006「崩壊した町で 6」
ホムセンに滞在三日目の夜。その日は食事が終わっても就寝はせず、ランプの明かりを頼りにカートの改造案を考えていた。
本来は二日目から改造に着手する予定だったのだが、ソーラ充電式ポータブル電源を見つけたことで予定を変更した。
結局、充電を待っている間に工作用のテーブル作成や、使用した事のない電動工具の説明書を読んだり、それらを使用するための環境を整えたりしている内に陽が暮れてしまった。
そして時計が午後8時を回った頃、異変は起きた。
最初にその異変に気付いたのはもちろん月夜。仁成は彼女の静かな鳴き声を聴くと、警察署の頃から常に傍に置いているショットガンを握り絞めた。
射撃体勢に入りつつ、入口の死角からそっと外を覗いた仁成は、念のため閉じていた入口に開いていたほんの僅かな隙間から、人の指が伸びているのを目にした。
銃口を入り口に向けると同時、フラッシュライトの明かりを付けて相手の視界を奪いながら制圧に入る。
「ま、ま、て」
弱々しい声に仁成はフラッシュライトをゆっくりと下げ、ガラスに反射して見えなかった夜の訪問者を見据える。
入口には所々服が破け、全身に擦り傷を負った女がドアにしがみ付くように立っていた。
「うおおおおおお。人だぁあああああああああ」
「ま、ま、魔獣!それに(何故ここに民間人がいる!)」
この世界に来て初めて人間との邂逅に、仁成は銃を高く上げながら小躍りを始めた。
対して女は、青年のすぐ傍で唸りを上げて此方を威嚇する魔獣の存在に、驚愕し、痛みを堪えながら腰の拳銃に手を伸ばしながら数歩後退った。
「ぐっ。そ、そこの君、い、います、ぐ、はな、れるんだ」
「うおおおおお!月夜、琥珀、千影!ついに俺は人と出会ったぞおおおお」
女は腰にある拳銃を引き抜き魔獣に向けようとしたが、目の前のほぼあり得ない光景を前に固まる。
「…なっ!」
仁成は琥珀と千影に抱き着き、あまつさえ頬擦りまで始めていた。その光景に言葉を失った彼女は、只々その場で立ち尽くしていた。
「あっ!ごめん、ごめん。すぐ開けるよ。まずバールで手が掛かるくらいまで開けるから。待ってて」
「えっ?あっ、ちょっと待てっ。いっ」
女の静止する声を無視して、仁成は店の中に戻っていった。
彼女の目の前には、月夜が隙の無い姿で女を凝視していた。
「…いったい何が…」
日ノ本皇国陸軍天月彩音は瘴気汚染値の異常が観測された花衣町の偵察任務の最中、乗っていたヘリが鳥獣型魔獣二羽の奇襲を受け、撤退を余儀なくされた。だがその時、迎撃のために身を乗り出してしまった彼女はヘリから振り落とされ、近くの崩れかけの建物に落下してしまった。
彼女が落下した場所は、仁成がいるホムセンから少し離れた崩れかけのビルの上。着地の衝撃で気を失っていた彼女は、気付けば部隊とも逸れ、主武装のアサルトライフルも紛失した状態の中、拳銃一丁のみで危険な魔獣が闊歩する地に取り残されることになってしまった。
それから三日、救助を待ちながら身を隠していた彼女は周囲を偵察していた時に、無かったはずのバリケードがホムセンの入り口に張られているのを確認した。そして、しばらく観察していると僅かだが動く明かりも確認し、同じ様に振り落とされた隊員の可能性に掛けて移動を開始した。
そして、辿り着いたホムセンのドアに手を掛けた時、魔獣を従えた青年に銃口を向けられた。
そこから先の記憶は彼女には無い。
目覚めると私は暗い屋内にいた。
「ぐるぅ」
「はっ!ま、魔獣!ぐあぁぁ」
私は咄嗟に動こうとしたが、全身に奔る痛みで起き上がる事も出来なかった。
今、私の顔の横には犬型魔獣の成体。それも五等級から四等級と思われる個体がいた。
「あっ。目、覚めた?警戒しなくても大丈夫だよ」
反響する声に顔を向けると、そこには微かに覚えている顔が暗闇に浮き上がり、此方に近づいて来ていた。
「だ、だ、れだ?そ、それに…」
私は再度、すぐ横で私の顔を覗き込んでいる魔獣に顔向けた。
大丈夫と言われても、さすがに目の前に魔獣がいては、警戒するなと言われてもしてしまう。
「本当だって。今も大人しく見てるだけでしょうが。それともどこか齧られた?齧られてないでしょ?敵意さえ向けなければ大丈夫だよ。それで、起き上がれ…そうも無いね」
「む、り、だ」
「あぁ、無理に喋らなくても良いよ。時々意識は戻ってたけど、ほぼ丸三日近く意識が無かったからね。今は17時。それと、先に謝っておくよ。意識失った瞬間に傷から血が滲み出したから、傷口を消毒したりするのに服を脱がせたんだけど…」
「き、気にす、るな。命に、比べれ、ば、安い」
「それなら良かった。最近は善意の救助でも平気でセクハラだの痴漢だの騒ぐ連中が居るらしいからね。中には助けてもらった人が助けた人を訴えたりするんだから、世も末だね」
「わ、私はそんなことは、しな、い」
「あっ、俺の名前は只野仁成。貴方は天月彩音さん?だよね。服に部隊章かな?それと一緒にドッグダクって言えばいいのかな?それに名前が書いてあった。それで、水は飲めそう?」
私が少し顎を引いて頷くと、青年は私の身体の下に腕を入れた。
「少し身体を起こすよ。痛かったら寝たままで」
「ぐっ」
「無理そうだね。ちょっと待ってて」
少年は無理に起こそうとはせず、店の奥に走っていった。正直、魔獣が傍にいる状況で、一人にしないでほしかった。
魔獣に目を向けると、何時の間にか傍を離れ地面に伏せていた。だが、その眼と耳は常に私に向けられている様に感じる。
その視線から目を背け、私は暗い天井を見詰め、命は助かったことだけはようやく理解出来た。
そして私は、傷を癒すためにゆっくりと眼を閉じて魔力を全身に流した。
全身から伝わる感覚から、青年の言った通り私はほぼ裸の状態で寝かされていた。局部はさすがに隠されていたが、感触からオムツの様なものを履かされている気がする。
命に比べれば見られるくらい大したことないのだが、あの年頃なら意識強いてしまうだろうな。
「おまたせ」
青年はどうやら、私が水を飲みやすいように吸い飲みの代わりに
「胸の部分は何かの破片が刺さってたから取り除いた。その~、おっぱいのおかげで内蔵までは達していないんだけど、傷の手当の仕方がわからなかったからガーゼを当てて、マスキングテープで止めてるだけなんだ。食事はレトルトの御粥があるから、食べれそうなら食べよう。残してもいいからね」
「あ、あり、が、とう」
ゆっくりと傾けられたコップから、少しずつ口内に入って来る水を噛みしめる様に私は飲んだ。訓練で水のありがたみは解っていたはずだが、今まで飲んで来た水の中で一番、身に染みる。
コップ一杯分もない水を飲み干すと、仁成と名乗った青年はゆっくりと私の頭を枕においてくれた。
「他にも幾つか深い傷があるけど、胸の傷程じゃない。骨は折れていないと思うけど、確信はない」
「あぁ、わか、た」
「とりあえず、今はゆっくり休んでよ。月夜に傍にいてもらうから、何かあれば彼女に声を掛けるか、瞬きを複数繰り返せば気付いてくれるよ。すぐに俺に報せてくれるから。お願いね月夜」
「ぐるる」
月夜と呼ばれた成体魔獣は、少し面倒そうな目で青年を見ているが、お願いは聞く様だ。ベッドの傍で横になり始めた。
「な、まえ」
「あぁ、そうだね。紹介しとくよ。大きいのが月夜。こっちの茶色が琥珀で、こっちは千影。この二頭は月夜の子供だよ。んじゃ、俺は用事があるから。一時間くらいで戻るよ。そしたら食事にしよう」
仁成と名乗った青年は、月夜という名の魔獣を私の傍に置いて、再び店内の奥に二頭を引き連れて行った。
どういう経緯で魔獣を手懐けているのか今は分からないが、少なくともこの三体の魔獣は青年の言う事は聞くらしい。
今もその危険な魔獣と並んで、無防備な姿を晒している。
「(…それは私も同じか)」
「改めてお礼を。助けてくれてありがとう。私は日ノ本皇国軍に所属する天月彩音。階級は軍曹になる。それで、月夜達の主人は君でいいのか?いてっ」
私が目覚めてから五日目。私はベッドから上体を起こして食事を取れるまで回復していた。この間、仁成が私の食事と排泄、そして傷口の手当などの介護をしてくれていた。
私は気にしなかったが、彼は年頃というだけあって女性の裸を直接見ることに若干の後ろめたさがあったのか、毎回見ない振りに一生懸命だったのが少し微笑ましかった。
私が話せるくらいまで回復したこの日、改めて互いに自己紹介をしながら何気なく聞いた私の問いは、月夜のプライドを刺激したらしい。私の頭に彼女の前脚が飛んで来た。
どうやら私の予想は違ったらしい。では、誰がこの三頭を手懐けたのかが問題になるが、おそらく彼にも分からないのだろう。そう思っていた。だが。
「月夜がこの群れのリーダーだよ」
私の疑問の答えはあっさりと仁成から告げられた。
「手懐けているのではないのか?」
「違う、違う。琥珀と千影がでっかい蜥蜴に捕食されそうになってた所を助けたんだよ。それに月夜が恩に感じてくれたのか、こうして一緒にいる感じだよ。俺は月夜達がいてくれたおかげで、生きてると言っても良いね。それより、まだこれ混ぜる?」
「あぁ、頼む」
私は翌日の朝に仁成が取り出した携帯食を見て、御粥の中に逸れも溶かしてくれるように頼んだ。彼は気付いていないのか、それとも知らない振りをしているのかはまだ分からないが、彼が所持している携帯食は軍や警察の魔法師用に開発された特別なものだった。
効果は魔力を半日ほど活性化させるだけだが、今の私には必要な物だった。これのおかげで魔力による身体の回復を早め、目覚めてから五日で起き上がることが出来た。
仁成は壁際に置いてある幾つかの箱の中から、携帯食を取り出すと携帯コンロに置かれた手鍋に粥と携帯食を溶かしてくれた。
それから彼の手を借りながら朝食を終えると、彼は月夜を私の傍に残して再び店内の奥へと消えて行った。
彼がいない間、私は魔力を生命力の活性化に使い、身体の回復を常に続けた。そのおかげで、通常よりも早く身体の傷と痛みは回復できる目途が立った。
だが、もう一つの問題は私を徐々に蝕んで行った。
夕食後、携帯食や武器を何処で手に入れたのか気になり聞いてみた。彼は隠す気が全く無いのか話してくれた。
「これらはどこから?」
「警察署。魔獣がうじゃうじゃいたから、銃の扱いに慣れるまで二か月くらい籠ってたんだ。この装備もそこで」
「二か月?!それに君は今、警察署と言ったか?」
「そうだけど?どうかした」
「つまり君は、二ヵ月近く町の中心近くにいたのか?一人で?」
「まぁ、そうなるね」
「身体に異変は?どこかおかしい所はないか?」
「特に何も?。身長が伸びたわけでもないし、IQが上がった気もしないかな」
「そ、そうか。町の中心、市役所辺りには近づいたか?」
「市役所がある場所ってことなら、近づいてないよ。警察署から先には入ってない。暗い靄が立ち込めてて、嫌な感じがしたから近づかなかったんだ。此処に来るときも、町の北側から周って河川沿いを南下して来たし」
私はそれを聞き安堵した。警察署近辺も危険ではあるが、瘴気溜りに近づかなかったのは正解だ。だが、問題は彼がこの地に二ヵ月以上滞在していることだった。
私はあり得ない存在を前に、彼が何気なく話したある事実を聞き流しそうになった。
「そうか…。待て。待て、待て。今、君は北から来たと言ったか?何処を通って来た」
「ん?だから町の北にある耕作地域って言えばいいのかな?田んぼが並んでる所だよ。そこから土手沿いにここまで。それがどうかした?」
「そこは灰炎の縄張りだ。そこを通って来たのか?そんなことあり得るのか?」
「灰炎?」
「大きい熊の魔獣だ。いなかったのか?」
私は少し食い気味に返すと、仁成は「いたよ?」とさも当たり前の様に答えた
「その熊は、この町でも一、二を争う強力な魔獣の一体だ。絶対に近づいちゃいけない」
「わ、わかったよ」
私の勢いに押されたのか、仁成は少し顔を遠ざけながら頷いた。少し脅すような形になってしまったが、事実なのだから仕方ない。
「そ、それで、助けてもらっておいてなんだが、立場上どうしても聞かねばならない。君はどうしてここに居る?何処からここに侵入した?」
「いやぁ、それがですねぇ。話しても信じて貰えるか分からないんですよねぇ」
「とりあえず聞かせてくれ。命の恩人である君の助けになれると思う」
「う~ん。でもなぁ~」
「話してくれ。君は命の恩人だ。それに気付いていると思うが私は軍人だ。悪いようにはしない」
「まぁ、そこまで言うなら。何処から話せばいいのかな」
「最初からここに至るまでのこと全てを」
それでも彼は話すことを躊躇していた。だが、話さない事には前に進まないと思ったか、一度溜息を吐いて話始めた。
「家の玄関を開けたら、ここに居たんだよ」
話を聞き終えた私は、彼が話すのを躊躇したことにある程度納得をした。
彼は話し初める前に「家の玄関開けたら」と言った。
それを聞いた私の顔は間抜け面だった違いない。仁成は何も言わなかったが、顔が「だから話したくなかったんだ」と言いたげだった。
彼曰く、ここは未来かもしれないし、過去かもしれない。または並行世界かもとも言った。
それらの概念は存在するし、未来と過去の行き来に関しては理論上可能とは言われている。が、並行世界はオカルトの域をまだ出ていない。
だからこそ、私はこの青年は何を馬鹿な事を言っているんだと思った。実の所、今でも信じられない気持ちの方が強い。
しかし話を聞いていくうちに、彼の話を裏付ける内容も多数あることも事実だった。例えば、私が彼に投げ掛けた幾つかの質問に、すべて違う事を答えた。何より信ぴょう性が高い証拠が、今私の目の前にある。それは彼の持ち物。
特に私の目を引いたのが、板状の通信機器だった。
彼の持つ携帯通信機器は驚くほど薄かった。カメラ機能に至っては目を疑うほどの高画質。だが彼はこれでも1000万画素しかなく普通モデルだと言った。一番高いモデルなら1億を超える画素数の物もあるそうだ。さらに、ネットを通じてライブ放送まで出来るというのだから驚きだった。此方の世界に来てからスマホは使えなくなったとも聞いた。
その他にも、紙幣や硬貨。日ノ本では聞かない国産メーカーや、海外メーカーの小物もあった。
これらのことから、私は少なくとも嘘はついていないと判断した。が、これは一歩間違えれば彼の身が危険に晒されることになる。慎重な判断が必要になる。
そしてもう一つ興味深い話を聞いた。あちらの世界には魔法が存在せず、こちらで当たり前の魔導技術が発展していないらしい。彼は一冊の本を見せながら「この世界って魔法ってあるんですか?」と聞いて来た。
その質問に「ある」と答えると、彼は子供の様にはしゃいでいた。
歳を聞けば17歳と答えた。その歳ならこの反応もあながち間違いではないかもしれないが、私からすれば一般常識である魔法について、知らない人間がいるというのはある意味新鮮だった。
どうも彼の世界では、数千年前に興った新興宗教の影響で、魔法や魔術は悪魔の技とされ、概念のみが残り技術は失われている様だ。
しかし、私は彼から魔力を感じている。それも数か月前まで魔法を知らなかった者とは思えないほどの魔力を。これが彼の生まれ持った才能なのか、それとも…。
目覚めてから八日目。私の全身にあった無数の傷は大きなものを残して消え、体力こそ落ちていたが走れるほど回復していた。
「只野君。君の銃を見せてくれるか?」
「あっ、はい。どうぞ。普段はこっちのアサルトライフルを使ってるんだ。ショットガンは護身用に。それとこれも」
彼は何の警戒も無く、私に所持している全ての銃を渡した。
「…只野君。ここは危険な地だ。私だから良いが、中には生き残るために君を殺して奪う者もいる。次からは一丁ずつ、弾は全て抜いてから渡すなり、見せなさい」
「…は、はい。すみません」
「謝る必要はないよ。ただ憶えて置いて欲しいんだ。世の中全ての人が善人ではないからな」
私は渡された三丁の銃を一つ一つ調べた。教本を読んだだけだと言っていたが、器用なのだろう。素人仕事にしては丁寧に整備がされていた。私が後で整備するのも良いだろう。
三丁の銃はどれも50年以上前の旧型モデル。おそらく新型移行の際に地方に払い下げられたものが、丁寧に保管されていたのだろう。だが、問題はそこではない。
「やはりな…」
その三丁の銃全てが魔導銃だった。しかし当時は最先端でも、今では50年近く前の旧式の術式が施された骨董品だった。私でさえ軍に入ってから、それも魔導の歴史学の中で、たった一度だけ扱った事のある程度だ。
彼の話では警察署の武器庫に残っていた物と、遺体が握っていた物らしい。
この町が瘴気災害に見舞われたのは約30年前。各警察署や魔法師資格を持つ一部の退役軍人や警官に支給されているとはいえ、何故こんな古い銃が残っていたのかは謎だ。今では、民間の魔獣狩人も使っていない銃。それが何故?
魔導銃は魔力持ちが使う事で、硬い体毛や皮膚を持つ魔獣相手にも十分な威力を発揮できる。トリガーを引くことで魔力が自然に魔導機構に流れ、銃弾に威力と貫通力を持たせることが出来る仕様になっている。
通常の銃でも魔獣は倒せるが、よほど弱い個体でなければ倒せない。近代では、魔獣を相手にするなら魔導銃が必須と言っていい程、常識となっている。民間人でも魔法士資格と当局からの許可を得れば、スペック制限はあるが魔導銃を持てる時代だ。
しかし古いとはいえ、術式の品質は当時の基準から見るに相当高い。つまり、最低でも準魔法士以上でなければ魔導銃としては使えないということになる。
そして、彼はこの銃を使える。それは同時に、最低でも準魔法士級の魔力は持っている証拠でもある。魔獣をこの銃で倒したと言うが本当ならだが。
今の私は生命力の活性に魔力のリソースを割いている関係で、こんな玩具の銃でさえ、魔力を込める余裕が無いのが情けない話だ。
「君はこれが何か知っているか?」
私は銃に刻印されたマークを見せながら、その反応を見る。
「この本にも描かれてるマークだよね。それがさっぱりで」
「ん?本は読んでいないのか?」
「この本、ここから少し北に行った小さい整備工場で見つけたんだけど、すぐに警察署に食料探しに行って、グラビアだけ…あっ、と、えっとぉ」
「ふふふ。気にしなくて良いよ。君くらいの年で興味が無い方がおかしいだろう。…私は見たことが無い雑誌だな。発行年は…(30年以上前の雑誌…?なのに劣化が見られないぞ?)」
「ところで、何でグラビア載せてるの?」
「ん?あぁ、こういった魔導書関連の本は、未成年には販売が厳しく制限されているんだ。それを逆手にとって、購買数を増やすために大人向けのグラビアが掲載している雑誌が多いんだよ」
「詳しいですね」
「実は一度だけモデルをしたことがあってね。先に行っておくが水着だぞ」
「…それは残念」
「ふふふ。正直だね。さて、話を戻そうか。このマークは魔導規格を示すもので、この本は一般販売が許可されているが、購買者には購入資格が必要になる第二水準規格を示している。対して、この銃は第一水準。魔法師資格を持つ者専用と言っていい。一般人には購入もできない銃になる(まぁ、当時の規格だがな。今では一般人でも持てるということは伏せておこう)」
「あの。あっちでは、銃は狩猟免許を持った人くらいしか所持できないものだったんですけど、こっちでは違う?」
「そこは同じだな。一般人が銃を不法に所持していれば法で罰せられる」
「…今の俺って違法、状態だよね?」
「そこは私からも一言添える。おそらく問題視はされない。それに君の場合はそれ以上の問題がある」
「問題?」
「月夜達のことだ」
「あっ。もしかして変異体だから?」
「変異体?」
「俺が勝手に呼んでるんだけど、月夜たちって元は普通の動物だよね?」
「あぁ、なるほど。それで変異体か。君の言う普通の動物が何を基準にするかによって変わるが、私達は魔物化と呼んでいる。特徴としては身体の巨大化や、一部の変異だな」
「昆虫や節足動物も?」
「あぁ、魔物化する。だが、小さい生物程魔臓が小さいことで、巨大化しづらく成長も遅い」
「じゃあ、あのスズメバチと蜘蛛は特別ってことかぁ」
「スズメバチと蜘蛛の魔物化個体を見たのか?」
「拳大くらいのスズメバチの群れが、町の北側にある耕作地帯でさっき言ってた熊と戦ってた。蜘蛛は此処から20分もしない所にあるスーパーマーケットの中に巣を張ってる。こっちは身体が50cmくらいの個体が数体見えたけど、全部でどれだけいるか分からないかな」
「地図はあるか?」
「写しだけど、遭遇した位置を書いてるよ」
「見せてくれ」
青年から渡された地図は精密とは言えないが、町のランドマークを中心によくできていた。その中で彼がこれまで見てきた情報が書き出されている。中には私達でも把握していない個体や縄張り予測まで記してあった。正直、これだけで報償金が出るほどの価値がある。
「ちなみに聞くが、その熊は灰色の体毛をしていなかったか?」
「所々黒かったけど、全体は灰色ぽかったかな。あぁ、でも最後ちらっと見た時は朱色になってたかも。それと小型トラックくらい大きかったよ」
「間違いないな。灰炎と呼ばれてる名前付きだ。奴は人を憎んでいるからな。見つかれば必ず襲ってくる。さっきも言ったが決して近づくな。これまで何度か討伐を試みたが、全て失敗に終わっている」
「おお~。ネームドとかかっこよす」
「はぁ。格好良いかはともかく、この近辺にいるそこらの魔獣の中でも特に強い個体だ。全身に炎を纏うことから付けられた名前だ。その状態になると銃弾も届く前に溶かす。この辺りだと鷲の番の断巻、猪の甲牙、ニシキヘビの泥沼あたりが、有名だな」
「…それ全部遭遇したことあるかも」
「・・・・・・良く生きていたな」
「猪は戦車くらいで、ここと警察署の間に在る住宅街と畑が混在する場所を縄張りにしてるよ。鷹は大型車くらいだったかな?あいつの縄張りはどこか知らないけど、北に飛び去る所は時々見たよ。あっ、蛇は狐と戦ってる時に、空からその鷹が蛇に止めを刺して持ち去ったよ」
「…狐?それに泥沼が死んだのか…」
「狐は自動車くらいかな。蛇より小さかったけど、狐の方が圧倒してたかな。そこを鷹が漁夫った感じ」
「はぁ、新しい強個体が生まれたのか」
「う~ん、でも俺が警察署にいた二か月くらいで、月夜クラスの魔獣はそれなりに目撃したけどなぁ」
「…はぁ、普通は町の中心まで踏み込まない」
「危険な魔獣がいっぱいだから?」
「それもあるがもっと別の問題だ。ところで、奥で何をしているんだ?」
「あぁ、物資を持って移動したいから台車を琥珀と千影、それと俺の三人で運べるように改造してるんだよ。月夜は常にフリーにして置きたいからなし。正直、さっさとここから脱出したいけど、隣町に行っても同じ状況だった場合、水とか止まってるでしょ?たぶん。だから必要な物は出来るだけ持って脱出しようかと思って」
「なるほど。だが、琥珀たちの機動力が削がれるのではないか?」
「だからワンタッチで外せるように改造してるんだ。今日は店内で試走してみたけど、少し手直しする予定。完成したら、選別した物資を積み込んで出発するつもりだけど、天月さんも一緒に来るでしょ?出来れば安全な所まで案内して欲しいんだけど」
「あぁ、同行させてもらう。だが、あと五日は欲しい。そうすれば傷も身体の痛みも治っているはずだ」
「了解。あ、それとアサルトライフルは使ってよ。俺だと命中率悪くてさ。30mくらいまで近づかないと当てられないんだ。だから、正規の訓練を積んだ天月さんが持ってる方が良いと思うんだよね」
「分かった。それにしても、これを使いこなすのに相当苦労しただろう?」
「いやぁ、本当それ。警察署の地下に射撃場があるんだけど、標準はあってるはずなのに弾は明後日の方向に逸れるし、反動も強くて肩は痛めるわで苦労したよ。拳銃はいまだに反動強すぎて、10mの距離でも外しちゃうことがあるんだよね」
私はそれを聞き確信した。仁成は無意識に魔力を使っている。反動が強いと言ったが、術式内には反動軽減も付いている。つまりそれは、彼は追加で魔力を込めて発射速度と威力を向上させていることになる。もしくは限界制御が外れているのもしれない。あとで私が確認すべきだろう。
だが、もしリミッターが解除された状態なら、彼は今の段階で旧魔導兵並の魔力を有していることになる。
「反動の小さな銃なら命中率は高くなるが、口径が大きく反動も強い銃程、反動制御は難しくなる。訓練を積んでいる警官や軍人でも、大口径の拳銃を苦手にしている者は意外に多いんだ」
「へぇ~、そうなんだ。意外だね」
「拳銃の有効射程は50mほどだ。実戦では動く敵を狙わなければいけないし、撃ち合いともなれば姿勢も手元も狂う。10から20m前後が現実的な有効射程だろうな」
「ほとんど接近戦だね」
「その認識で合っている。私が銃の状態を見ておこう」
「お願い。正直、壊さないか何時もビビりながらやってて」
「教本通りにしているなら、そうそう壊れることは無いはずだが、異常が無いか注意して見ておこう」
「よろしく。それじゃ、俺は工作に行くよ」
朝食を兼ねた会話が終わると、何時も通り仁成は店の奥に二頭を引き連れて消えて行った。
その日の夜。寝息を立て寝ている仁成を、私はベッドに腰かけ見下ろしていた。
「ぐる?」
「あぁ、すまんな。危害は加えるつもりはないから安心してくれ」
それに気付いた。いや初めから気付いていた月夜が、小さく鳴いて警告を与えて来た。本当にこの魔獣は賢い。琥珀と千影もその地を色濃く継いでいるのだろう。これまで一緒に過ごして、二頭が仁成の指示を間違えたことは一度もない。
「…少し迷っているんだ。彼に魔力の扱いを教えるかどうかを」
「ぐるる」
昼間、私はテーブルを用意して貰って銃の整備を行った。幸い、仁成が一通りの整備道具も一緒に持ち出していたことで、全ての銃を状態を確認し清掃まで終わらせることが出来た。
そして、やはりリミッターは解除されたままになっていた。遺体の損傷が激しい警官が持っていたということは、その警官はこの町に最後まで残って、初期変異した魔獣から住民を護り、逃がしたのだろう。立派な警官だ。もし私が警察署に赴くことがあれば、差し入れと共に手を合わせたい。
夕食時に仁成から聞き出した話から、アサルトライフルのマガジンを二つ分ほど使っている。それでもなお、魔力切れを起こさずにいた事から、彼の魔力が魔導兵クラスである事は確定している。なにより、この旧式の魔導銃で六から五等級クラスの魔獣を相手にしていることが驚きだ。
「私個人は教えても良いと思っている。この町から徒歩で脱出するなら必要だ。それに、ここ数日一緒に過ごしてみて、仁成が一般的な道徳感と善悪を持ち合わせている事も分かった。そこは問題無い。しかし、彼が本当に並行世界。それも魔法が概念でしかない世界の人間なら、教えない方が良いんじゃないかとも考えている」
何より一番の問題。それが彼の素性だ。
まだ完全に信じたわけではない。だが、物的証拠が彼の話に信ぴょう性を与えている。作り話にしては、私の質問に淀みなく答えるだけでなく、自らこちらの世界の常識を学ぼうとする姿勢もある。
歴史的にも大きな違いがある以上、技術や学問の発展に差異はあるだろう。話を聞く限りでは概ね文明レベルは同じだが、科学技術に関しては仁成の世界の方が10年から15年は先を行っている印象を受ける。その逆に、此方には魔導技術が存在し、その技術と知識は圧倒的にこちらの世界が握っている。
おそらくこの違いは、魔導技術が無い事で科学に全振りした結果だろう。
そして翌日、仁成は店内にあった台車を改造した大小三つの引き車を、私にお披露目してくれた。




