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ただの人也。  作者: 梅酒
魔導のすゝめ
51/51

050「目覚め 10」

「仁成君。君、何かやらかしたよね?」

 両脇を里香子と一馬にがっちり固められた仁成は、対面に座り頬をひくつかせた笑顔を向ける和彦と隆愛に詰め寄られていた。

「別に何もしてないけど?」

「そうか…。君は、最近大学構内を騒がせている影人間為る存在を知っているかね?」

「知ってるよ。綺麗な女学生のスカートの中を覗きまくってる羨ましい…じゃない。けしからん奴でしょ?確か一週間前の連休で捕獲するとかなんとか」

 里香子から向けられる無言の圧で言い直した仁成は、素知らぬ顔で和彦に返事を返した。

「残念ながらその作戦は失敗に終わった。前ほどの頻度で出没していないが、今も影人間の姿は目撃され続けている」

「ふ~ん。でも実害はないんでしょ?確か」

「あぁ、そうだ。話を聞く限り、実害と呼べるのはスカートの中を覗くくらいだ。それに今は、女学生にパンツスタイルでの登校を大学側が勧めている。気にしない者は、そのままスカート姿で登校してるようだがね」

「で?俺は何故ここに呼ばれた訳?」

 そうそれが謎だった。仁成は魔力感知が目覚めて以降、訓練項目が増えたとはいえ、前ほど頻繁には大学に通っていない。他にする事もあるが、瀧川の事情もあり訓練は週三日に短縮されていた。

 その間に、影人間事体を目撃したことも無ければ、噂程度でしか耳にいない存在に興味もなかった。

「仁成君。私達はその影人間が君の仕業じゃないかと疑っている」

「はい?何で俺が疑われんの?ようやくこの間、魔力感知に成功したばかりよ?それにまだ完全に目覚めた訳じゃないから、魔力操作の訓練も始まってないんだけど」


 昨年の年末、仁成は珍しくカチコチに緊張した顔で、迎えに来た爺と共に自宅を後にした。この時の仁成の護衛は隆愛が用意しており、里香子達はお留守番を言い渡されたため、この日何が行われたのか分からなかった。

 翌朝帰って来た仁成は、晴れ晴れとした顔で「魔法使いになるのに、30歳まで待たなくてもよかったんだなぁ」と謎の言葉を残し、そのまま爆睡したため、起きるまで里香子達はお預けを喰らった。

 こうして、らしいと言えばらしい、全く締まらない方法で五感を目覚めさせた仁成は、ようやく魔法士になるためのスタートラインに立ったのである。

 だが、まだ五感の全てが目覚めたわけではなかった。

 目覚めたのは視覚だけ。それも僅かに開いただけで、完全にとはまだ言えない。それに他の五感は依然目覚めぬままだった。

 だが、それでも少しは分かるようになった仁成は、瀧川が戻って来て再開された感知訓練の幅が広がった。

 今まではただ触るだけだった訓練に、瀧川が手の平で動かした魔力に合わせるように、仁成も指を置く位置を変える方法に切り替わった。それだけでなく、魔力眼を開眼させるための訓練も追加で行っている。

 ちなみに、魔力感知に成功した切欠を聞いた者達の反応は、大きく二つに分かれた。

 腹を抱えて笑い、肩や背中を叩きながら祝ってくれるのは、ほぼ男ばかりだったのに対し、女性陣からは軽蔑の眼差しを向けられた。


「あぁ、それは知っているよ。でもね、悪いけど私達は君が犯人だと確信している」

 隆愛達がこれほどまでに仁成を疑うのには訳がある。仁成はこれまで数々のやらかしもとい、予想外の行動を起こして来た。

 その中にはもちろん、仁成の二つ名になりつつある「千人斬り」の元となったエピソードもある。

 そんな予想外の動きを度々見せる仁成に対し、隆愛達が疑いの目を向けているのは『()()()()()()()()()()()()()()()』のではないかという点だった。

 それを確かめるべく、和彦は仁成を呼び出したのである。

 もちろん本当に犯人が仁成だったとしても、説教はしても表に出すことはしない。隆愛が既に揉み消すために動いている。

「実はね。君が外出している間に、月夜さんに話を聞きに行ったんだよ。二日ほど前の話だ」

「へ、へぇ~、それで?」

 既に情報はあるんだぞと安易に示す隆愛に対し、仁成はなおも素知らぬ顔を続けるが、隠し切れない冷や汗が滲み始める。

「あぁ、安心してくれ。情報の対価は既に渡してあるからね。日ノ本が世界に誇る銘酒を送らせて貰ったよ。一本何と50万超えの最高級のものだよ。とても満足してくれていたよ。その後も気を良くしたのか、聞いてもいないのに幾つか隠し事を教えてくれてね」

 月夜は平仮名とカタカナ表があれば、誰とでも意思の疎通が図れる。琥珀と千影も出来るが、月夜程スムーズに疎通を図ることはまだ出来ない。

 だが、出来る。それこそが重要だった。

「あのさ、まじで俺じゃないんだ、だだだだだだあああああああ」

「観念しなさいっ!この変態!」

 それでもなお、口を割らない仁成。それを見かねた里香子は、仁成に絡ませていた腕に力を込めた。


「あああああああ―――」


「えっ!?いたっ」「はっ!?いっ!」

 仁成の声が途切れると同時、里香子と一馬はいきなり支えが消えたことで、その身体を互いにぶつけることになった。


「痛ったいなぁ~。本当に里香ちゃんは馬鹿力なんだから。てぇかこれ、まさかねぇ…折れてるうううう」


 一瞬にして、座っていたソファーからその背後に移動し、折れた腕をプラプラと揺らす仁成に、和彦と隆愛、そして傍に控えていた爺も目を丸くして、言葉を失っていた。

「月夜さんも物に釣られるとは、情けない女王様だなぁ。あいててて。爺、添え木になるものある?」

 仁成は特に悪びれることも反省した姿も見せる事無く、爺に問いかける。

 だが、まだ目の前で起こったことが信じられないのか、誰も口を開かなった。

「爺?大丈夫。添え木になりそうな物なら何でもいいんだけど…」

「・・・・・・・・・は、はい。すぐにご用意します」

 二度目の問いかででようやく目を覚ました爺は、彼には珍しく少し足を縺れさせながら、慌てて部屋から出て行った。おそらく医務室に添え木などを取りに行ったのだろう。

「仁成。今のは?」

「ん?今の?何が?」

「仁成君。ここまで来てとぼけるのはよしてくれ給え」

 またもやとぼける仁成に、和彦と隆愛はため息交じりに問い返した。

「だから何の…あれ?俺、何で立ってるの?そこに、いたよ、ね?」

 呆然とする仁成。さっきまでソファーに座っていたはずの自分が、何故そのソファーの後ろに居るのか、本当に分からない様子だった。

「…皆、今見たことは口外を禁ずる。良いな。決して誰にも話すな。仁成もだ」

「「御意」」

「りょ、りょうか、い」


 爺が医務室から添え木や包帯などを持って帰ってくると、すぐに仁成の折れた腕は固定された。その間に落ち着いた仁成を交え、先程何が起きたのか全員で情報の共有も兼ねた会議が始まった。

「まずさ。何があったの?まじで分かんないんだけど」

 落ち着いたとはいえ、自分に何が起きたのか分からず、今だ困惑している仁成に対し、和彦は見たままを説明した。

「仁成君。君の姿が薄くなったと思ったら、次の瞬間にはソファーの後ろに現れた。殿下から見ても同じでしたか?」

「あぁ、その通りだ。爺は?」

「私も同様です。後ろの背景と同化すると言った方が表現としては正しいかと。私の目にはそう映りました」

「だそうだ。仁成、疑う様で悪いが君が何かした訳じゃないんだな?」

「いや、まったく何もしてない。だから混乱してんだけど」

「なるほど、月夜が言っていたのはこの事か」

「月夜が何か言ってたの?」

「たまに君の気配が薄くなることがあるそうだ。目の前に居るはずなのに、いないような感覚らしい。正確に何時から始まったかは分からないそうだが、魔力感知が出来るようになってからなのは確実だそうだ」

「あぁ、それでか。月夜達がたまに身体を念入りに触ってくるときがあったんだよね」

「無意識か…。影人間と関係があるかは今のところ分からないが、有ると仮定して動いた方がいいな」

 密かに魔力操作を覚え、隆愛達にはない異世界人らしい発想で魔法を編み出し、それを試していた。それが、隆愛達が導き出した答えで有り、単なる仁成の悪戯。そう思っていた隆愛たちは、まさかの出来事に天を仰ぎたくなるのをぐっと堪え、まずは二つの出来事の対処を考え始める。

「それが良いだろうな。仁成君。月夜君に頼んで、その気配が薄くなった時には教えてもらってくれ。そして、詳細な記録を残すように。日時、場所、気温や湿度。出来る限り詳細にだ」

「了解。あと二人は何か気づいた?」

 仁成も頭を切り替え、和彦の指示を素直に受けると、里香子と一馬に問いかけた。

「実は、私には急に消えた様に見えたの。そっちは?」

「俺もです。消えるまで、感触も確かにありました。あとは魔力が少し揺らいだようにも感じました。ですが、以前から仁成は魔力を揺らしていたので、関係があるかは分かりません」

 二人の証言を聞いた仁成達は、こんどこそ天を仰ぎ、深い溜息を着いた。


「…触れていたから?」

 

 爺のふと溢した一言。

「確かに、それはあり得るな…」

「なら幻覚系も考えられるのか?」

「殿下、それこそあり得ないだろう。幻覚魔法は、距離が重要だ。10mから30mほど離れているなら効果はあるが、この目と鼻の先では意味がない。それに魔法による幻覚はただの子供騙しだ。異能に分類される特有能力だとしても、対象に最低でも30秒前後は目を合わせるなどの厳しい条件がある。この場にいる全員がその条件を満たしていたかというと怪しい」

「では、物理法則を無視した空間移動でしょうか」

「おそらくは。はっきりとは言えないが、その可能性が一番高い。だが、今だ瞬間移動は魔法でも魔導でも実現できていない」

「えぇ、知っています。ですが、今の現象を説明する適切な言葉が見つかりません」

「そうだな…とりあえず、再現性があるかどうかを瀧川君にも状況を説明し、協力して貰う必要があるな」

「そうですね。それにしても、君は次から次へと問題を起こしてくれるね」

「飽きないでしょ?」

「あぁ、本当に飽きないよ。でも、少しは自重して欲しいよ」

 皆の声を代弁するかのように、溜息交じりの隆愛の言葉は溶けて、染み込み、そして消えて行った。


 結局、影人間の真相は分からないまま、また解決することもなかった。

 大学側は調査は続けるとしつつも、実質放置する形となった。だが、それからしばらくして影人間の目撃情報は徐々に減り、ある時を境に殆ど姿を見せなくなった。

 その後、大学側は正式にこの事件を未解決のままお蔵入りした。

 それでも、年に数回は目撃情報が寄せられるこの影人間は、学生の間で魔導大学七不思議の一つに認定され、永く受け継がれていくことになる。



 後日、瀧川信也も交えた話し合いの結果、仁成の問題は一旦棚上げされることになった。

 棚上げされた理由は、仁成自身がそもそも制御できず、あれ以来一度も再現できなかったことで、魔法なのかどうかさえ判断が付かなかったからである。

 ただ、一緒に住んでいる里香子達はあれ以来、度々仁成が半透明になるところを目撃する様になる。

 そこで分かったことは、まず仁成自身は自分が半透明になっている事に、自覚が無いこと。半透明の状態でも仁成に触れることも出来るし、仁成が物に触れることも問題無く出来る事の二点。

 つまり、半透明に見えているが仁成の実態は見えている通りの場所に在り、普通に生活できるということである。


「あっ、また透明になってる」

 真衣に指摘され、製品開発部で仕事をしていた仁成は、自分の手を蛍光灯に照らした。

「まじで透明になっての?俺には普通に見えるんだけど」

「まじ、まじ。皆もそう見えるよね?」

 最近、真衣は仁成の言葉を真似し、彼方の世界の若者言葉やネットミーム発祥の言葉を使う様になっていた。本当を意味する造語である「まじ」もこちらの世界には無く、仁成は聞き返す時に「まじ?」や「まじで?」をよく多用するため、最初はその意味が分からなかった面々も、一年近く一緒にいる事で慣れ始めていた。そして、真衣を筆頭に若い者達は積極的に使うようになっていた。特に真衣は、仁成と歳が最も近いため慣れるのも早かったためか、自然に使いこなしている。

「あぁ、透けてるぞ。最初見た時は吃驚したが、改めて見ると面白れぇ身体になったもんだな」

「ですね。あっ。ルパーニ五世に透明になれる設定を追加しません?」

「敵につけるの?それにルパーニが強くなり過ぎない?」

「味方だと卑怯じゃない?ルパーニなら特徴にぴったりだと思うんだけど、だめかな?」

 仁成の透明化現象から着想を得て、敵パイロットの設定に盛り込もうと話は広がっていく。

 それを厳しい眼で見詰める男がいた。

「…ちみたち、それは暗に部長であるこの俺のことを、卑怯者と言いたいのかね?」

「「あっ…あ、ははははは」」

 真衣も加わり盛り上がっていた四人は、仁成と目を合わせると「はい、その通りです」とは言えるはずもなく、苦笑いでその場を誤魔化すとそれぞれの仕事に戻って行った。

「やれやれ、まさか卑怯者と思われていたとは心外だねぇ」

「でも、透明になれた女風呂は覗きに行くんだろ?」

「もちろん!男の夢だか…らね~…」

 思わず立ち上がり、力強く肯定した仁成を見た真衣と真香は、彼を鼻で笑いながら軽蔑の眼差しを向けながら、「里香子ちゃんと琴姉に報告しとこ」と仁成に聴こえる様に話し合い始める。

 それはつまり、里香子のお仕置き付き説教が確定したことであり、仁成の顔は一瞬にして青褪めるのだった。


 また一か所骨折する羽目になった仁成は、一週間後には普通に過ごしていた。

 魔力感知に目覚めからというもの、仁成の再生はより磨きがかかり始め、それは魔人外とも呼べるほどになっていた。

 普通の人間なら一月以上、魔人でも半月は最低でも掛かるはずの骨折は一週間もしない内に治り、普通に動かし始める。それだけでなく、本来は再生が止まるとそれ以上元に戻らないはずの傷痕も、徐々に薄くなり消えて行くほどだった。

「また一つ、人間から遠ざかったわねぇ」

「それ、里香ちゃんにだけは言われたくないんだけ~ど」

「なに?私も人外だって言いたいの?」

「十分人外でしょ。普通は鉄の塊に手形なんて残せないよ?」

「…それでも私はまだ常識の範囲内よ」

「あっそ。まぁ、本人がそう思いたければ、そう思えばいいよ。それより、何かあったの?」

「えぇ、ちょっと面倒というか、何というか」

「随分歯切れが悪いね?」

「魔導大学でちょっかい掛けて来ていた子達がいるでしょ?」

 里香子に問われ、仁成は相手にもしていなかった雑魚の顔二人を思い出そうと、記憶のフォルダーを開き何処に閉まったか探し始める。

 最近はこの記憶能力についてもようやく自覚できる様になり、意識して使う様にしている。が、整理が面倒でどうでもいい記憶や情報に関しては『その他』と名付けたフォルダーにひとまとめにする癖がついてしまっていた。

 粗方主要なフォルダーを探し終え、見つけることが出来なかった仁成は仕方なくその他と名付けたフォルダーに手を付け始め、合わせて一分程の時間を使ってようやく二人の記憶を見つけた。

 フォルダー名は「斎藤なんちゃら君と圓堂なんちゃら君」。フォルダーを開き、名前と顔を確認すると里香子に向き合う。

「あぁ、もしかして夢見る乙女、斎藤零士と圓堂誠司のこと?」

「夢見る乙女?かは知らないけど、その二人よ」

「それで何か言って来たの?例えば、徳川家に渡した遺物は元々うちの物だぞとか」

「…何で知ってるのよ」

「ん?まさかの当たり?冗談のつもりだったんだけど」

「両家からの正式な抗議は何処にも出されていないわ。ただ、既に君の情報は華族や政府高官辺りには、ほぼほぼ行き渡っている。一部の遺物を海外に売り飛ばして、その収益を丸ごと懐に入れたことも含めてね」

「ふ~ん、まぁ時間稼ぎは十分できた方でしょ。それで?家ぐるみ?それともイキッた零士君と誠司君が先走って、手を上下に忙しく動かしてるのかな?」

「はぁ、あのねぇ…。後者よ。家からは止められているようだけど、形だけね。両家共に黙認してるわ」

 仁成のセクハラを注視しようとしたが、それが逆に仁成を冗長させると思ったのか、里香子は踏みとどまった。

「はぁ、しょうもなっ。要は正当な所持者である自分達を無視して、家を乗っ取った偽物に家宝が渡したことが気に入らねぇってことでしょ?」

「まぁ、その通りではあるんだけど」

「よし、潰そう。いい加減面倒になってきたところだし」

「それは止めて頂戴」

「何で?家は形だけとはいえ止めてるのに、それを無視してるのはサルの方でしょ。こっちが反撃して、家が出て来るなら黙認してた責任を追及して潰すだけだし、もし何も言って来ないならサル二匹で手打ちにしてやるって言ってるだけだよ?」

「それでも止めて頂戴」

「はぁ、その後ろにいるのが面倒なんだね?」

「えぇ、面倒どころか、殿下のお立場を危うくするかもしれない」

「う~ん。隆君には世話になってるからね。困らせたくはないから、今回は手を引いてあげるよ。でも、一つだけ。これだけは向こうの家に伝えてよ。これ以上琥珀たちに手を出すなら、丸ごと潰す。後で京の都のど真ん中でち〇こブラブラさせながら全裸土下座しようが、どれだけ金を積もうが、全員が俺に隷属を申し出ようが関係ない。俺の持つ財産、コネ、全ての力を使って潰す。例えここが京の都だろうと関係ない。相打ちでも構わないぞ。なんせ俺は一度やってる。一人残らず潰す。その覚悟があるなら続けろ。てね」

「…分かった。必ず伝える」

 一瞬、ほんの一瞬。仁成の身体はあの時の様に光を一切通さない暗い魔力に包まれた。それは気持ちの昂ぶりから起こったことなのか、それとも仁成が意図して起こしたのかは分からない。

 だが、仁成が本気で潰すつもりでいることだけは、確かに伝わった。

「よろしこ。あっ、そうだ。ついさっきの話なんだけど、何となくなんだけど魔力が動く感じ?って言えばいいのかな。それを感じたんだよね。確かめたいから、付き合ってよ」

「それは体内で?それとも体外?」

 里香子の確認は重要な事だった。体内の場合、仁成に干渉出来ないため第三者が魔力の動きを確認する術がない。だが、体外に漏れる魔力を感じたなら、それは里香子の魔力を、仁成でも肌で感じられる可能性がある。

「身体の外だと思う。液体というか、なんだろ。あっ、アイス。それが身体を伝って落ちてる感じがしたんだよね」

「アイスね。分かったわ。でも、私達は君の魔力に関する訓練を施すことを禁じられているから、瀧川さんに連絡しましょう」

「あっ、そうだったね。連絡、お願い」

「いいわよ。気にしないで。それに、もし肌で感じられるようになったなら、ここからは早いと思うわ」

「十波さんの講義でも、タッキーの説明でも同じこと言ってたね。触覚が目覚めれば、他の五感も開き易くなるとか。一番目覚めにくいのが視覚だったっけ?」

「タッキー?あぁ、瀧川さんの事ね。えぇ、それで間違いないわ。でも、視覚から目覚める人も結構いるのよ。私も視覚から目覚めたから、少し他の五感が目覚めるまで時間が掛かったわね」

「そうなんだ。やっぱ目で見えるから、他の五感が鈍くなのかな?」

「そう言われているわね。実際、私も目に見えるからそれに頼ってばかりいたわね。そもそも、目に見えないものを触るとか味わうって感覚が分からないわよ」

「だよねぇ。俺も同じこと思ってたんだよね。…じゃあさ、目隠しとかして訓練するのも有りなんじゃない?」

「えっ?…してないの?」

 その瞬間、二人の間で時が止まり、視線だけがぶつかる。一人は驚きに満ちた眼で。もう一人は、徐々にその瞳から色が消えて行く。

「…してない。もしかして、普通はするの?」

「普通どころか、常識よ?」


「あんにゃろおおおおおお。わざと隠してやがったなあああ」


 豹変した仁成の激昂に、家にいた一馬を含めた護衛がぞろぞろと部屋を代わる代わる覗きに来たが、里香子が軽く手を振るとすぐに引き返していった。

「何があったんですかぁ?」

 その中に一人、丁度家に来ていた真衣がひょっこり顔を出し、激昂する仁成を見てケラケラと笑いながら入って来た。

「ちょっとね。講師の瀧川さんに揶揄われてたみたいなのよ」

「揶揄われてた?」

「あのね―――」


「きゃはははははははは。それは確かに怒るかも~。でも、部長にしては気付くの遅くない?うける~。皆に話してくる~」

 里香子から事の顛末を聞いた真衣は、さらに声を上げて笑いながら部屋から出て行った。

 そして、面白可笑しく仁成の失敗をみんなに伝えて周り、笑顔を広げていくのだった。



 通常の訓練方法を知った仁成だが、その後も瀧川はそれを許さず、これまで通りの訓練を続けた。

 滝川が何故仁成に通常の訓練をさせないのか、それは仁成のためだった。

 一般的に行われている五感を封じて行う訓練なら、仁成はほぼ確実に数日から半月以内に感覚を目覚めさせているだろうと、瀧川も予想していた。

 だが、それは普通の魔力持ちの話で、仁成は身体全体が魔臓の役目を果たしている可能性がある。

 この世界でただ一人、魔蔵を持たない魔人にして魔法士。そんな仁成には、より鋭敏に魔力を感じる感覚が必要になると踏んだ瀧川は、敢えて何もせず、何も助言を与えず、ただひたすらに何も知らないまま仁成に、自然体のままで感覚を磨かせた。

 十波にもこの事を伝え、魔力感知についての講義内容を変更させている。

 そんな中、仁成は誰もが思いもしない方法で一つ目の壁を突破して見せた。

 仁成から直接、目覚めた経緯を聞いた瀧川は、「なら何で触覚が覚醒しないんだ」と突っ込みそうになったが、それを飲み込んで敢えて何も言わなかった。

 そして、それからもただ仁成には瞑想と指先の感覚だけを頼りに魔力を探る訓練を続けさせていた。

「ちなみに、今やってる訓練は、方法としてはあってるの?」

「あぁ、あってる。というか、仙人や天狗、悟りを開いた聖人は、自然体のままで世界を見ていたとされている。最も古来からある由緒正しい方法だ。だから、邪念は捨ててただ感じろ。あんな変な方法で開くな阿保」

「へ~い。でも、ある意味悟りを啓く方法だと思うけど?」

「まぁ、確かにそうか。一皮剥くには必要な儀式だしな」

「でしょ~」

「無駄話はそこまでにして、集中しろ」

「了解」

 ただひたすらに、眼を閉じず、耳を塞がず、鼻を閉じず、口を少し開け、肌を隠さず、五感全てを開け放ち、仁成は瞑想に入った。

 まだ開いただけ。だが確実に前には進んでいる。次は五感を開くため、今は自分を信じて進むのみ。

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