044「目覚め 4」
雷電試射二日目。この日は朝早くから準備が進められ宿舎を発った仁成達は、昨日と同じ射撃演習場に足を運んだ。
「おや?丘が二つもある」
「あぁ、昨夜のうちに魔法士も動員して造らせた。右は朧無し。左は昨日と同じ朧有りでの試射で使用する予定だが、朧無しでの試射は数発が限界だろう」
「雷電が持たない?」
「おそらくな。さすがに雷電を何丁も壊されては堪らないからな」
「まぁ、そうだろうね。んじゃ、朧無しからやる感じかな?」
「あぁ、その前に肩当を試して欲しい。君が使えなければ意味がないからね」
「おっ!昨日言ってたやつだね。楽しみにしてたんだよね」
案内の軍人を先頭に、それに続くように仁成達は設営されているテントに入った。
中には簡易テーブルが設置され、その上に仁成が見慣れた肩当君と瓜二つの肩当が置かれ、傍には初めて見る若い女性がいた。
「殿下。おはようございます」
「おはよう。彼が只野仁成君だ。説明をしてやってくれ」
「了解致しました」
見慣れぬ女性軍人は、隆愛に敬礼で応えると仁成に向き直り、笑顔を向けた。
「初めまして、只野君。私は魔導装備開発部所属の平野技術少尉です。君が自作した肩当を元に、この肩当を制作した製作者です。まずは装着して、違和感が無いかを確かめて下さい」
明るくはきはきとした声と同じく、平野はてきぱきと仁成が肩当を身に付ける補助を行い、留め具を留めて行く。
仁成の素人裁縫で作ったなんちゃって肩当とは比べものにならないくらい、着心地は格段に良く、全く言わかななく動かせる肩周りの可動域の広さに仁成は感動した。
「見た目は出来る限り元の肩当を再現しつつ、着心地と可動域を改良したつもりですが、如何ですか?」
「全く別物って言っていいくらい違和感がないよ。逆に大変だったでしょ?俺の作った肩当を元にするのって」
「正直に言えば、かなり困りました。継ぎ接ぎが多くて耐久性が低く、可動域も狭めていたりと、本採用予定の肩当のデザインは刷新しました」
「やっぱり?」
「はい。ですが、良い点もありましたよ。おそらく只野君は、衝撃の分散か吸収を第一目的にしていたのではないですか?」
仁成は肩を上下左右、そして前後に大きく動かし、一緒に置かれていた弾が抜かれた魔導銃を実際に構えた。
「事故で肩を脱臼したことがあるんだ。それから何度か繰り返しちゃって、どうしても庇っちゃうんだよ」
「脱臼は再発しやすいですからね。庇うのは仕方ないですね。君が作った肩当。実は狙撃兵に実際に使ってもらいました。射撃姿勢に入るとどうしても肩に違和感があったそうです。ですが、見た目に反して肩回りに掛かる衝撃はかなり分散されると好評でした」
「おぉ~。数十の試作品も無駄じゃなかったね」
「あれ、全て魔獣の皮ですよね?」
「うん。最初の方はタオル生地の布とかだったけど、途中から狩った魔獣の皮とタオル生地のハイブリットになって、最期は皮を重ねた方が良いことに気付いて、全部皮にしたんだよね。ただ、臭いがね」
「それは仕方ないでしょう。鞣すには必要な材料がありますし、方法も知らなければ分からないでしょうから。うん、問題なさそうですね」
「動きに問題はないけど、あとはこれに魔力を注げるかでしょ?」
「えぇ、その通りです。殿下、お話してもよろしいでしょうか?」
平野に請われた隆愛は、少し考えるそぶりを見せると、仁成が装着した肩当を見詰めた。
「まぁ、いいだろう。あの肩当の制作者でもあるし、知っておいた方がいいだろう」
渋々。周りにはそう見える様に許可を与えた隆愛は、初めて仁成自作の魔道具を見た時の事を思い出していた。
仁成が作った肩当。全ては手元にないが、仁成は試作した中でも実際に使用している三つの肩当を拠点に持ち込んでいた。
そして仁成が拠点を離れてからしばらくして、その三つの肩当は回収され、技研に持ち運ばれることになった。
回収するに至った経緯は、仁成が残した荷物の中から獣臭が漂っていたことに気付いた隊員が、臭いの元を探したことが始まりである。
獣臭がするものを探したその隊員は、三つ並んでしまわれていた肩当を見つけた。そして、その一つを手に取り固まった。手に取ったその肩当から魔道具に似た何かを感じたからだった。
すぐに隊員は上官に報告し、検証が始まった。そして、結果はすぐに出た。
仁成が置いて行った三つの肩当全てが、魔力を流すことで魔道具に似た反応を示した。ただ、拠点ではどの様な効果があるのか分からなかった。
拠点責任者はすぐに連隊司令部に報告。報告の上がって来た連隊司令部は、さらに上に報告すると共に回収を始めた。
そして、回収された三つの肩当は技研に運ばれ、解析された。解析結果は、三つとも微弱な魔導反応が検出され、実験結果から衝撃分散らしきものが付与されていることが判明した。
この微弱な魔導反応は、魔導文明が一度衰退後の古代遺跡から出土される品に多く見られる反応で、古代人の中にも魔力を持つ者がいたことの証明にもなっている。
「つまり、只野君は意図せずに魔道具を作っていた訳です」
「おぉ~、もしや天才魔導具師の才能が、この俺に!?」
「いえ、ありません」
「ないのぉ~」
気分上々に、高らかと新たな門出に出発かと思いきや、すぐさまの才能無し宣言に仁成は膝から崩れ落ちた。
「残念ですが、只野君が作ったのは魔道具擬きと呼ばれ、魔力持ちの子供が魔力感知を覚えたてに行うお遊びを兼ねた訓練なんです」
「…要は、積み木みたいなもの?」
「はっきり言ってしまえば、その通りになります。物に自分の魔力を通す過程で、稀に微弱な付与が発生します。子供なので、付与される魔法も単純なものが多く、数日もしない内に付与は消え、無害化されます」
「ん?数日で消える?俺の肩当は?」
仁成が作った肩当は、古い物なら半年以上の時が経っている。そして、一番新しいものでも、回収されるまでに一月以上は経っているはずである。
なのに付与が残っていた。それは平野の説明とかなり違うことになる。
「まだ、残っています。ただ、高位の魔法師なら意図的に付与を行い、数ヵ月以上持続させることも出来るので、特別只野君が付与に優れているという訳ではありません」
「平野ちゃんそれ以上は止めて!俺のHPはもう0を通り越してマイナスよ」
「HP?」
「あっ、こっちの話。気にしないで。付与は微弱なものしか出来ないの?」
「魔力持ちなら誰でも出来る技術ですが、強い効果の付与は特級魔法士でも不可能とされています。それに、魔法による付与は永続ではありません。徐々に付与は弱くなり、重ね掛けも出来ないため消えるまで待つしかない。それに、付与が施された物は魔道具化出来ません」
「あぁ、もう効果が付与されてるからか」
「その通りです。なので、只野君の肩当は効果が消えるまで、とても弱い衝撃分散が付与された魔道具のままというわけです」
「聞きたい事があるんだけど」
「はい。遠慮なくどうぞ」
「微弱な効果を持たせた魔道具を作ることは可能?」
平野は遠慮なくとは言ったが、まさか役に立たない魔道具の是非を問われ、きょとんとした表情で仁成を見詰めていた。
「えっと、理論上は可能と言われています。ですが、今のところ成功したという例は存在しません。そもそも、微弱な効果を持たせる意味がないので、研究もされているかどうか…。それが何か?」
誰も興味を持たない技術に興味を持つ仁成に、技術屋の血が騒いだのか、はたまたただの直感か、平野は気になっていた。
「ふ~ん、そうなんだぁ~。まぁ、興味があるなら、何れ誘ってあげるよ。それより、肩当を俺が使えるかどうかが先でしょ」
「は、はい。そうでした。出来そうですか?」
「う~ん、分からん。正直、今まで魔道具を使えてたのかどうかなんて気にしたことないし、魔導銃も使えたから使ってただけだからなぁ」
「それはそれで、凄いと思います」
「そう?皆、この事話すと呆れるんだけど。平井少尉は優しいなぁ。だが、さっき俺のHPをマイナスにしたことは忘れてないぞ。今ので、プラマイ0になったとだけ言っておくよ」
「はぁ…」
訳が分からないままだが、自分の仁成からの信頼値らしきものが一度マイナスになり、そして0に戻ったことだけは何となく理解した平井だった。
「…とりあえず撃ってみるよ。肩が粉々になるけど、一発なら撃てるから良いでしょ」
何でも無いかのようにさらっと危ないことを言い放ち、すたすたと歩き始めた仁成に対し、意表を突かれた皆は少し出遅れてその背中を慌てて追った。
隆愛達がテントを出ると、既に仁成は雷電を受け取って少し離れた射撃位置に向かっている所だった。
その背中に隆愛が声を掛けようとした瞬間、その背中は片腕を高く空に向かって上げ、指を弾いた。
「出ろおおおおおおおおおおおお、月夜おおおおおおおおお」
乾いた指パッチンの音に遅れて、咆哮に近い雄叫びが演習場に木霊した。
木霊は徐々に遠ざかる一方、背中を見せ続ける仁成の周囲は静まり返り、どこからか現れる何かの気配を待った。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
「あれっ?月夜さ~~~~ん、お~~~~~い。琥珀ちゃ~ん、千影ちゃ~ん」
呼んだはずの月夜は現れず、焦った仁成は叫び続ける。
だが、一行に月夜はおろか琥珀や千影も姿を現さなかった。
・・・・・・・・・・・・・・。
周囲から冷たい視線が仁成の背中に集中する。
そして、その視線に耐えかねた仁成は…。
「偉そうに生言ってすみませんでしたあああ~。この下僕目に~、ちょっと御力を御貸し頂けませんかあああ~。此方までお越し頂けませんかあああ~。何時ぞやお出しさせて頂いた高級缶詰ドックフード。あれをご用意致しますからあああ~。何卒おおお、お願い致しますううう~」
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・ザシュッ!
「(何用だ?)」
「わうわう」「はっはっはっ」
情けない姿を見せる仁成と、物に釣られほんの数舜で姿を現した月夜達。
それを周囲で見守っていた者達は、どちらに対しても生暖かい視線を送るのだった。
「き、気を取り直して、これから生身で雷電を撃つから、あの時みたく俺が吹き飛ばない様に背中を支えてくれ」
ちょっとした出来心。だったはずの試みは月夜に軽く躱され、情けない姿を披露する羽目になった仁成は、周囲の変わらぬ呆れた視線を浴びながら月夜に説明を始めた。
「(あぁ、警察署の屋上でやったことだな。よかろう。それより)」
「分かっておりますとも。この日ノ本で最高級の缶詰フードを献上させて頂きますとも」
「(ならば良い。さっさと始めるぞ。お前達は、あの男の後ろまで下がっていなさい)」
既に捨てる恥すらない仁成は、両手を握り合わせ、腰をくねらせながら月夜に高級フードを確約した。
それを確認した月夜は、琥珀たちに隆愛の後方まで下がらせると、仁成と歩調を合わせて歩き始める。
進み始めた背中に、さらに周囲からの視線は冷たくなるが、無敵となった仁成にその視線は効かない…。いや、少しだけ効いていた。
「今回はこの魔道具化された肩当を使って撃つ。最悪、肩を痛める程度で済むはずだ」
射撃位置に着いた仁成は、月夜に説明をしながら用意された台座を調整する。
「(少し見せろ…。ふむ確かに、この腕輪や魔導銃と同じ様な波動を感じるな)」
「が、ここで問題がある」
「(小僧がこの肩当を魔道具として使えるかとうことか?)」
「(その通り。だから月夜さんを呼んだわけよ)俺がこの魔道具を使えるかという問題がある」
「(はぁ、情けない。今だに魔力すら感じられんとは)」
「(わるぅございましたね。これでも毎日続けてるんですよ)というわけで、背中は任せた」
月夜と会話をしながら、台座の高さと位置を微調整をし終えた仁成は、片膝立ちの射撃姿勢に入る。すると、その背中を覆う様に月夜が横たわり、固く踏み固められた地面に爪を立てた。
既に集中を始めた仁成は背中から感じる温もりさえ置き去りにして、何時も通りルーティン化された動作を何時もより丁寧にこなし、さらに集中し始める。
一つの動作が終わる度、仁成の雰囲気は変わり、目からは彩が無くなり、呼吸は深く浅くなる。
周囲もそれを察したのか、慌ただしく観測機器を操作し始め、仁成から距離を置いた。
そんな外の騒がしさとは逆に、仁成の周囲だけは心臓の鼓動さえ止めたかのように、静寂に支配され始める。
聴こえない。
聴こえる。
見えない。
見える。
匂わない。
匂う。
味はしない。
味はする。
感じない。
感じる―――。
仁成が一つ集中を深める度に、周囲にいた護衛は仁成から感じる脅威に一歩、また一歩と後退り、距離を取り始めていた。
そして、小さな違和感を感じた瞬間、魔力を全身に漲らせその場から飛びのく。
何も無い。だが、何かが有る。
聴こえるのに、聴こえない。
見えるのに、見えない。
匂うのに、匂わない。
味が分かるのに、分からない。
感じるのに、感じない。
訳が分からないその感覚に、近くにいた護衛部隊は恐怖した。
分からないのに、分かる。分かるのに、分からない。矛盾したその感覚は、彼らその場に釘付けにし、その場から逃げ出させた。
「ははははは。これは凄いな。ははははは」
そのさらに外、月夜に覆われ見えなくなった仁成の姿を、十分な距離を開けて見ていた隆愛は自然と笑みが零れ、ただ一人笑っていた。
「殿下、お下がり下さい」
「大丈夫だ。この距離なら、私に影響は無い。それよりも、爺は俺の前に出るな。飲まれるぞ。最悪、廃人になりかねん」
身を挺して主人を護ろうとした傍仕えの男を気遣い、隆愛は彼を強引に自分の背に隠す。
「申し訳」
「爺にはまだ、私の力になって貰わないといけない。こんなことで命を賭けるな。賭けるなら、私が頂きに立ってから賭けろ」
「畏まりました」
恭しく一礼する爺の気配を背中に感じながら、隆愛は周りにいる者達にも声を掛け、自分よりも後ろに下がらせる。
念のため、隆愛は護衛の中でも能力の高い者のみを送り、他は隆愛達と一緒に距離を取っていた。観測班も隆愛より前に出ることを禁じている。
だが、それでも現場は混乱の渦中に放り込まれた。
何も無いはず。だが、有る。
誰もが矛盾したその感覚に晒され、右も左も分からない中、隆愛だけはその場に在り続けた。
「来るぞ!観測班、何一つ取り逃すな」
隆愛だけがはっきりと感じた変化。それは、声とほぼ同時に姿を現した。
何も無いはず…。だが何かが有る。
(あの時よりさらに濃い。だが、妙に居心地がいいのは何故だ?それに違和感もある。あの時と何が違う?あの時に有って、今は無いもの。私はそれを知っている。だが、分からない…)
すぐ傍でそれに触れていた月夜は、何かを感じ取っていた。
「かかかかかか。ほんに面白い童よのぉ」
「(誰だ?)」
「うぬは知らぬが、知っておる筈じゃ」
声はする。だが姿はない。感じる。けど匂わない。
「(…だが、分からない)」
「かかかかか。まぁ、そうであろうな。天も無茶をしたものよ。童は異質な存在じゃった。彼方に有って、此方に無い。此方に在って、彼方におらぬ。そして今もそこは変わらぬ。此処に有って、彼方に無い。彼方から消え、此方に顕れた」
「(何を言っている?)」
「かかかかかか。今は解らずとも、何れ解る。我はただ、それを見届けるだけ。かかかかかかか」
「(…消えたか。…私はあれを知っている。だが、分からない。何者だ?)」
月夜は突如現れ消えた存在から、気配はあるが全く無い仁成に意識を向けた。
(やはり何かが違う。だがそれが何かが分からない。だが、見届けよう。それが、私の役目。そんな気がする)
月夜はまだ気付いていない。何時の間にか仁成と一体となっていることに。
だから気付かない。光も消える影の陰。その中にいる事に。
仁成は最後のルーティンを終え、溶け込んだ。
雷電も、肩当も、月夜も、自分自身も。
全てを溶かし、溶け込む。影に陰を重ねたその先に。
「撃つ」
短く一言。月夜にだけ届いたその呟きもまた溶けて、一つになる。
ーキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインー
あの時よりも音は低い。
あの時よりも遅い。
あの時よりも弱い。
だけど、あの時よりも―――。
大気を切り裂き、小さなソニックブームを巻き起こしながら突き進む一筋の光。
光が通った道には土煙によるトンネルが生まれ、丘を刳り貫き、さらにその奥に用意された幾重に重ねられた鉄塊奥深くに突き刺さり、止まった。
「づ、ぎよさん。が、だ。ぐだげだぁ、がも」
肩当は機能した。確かに仁成の魔力の残滓が残る。だが、受け止めきれなかった。以前と違う点は、雷電と仁成が吹き飛ばされていない事。
屋上で雷電を撃った仁成は、後ろにいる月夜に吹き飛んだ。雷電は空に向かって高く飛び上がり、数秒間落ちて来なかった。
だが、今回は違う。
仁成は姿勢こそ崩していたが、月夜に軽くもたれかかる程度で、吹き飛んでは来なかった。雷電も空高く舞い上がることは無く、少し離れた場所に転がっていた。
「(私に言って治るのか?)」
「治ら゛ね゛ぇ。い゛でぇ」
「(骨が飛び出ていないだけましだろう。世話の掛かる小僧だ。運んでやる)」
「だのむ゛あいだだだだだだ」
何時ぞやの光景が重なる。あの時は、仁成も月夜も全身が燃えていた。だが、今は違う。月夜は仁成を咥えると、情けない小僧の代わりに報酬を与えてくれるであろう者がいる場所に振り向く。
そこに離れていた琥珀と千影も加わると、三頭は並んで涎を隠すことなく歩き始めた。
「これはまた、何というか…」
涎でべとべとのまま、医官に身体を診てもらっている仁成を見て、隆愛は笑いそうになるのを堪えた。
「わ゛らう゛なら゛わら゛えよぉ」
「そう?なら遠慮なく。あははははははははは」
「殿下…」
仁成の許可を得た隆愛は今だ興奮冷めやらぬ中、周りの目も気にせず腹を抱え、大声で笑い続けた。
それを諫める初老の傍仕えだが、隆愛のその姿を見て、顔こそ平静を保っているが何処か嬉しそうな温かな視線を向けていた。
「ぐそぉ。肩が砕げるだげとは言っだけど。本当に砕けるとは思わなかっだ」
「さすがに私もあれ程とは思いもしなかったよ。高級缶詰フードだったかな?私が代わりに手配してあげるよ。皇室御用達の品だ」
「ぞれはどうもっ。いでぇっ!」
医官の触診に反応し、仁成は身を捩る。だが、すぐ傍に控える屈強な魔導兵に押さえ込まれ、再び身体は空に向かう。
「我慢してくれ。君の身体は治癒士泣かせなんだ。他に折れた場所が無いか確認もさせてくれ」
「ぞれはじってるよぉ゛。でも、そうは言ってもざぁ、いだいものはいだいんだよよよよよよよよよ。この間から世話になってるから、あいででででで、困らせだく、あいだだだだだだだだ」
仁成が何か言い訳をするたびに、弓柄は容赦なく砕けた肩に指を当てる。一見すれば患者を虐める悪徳医師だが、これは訳があってわざと行っている。
魔人の再生には幾つか特徴が分かれる。
怪我をした時点から再生を始める早期型。怪我から一時間から数時間後に再生を始める通常型。そして、一日置いて再生を始める晩期型。
三つの型にはそれぞれメリットもあれば、デメリットもある。
仁成の型は早期型。この型は、治りが一番早いが再生期間も短くなりやすい。つまり、傷が完全に再生する前に停まり、傷痕が残りやすい。他にも骨などが歪んで再生してしまう事もある。仁成は再生力が高いため、早期型でもあまりデメリットを感じさせないが、それでも身体中に傷痕が残っている。
そこで、再生が始まった段階から外部から刺激を与えることで、再生が始まっているにも拘らず、また違う傷が発生していると誤認させることで、再生期間の延長を促しているのである。
「本当にそう思ってるなら、少しは自重して欲しいね。困った患者だよ君はっ」
「いでででででででででで」
仁成の身体を容赦なく触診している医官は、仁成が入院した際の主治医も務めた弓柄楓。仁成の京行きに際し、もしもの場合に備えて軍医である事は伏せて、京の都洛外にある病院に務めていた。
今は仁成の身の安全がある程度確保できたため、軍医に復帰している。
「はぁ、君は本当に再生が早いし、その能力も桁違いだね。早期型でも、ここまで早くないよ」
「ぞれは、いででで、あり、がががとおおおおおおおお」
「ふぅ。これで様子を見よう。殿下、経過観察を取りたいのですが」
一通り仁成の再生を誤魔化せたところで、弓柄はこのまま仁成に帯同する許可を求めた。一応、彼の任務は仁成の健康維持が最優先となっているため、確認を取らずとも事後承諾でも構わないことになっている。
「許可する。出来るだけ詳細に記録してくれ」
「了解致しました」
「ちくしょう。これじゃ、モルモットだぁ」
「・・・?いや、君。自分からモルモットになりに来て、今さら何言ってるの?」
「ぶふ、ははははははははははははははははは」
不貞腐れる仁成に対し、冷静な突っ込みを入れる弓柄。そして、それを笑う隆愛。さらにそれを見て、不貞寝を始める仁成だった。
その日の午後。仁成が肩を砕いたため雷電の試射は中止となり、空いた時間で評価会議がひらかれることとなり、演習場施設の会議室に関係者が集められた。
「さて、まずは十波瑠璃、そして瀧川信二。今回の試射は、君達二人に仁成君の異常性を見せる目的で行われた。感想を聞こうか。あぁ、言葉遣いは気にしなくていいよ」
部屋に集まったのは隆愛はもちろんの事、護衛部隊隊長佐那里香子、御庭番棟梁蕪木琴音などのこれまで仁成の傍で護衛と監視をしていた者達。そして、今回の試射に際して参加した観測班など。
最後に、仁成の教師役となる十波と瀧川の二人。
瀧川が先に口を開いた。
「俺から先に話そう。昨日、朧は何も反応しなかった。あれだけ、魔力を漏らしてるにも拘らずだ。その癖、雷電は撃ちやがる。魔力はある癖に魔力を自分の意志で使えない面倒なガキ。その一言に尽きる」
粗暴な瀧川らしい感想に、周りは特に気にした様子は見せない。逆に彼に同意するかのように苦笑いを浮かべていた。
だが、一人だけ俯き悲壮感を漂わせている者がいた。
「で、では私からも。…彼に、魔力の扱いを教えることに反対します」
「理由は」
「危険過ぎます。彼は確かに特級クラスの力があることが分かりました。同時に、その力を制御できない事も。言葉を選ばずいえば、彼は常に暴走状態の特級魔獣です。魔道具や魔法から離した方が良いと思います」
「おい、本音を言え」
早口でまくし立てるように話す十波に、瀧川は威圧を込めて脅し気味に問いただす。
それに対し、十波は泣きそう顔で絞り出すように本音を吐露した。
「…まだ、結婚もしてないのに、死にたくありません」
「「・・・・・・・あははははははははははははははは」」
十波の心からの本音に、部屋は妙な一体感と共に笑顔で包まれる。
「あ、あの。私は本当…」
「ははは。悪い悪い。あのな、ここに居る奴等全員、お前と同じ気持ちってことだよ」
「お、なじ?」
「あぁ、瀧川君の言ってる事は本当だよ。正直、あれをまじかで感じ、そして見た感想は皆同じはずだ。純粋な恐怖だよ。十波君自身が言ったじゃないか、彼は特級魔獣そのものだと。でも、だからこそ彼には魔力を使えるようになってもらわねばならない。危険は百も承知。下手をすれば街が一つ消えるかもしれないけどね」
場を和ませるためなのか、それとも本音なのか。その両方かもしれない。隆愛の口調は軽いが、目は笑っていないかった。
「俺から一つ提案がある」
「聞こう」
「実践講義は、汚染区域内限定にする」
「…いいだろう。十波君。魔導鎧は?」
「あ、あります。ですが、型が古く」
「わかった。爺、朧を一領手配してくれ。ついでだ彼女に合わせて調整しよう」
「殿下!」
まさか一領数億もする朧を渡されるとは思いもしなかった十波は、つい大声を上げていた。
「気にするな。彼が正しく魔力の扱いを覚えられるなら安いものだよ。十波君。君が彼に恐怖していることは承知している。だけど、彼には何としても魔力を扱う術を身に付けて貰わなければいけない。そのために必要な物は私が用意しよう。瀧川君も遠慮なく言ってくれ」
「とりあえず、成功報酬を上乗せだな。三千万程度じゃ、あんな化け物の面倒見てらるかよ」
「分かった。成功した暁には三億出そう。ついでだ税金もこちらで負担しよう。二人ともな」
「ひゅ~。分かってるねぇ~。おい、十波。お前はどうする?今なら、まだ辞退できるぞ」
「…あのぉ、殿下。その」
「なんだい?遠慮なく言い給え」
「で、では。良家の殿方を御紹介をお願いしたく」
「・・・ははははは。爺。彼女の好みを聞き、私の派閥で十波女史と釣り合いの取れる魔法士を何人か選んでくれ」
「畏まりました。十波様。後ほどお時間を頂きます」
「は、はい。お、お願い致します」
「では、二人に関しては了解を取れたということで良いね?」
瀧川は横柄に頷き返したが、十波はまだ覚悟を決めたわけではないのか控えめに頷き返した。だが、既に知り過ぎていることから、逃げられないと感じているのだろう。顔を上げた彼女の表情は、少しやけくそ気味に将来有望な旦那を手に入れる女の顔になっていた。




