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ただの人也。  作者: 梅酒
魔導のすゝめ
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049「目覚め 9」

 新年も開け、日ノ本各地で盛大に祝い事が開かれている中、洛外に立つホテルで囁かな会が催されていた。

 ホテルの宴会場に集まった数十人の着飾った男女。その右手には給仕から配られたられた酒杯を持って、壇上に立つ男にその視線を集めていた。


「まずは私の呼びかけに応えてくれたことに感謝を伝えたい。今プロジェクトを立ち上げられたのも、ここに集まる多くの方々の支援があることは間違いない。さて、現在の魔導学において増幅させることが主流となっている。否、これまでの魔導学は常に増幅する事だけを念頭に発展してきたと言っても過言ではない。だがしかし、私はそれとは全く真逆の可能性がある事に気付いた。このプロジェクトは如何に必要な魔力を減らすかを主題に、省エネ化、効率化、そして持続化技術の研究開発を目指すことになる。そのために、私は10名の優秀な魔導研究者を集めた。この選ばれた10名ならば、この困難な目標を乗り越え、日ノ本の未来を、ひいては世界の未来を大きく変えることが出来ると信じている。日ノ本と人類の未来に!」


「「人類の未来に!」」


 望月和彦の演説と音頭で、全員がその手に持つ酒杯を高く掲げ、琥珀色に染まる酒杯を傾けると、新たな未来に向かい船は走り始めた。


「なんじゃこりゃあああ。う、うめぇえええ」

 皆が酒杯を手に談笑を始める一方。発起人にして傍観者仁成は、テーブルに並べられた料理一つ一つに感動していた。

「ほほほ。仁成君、料理は逃げませんので、ゆっくりお食べ下さい」

「うん、そうする。ゆっくりっていうか、味わって食べるよ」

 こういう場に慣れていないであろう仁成のために、隆愛は仁成の傍に爺を付けてくれていた。その爺にそっと注意された仁成は、肉と野菜をゼリーで包んだお洒落な料理をフォークで一口サイズに切り分けると、ゆっくりと口に運んだ。

 そして、見事な味の調和の中に幸せを見つけ、身体全体でその美味しさを賛美する。

 少し離れたテーブルでは、隆愛と和彦がこの計画に出資してくれた華族の当主や代理の者たちを相手に酒杯を開けていた。

 酒を本格的に飲んだことがない仁成にとって、この会の始めの乾杯が初めて飲んだ酒と言える。酒に詳しくない仁成でも何となく知っている気泡が浮かぶシャンパン。その感想は「よく分からん」だった。

 ただ、不味いと言う訳でもなく、飲み慣れない味に困惑したと言った方が正しいかもしれない。そんな飲み慣れない酒よりも、見たことがない料理に目を奪われ、仁成は一人ミシュランの審査員となっていた。

「酒は苦手か?」

 そんな仁成に声を掛けてきたのは、今回初めて顔を合わせることになった陸軍第一師団から派遣されて来た男性士官、小野田薫。

 スーツを着こなすその立ち姿は、技術屋というよりもやり手のビジネスマンと言った感じだが、嫌味に全く見えないのは彼の爽やかな雰囲気によるものかもしれない。

 陸軍第一師団は京都を中心に近畿地方に展開し、天皇直下の首都防衛軍と共に最終防衛ラインを担う日ノ本陸軍の要とも言える軍である。

 既に陸軍から技術士官が派遣されているにも拘らず、さらにもう一人技術士官が派遣されて来たかというと、人材集めの際に隆愛は陸軍にも声を掛けていた。だが、条件が合わずに交渉は上手く行かなかった。だが、その中で第一師団の司令部は、志願する者がいればという条件で隆愛の提案を受け入れた。

 そして、ただ一人志願してきたのが小野田薫だった。

「さっき初めて飲んだんだよね」

「それなら仕方ないか。私も実は苦手でね。飲めなくはないが、好き好んで飲もうとは思わない」

「でも、軍人で士官なら飲めなくちゃやっていけないでしょ」

「そうだな。嗜む程度には飲めないと恥をかくからな。あちらの彼女はどうやらざるの様だな」

「ざる?」

 聞き慣れない比喩に仁成は首を傾げ、シャンパンを次々と煽る歩美に視線を向けた。

「酒をいくら飲んでも酔わない人のことだ。ざるは水を落とすだろ?そこから来ている」

「あぁ、なるほど。うちにも一頭いるわぁ。あそこにいる二頭の母親なんだけど、何が美味しいのか分からないけど、毎日ワインを一瓶空けてるよ」

 仁成がフォークで刺す先には、世話人の女性に高級フードだけでなく、肉塊を出された琥珀と千影が涎全開で頬張る姿があった。

「ははははは、さすがに毎日一瓶は財布に穴が開きそうだな」

「まぁ、費用は飼い主から出てるから、俺の懐は今のところ大丈夫だけどね」

「ふっ、飼い主ね。君くらいだろう。天上の御方を飼い主呼ばわりするのは」

「そんなことないよ。自分の酒代を出してくれてる飼い主の事なんて、何とも思っていないのが一頭いるからね」

「なるほど、その魔獣は大物だな」

「ところで、大尉は志願してくれたと聞いたけど、よくこんな泥舟に乗る気になったね。しかもこの計画に参加するに当たって、出向扱いで評定が付かないんでしょ?」

「泥舟ね。言い出しっぺが言う事じゃない気がするが?」

「ははは。それはそうかもしれないけど事実だよ。少し言い方を変えようか。利権まみれの業界。しかも時流から外れ、枯れた川を上り、正面から喧嘩を売りに行く研究によく参加したね」


 発起人は仁成だが、無名の研究者に金を積む支援者(馬鹿)などいない。

 そのため、表向きには計画主任研究員(プロジェクトリーダー)には魔導大学名誉教授望月和彦が務めることが決まり、副主任研究員には青海魔導大学教授遠藤拓哉と、同大学准教授十波瑠璃の二名が務めることになった。

 和彦は言うまでもなく、魔導学において日ノ本に右の出る者はいない第一人者。その脇を固める副二人は和彦の愛弟子で有り、魔導学会でも名が広く知られる優秀な研究者である。

 それでも、時流に逆らう技術の研究開発計画は、立ち上げる前から苦労の連続だった。

 まずは何と言っても金である。仁成がそれなりに荒稼ぎしているとはいえ、研究開発費となると彼一人の財布で賄うには限界がある。

 和彦と隆愛は資金調達のために奔走した。国の補助金申請、銀行、企業や投資家、そして華族の元に足を運び、交渉しては首を横に振られた。

 特に国からの補助金が却下された事が痛手だった。初めからある程度予想出来ていたとはいえ、まだそこまで情報が出回っていない今の段階なら、一年から二年は補助金が継続される見通しを立てていた。

 だが、どうやら望月よりも、仁成の方がかなり敵対派閥から不興を買っていた様で、申請は審査されるまでもなく却下された。

 それでも、こうして計画を無事に立ち上げれたのも、仁成のおかげだった。

 彼は複数の華族家に無償で遺物を返却している。その恩のある華族からは、難色を示されつつも少ないない資金援助の約束をしてくれた。そして、中には積極的に援助を申し出てくれるばかりか、人材の提供をも申し出てくれる家もあった。

 そのおかげもあり、諸々の準備を含めて何とな年内に計画の立ち上げに漕ぎつけたのである。

 

 そうして集まった研究員は、同大学研究助手瀧川隆以下、支援者より送られた研究者が六名。そこに陸軍より平野歩美技術少尉と、第一師団所属小野田(おのだ)(かおる)技術大尉の二名も参加している。

 そして忘れてはいけないのがこの男。プロジェクトの発起人にして、応援係(スーパーアドバイザー)只野仁成。

 以上の10名が研究員として名を連ね、低魔力技術開発計画が始まった。

 とはいえ、望月と遠藤あはそれぞれ別の案件や学業、業務を抱える多忙な身。基本は十波が実質的な現場責任者となって進めることになっている。


「確かに君の言う通り、相当な妨害を受けるだろう。というか、既に始まっている。だが、面白いじゃないか」

「面白い?」

「そう面白い。この話が来た時、私以外の派遣候補の士官は鼻で笑っていた。そんな事よりも、より魔力を増幅させた方が良いとね。別に彼らの主張を馬鹿にしている訳でも、不必要と論じている訳じゃない。どちらも大切だと思った。だから志願した」

「それはご愁傷様。せっかくその年で大尉まで上ったのに、出世からは遠のいたね」

「成功させればいいだけだ。その時は、私を鼻で笑って送り出した連中を顎で扱き使ってやるさ」

「なら頑張って成功させてね」

「君も参加しているんじゃないのか?」

「発起人だから名前が入ってるだけで、ついこの間魔導学の基礎を学び終えたばかりのド素人だよ」

「逆に言えば、基礎はあるということなら問題無いだろう。追々、追いついて来ればいい。私からもいいか?」

「いいよ」

「望月教授から、君が考えた回路の小型化案を見せてもらった。あれは何処から着想を得たんだ?」

「あぁ~あれね。何処からって言うか、魔導銃って普通の銃に比べて一回り以上大きくて、重いでしょ?」

「あ、あぁ。通常の銃に比べれば、500gから1kgは重いはずだ」

「軽量化するなら何処だって考えて、行きついたのが無駄に分厚い魔導回路の基盤だったんだよね。そのせいで皮も大きくせざる負えない。だから二つに割って、中を刳り貫けば面積は単純に二倍になるかなって。でも、魔導学を学んで分かったのは、あの厚みにもちゃんと訳があったことが分かったから、そこをどう解決するかっていう新たな問題が出て来た。あとは銃のバランス。魔導回路があるせいで、重量バランスが難しい。今の魔導銃を設計した人たちは凄いと思うよ」

 小野田はスラスラと返ってくる返答だけでなく、普通は気付かない点にも気付き、それさえも改善するために思考を重ねていることに驚いた。

「魔導銃というか、魔道具の回路は三つに分かれる。魔力を魔道具に送るための入り口である魔力注入口。付与された魔法を発動するための基盤。基板から必要な部品、あるいは全体に魔力を通すための回路線。回路線は細く薄くした努力が見えるのは確かだけど、まだまだ太いし厚い。基盤は物によるけど、厚みのせいで設置個所を確保するか、限定される。それに他の部品より重いから、土台もしっかりしたものにせざる負えない。さらに手に負えないのが、増幅の幅や効果を増加させると基盤も回路線も大きく厚くしなければいけない点だ。雷電が平均的な小銃よりも大きくて重いのはそのせいだからね」

「それらを解決するには小型化が必要だが、同時に増幅装置の効率化と必要な魔力そのものを減らす必要がある訳だな」

「その通り。この計画ははっきり言って欲張りなんだ」

「欲張りか…。どれか一つでも成功すれば万々歳な所を全て欲している。確かに欲張りだな」

「でも、必要なんだよね。というか、手を付けるのが遅すぎ。もっと早く、半世紀以上前から始めてれば、今頃基盤は従来の半分以下。回路線は紙数枚分の薄さまで出来ていたんじゃないかな」

「紙数枚か…出来るのか」

「出来るのかじゃなくて、その花形を小野田さん達が開発するんだよ。最終的に紙数枚分から一枚くらいのペラペラな回路線になればいいけど、それは未来の話でいい。今は性能を下げる事無く、一ミリでもいいから薄く。ただそれだけ」

「今は一ミリでもいいか…。で、君は何をするんだ?」

「俺?俺の仕事は既に終わってるよ。アイデアは出した。金も出してる。開発に参加した開発者には名誉と利益も約束してる。これ以上、俺から何を搾り取るつもりよ」

「それもそうか…。本当に私達まで貰っていいのか?」

 軍人である小野田と平野。それも軍の命令で派遣されている以上、二人は任務でこの場にいる。つまり、名誉は受け取れても金銭は受け取れない。

 だが、仁成はそれを是とせず、開発に直接関わった全員に対し、特許権利を相応の額で買い取る契約を結んでいる。その中で和彦と隆愛、そして仁成は受け取らないことになっている。

 買い取った特許権利は、隆愛と仁成が立ち上げる会社に全て一本化されることになっている。そして出資者には、出資額に応じて特許料の無償あるいは割安での使用権利を約束していた。

「軍人だから?それは関係ない。そもそも、軍に声を掛けたのは政治的な理由と恩を売るため。出資してくれた華族や要人の顔触れを見れば分かると思うけど、一部を除いて魔導業界以外の分野で活躍している人たちばかり。その一部の業界人は教授と隆君の知人や派閥の家ばかりだよ。さっきも言ったけど、この計画は業界に利権を持つ華族や要人から疎まれてる。継承順位は低いとはいえ、隆君が功績を上げることを危険視する者もいるはずだからね」

「要は危険手当か」

「だね。命を狙われる可能性も十分にある。だから遠慮せず受け取ればいいよ」

「なら、甘えるとしよう。そろそろ私も挨拶に行かなければな。ではこれで」

 他の要人に挨拶するべく、仁成から離れていく小野田を見送りつつ、仁成は再び一人ミシュランごっこに戻る。

 だが、その後も入れ代わり立ち代わり声を掛けられ、結局半分も堪能できないまま会は進み、お開きとなった。



 仁成が和彦達と共に一大プロジェクトを立ち上げてから三ヵ月ほど、年明けの喧噪も既に落ち着き、まだ肌寒い時期が続く冬の終わりに差し掛かた京の都。

 そんな中、魔導大学に通う学生の間でとある噂が広まりつつあった。

 その噂とは、構内をうろつく影人間。

 その影人間は何をするでもなく、ただ構内をうろつき、気付けば影の中に溶ける様に忽然と姿を消す。

 初めは数日に一度だったその目撃情報も日に日に増え始め、それを捕まえようとする者も現れる一方、一人では構内を歩けないと嘆く学生も出始めていた。

 そして、初めて目撃されてから一月程経ったある日、ついに影人間による初めての犠牲者が現れた。


「だから、自分の影にいきなり眼玉が生えたって言ってんだろっ!何度も言わせるなっ!早くどうにかしろ!」

 大学職員に何度も同じ説明をする羽目になった女子学生は、我慢の限界を迎えたのが身を乗り出し、職員の胸ぐらを掴んで詰め寄った。

「わかった。わかったから、放して」

 身体を揺らされ、視界が揺れる。慌てて激昂する学生を宥めながら、話を聞いていた職員は聞き取りを止めると、上に報告するためその場をそそくさと後にした。

 しかし、報告を受けた大学側は単なるその学生の勘違いか、学生の間で広まっている噂による思い込みだろうと軽視していた。

 だがこの日以降、影人間の目撃数は急激に増え始め、同時にその被害も増加していった。ただ、どの学生も体に触られたなどの直接的被害の報告は無く、被害にあうのも容姿の整ったスカートを履いた女学生だけだった。

 この情報が広がると、魔導大学からスカートを履く女学生の姿が徐々に姿を消していった。だが、影人間の目撃情報は減ることなく、夕方から明け方鹿目撃されていなかった影人間は、ついには昼夜問わずに徘徊をし始めた。

 狙われていた女学生たちが自衛する一方、それを面白がった男子学生達は、中世的な容姿で小柄な男子学生と、影人間を懲らしめたい女学生達にも協力してもらい、女学生から借りた服を男子学生に着せ、化粧も施して構内に解き射放った。そして、影人間が喰いつくかどうかを試す遊びが始まったりもした。

 冗談半分で始まったこのお遊びだが、何と数人の男子学生が影人間を釣ることに成功した。そして、その中の一人から影人間が「玉付きかよ」と喋ったとの報告が上がり、大学側は幽霊の類ではなく、人による仕業の可能性が出て来た事でようやくその重い腰を上げた。

 そして、卒業生の中から武闘派で、それなりに容姿の整った女性魔法師に声を掛けて周った。

 そうして集まった魔法士の中には、現役の魔獣狩りや軍人もおり、大学側の本気度が窺える顔触れだった。もちろん、学生からも志願者を募り、その人数は100人を超えた。

 そして、三連休を利用した影人間捕縛作戦が決行された。



「そっちに行ったぞ!」

「任せて!せいっ。あっ!ちくしょう。すり抜けていきやがった」

「あー、また見失った。面倒な相手だね」

 スカートやミニスカ姿で集まった女性魔法師に混じり、女装した男性魔法師も加わって始まった作戦は、開始から10分もしない内に影人間が釣れ、上々の立ち上がりを見せていた。

 だが、影人間は見つかるとすぐに影の中に溶けてその姿をくらましたり、彼ら彼女達の攻撃を嘲笑うかのようにすり抜けて逃走した。

 それでも、日ノ本一と謳われる魔導大学の学生と卒業生である。決して焦ることなく影人間を追い詰め、初めて会う者達にも関わらず息の合った連携で確かな手応えを与える猛者もいた。

 だが、それでも影人間は彼らから逃げ続けた。

「おい、すぐに本部に報告しろ。こいつ、怪我が凄い速度で再生してやがる。魔人の可能性もあるぞ!学生の中で実力不足の奴は下がれ!」

「魔人?!本当かい?」

「可能性があるって言っただろ。全員に情報を共有しろ。急げ!」

 新たに浮上した可能性に、参加した魔法師達の間に緊張が走る。だが、作戦を中止するほどのものではないと判断した彼らは、それからも逃げ続ける影人間の追跡を続行した。

 朝も陽が昇ると同時に始まった影人間との追いかけっこは、魔導大学のあちこちで繰り広げられ、その度に上がる発見を告げる声と仕留めそこなって出る悪態をつくの声は、夕暮れまで続いた。

 そのまま夜間も継続するか話し合いがもたれたが、本部は夜間の活動は危険と判断し撤収が全員に告げられた。

 完全に日が暮れる前に撤収は完了し、初日は終了した。


「そっちはどうだった?」

「こっちは散々だったよ。参加した学生が使えなくて」

「こっちも同じ~。だけど、一人ましなのが居て、そいつは足元に目が浮かんだ瞬間に、ヒールの角で目を潰してたよ。『ぎゃっ』って一言叫んだら、速攻で逃げて行ったわ。あれは見事だったわね」

「やるねぇ。それにしても厄介な相手だね。実体が在るのか無いのか、分かんないよ」

「だね。というか、あれだけ痛めつけられてるのに、懲りずにスカートの中覗きに出て来るとか、どれだけパンツに執着してるのかしら?童貞かよ」

「「「あははははははははははははは」」」」

「ねぇ、明日さ。発見したら童貞発見って叫んでみない?」

「いいね。それ面白そうだよ」

「「「あははははははは」」」

 魔導大学近郊にある居酒屋。普段は大学に通う学生や職員、または関係者で賑わうその居酒屋は、影人間捕縛のために集まった魔法師達で賑わっていた。

 そして、その席で決まったあれこれは、作戦二日目に決行されるのだった。


 作戦二日目。その日も陽が昇ると同時に作戦は始まり、初日同様10分もしない内に影人間は姿を現した。

「童貞発見!そりゃ」

 早速スカートの中を覗こうと眼を開いた影人間に対し、居酒屋で冗談半分で決まった掛け声が、大学構内に木霊する。

「童貞どこぉ~」

「童貞、こっち来た」

「囲め、囲め。童貞狩りじゃあああ」

 そこかしこで飛び交うその言葉に、参加していた一部の男子学生の中には過敏に反応し、俯いて耳を塞ぐ者など複数いた。だが、影人間を負うことに夢中になっている彼女達がそれに気付くことなく、作戦は続けられた。

 そうして、あちこちで「童貞」が連呼される中、変化が起こった。


『ど、童貞ちゃうわい!』


 明らかに足元に姿を見せた影人間から発せられた声に、その場にいた全員が固まる。

「喋った。童貞が喋ったあああ」

「この童貞野郎。お縄に着けやああ」

 影人間が喋ったことで、パニックを起こす者もいれば、一瞬で頭を切り替え捕縛に動く者。現場は一時期混乱した。

 その混乱に乗じ、影人間は再び姿を眩ませた。


「本部聴こえる?」

「こちら本部。どうした」

「影人間が喋った。あたいらが童貞、童貞って連呼してたら、「ど、童貞ちゃうわ」って反論かまして来やがった」

「…りょ、了解。他に何か気付いた事は?」

「う~ん。声は若そうに感じた。けど正確には分かんないね。皆、何か気づいたことある?」

「あっ、声出した時、口が一瞬見えたよ」

「本部聴こえた?」

「聞こえた。他に気付いたことがあれば、些細な事でもいいから報告してくれ」

「了解。んじゃ、追跡に戻るよみんな」

「「行くぞーーーーー」」

 しかし、その後影人間は姿を現しても、童貞の一言を聞くと意気消沈してすぐに姿を消して、昼を過ぎる頃になると完全に出て来なくなった。そして、そのまま二日目は終了した。

 この事態に女性陣は、影人間が次出た時は全員で大合唱で出迎えてやろうと笑い合うのだった。

 しかし、そんな彼女達の余裕はあっさりと砕かれることになる。


 意気揚々と始まった三日目だが、その日の朝は少し様子が違った。

 開始早々に影人間が姿を現すことは同じだったが、彼女達の挑発に影人間は余裕で耐え、逆に女性陣が履いている下着の柄や色など、男達に聴こえる様に大声で発しては消えて行った。

 ここで不思議だったのは、女性陣は皆スパッツを履いて対策済みだった。にもかかわらず、影人間は正確に彼女達の下着を言い当てていた事である。しかも、覗いた女性一人一人に、相手が気に障る様な一言必ず添える。

 この逆セクハラに、女性陣は憤慨し影人間捕縛から何時の間にか討伐に切り替わり、魔導大学内は殺伐とした雰囲気が立ち込めた。

 本気で殺しにかかった彼女達だが、影人間はさらに彼女達を揶揄い混じりに弄り始め、それまでパンティー命を貫いていたはずの行動も変わり、御胸のサイズまで弄り始める余裕まで見せ始めた。


「ちっくしょう!また消えた。すぐに全体に報告」

「ちょっと待って、嘘!さっき消えたばかりよ」

「なにがあったの?」

「それが、西側に出たらしいの」

「はぁ?今ここに居ただろ。どうなってんだい」

「私が知る訳ないでしょ」


 これまで影人間は、影から影に渡る様に逃げていた。そのため、彼女達は一度見失いかけたとしても、ある程度逃げ先を予想し追い詰めることが出来ていた。

 だが、三日目は一度姿を消すと完全に気配も消え、何処に逃げたのか全く分からなくなっていた。

 そして、全く別の場所に現れ、挑発してまた消えるを繰り返したのである。神出鬼没な影人間に対し、彼女達は成すすべなくセクハラを繰り返され続けるという屈辱を味わい続けた。

 そして、ついにタイムリミットである夕暮れを迎え、三日間に渡る影人間捕獲作戦は終了が告げられた。それはつまり、大学側の、ひいては集まった女性魔法師の敗北を意味していた。

 一応ささやかな報酬を用意していた大学側は、彼女達に協力してくれたことに感謝を述べつつ、報酬を渡して見送った。

 校門を出る数十人の女性魔法師の顔は十人十色。失敗はしたがそれなりに楽しんだという顔の者居れば、肩を落とし疲れた顔で帰る者もいる。

 中には討伐に失敗した苛々を発散すべく、若く顔立ちの良い男子学生を引っ張って居酒屋に向かう猛者も一定数おり、翌日の構内では精気の無いゾンビ状態の男子学生が数人目撃されたとか、されなかったとか。

 そんなこんなで失敗に終わった影人間捕縛作戦だが、その言動から人間しかも魔人の可能性が高く、さらに影を移動するという未知の魔法を駆使する者を放置する事など出来ない大学側は、調査と捕獲は続ける意向を学生に発表した。


 そして影人間捕獲作戦が行われて数日後、騒動が起こっていた間、外部に顔を出していた和彦と隆愛が大学に姿を現すと、すぐに騒動の起こりと顛末が共有された。

 そして二人は独自に調査を進めた数日後、一人の青年を教授室に呼び出すことにした。

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