表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの人也。  作者: 梅酒
魔導のすゝめ
42/51

041「目覚め 1」

 仁成が並行世界の地球に密入世界して一年と数ヵ月。白世の神々の力によって新たな魂の記憶を得た仁成は、無事にこの世界から認められ現世に戻った。

 しかし、逆恨みから仁成を誘拐した元第四師団魔導兵部隊の生き残りから受けた傷と、自爆覚悟で起こした爆発による損傷はすぐには癒えず、再生力が異常な仁成でも二ヵ月近い時を療養に当てなければならなかった。


 だが、嬉しい出来事もあった。

 一つは月夜達が洛外限定ではあるが、京の都入りを許可された事。これは仁成が無償で返還した遺物を受け取った華族からの後押しと、彼の持つ異世界知識の重要性を説いた望月たちの働きかけにより、彼の身の安全を確立するために特例として許可が降りた結果である。

 ただし、月夜達の首輪には形だけではあるが、皇族の従魔である証が付けられることになった。当初、月夜はこれを嫌がるかと思ったが、皇族の従魔であることを示す以外に怪しい魔法が付与されていなかったことで、これを受け入れてくれた。

 その代わり、月夜は拠点に詰めていた際に彼女達の世話をしていた女性隊員から三名の隊員を引き抜き、自分達の世話係として連れて行くことを条件にした。

 この条件を飲んだ景月は、三名の所属を仁成の護衛部隊に移す手続きを即日行い、土浦(つちうら)(かなで)貝木(かいき)(まこと)七瀬(ななせ)(あや)の三名は、皇族従魔世話役係の役職を与えられ、下士官ながら御役目期間中に限り『特務少尉』の階級章も与えられた。

 ちなみに、この時の月夜と景月のやり取りは書面で行われている。月夜が広げられたカタカナ表から文字を選び、それを奏が文章に起こし、眞が清書し、絢が最終確認を行って提出された。


 二つ目は、これまで仁成の身柄を手に入れようとしていた勢力が、完全にではないが大人しくなったこと。

 さすがに天皇の御膝元で、しかも皇族がその身柄を保護している重要人物に対して不敬を働いたことが問題視され、彼らを裏で操っていた数人の朝廷議員が京から去り、現職の国会議員が辞職と同時に拘束された。さらに、今回の事件に関わった活動家なども複数逮捕されたことで、勢いを失った形である。


 三つ目。兼ねてから仁成が望んでいた魔力と魔導を学ぶ機会を与えられたこと。実は、隠れ家で里香子達が教えることも検討されていたのだが、最終的に景月が許可を与えなかった。

 その理由は、仁成が以前警察署の屋上で見せた高密度の魔力の球体が関係している。その光景をまじかで見ていた二人の魔人から、「まるで瘴気溜りの近くにいるみたいだった」と同じ証言を得ていた景月が、洛外とはいえ京の都で対処できるか怪しい事案であると判断したためだった。

 が、今回は皇族の後見と共に正式に許可が降りたため、仁成は魔力の扱いと、魔法知識を学ぶ機会が訪れた訳である。



 最低限外に出られるくらいまで身体の再生を待ってから、仁成は護衛として琥珀と千影の二頭を連れ、そして里香子と一馬の二人に案内されて洛外にある望月和彦が教授を務める京の都魔導大学に足を運んだ。

 魔導大学は危険な魔導実験も行われていることから、洛外でも仁成が住んでいる場所よりもさらに街から離れた場所に位置している。

 大学周辺には関係施設以外は田畑や山林で囲まれ、学生相手に商売をしている飲食店や雑貨屋、コンビニが数軒あるのみ。マンションやアパートも学生用のものが並び、一つの小さな集落となっていた。


 魔導大学構内に足を踏み入れた仁成は、意外な光景を目にすることになる。

「あれ?洛外でも魔獣は禁止じゃなかったの?」

 大学に入る門には警備員以外に、番犬として犬型魔獣が二頭いた。

 そこまでは何となく魔導大学だからかなと思っていた仁成だが、構内にも魔獣の姿が多数あり、仁成は驚くことになった。

「魔導大学は魔獣の生態研究もしてるんだよ。いるのは学生でも対処できる低級の魔獣だけ。それも瘴気汚染区域外で繁殖した大人しい個体ばかりだがな」

「数も制限されているし、琥珀ちゃんと千影ちゃんの方が強いわよ」

「まぁ、それは何となく分かるよ。さっきの番犬二匹。相当怯えてたからね」

 門にいた犬型魔獣の二匹は、自分よりも大きく魔力も高い琥珀たちを見て、すぐにその場に伏せて、立ち上がっていた耳はピタリと顔に張り付け、尻尾を跨下に丸めて二頭に服従する姿勢を見せた。

 それを見た警備員のおっさんに、仁成はかなり警戒されたが、琥珀たちの首輪を見て態度は一変。里香子が提示した許可証を一瞥しただけで、仁成達は通された。

「いやぁ、権力者とは仲良くしておくべきだねぇ」

「…お前の台詞じゃねぇだろ、それ」

「…そうね。権力者を脅してたの間違いよねぇ」

「それは心外。俺は一番偉い人に媚び売っただけ、その下の権力者にまで媚び売ってどうすんのよ?」

「「はぁ」」

 確かにそうなのだが、その下にいる者達もこの日ノ本では敵にしてはいけないだけの力と財力を持つ権力者。特に元大名家などの名家は、その地方に今でも絶大な影響力を持っている家が多い。

 そんな中、仁成は媚を売るなら日ノ本のトップだけでいいと考えていた。

「それで、これからどこ行くの?」

「まずは望月教授の部屋に行く。そこで、お前さんの講師をしてくれる人と顔合わせだ」

「了解♪」

 それからしばらく、擦れ違う学生や大学関係者から奇異の眼で見られながら、仁成達は構内を進み、望月和彦の名札が付けられた部屋の前で足を止めた。


「おひさ~。ちょっと死にかけてたよ。遺言、無駄になっちゃったかな?でも、今更聖典を返せとか言わないから安心してよ」

「…ははは、はははははは。再会して初めての台詞がそれか。はははははは」

「なるほど、確かに話しで聞いた通り、普通じゃないね」

 花井町での邂逅以降、二度目ましての仁成の挨拶に望月は腹を抱えて笑っているが、仁成の背後にいる護衛の二人は呆れたように首を横に振っていた。

 そして和彦以外に三人の人物がソファーに座って仁成を待っていた。そのうちの一人、若い青年だけが笑い、笑顔で仁成を出迎えた。

「そこはあれだよ。同じ月の女神を信奉する同志だからね」

「はははは。そうか、そうか。月の女神か。妻にも伝えておくよ。それで傷は癒えたかね」

「傷はまだ完全には癒えてないよ。今はこんな感じ」

 気安く和彦と話しつつ、笑う青年の対面に腰を遠慮なく下した仁成を見て、里香子は慌てて止めようとした。だが、それを青年はさり気なく片手で制して止めた。

 仁成はそれに気付くことなく、和彦に向かって来ていたTシャツの裾をひょいッと持ち上げて、その下の素肌を見せつけた。

「想像よりはましだな」

「いやぁ、やっぱり同志には通じなかったかぁ。これ、初めて見る人は目を丸くして、すっごい気まずそうにするんだけど」

 少しにやけ顔のまま冷静な和彦と違い、目の前に座る三人は仁成の予想通りの反応を示していた。

 仁成の腹部には、度重なる暴行で受けた無数の傷と、爆発の影響で皮膚はケロイド状に荒れている部分が点在していた。

「ついでにほいっ」

 言葉を失っている三人に見せ付ける様に、次は被っていた鬘を持ち上げ、癌患者のように抜け落ちた髪の毛と身体よりもましな頭皮を見せた。

「これでもかなりましになった方だよ。とりあえず顔と内蔵とか優先して再生させたから、他はまだ再生途中の所と、完全に再生が止まっちゃった所で別れてる感じかな。まぁ、あとは様子見しながら治ればいいかなくらいだね」

「なら、尻や太腿を意識して治すと良い。皮膚移植では衣服で隠れる部位として、最も使われる箇所だ。皮膚移植なら、再生を誤魔化せる」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、その辺りを意識して治すことにするよ」

「そうするといい。さて、これ以上私達だけで話していてはあれだ。仁成君の対面に座っている三人を紹介しよう」

 和彦の合図で、まずは真ん中に座っていた青年が初めに口を開いた。

「只野仁成君。僕はこの魔導大学の学生で、望月教授の助手を務めている瀧川隆だ。君の大学生活の面倒を学生側代表として任されている。と言うのは表向きの話で、君の保護者兼責任者だ。名は隆愛。少し特殊な家の生まれでね。姓は無い。偽名の瀧川隆で通して欲しい」

 皇族であり、継承権を持つ隆愛。彼は仁成が京に入る前から、密かに仁成関連の責任者に任命されている。

 これを知るのは、極一部の者しか知らない。朝廷議員の中にも知らない者もいる。和彦はその数少ない一人である。

「お~う、まさか~の~。日ノ本皇族ぅ~?内親王?それとも継承から遠いか、外れてる御親戚ぃ~?いや、姓が無いって事はぁ~、臣籍降下してるわけじゃないよねぇ~。つまり~、宮家であることは確実ぅ~。こりゃ、とんだ大物だぁ~。まさか、天皇本人だとか言わないよね?」

 畏まるどころか、敢えて悪ふざけで返す仁成。それに対し、扉の前に立つ里香子と一馬、そして隆愛の両隣に座る男女は冷や汗が止まらず、そっと隆愛の様子を窺っていた。

「八位だよ」

「えっ!?ばりっばりの皇族じゃん。しかも八位ってことは今生天皇にかなり近くない?兄弟、甥あたり?でも、八位ってことは兄弟な訳ないか」

「甥だよ。君がいた世界でも、皇族に姓が無いのは同じなのかい?」

「甥かぁ~。同じだよ。日本神話に登場する神の子孫。それが皇族の始まりだから、姓は必要ないってことらしい。戸籍も確か無かったはず。でも甥で八位ってことは、今生天皇に兄弟は二人か三人くらいいるのかな?」

「いるよ。二人、どちらも男子だ。今のところ第一位は今生天皇の第一子。その次に第二子。陛下の弟である伯父と僕の父が続き、甥である私達が続いている」

「大変そうだねぇ。まぁ、俺には関係ないし、他所様の御家のこと。それも天皇家の御家事情とか巻き込まれたくもないから、これ以上は聞かないよ。あっ、そういえば、隆愛ってどこかで聞いたなと思ったけど、月夜達にこれ渡したの滝川さん?」

 仁成は琥珀の前脚を手で上げると、そこに嵌められた足環を見せた。

「僕だね。それは望月教授と撲、ここにはいないけど協力してくれた人がもう一人いる。三人で色々試行錯誤して造った偽物の枷だよ。結構苦労したんだよ。ねぇ、教授」

「関所や日ノ本各地にある検知器に、それが従魔の枷だと誤認させる術式を編むのに相当苦労した。月夜君は連れて来なかったのかい?許可は下りてるはずだが」

「あぁ、月夜さんは気が乗らないからって家で寛いでるよ。こっちに来てから、街中を歩くとすぐに子供達に囲まれるから、面倒なんじゃないかな?琥珀たちはちやほやされて楽しそうにしてるけど。なぁ~」

「ワウワウ」「ウワン」

 仁成に問いかけられ、二頭は同意するかのように嬉しそうに鳴いた。

「彼女は気位が高そうだったからなぁ。確かにそれなら出たくないか」


 約一月前、仁成が住むカブキヤの裏手の店舗兼住居に、紫雨大尉と共に月夜達が来た。そして、一枚の免状を渡された。

 その免状には玉印と共に、洛外限定ながら月夜達の滞在許可と、形式上は月夜達の主をさる高貴な御方のものとすることが書かれていた。

 つまり、天皇のペットだから誰も手出しするなよとと言う事だろうと認識した仁成は、何も聞かず、ただそれを受け取った。

 素直に受け取った仁成に紫雨達は少し困惑し、それでいいのかと質問した所、仁成から帰ってきた答えは「俺、こいつらの主人じゃないし」だった。

 そして数ヵ月ぶりの再開を果たした仁成と月夜達だが、嬉しそうにじゃれて来る琥珀と千影と違い、月夜は「無様な姿だな。灰炎の時と同じではないか」と呆れたようにい鼻で笑っていた。

 その月夜だが、仁成が話した通り街中を歩くと車線を一つ潰すだけでなく、遠くからでも分かるその巨体は、怖いもの知らずの幼児たちの格好の的になり、毎回その背に誰かを乗せる羽目になっていた。

 それに嫌気がさしたのか、それともただ面倒に感じているだけなのか、店舗部分のさらに奥に造られた彼女達の部屋で、世話人と一緒に過ごすことが多くなっている。

 ちなみに、琥珀と千影は近所の幼稚園に呼ばれることもあり、月夜以上に京の都に馴染みつつある。


「と言う訳で、俺達も俺達で月夜によじ登った子供の親が、涙目で訴えて来るから自重して貰ってる」

「洛外とはいえ、京の都でその紋章を知らぬ者はほぼいないだろうからね」

 隆愛の視線は二頭の首に巻かれた首輪。だが、ただの首輪ではない。その意匠は皇族と、公家の中でも四公とも呼ばれる四家のみが使用を許されているもの。

 洛外でも古くからこの街に暮らす者なら、知らぬ者はいない。

「中には土下座する人もいたから、不敬罪で極刑でもあるのかと思っちゃったよ」

「昔ならいざ知らず、現代ではさすがに極刑になる例はほとんど無いよ。それこそ、洛内に行けば皇族が使役する聖獣や霊獣が、そこらを散歩していることがある。余程の無礼を働かなければ、就学前の幼子なら背に乗せて歩くこともある。洛外ではあまり知られていないのかもしれないね」

「ならいっか。次からはそれを話して安心してもらうよ」

「そうするといい。それで、報告も受けているけど今のところ平穏に過ごせているかな?」

「そうだね。こそこそしなくて済んで楽しんでるよ」

 仁成が復讐に燃える元第四師団に所属していた魔導兵の生き残りに誘拐された事件以後、彼の周りをうろちょろしていた鼠や不審者の数は一気に減った。居なくなった訳ではないが、それらは琴音が棟梁を務める御庭番だけでも対処可能で、護衛は継続されているが仁成は安全に過ごせていた。

「君には申し訳ないけど、例の事件をとことん利用させてもらった。そのおかげで、随分と大人しくさせることに成功したよ。次に何か起こせば数十の首が物理的に飛ぶことを匂わせておいたから、しばらくは大きく出ないはずさ」

「おぉ~。えげつない脅しだなぁ~」

「はははは。君よりましだと思うよ?」

「俺より?はて?俺って何かしたの?」

 わざとらしくとぼける仁成に、隆愛は吹き出しそうになるのを抑え、話しを続けた。

「千人斬り。あるいは悪鬼。事情を知る者達の間だけだが、君の二つの名になりつつある」

「ほほぉ~、なかなか格好良いじゃん。俺専用の魔導鎧の名前に千と鬼の文字を入れようかな」

「そうか、格好良いか。ふはははは」

「ははははははは」


 笑い合う二人が落ち着いたところで、隆愛から両隣に座る男女を紹介された。

 右に座る男性は瀧川信也。隆愛とは年の離れた従兄ということになっている。魔法士の名門瀧川家の嫡男のこの男は、一級資格を持つ現役の魔獣狩りであり、軍からの要請を受けて危険個体討伐にも積極的に参加している武闘派魔法士。見た目もワイルドで、逆立った短髪に日焼けした肌。そして除く肌には、魔獣から受けたであろう無数の小さな傷が残っている。

 その反対に座る女性。彼女の名は十波(となみ)瑠璃(るり)。三級魔法士。望月の研究室で共に研究を続けている準教授。長いストレートヘアと知的な眼鏡は、彼女の落ち着いた雰囲気によく似合っている。


「初めまして、十波です。この大学で准教授として働いています。貴方については教授と殿下より、ある程度の事情を聞いています。私は主に魔導理論を始めとした座学を教えます。宜しくお願いします」

「此方こそ、よろしくお願いします。十波先生が座学ということは?そちらの瀧川さんは?」

「こっちは実践的な魔力の扱い方や、魔法の指導だな。それよりお前、本当に千人も殺ったのか?」

 十波と違い、見た目通り粗野な話し方で遠慮なく問いかけて来た信也に、仁成は笑顔で話しに乗った。

「俺が直接手を下したのは、この間俺を拉致った数十人だけだよ。他は悲しいかな。魔獣の暴走に巻き込まれ、仲間の盾になり命を散らしていった英雄じゃないかな?」

「ははは、嘘つけクソガキ。こっちはこの件を引き受けるに当たって、金崎と小番から話は聞いてるんだ。図太いガキだぜ。気に入った」

「金崎?小番?どっかで聞いた事のあるような、ないような?」

「ぶほぉ。まじかよ。聞いてた通りじゃねぇか。おサルさん二号と三号だよ」

「あぁ、あの二匹か。…ちょっと待って。瀧川さんは」

「信也でいい。殿下の事をこれから瀧川と呼んでくれ」

「そう、なら信也さんは、猿語が話せるの?俺は知ってる猿語が少なくて、意思の疎通を取るのが大変だったんだよ」

「ぎゃっははははははは」

 事情を知る和彦と隆愛は必死に笑いを堪え、里香子達は天を仰ぐ。そしてただ一人、その辺りの事情を知らない十波だけが話について行けなかった。

「あの、何の話をしているのかしら?」

「ははははは、わ、悪い。殿下、話していいのか?」

「良いよ。仁成君の人となりを知るには、これ以上ない話だろうからね」

 肩を竦めながら許可を出した隆愛に、信也は「確かに」と相槌を打つと、仁成の二つ名になりつつある『千人斬り』の元となった出来事を語り出した。

 その合間合間に、仁成本人が訂正や追加情報を付け加えて行った。

 話しを聞き終わった十波は、掻けていた眼鏡を外して眉間に寄った皺を解しながら、大きな溜息を吐いた。


「皆さん、笑っておられますが、経緯はどうであれ千人の魔導兵が居なくなった事実から目を背けていらっしゃいませんか?」


 ピシリ。そんな音が聞こえてきそう声が、部屋をたちまち極寒の地に変えた。いや、実際に温度が急激に下がっていた。

 梅雨も明けた七月中盤。既に冷房が何処かしこで稼働始めた季節。望月の部屋ももちろんクーラーが部屋を冷やしている。

 だが、それとは別の力が部屋内の温度を下げ、吐く息を白い結晶に変えていた。

「十波君。そこまでにしなさい。もう少し事情を伝えておいた方が良いようだね。殿下、如何です?」

「そうだね。さすがに寒すぎるしね」

 わざとらしく肌を摩りながら、隆愛は十波の肩に手を乗せた。その一瞬で、十波から溢れていた冷気は止まる。

「申し訳ありません」

「いや、いいよ。ついでだ。この際だから聞いておいてくれ」

「おう。なんだ?」

 

「只野仁成君は、この世界の人間じゃない。並行世界から来た異世界人なんだ」


 十波と瀧川。二人は明かされた非現実的な内容を前に、呆けた顔を真剣な顔で語る隆愛と、それを見て笑い転げる仁成の顔を交互に見比べた。

 どっちの反応が本当なのか、判断できずに困惑する二人の顔を見て、隆愛も思わず吹き出し、ケラケラと笑い始める。

「殿下、御冗談をお言いに?」

「どっちなんだよ」

「ははははは、許せ。二人の反応が余りにも面白すぎてな。事実だ。彼は間違いなく異世界から、こちらの世界に渡って来た来訪者だよ。その証拠も幾つかある。十波さんは既に、その一つを教授から聞かされているはずだよ」

「…まさか」

 十波は和彦に確認する様に視線を合わせ、返って来た肯定を示す頷きに目を見開き、仁成の顔を見詰めた。

「あれが異世界のもの…」

「あぁ、十波さんも俺のスマホを見たんだね。あれ、俺の私物。本当はもっと早く渡しても良かったんだけど、交渉に使うために引っ張ってたんだよね。そしたら、俺誘拐されちって。一応、保険として遺言書いてたから。無事に同志の元に届いてほっとしたよ」

「彼女は専門は違うが、工学系の博士号も持っているんだ。ただ現物はまだ見せていない。丁度良いか。十波君これがスマホの概要だ」

「あぁ、そうなんだ。このくらいの大きさの携帯電話だよ。俺のいた世界だと、小学生でも持ってるくらい普及してる一般機器ね」

「一般に流通…子供でも持ってる?」

 仁成からの補足に耳を傾けながら、十波は和彦から渡された書類を食い入るように見始める。そこには聞かされ想像していものよりも薄く、そして電話とは思えない機器が映っていた。

「これほどの薄さ。どうやって?それにこれは機器全体が画面の様にも見えるけど…。どこに操作するためのボタンがあるのかしら?」

 携帯電話は日ノ本にもある。だが、それと比べて写真の器機は全くの別物だった。

「殿下。俺も見ていいか?」

「いいよ。信也君にも理解してもらう必要があるからね」

 瀧川はソファーから立ち上がると、十波の背後に周り彼女の肩口から覗き込むように、その手の中にある資料を見始める。

「なんだこれ?小さなテレビか?いや、それにしちゃあ薄すぎるか」

 十波に続き、瀧川も驚きながらその資料を食い入るように見つめる。

 二人が同様の反応を示すのも無理はない。この世界の携帯電話は、あちらの世界では数十年前に姿を消したガラケーが今も現役。スマホは最近になってようやく、アメリアの企業が発表した通信機器がその原型と言えるかもしれない。だが、ボタンが一切無い訳ではない。だからこそ、二人には理解が出来なかった。

「その画面全体がタッチパネルになってるから、ボタンは横の電源ボタンだけだよ。そこを長押しすると電源のオンオフができるし、軽く押すとホーム画面が映る。パソコンのスリープモードがあるでしょ?あの状態と言えばいいかな。実物があれば、実践してあげても良かったけど、ここにはなさそうだからね」

 仁成の言葉を裏付けるように和彦も頷き、魔導大学の研究所には無い事を示唆した。

「ではどこに?教授に預けるということは、これは魔道具ではないのですか?」

「あぁ、そうなるのか。えぇとね。信頼できる学者が、教授くらいしかいなかったから渡しただけで、それは純粋な科学の結晶だよ。つまり魔導技術は一切使われていないってこと」

「魔道具ではない…では電化製品なのね」

「十波君。それに瀧川君も。勘違いしている様だから教えておこう。彼の生まれた世界には魔導が存在しない。魔力や魔法は概念はあっても実在しない力とされる空想の力なんだよ」


「えっ?!」「はっ?!」


 常識の外。まさか魔法が無い世界があるとは想像もしていなかった二人は、再び驚きとともに困惑してしまう。

「あ、あの。では、彼は魔法について本当に何も知らないと?」

「そう思ってくれていい。君達には事前に彼は魔人だと説明したと思うが、実は彼が魔人なのかどうかさえ分かっていない。何故か分かるかな?」

 突然の問い。それに十波は俯きテーブルを見詰めて考え始め、瀧川は天井を見上げ考え始めた。

「あ~、ちょっと坊主に質問していいか?」

「いいよ。彼はふざけている様に見えて、頭の回転は早い。答えていいかどうか判断もできるからね」

 和彦の許可を得た瀧川は、目の前で魔獣を撫でながら笑顔を向ける青年と視線を合わせた。

「魔法が無いっていうのは全くないのか、それとも昔はあったが喪失したのか、どっちだ?」

「全くないとは言い切れないかな。というのも、世界中の古代神話や遺跡から、魔法と思われる描写が数多く残ってるんだ。でも、俺が知る限り実際に魔法使いは一人もいないよ」

「なるほどな…。教授、こいつに魔蔵はあるんですか?」


「…無い」


 仁成が魔人かどうか、それが分からない理由。それは魔臓がないから。だが、魔力は持っている。それも魔法士等級に照らし合わせれば、特級魔法士の和彦以上の魔力を持っていると予想されていた。

「では、どうやって魔力を?今も彼はその…」

「駄々洩れでしょ?」

「えぇ、その悪く言うつもりはないのだけど、これ程無駄に魔力を漏らすのは赤子くらいで…」

「ごめんねぇ。俺、魔力そのものを感じられないんだよ。だから、漏れてるって言われても分からないんだよね」

「魔力が分からない…それって」

「おいおい。じゃあ、魔力感知が出来るようにするところからか?」

「そうなる。二人には本来頼む事ではないのだが、先に行った通り彼は異世界人であり、魔臓が無いにも関わらず魔人に等しい力を持っている。そこらの魔法士に任せる訳にはいかない。実力と知識を持ち、信頼できる者にしか任せられないんだよ」

「それは分かりますが…」

「こいつは魔蔵が無いのに、何故魔力を持っているんだ?」

「それは分からない。が、一つだけ。仁成君の仮説だが」

「それは仮説を立てた俺から話すよ」

「あぁ、そうだな。その方が良いだろう」

 

「ちょっと二人共、こっちに来て」

 仁成は立ち上がると、入口とテーブルの間にある空間に移動を始めた。瀧川と十波もそれに続くように仁成の傍に立つ。

「二人共、俺の身体に触れて魔力を流してみてよ」

 二人はそれぞれ仁成の胸元に手を置き、すぐに離した。たった手を置いただけ、それだけで優秀な二人の魔法士は仁成の異常性に気付いた。

「無理だな」

「そうね。これじゃ、治癒魔法も通らないんじゃないかしら」

 仁成の身体に触れた瞬間。二人は仁成の身体中から隙間なく埋まった魔力の壁を感じた。その意味するところは。

「十波さん、正解。俺には治癒魔法どころか、精神を操る魔法も効かない。教授、あれある?」

「あぁ、説明のために特別に用意している」

 和彦は傍に寄って来た一馬に、一つの腕輪を渡した。

「おいおい。そんな物騒なもん出すなよ」

 瀧川はその家柄上、和彦が取り出した腕輪が何か知っている。十波は和彦の助手として働いていることからその存在は知っていたが、実物は見たことがなかった。だが、瀧川の反応からそれが何か予想できた。

 その腕輪は、無いことにされている精神を操る魔道具。終身刑や極刑を言い渡された重犯罪者のみに使用される、強力な隷属の魔法が付与された腕輪。

 本来なら魔導大学に存在するはずのないそれが、一馬から瀧川に渡された。

「俺でいいのか?」

「十波女史では負ける可能性があるんだ。この中では教授か瀧川殿しか危険過ぎて渡せない」

「危険?負ける…?」

「逆に隷属を掛けられる可能性があるんだ。一人、隷属が解けずに今も解呪の施術を受けている者がいる。瀧川殿の魔力なら、押し返せるはずだ」

「…わかった。一応全力で抵抗した方が良さそうだな」

「あぁ、その方が良いと思う」

 一馬が離れると、瀧川は仁成同様に身体中隙間なく魔力を流し満たす。

「着けるぞ」

「はい、どうぞ~」

 差し出された腕に、瀧川は慎重にその手に持つ腕輪を嵌める。

「ちっ。確かに十波じゃ無理だな」

 腕輪を嵌めた瞬間、本来は装着者に向くはずの隷属の術式が跳ね返され、腕輪に触れていた瀧川に向かって発動する。

 瀧川はさらに体内を魔力を漲らせ、発動した術式を押し返しながら腕輪から手を離した。

「どうだった?」

「最悪の気分だぜ。油断してるつもりはなかったが、一瞬入り込まれた」

 ほんの一瞬の出来事。だが、瀧川の額には大量の汗が浮き、頬を伝って流れ落ちていた。

「それで、君の仮説と今の現象に何か関係があるの?」

「あると言えばある。ねぇ、魔力は何処から生み出されてるの?」

「そりゃ、魔臓だ」

「そうね。瀧川さんの言う通り…ね。…魔蔵が無い。なのに魔力が全身に隙間なくある。しかも全身から漏れ出している…。仁成君。また身体に触れてもいいかしら?」

「いいよ。でもその前に、これを外さないとね」

 装着した段階で、自分では決して外せない腕輪。それを仁成はいとも簡単に自分で外し、一馬に渡した。

「どうぞ~」

 そして、平然と両腕を横に広げて十波に合図を送った。

 その姿に瀧川は天井を見上げ、「嘘だろぉ」と呆れかえっていた。

「それじゃあ、失礼するわね」

 十波は仁成の全身、足先から指先、そしてまだ生え揃っていない頭頂部まで、遠慮なくその手で触れて回った。

 股間を触られた時は、さすがに仁成も少しだけ腰を引いたが、十波は容赦なく二つの玉も含めて男性器も丹念に触り、仁成の魔力の秘密を探った。

「…何処にもない」

「何が無いんだ?」

「魔力の発生源よ。瀧川さんも知ってると思うけど、魔臓付近に魔力は集中する。だけど、この子にはその魔力が集中している場所がない」

「俺も確かめていいか?」

「いいよ~。あっ、でも玉に触れる時は優しくね」

「男に興味ねぇから安心しろ。それに触らねぇよ」

「あら、ごめんなさい。私ったら、探すのに集中してて…」

 二人のやり取りを見て、十波は集中するあまり男性器まで丁寧に触っていたことに気付き、慌てて謝罪をするが、仁成は特に気にした様子も無く「大丈夫だよ~」と返すだけだった。


「ないな。と言うか分からねぇ。これじゃ、身体の中心に発生源があっても見つからねぇだろ」

 一通り確認した瀧川は、改めて出鱈目な仁成の魔力に呆れる。

「よく魔力酔い起こさねぇな」

「おそらく、魔力感知が出来ないから酔わないのよ。ねぇ、君の仮説って身体全体が魔臓の役割を果たしてると言う事かしら?」

「概ねその通りだよ。だけど、身体全体かは分からない。信也さんが言ったように、調べようがないんだ。測定器もエラーを起こすから、魔力量も分からないからね」

「…そうなのね。教授。もしかして、この件の調査も兼ねて」

「その通りだ。君は魔導工学が専攻で分野違いだが、君に任せたいと思っている。どうかな?」

「引き受けます。こんな珍獣。誰にも渡しません」

「珍獣…」

「いや、お前。傷ついてる所悪いがよ。魔力感知できない。魔蔵は無い。そのくせ魔力は持ってて、何故か使える。何処からどう見ても珍獣だろ」

「むう、否定が全くできない」

 珍獣扱いされ落ち込む仁成に対し、彼を囲む大人達はその姿に笑いが零れるのだった。

 

「仁成君。君は特別講習生と言う形で、魔導大学内の講義を受講できるように手配した。表向きは軍からの出向で魔導知識を学びに来たことになっている」

「軍からの出向?そんな人いるの?」

 仁成は今、第20旅団所属の魔法師ということになっている。もちろん、所属名や経歴は全て架空の人物である。

「特別珍しい事じゃない。企業に勤める会社員が資格を取るために、短期就学制度を利用して大学に通うように辞令が出るのと一緒だ。この大学では主に、技術系の士官が大学講習必須の資格を所得するために、制度を利用して数ヵ月から半年ほど在籍することが多い。今もこの大学には君と同じ肩書で、士官が10人前後在籍しているはずだ」

「あぁ、何か聞いたことあるな。短期就学制度があったかは知らないけど、親父も大学に一年くらい入ってた時期があったよ」

「ただ、これはあくまで資格を得るための制度だということを覚えておいて欲しい。大学卒業資格や大学院への進学は認められない」

「それでもいいよ。大学卒業とかあまり興味ないし。俺の目的はあくまで魔力の扱いを学ぶ事だからね」

「あぁ、そのついでに君から送られて来たこれらのメモ。これについても話を進めよう」

「おっ!それはもしや」

「そうだ。君が一番興味を持っている。魔導鎧についてだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ