に重り付きカートを腰に連結させると、天月から見えない様に店内を周り始めた。

 店内の通路には、板材や角材を使って障害物を作っている。軽めの段差から、上り坂と下り坂、凸凹道などである。それらを道中で通る道と想定して、琥珀と千影にカートを引かせる訓練を行っていた。もちろん仁成自身も参加して、身体を鍛える目的もある。

 これは悪路を進むことを想定して試作段階から行っている事で、初めはカートが通れるかどうかを見るためのものだった。それを今では障害物を増やして、訓練と同時に二頭と仁成の運動不足解消のために行っている。

「うーん。やっぱりカートの車輪は予備を持って行くかなぁ。それとも頑丈な奴に交換するか…。悩みどころだなぁ」

 まだ数日は猶予がある。天月の回復次第だが最低でも3日。長ければ5日はまだ時間がある。しかし、二日から三日ほどで壊れるほど軟かと言われるとそんなこともなさそうなので、仁成はしばらく悩んだ。

「まぁ、大丈夫だろ。どうせ保護なり、たい~ほされたら没収されるわけだし。良し、もう何回か周ったら、少し走るぞ」

「ばうばう」「わうわう」

 二頭を引き連れ、仁成は夕方になるまでの数時間、歩き、時に走りながら身体を新しいカートに慣れさせる訓練を続けた。


 それから数日、仁成は食事中でも何か悩んでいるふりを続けながら、天月の良心を揺さぶり続けた。

 そして食事が終わると黙々と二頭と一緒に訓練に戻る日々を続けた。

 月夜は仁成たちが食事に戻ってくると、店内を物凄い速度で駆け回って気分転換と運動不足を解消している。

 この間、天月も月夜の監視付きで店内を歩いていた。寝た切りになっていたことで身体が普段より重く感じられたが、体力を付けるために仁成が造った訓練コースにも積極的に参加している。

「段差を越えられるように高くしているのは分かるが、このバネはなんだ?」

「これは車のサスペンションとかダンパーみたいになるかなって。まぁ、効果があるかどうかは分からないし、あっても気休め程度だろうけど」

 琥珀と千影が引くカートの車輪軸から、ワゴンの骨組みの間を繋ぐように取り付けられた大きめのバネ。

 仁成はあまり期待していないようだが、天月の眼にはそれなりに役目は果たしているように見えた。

「そうなのか?少なくともワゴンの揺れは少しは抑えられている様に見えるが?」

「琥珀と千影が走るとあまり意味ないんだよ。まぁ、無いよりましかな程度。それで、天月さんの体調はどんな感じです?」

「寝たきりだった割には動けているが、まだ本調子には程遠いな」

「ふ~ん。そういえば傷の治り早かったけど、それも魔法のおかげ?」

「…はぁ。今さら隠しても仕方ないか。少し違う」

「ありゃ、違うの?てっきり、回復魔法でもあるのかと思ってた」

「傷を癒す魔法はあるにはあるが、使い手は少ない。私が行ったのは魔力(マナ)生命力(プラーナ)の活性に使ったんだ」

「生命力。確か仏教用語だっけ?」

「古くは古代インディアからある概念だ。それが仏教やヒンドゥー教の教えにも繋がっている。生命力はこの世界に全てに存在し、満ちる力とされている。魔力もその一部に過ぎないとされる考えが今の主流だな」

「元を辿れば、全ての力は生命力に行きつくって感じの考えかな?」

「概ねそんな感じだ。私は活性化と言ったが、その考えを元にするなら、魔力を生命力に戻したという方が正しいかもしれない」

「なるほどね。それで、何で回復魔法の使い手は少ないの?医療関係で活躍できそうだけど」

「一番の問題は、他者の身体や()()に干渉する魔法は抵抗されるんだ。例え相手が非魔法師の一般人でも、赤子でもな。その抵抗を説き解す技術も確立されていない。使い手自身もよく分かっていないそうだ。各々独自の解釈で魔法を行使している事も関係しているだろう」

「(精神ね…)感覚の話で言語化できない訳ね。でも、それなら自分に自分で使えばいいじゃない?」

「それも難しい。これが二つ目の問題だ。一つ目の問題と被ることもあるが、術者によって術式が全く安定しない。例えば、回復魔法の術師が二人いたとして、二人が全く同じ術式を使ったとしても効果が変動する。今でも世界中で研究はされ続けているし、毎年新しい術理論が出て来るが、どれも検証段階で失敗が続いている。日ノ本も研究を進めているが、成果は芳しくないな。税金の無駄だとする声も日増しに増えている」

「でも研究は続けるべきだね」

「君は賛成派か」

「賛成派って言うか、真面目に研究してるなら続けさせるべきだね」

「だが、何十年と研究して成果が無ければ意味はないだろう?」

「う~ん、観点が違うね。そもそも技術っていきなり進歩することもあれば、数世紀近く何も進展が無い事だってあるでしょ。数学なんてまさにそれじゃん。数世紀も前に提言された数式を、現代になってようやく立証されたとかたまに聞くし。それをコツコツ続けて、進歩させてきたから今があるんだよ。その中には主研究の副産物で偶然生まれた技術も多い。それに研究職って地味だよ?世界に影響を与える様な発見や技術革新を生み出した研究者なんて一握りしかいない。半世紀掛けて発見、あるいは立証された技術や理論が、その後数百年から数千年単位で人類に必要になものにだってなる。かと思えば、たった一人の天才が各分野を数十年も進歩させることだってあるんだ。何より、失敗は成功の元だよ」

「失敗は成功の元?」

「ありゃ?こっちには無い諺だったか。ある発明家が同じ様な名言を残してる。「自分は失敗したことは無い。上手くいかない方法を一万通り見つけただけ」だったかな」

「…まるで迷路をしらみつぶしに歩いて、最期に正解のルートを見つけるみたいな言い方だな」

「それが大事なんだよ。未解明の理論や技術を立証する方法は、失敗の可能性を潰す事なんだから」

「失敗の可能性を潰す…。だから失敗は成功の元か」

「そゆこと。一般人からすれば成功以外は失敗にしか見えないけど、見方を変えれば失敗は全て経験なんだ。成功までに100通りの方法があるなら、100通り試せばいい。試した結果1/100しか成功しなくても、99/100は失敗するという結果が残るんだから。今、琥珀と千影に課してる訓練だって同じだよ。二頭にはカートを引いた経験はない。だから、普段とは違う動きを覚えさせる。それには二頭がそれぞれ失敗を繰り返して、この足運びは駄目って覚えなきゃいけない。そして成功を見つけて、自分で最適化しないと」

「確かにそうだな…」

 仁成の言葉に、天月は今も仁成について歩く二頭の魔獣に視線を向けた。そして、カートが超えるには難しい段差が近づいて来ると、自然と低い段差に方向を変えて真っ直ぐカートの車輪が入る様に抜けていた。

 これも、仁成の言う失敗(経験)を繰り返して得た知恵なのだろう。

「君はブリーダーになれそうだな」

 天月は褒めたつもりだったが、仁成は苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。

「?どうかしたのか」

「実家の犬と猫を思い出してたんだよ」

「だから慣れているのか?」

「…俺、一番序列低かったの」

「・・・そ、そうか」

 天月は動物を飼ったことは無い。だが、犬や猫は家族に序列を付けると聞いたことがあった。それによって態度が大きく変わるとも。

「母さんが一番で、絶対的飼い主。次が父さん。姉ちゃんは怒らせたら駄目な人だけど、基本友達くらい。んで、俺は…」

「君は?」


「…下僕だったなぁ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ