048「目覚め 8」
8月の初週から約3ヵ月かけて行われた魔導学の基礎講義も一旦終わりを迎え、その後は不定期で十波の専門分野である魔導工学を中心に講義が行われる様になって約半月。
仁成はそれまで週5で通っていた魔導大学に、週2程のペースに落として通っていた。ペースを落とした理由は瀧川からの要請である。
午後から行っていた魔力感知の訓練はまだ継続中だが、講師である瀧川の本職は魔獣狩りに加え、地方魔導大学で巡回特別講師の肩書。そして瀧川家当主の3足の草鞋を履いている。
大学で行っていた彼の特別講義は全休。もちろん魔獣狩りの仕事も全て断わり続けていた。が、魔獣狩りの仕事の中には断れない類のものもある。
そこで、基礎講義も落ち着いた今のタイミングを使って、一月程魔力感知訓練もペースを落とす旨が伝えられ、仁成もこれを了承した。
仁成もカブキヤ製品開発部部長として仕事と、隆愛と和彦と進めている新会社の設立に向けてのミーティングもあり、色々と忙しい日々を送っていたため渡りに船の申し出と言えた。
そんな中、仁成の元に珍しい人物が訪ねて来た。
「久しぶりだね、仁成君。まずは、君を危険に晒しただけでなく、命に関わるほどの怪我を負わせてしまったこと深くお詫びしたい。申し訳なかった」
仁成の京の都の自宅を訪ねて来た景月は、部屋に入るとすぐに深々と頭を下げ、謝罪の弁を述べた。
「いえいえ。里香子さん達は十分役目を果たしていますよ。顔を上げて下さい。それに、あれの裏には色々な所が動いていたようですし、その全てを把握できるなんて誰にもできないでしょう」
「それでも、私の責任だ」
「えぇ、分かっています。だからこそ、顔を上げて欲しいんですよ。今の俺には味方がいる様でいない。景月陸将なら、この意味が分かるでしょう?」
「すまない。今回は君の言葉に甘えさせてもらう」
「それはお互い様ですよ。おそらく、俺の件で一番危ない橋を渡って貰ったのは、望月教授でも隆君でもない。第20旅団の幹部とそれを率いる貴方です。完全ではないにしろ、本来なら文民統制下に有る筈の一軍の将に、独断専行の上に反意を疑われても仕方ない判断を、何処の馬の骨とも知れない俺のために下してくれていた。そのせいで軍法会議にも掛けられたと聞きました。此方こそ、ありがとうございました」
仁成は立ち上がると、景月に身体を向けて彼と同じ様に深々と頭を下げた。
それを見ていた里香子達の顔は、「えっ?こいつ誰?え、あのクソガキ?冗談はよしてよ、はははは。え、まじで?…」だった。
その空気を察したのか、顔を上げた仁成と景月は互いに顔を見合わせ、初めて会った時の様に笑顔に変わっていた。
「佐那達とは良好な関係を築けている様で何よりだ」
「まぁ、何だかんだ振り回してますからねぇ。さっ、座って下さい」
「その前に、君に会わせたい者を連れてきている。実は今日の訪問は彼女のためなんだ。入れ」
景月の命令で部屋に入って来たのは、仁成にとってはこの世界で初めて出会った、忘れもしない女性だった。
「お久しぶりです。その節は、助けて頂きありがとうございました」
部屋に入って来た女性は、仁成に視線を合わせると敬礼と共に感謝を述べた。その眼は少しだけ潤んでいる。
「おっ!天月軍曹じゃん!無事とは聞いてたけど、あれから一度も会えなかったから、少しは心配してあげてたんだよ。元気そうでなによりだよ」
仁成は入って来た天月に近づくと、互いの無事と再会を喜ぶ様にその手を取って軽く上下に揺らした。
「ごめんなさい。すぐにでも仁成君には感謝を伝えたかったのだけど、瘴気の除去と怪我の治療、その後も再訓練やちょっとした問題も重なって、今日まで足を運べなかったの。重ねて、本当にありがとうございました」
「良いよ、良いよ。こっちも何だかんだ無事に生き残ってるからね。それに、天月軍…?階級章が違うような?」
天月の左胸に貼られた階級章。その違和感に気付いた仁成は、首を少しひねって記憶を探る。しかし、幾ら探しても記憶の引き出しの中に同じ階級章を付けた軍人は見当たらなかった。
「あぁ、これは下士官と士官の間、准射の階級章なんだ。滅多につけている人はいないから、知らないのも無理はないと思う」
「おお、昇進したの?しかも曹長飛ばして?」
「少し事情が複雑で、正式にはまだ軍曹のままなんだ。それに君に言われたくはないな、特別少尉殿」
「ははは。お飾りだけどね~」
仁成は魔導大学に通う名目として、第20旅団からから出向していることになっている。その際、景月が仁成に用意したのが少尉の階級。もちろん、架空の人物のIDである。
「積もる話しも…余り無いか。まぁ、座って話そうよ」
「ふふ。君は変わらないね」
「人は早々変わらないよ」
改めて腰を下ろしいて話すことになった3人は、用意された珈琲を待ってから話を再開した。
「ということは、天月准尉は魔力成長最盛期に何故か突入して、止まっていたはずの魔力が成長し続けてるの?今も?」
「その通りだ。彼女以外に症例はなく、原因も判明していない。が、一つだけ心当たりはある」
「俺ね」
「そうだ。君も知っている通り、君は花井町で遺物を含む様々な物を見つけ、回収していた。その中には数百年前のものから、少し先の未来の物のものもあった」
「時間か…。俺の記憶が正しければ、花井町で1日以上一緒に過ごした人は何人もいる。でも、1週間以上過ごしたのは天月准尉だけだね。それに介護で直接身体に触れてもいた。なるほど、俺と過ごしたせいで天月准尉の特定の時間だけ逆行したか、あるいは繰り返しているのかもしれないのか。それでも、俺が原因かは分からんけど」
「君が原因かは不明だ。確かめようがないからな。だが、実際に天月准尉の魔蔵は若返り、成長最盛期を迎えている」
「ちなみに、天月准尉は何処まで魔力は伸びそうなの?」
「見たてでは、二級は確実だ。一級に届くかはまだ分からない」
「えっ!?それ凄いじゃん。確か最盛期の平均成長は2つほどだから、元は四級辺りってっことでしょ?」
「いや違う。天月は元々五級だ」
「それならかなり当たりじゃん。三つも上がるのは全体の二割に届かないはずだよ。もし一級に届くなら、それこそ四つ上昇で全体の3%以下。大当たりじゃん。やったね天月准尉」
「ははは。それが、そうとも言い切れなくて…」
「ん?嬉しくないの?」
「いや、嬉しくない訳じゃないんだけど…」
「天月本人を無視して、華族や政府、軍の高官が取り合いを始めているんだ」
「取り合い?何の?」
「天月は未婚だ」
「あぁ~。息子の嫁候補ってことね」
「そうなのよっ!毎週、毎週、飽きもせずに何処の誰かも分からない釣書が送られてくるし、中には愛人か妾にしてやるから子供を産めって言って寄ってくる輩までいるのよ。しかも、どいつもこいつも豚ばかりで、せめてイケメン寄越せっ!あっ、…すみません」
ついカッとなり、血管が浮き出るほど拳を握り締めながら早口で捲し立てた天月は、ぎょっとする景月や仁成に気付き、顔を真っ赤にしながら萎んで行った。
「と、まぁ。天月准尉もかなり参っているんだ。許してやってくれ」
「みたいだね。少しびっくりしたけど、気にしてないから大丈夫だよ。それにしても節操無いね」
「私への当てつけだ。君の身柄を独り占めしていると今だに思われている。が、実際は君の身柄は既に隆愛殿下の下に在り、私からは離れているのだがね」
「あいや~、何かごめんね~天月准尉。お詫びと言っちゃなんだけど、隆君にお願いして、良家のイケメン紹介して貰う?この間も、一人。俺に魔導学の基礎を教えてくれてる先生が、下級華族の三男だけど会社を経営してる五歳も年下のイケメンGETしたばかりだから、まだまだ余ってると思うよ」
「その心配は不要だ。今回、京の都に足を運んだのは、天月の見合い話があって、足を運んだ。天月には身内が居なくてな。私がその代わりを務めることになった」
「そうなの。誰の紹介って…隆君か」
「あぁ、殿下からの紹介だ。嫌がらせをしてきている木っ端華族や高官では、相手にもならん方を紹介して下さった」
「ほ~ん・・・。ズバリ言い当てよう」
「言ってみ給え」
「外国籍の有名な魔法師か魔人と見た」
「ふっ、正解だ。よく分かったな」
「おぉ、まじか。当たっちまったよ」
「特級魔人だ。歳は天月よりも一回り上だが、天月もそれは了承している。結婚に興味が無かったのか今迄独身を貫いていた。が、何を思ったか一年程前から急に結婚を意識し始めたらしい。そこで各国が嫁候補を出して争奪戦を繰り広げているんだが、今だに誰とも会いもしない。パーティで偶然を装って近づいても、軽くあしらわれて終わるそうだ」
「よくそんな相手とお見合いまで漕ぎつけたね。それに特級魔人なら祖国が出したがらないんじゃないの?」
「それは問題無い。彼の祖国は東ヨ―ロピアにあった小さな共和国だ。凡そ京都二個分ほどの小さな国だ」
「あった?ってことはもうないの?」
「瘴気災害で国土の八割以上が汚染され滅んだんだ。心無い者からは難民魔人、あるいは国無し魔人などと揶揄されているが、実力は望月教授にも引けを取らない。若い分、今は彼の方が実力は上だろうな。祖国解放のために、傭兵となってヨ―ロピア各地の汚染地で特級魔獣と戦い、各国に支援を呼び掛けていた。孤高の戦士だ」
「でも、何処も手を貸さなかったんだね」
「あぁ。だから嫌気がさしたんだろう。祖国から逃れた多くの国民も、既に世界各地に散って新しい生活を始めているのもあったのかもしれない。ここ数年はあまり表に出て来なかった。その魔人が天月を指名し会いたいと言って来たそうだ。それも隆愛殿下を通してな」
「これまた、何か裏がありそうだねぇ」
「隆愛殿下もそうお考えになり、天皇陛下にのみお伝えし、傍仕え以外には黙っていたそうだ。この話が私に来た時も、何故自分の所に話が来たか分からないと仰っていた。一応、殿下も裏が無いか数か月かけて調べたそうだが、何も見つからない。それに、結婚後は日ノ本に移住してもいいとまで言っているそうだ」
「増々怪しいですけ~ど」
「その通りなんだが、私の方でも調べたがどうも本気らしい。既にヨ―ロピアにある自宅も売却し、此方に移住する準備も始めているらしい。まだ見合いの予定日も決まっていないのにだ」
「それで?俺に何を頼みたいの?」
「本当に、君は話しが早くて助かるよ。先に伝えておく、君の情報はこちらで調べた限り、まだ外国に渡っていない。あっても日ノ本に若い魔人が生まれた程度の、噂話に少し上る程度だ。だが、件の魔人は見合いの席に君の同席を希望した。名前も歳も、そして君が異世界人である事も知っている」
「いいよ。なら、一張羅を用意しなくちゃね」
「仁成君、そんなにあっさり決めていいの?」
「既に知られてる。なら会わない方が馬鹿だよ。そもそも天月准尉の情報だって秘匿されてるはずだよ。何処かの馬鹿が漏らさない限りね。それに俺の情報は天月准尉以上に扱いが難しいはずだ。少しでも誤れば、この日ノ本なら首が物理的に飛ぶ可能性がある。なのに、俺の詳細な情報を知っている。それに、向こうが会いたがっているなら、敵対するつもりがない証拠だよ。だって、聞いた限りではその人。魔人とは言え、後ろ盾が何もない傭兵なんでしょ?」
「そうだ。彼はヨーロピア各国が示し合わせた様に、良いように使い回しにされていた様だからな」
「可哀そうだね。俺もある意味孤独な存在だけど、周りには助けてくれる人たちがいる。その人には誰もいないのかな…。あっ、軍人は続けるの?」
「いいや。婚姻後、天月は予備役に入り除隊が予定されている。それでもう一つ頼みたい事が」
「良いよ。隆君もそのつもりでいるだろうし」
「感謝する」
「気にしなくていいよ。こっちも丁度いい人材を探してたし。外部に頼らなくて済むならそれに越したことは無いからね。ついでにその魔人さんも欲しい所だね」
「それは、君と殿下で交渉してくれ」
「あの…何の話ですか?」
「まぁ、その内分かるよ。除隊後しばらくは、新婚生活を楽しんでね」
「はぁ…」
その後、仁成は景月から詳細な日程を聞き、軽く打ち合わせを終わらせると、里香子達も交えてこの一年間の出来事を互いに話し、和やかなままその日はお開きとなるのだった。
仁成は何もしていない無職の様に見えて、その実かなり忙しい。
半月ほど前までは、魔導学の基礎講義と魔力感知の訓練のために、週五日は魔導大学に通っていた。そこに隆愛と和彦両者それぞれと、あるいは三人で進めている事柄に加え、カブキヤ製品開発部部長として重大な職責を背負っている。
そして、さらにそこにもう一つ。ある目的のために魔道具の開発まで行おうとしていた。
「やぁ、よく来てくれたね。平野少尉」
先日、景月が天月を伴い仁成を訪ねてきた際、その別れ際に仁成は景月にお見合いに出る条件として、とある人材を送って欲しいと頼んだ。その人物こそ。
「お久しぶりです。只野少尉。改めて自己紹介をさせて頂きます。第20旅団魔導技術整備課所属、平野歩美技術少尉であります。またお会いできて光栄です」
仁成が雷電の試射に帯同し、仁成のために肩当の魔道具を制作した平野少尉。以前会った時同様に元気溌溂な声と笑顔で、仁成に敬礼を向けていた。
「こっちも送られて来た人材が平野少尉で良かったよ。初めて会う人よりも断然親しみやすいからね。それと、ここに居る間は佐那少佐の指揮下に入ってね。あと官位は省略して君か、さん付けで。俺のことは仁成でいいよ。あと何かあったかな?」
「後は私の方から説明しておくからいいわよ」
「そう?それなら里香ちゃん達に任せるよ。到着早々で悪いけど、話せるかな?」
「はい、もちろんです。実は私からも只野少…じゃなかった。仁成君に聞きたい事があって、うずうずしていたんです」
「そうなの?まぁ、そっちの話も聞いてあげるから、こっちの部屋で座って話そうか」
「はい。失礼します」
応接間にしている部屋に平野を招いた仁成は、珈琲を二つ頼むと早速一枚の紙を平野の前に置いた。
「これは?」
「読みながらでいいから、聞いて」
そう言われた平野は、紙を手に取って内容を読み始めた。
「俺が頼んだのは、この家の中にも置ける設備で魔道具を制作出来る人材なんだけど。平野さんは以前、俺が使った肩当を作ったって言ってたよね?あってる?」
「はい。間違いありません」
「じゃあ、聞くけど。あの肩当くらいの魔道具を作る場合、どのくらいのスペースがあれば作れる?もちろん設備込みで」
「八畳ほどあれば、最低限の設備を置いても、作業スペースは確保できると思います」
「そんなに狭くてもいいの?」
「はい。大型機械が必要と思われるかもしれませんが、服程度の大きさのもので、余程硬度のある素材を使用しなければ、それほど高価で高性能な設備は必要ありません。ただ、一部の素材は空気を汚染するので、屋上に空気浄化装置を設置して繋げる必要があります」
「なるほど…。その浄化装置はお幾ら?」
「専用設備になるので少しお高めですが、配管工事と設置費用など込みで200万から300万ほどになるでしょうか。もちろん、使う素材によってはもっと安いもので構いませんが、ここは住宅が密集していますから、安全を考慮して標準より少し性能の良いものを付けた方が良いと思います。静音性も違いますから」
「そのくらいなら良いか。平野さんが選んで」
「えっ。私がですか?」
「うん。俺、どれが良いかなんてわからないもん。里香ちゃん分かる?」
「私に聞かないでよ。分かる訳ないでしょ」
「ということで、よろしく。あと必要な魔道具に制作に必要な設備も話し合いながら、何を購入するか決めるから。それも選んで」
「は、はい。そ、その。魔道具制作設備はそれなりに」
「予算は1000万もあれば足りる?もちろん、浄化装置とは別ね。足りなければさらに1000万追加するけど」
「いえ、それだけあれば十分です。はい。大丈夫です」
「ならいいね。それじゃ、それ読み終わった?納得したらサインしてね。ペンはそこね」
「は、はい。もう少しで終わりますので」
「焦らなくて良いよ。ゆっくり読んで、ちゃんと理解して納得したらでいいからね」
「は、はい」
平野が渡されたのは秘密保持契約書。ここで見聞きしたこと、開発した技術や制作物を外部に伝えることを禁じるものだった。
「あの御質問よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。どうぞ、遠慮なく聞いて」
「はい。では、私は任務で此方に伺っています。なので、ここでの活動の報告義務があります。この契約書はそれを禁止する行為に当たるため、著名出来ない可能性があります」
「あっ、そうだったね。えっと。確か、もう一枚。あった。ごめんごめん。出し忘れてたよ」
仁成から差し出された用紙は、第20旅団旅団長景月と仁成との間で交わされた情報の開示についての締結状だった。
「ということで、平野さんが此処で見聞きしたり、開発した技術については、俺の方で第20旅団に共有するから、報告義務はないよ」
「なるほど。この様なものまで用意されていたとは。さすがです」
それからすぐに平野は契約書にサインすると、自分の魔力を紙に通した。
魔力が紙全体に行き渡ると、平野がサインした名前の横に模様が浮かび上がり、一瞬青い炎が浮かぶと紙に焼き付けられた。
「どうぞ」
「はい、確かに。しっかし、魔法契約書だっけ。一瞬炎が上がるから、最初見た時は吃驚したよ」
「最初は皆吃驚しますよ。特に中学や高校から軍に入った魔法師の卵は、最初に魔法契約書でサインをするので、あちこちで悲鳴が上がるんです」
「ふふふ。私の時もそうだったわね。普通に暮らしてたら、絶対に必要のないものだし」
「里香ちゃんも吃驚したの?」
「私は実家が魔法士の家系だから、既に知ってたわ」
「家庭による感じか。さて、本題に入ろう」
「はい」
姿勢を正し、一体どんな無茶ぶりをされるのか緊張気味に待つ平野に対し、仁成は笑顔を向けたまま、彼女を此処に呼んだ目的を話した。
「まず先に伝えておくと、別に平野さんというよりも軍から人材を派遣して貰う必要は無かったってことは知っておいて」
「は、はぁ」
「第20旅団には護衛部隊として、佐那さん以下半個小隊規模の人員を割いてもらってる。だから、そのお礼も兼ねてお誘いした訳。技術共有もそのお礼の一部だよ。ここまでは理解出来た?」
「は、はい。つまり私は、第20旅団が仁成君がこれから行う技術開発に参加したという事実を作るために派遣されたという訳ですね」
「その通り。そして、俺がこれから研究しようと思ってるのは、魔道具の効率化、小型化、必要魔力の低減化。つまり省エネ化だね。そのついでに、微弱な効果を持たせた魔道具開発と、そのための技術開発かな」
その瞬間、平野の頭の中に仁成に魔道具擬きの話をした時の光景が浮かび、消えて行った。あの時、仁成は確かに平野に聞いた。魔道具擬きの様な微弱な効果を持つ魔道具の制作は可能かと。
一応、微弱な魔道具の作成は理論上可能とされている。その根拠が魔道具擬きである。実際に微弱な効果の付与は可能である事から、魔道具化も可能とされている。たが、今だ実現には至っていない。
何故なら、魔道具は魔力持ちしか使えない道具。圧倒的に非魔力持ちが多いこの世界において魔道具に需要は無い。何より材料次第では入手難度が高く、高価なため量産に向かない。
そのため、役に立たない微弱な効果を持つ魔道具自体が必要とされず、研究さえほとんどされずに来た。
それを、仁成は欲している。何故?役に立ちそうもない技術を、魔道具を欲しているのか、平野のみならず里香子達も当初は理解出来なかった。
「私からの質問に先にお答えいただいても?」
「いいよ。どうぞ」
「何故、効果の薄い魔道具、もしくは技術の開発をするのか聞かせて下さい。以前ははぐらかされてしまい、ずっともやもやしていたんです」
「あぁ、雷電の試射の時ね。あの時は技術の流出以前に、アイディアを盗まれたくなかったから話さなかっただけだよ」
「アイディアですか」
「知的財産とも言うね。軍には優秀な技術者がたくさんいるはずだよ。その人達に先に実現されれば、それは国家の財産になる。俺が最初に考えてもね。だから、教えなかっただけ」
「なるほど。それで…」
「この世界の人達は目先の優先度だけで物事を決め過ぎだよ。そりゃ、明日にでも滅ぶかもしれない様な世紀末なら分からんでもないけど、明日すぐに滅びるの?」
「いえ、滅びないと思います。ですが、今も世界中では瘴気汚染が広がり、人類の生存圏は刻一刻と狭まっているのは事実です」
「それは否定しない。でも、それなら余計に省エネ、効率、持続力の研究は必要でしょ。狭い地域に多くの人が暮らす未来になるかもしれない。多くの人を見捨てることが、世界中の人々の総意ならそれでもいいけど、そうじゃないでしょ?」
「はい」
「なら、余計に一般人の少ない魔力でも結果を出せる技術は必要だよ。今は魔力を増幅させる方向で世界が動いているけど、それだけじゃ不足分を補えない。必要な魔力を減らしかつ、同じ結果を生み出す技術も必要だよ。雷電を例に挙げると、単純に射撃可能回数が増える。何より、これまでリミッターを抑えていた魔導兵が、一段上の威力を引き出して魔獣と戦えるようになる」
「はい」
「今迄は搭載できなかった機能や装備を朧に付け加えたり、携行することが可能になるかもしれない。他には、魔道具の効率化や小型化によって、必要な材料と資金が減る。そうなれば、価格も抑えられる。これまで魔道具は使えるだけの魔力はあるけど、性能を引き出せなかった人たちも使える様になるかもしれない。だから、研究する意義は十分にあるんだよ」
「…」
まさか異世界人の仁成が、この世界のために遥か未来を見据えて行動に移ろうとしているとは思っていなかった平野は、感動で言葉を失って―――。
「というのは表向きの話よ」
「えっ?それは…」
その横から、呆れた表情で横槍を入れた里香子は、心にも思ってもいないことをスラスラと吐く詐欺師をジト目で睨む。
対して仁成は、何のこと?とわざとらしくとぼけ顔で応戦していた。
「平野さん。この子はね。決して社会性が無い訳じゃない。今話した理由は本心ではないけど、社会貢献もしてますよという建前なの。実際は?」
「一般人でも使えるくらい微弱で必要魔力が少ない魔道具を開発して、丸儲けしてやろうかなって。でも、魔道具だからね。さすがに高級品にはなると思うから、客層は中流層以上になると踏んでる」
「はぁ…。あの。ちなみにどのような製品を考えておられるんですか?」
「色々あるけど、俺が一番欲しいというか、やってみたいのがプラモの魔道具化なんだよね」
「プラモデルですか?あの子供の玩具の?」
「そうだよ。例えば魔力を流せば目が光るとか、背面スラスターが動くとか。音が鳴るとかでも良いかもね。そのためには魔導回路の効率化と小型精密化は必須だし、他にもプラスティックに魔導回路を載せる技術も必要だよね」
「あのぉ~。つまり、玩具のためにそんな凄い技術を開発しようと?」
「そうだよ~。というか面白そうだからやるってだけ」
「…はぁ~」
開発理由を聞いた平野は、机に突っ伏して大きな溜息を吐いた。先程までの感動は何処へやら。
その姿を見た里香子は、あの雷神でさえ大きな溜息を吐いたことを思い出していた。
「平野さん。一応だけど、この子が考えてる事は将来的に日ノ本だけじゃない、世界に必要になる技術であることは間違いない。ただ、動機があれなだけ。それだけだから、ねっ」
「はいぃ。分かりましたぁ」
「失礼な。技術の開発動機に不純も何も無いと思うけど?」
確かにそれはそうだ。だが、建前をしっかり準備している辺り、仁成は不純だった。




